螺旋より外れて
「よう、死にぞこない。本当に生き返って来やがったな、図々しい奴だぜ」
客間で雷禅を一目見るなり、軀はそう浴びせかける。
首から上を呪符で覆った、不気味ないで立ち。
2mあまりもある雷禅に比べれば極めて小柄なのに、威圧感という点では全く遜色ない。
いや、威圧感というより、まるで精神作用のある薬物のように、自然に服従を誓いたくなる、悪夢じみた奇妙な強制力。
「おう、クソアマ。元気そうじゃねえか。新しい副官のそのチビスケもなかなか使えるみてえだしな。ま、茶でも飲んでけや」
雷禅が魔界風の座卓を前にして、湯飲みで茶をすする。
軀は飛影だけを付き従えて、北神の案内で、塔の一角、客間に姿を見せる。
移動要塞百足は、軀の戦士を満載したまま、雷禅国の郊外の荒れ地に停泊した状態だ。
食脱医師、聖果が夫の雷禅の頭をすぱかんと突っ込む。
「そなたは、世話になった軀殿にそのような口のききかたがあるかっ!! ……軀殿、御久しう。あの時はお世話になり申した、我も、あの世から舞い戻ったゆえ。少し、恩返しなども致したいと思って居るのじゃ」
聖果が、軀に歩み寄る。
軀より、聖果の方が少しだけ背が高いくらい。
圧倒的な軀の妖気を前に、細身の体は、なお凛として受け止めている。
「いや。前よりだいぶ顔色よさそうで安心した。男運は相変らず悪いみてえだが、それを補ってありあまる技術は手に入れたみたいだな」
軀が客の前でも関係なく芋羊羹をぱくついている雷禅をちらっと見やる。
人肉ではなく、人間も食べるような――多分、人間界で買ってきたのだと思われる高級メーカーのもの――菓子を食しているのを、たしかに軀のむきだしの大きな目が確認する。
「わざわざ今姿を見せたってことはなんかあるんだろ? 面白そうだな。聞かせてみろよ。ことと次第によっちゃ、話に乗るぜ?」
「ん? なんだ、おふくろ、軀のこと知ってんのか?」
幽助は自分の母と軀を交互に見渡す。
「うむ。前の人生を終える時、死の床にやってきて、死に水を取って下さったばかりか、赤子だった永夜を、寺に預けてくださったはずじゃ。軀殿がいなければ、今、永夜も亡い。すなわち、永夜の子孫である、幽助、そなたも亡いのじゃ」
「えっ……」
母の食脱医師の言葉は、少なからず幽助に衝撃を与えた。
「なっ、なんだそれ、早く言ってくれよ!! スゲエ恩人じゃねーか!!! ……軀、あのさ、気が付いてなくて、前の時はゴメンな。そんなことだってわかってたら、もっとちゃんと挨拶したのに……」
「いや、俺が好きで勝手にやったことだから、そんなにお前が気にすることはねえよ」
永夜が引いた椅子に座りながら、軀はあっさりそう流す。
「軀様。あの時お助けいただいた永夜でございます。お陰様をもちまして、人間にしてはだいぶ長生きすることができ、700の馬齢を重ねました」
永夜が丁寧に礼を取ると、軀は懐かしそうにうなずく。
「ああ、あの赤ん坊が、大きくなったもんだな。色々噂は聞いてたぜ。昔はだいぶ鳴らしてたが、今は、人間界で暮らす魔族の支援をしてくれてるんだってな。魔族を代表して、礼をいっておく。こっちこそ、ありがとうな」
忌憚なく一礼する軀を見て、幽助は若いながらにも、器というものを感じ取る。
これなら従いたくなる者が多かったのも無理はない。
一般の魔族からすれば訳の分からない狂気の言い分を掲げる父雷禅の勢力と比べれば、軀の勢力が人材の分厚さで圧倒していたのもまったくすっきり納得できるというもの。
「ところでよお、このアホが人間でも食えるような食事摂ってるってことは、人肉食体質を矯正する術かなんかを施したんだな?」
軀が、さっそく本題に入る。
飛影は影のように、彼女の横で茶を飲んでいるが、付き合いの長い幽助には、彼もそれなりに周囲を警戒しているのだと知れる。
板についた副官ぶりに、幽助は意外なような、ほっこりするような。
「うむ。我の修得した術に、こうした体質を矯正して、一般的な食性に寄せるものがある。ごく短時間で簡単に完成する術でな。もし、お嫌でなければ、軀殿にも受けていただきたいのじゃが」
雷禅の隣に座って、聖果は軀にそう誘いをかける。
「軀、オメーよ、永夜のメシって、食いたくねえか? 死ぬほど美味いぞ。どうだ、これから? 治療自体は10分かからねえんだよ。終わればグルメ祭りだぜ。マジうめえ、永夜メシ。あー、なんつったかな、わりとシャレオツぽいの作るっていってたからよ、一緒に……なんだっけ、おい、永夜」
「じゃがいものガレットでございますね」
雷禅がごく大雑把なプレゼンを投げるのを、永夜がフォローする。
「個人的には惹かれるな……。なあ、飛影は何か食わせてもらったらどうだ?」
飛影は軀を振り返り、
「料理はともかく、この永夜という男の力には興味があるな。手合わせ願いたいところだ。こいつだろう、伝説の退魔師の無明聖というのは」
じっと注がれる紅の視線に、永夜は穏やかに微笑みで応じる。
「お恥ずかしい過去にございます。飛影様には、弟がお世話になり」
「貴様、その妙な気はどうした? 妖気でも霊気でもないな? 本当に人間か」
飛影に突っ込まれ、永夜は朗らかに笑う。
「人間の生まれにございますよ。ただ、こういう力を身に着ける修行をいたしたのです。母も同様にございます」
すっと飛影、そして軀の視線がこちらに向くのを感じた聖果は静かにその視線に応じる。
「軀殿に、この治療を受けていただきたい欲求と、我らの修行には、関りがあるのじゃ。もはや、人間界と魔界、霊界で、角突き合わせている余裕はない。そんなことをしていれば、三界共倒れになるような、手ごわい敵が、本格的に活動を始めたゆえに」
軀、そして飛影の纏う空気が変わる。
幽助は、いきなりの話に困惑しすぎて視線をうろうろさせる。
「おふくろ……? なんだよそれ、どういうことなんだ? 三界共倒れになりかねない敵って、なにもんなんだよ!?」
客間で雷禅を一目見るなり、軀はそう浴びせかける。
首から上を呪符で覆った、不気味ないで立ち。
2mあまりもある雷禅に比べれば極めて小柄なのに、威圧感という点では全く遜色ない。
いや、威圧感というより、まるで精神作用のある薬物のように、自然に服従を誓いたくなる、悪夢じみた奇妙な強制力。
「おう、クソアマ。元気そうじゃねえか。新しい副官のそのチビスケもなかなか使えるみてえだしな。ま、茶でも飲んでけや」
雷禅が魔界風の座卓を前にして、湯飲みで茶をすする。
軀は飛影だけを付き従えて、北神の案内で、塔の一角、客間に姿を見せる。
移動要塞百足は、軀の戦士を満載したまま、雷禅国の郊外の荒れ地に停泊した状態だ。
食脱医師、聖果が夫の雷禅の頭をすぱかんと突っ込む。
「そなたは、世話になった軀殿にそのような口のききかたがあるかっ!! ……軀殿、御久しう。あの時はお世話になり申した、我も、あの世から舞い戻ったゆえ。少し、恩返しなども致したいと思って居るのじゃ」
聖果が、軀に歩み寄る。
軀より、聖果の方が少しだけ背が高いくらい。
圧倒的な軀の妖気を前に、細身の体は、なお凛として受け止めている。
「いや。前よりだいぶ顔色よさそうで安心した。男運は相変らず悪いみてえだが、それを補ってありあまる技術は手に入れたみたいだな」
軀が客の前でも関係なく芋羊羹をぱくついている雷禅をちらっと見やる。
人肉ではなく、人間も食べるような――多分、人間界で買ってきたのだと思われる高級メーカーのもの――菓子を食しているのを、たしかに軀のむきだしの大きな目が確認する。
「わざわざ今姿を見せたってことはなんかあるんだろ? 面白そうだな。聞かせてみろよ。ことと次第によっちゃ、話に乗るぜ?」
「ん? なんだ、おふくろ、軀のこと知ってんのか?」
幽助は自分の母と軀を交互に見渡す。
「うむ。前の人生を終える時、死の床にやってきて、死に水を取って下さったばかりか、赤子だった永夜を、寺に預けてくださったはずじゃ。軀殿がいなければ、今、永夜も亡い。すなわち、永夜の子孫である、幽助、そなたも亡いのじゃ」
「えっ……」
母の食脱医師の言葉は、少なからず幽助に衝撃を与えた。
「なっ、なんだそれ、早く言ってくれよ!! スゲエ恩人じゃねーか!!! ……軀、あのさ、気が付いてなくて、前の時はゴメンな。そんなことだってわかってたら、もっとちゃんと挨拶したのに……」
「いや、俺が好きで勝手にやったことだから、そんなにお前が気にすることはねえよ」
永夜が引いた椅子に座りながら、軀はあっさりそう流す。
「軀様。あの時お助けいただいた永夜でございます。お陰様をもちまして、人間にしてはだいぶ長生きすることができ、700の馬齢を重ねました」
永夜が丁寧に礼を取ると、軀は懐かしそうにうなずく。
「ああ、あの赤ん坊が、大きくなったもんだな。色々噂は聞いてたぜ。昔はだいぶ鳴らしてたが、今は、人間界で暮らす魔族の支援をしてくれてるんだってな。魔族を代表して、礼をいっておく。こっちこそ、ありがとうな」
忌憚なく一礼する軀を見て、幽助は若いながらにも、器というものを感じ取る。
これなら従いたくなる者が多かったのも無理はない。
一般の魔族からすれば訳の分からない狂気の言い分を掲げる父雷禅の勢力と比べれば、軀の勢力が人材の分厚さで圧倒していたのもまったくすっきり納得できるというもの。
「ところでよお、このアホが人間でも食えるような食事摂ってるってことは、人肉食体質を矯正する術かなんかを施したんだな?」
軀が、さっそく本題に入る。
飛影は影のように、彼女の横で茶を飲んでいるが、付き合いの長い幽助には、彼もそれなりに周囲を警戒しているのだと知れる。
板についた副官ぶりに、幽助は意外なような、ほっこりするような。
「うむ。我の修得した術に、こうした体質を矯正して、一般的な食性に寄せるものがある。ごく短時間で簡単に完成する術でな。もし、お嫌でなければ、軀殿にも受けていただきたいのじゃが」
雷禅の隣に座って、聖果は軀にそう誘いをかける。
「軀、オメーよ、永夜のメシって、食いたくねえか? 死ぬほど美味いぞ。どうだ、これから? 治療自体は10分かからねえんだよ。終わればグルメ祭りだぜ。マジうめえ、永夜メシ。あー、なんつったかな、わりとシャレオツぽいの作るっていってたからよ、一緒に……なんだっけ、おい、永夜」
「じゃがいものガレットでございますね」
雷禅がごく大雑把なプレゼンを投げるのを、永夜がフォローする。
「個人的には惹かれるな……。なあ、飛影は何か食わせてもらったらどうだ?」
飛影は軀を振り返り、
「料理はともかく、この永夜という男の力には興味があるな。手合わせ願いたいところだ。こいつだろう、伝説の退魔師の無明聖というのは」
じっと注がれる紅の視線に、永夜は穏やかに微笑みで応じる。
「お恥ずかしい過去にございます。飛影様には、弟がお世話になり」
「貴様、その妙な気はどうした? 妖気でも霊気でもないな? 本当に人間か」
飛影に突っ込まれ、永夜は朗らかに笑う。
「人間の生まれにございますよ。ただ、こういう力を身に着ける修行をいたしたのです。母も同様にございます」
すっと飛影、そして軀の視線がこちらに向くのを感じた聖果は静かにその視線に応じる。
「軀殿に、この治療を受けていただきたい欲求と、我らの修行には、関りがあるのじゃ。もはや、人間界と魔界、霊界で、角突き合わせている余裕はない。そんなことをしていれば、三界共倒れになるような、手ごわい敵が、本格的に活動を始めたゆえに」
軀、そして飛影の纏う空気が変わる。
幽助は、いきなりの話に困惑しすぎて視線をうろうろさせる。
「おふくろ……? なんだよそれ、どういうことなんだ? 三界共倒れになりかねない敵って、なにもんなんだよ!?」