螺旋より外れて
「よう、今帰ったぜおめえら!! ……って、聞いてねえな」
帰還した雷禅の国では、ちょっとした騒ぎが起こっている。
相変わらずごうごうと雷鳴が轟く、魔界でもひときわおどろおどろしいその地で。
「よう、おめえら。安心しろ、俺は生きてるぞ。幽霊じゃねえ、生身だ」
雷禅が、臣下たちに取り囲まれている。
歓喜の叫びは、雷鳴を押しやる如し。
「雷禅様、一体どうして」
「ん? まあ、嫁のお陰よ。ギリギリ間に合ったということだな。黄泉軀に下手なちょっかい出されねえために一時人間界に逃げてて騒がせちまったが、俺の為だ。責めねえでやってくれ」
雷禅は、傍らの聖果を招き寄せる。
「幽助から聞いて知ってるな? 嫁だ。名前は聖果。以後、王妃として遇しろ」
雷禅の臣下たちが、一斉に紹介された彼女の足下にひざまずき、丁寧な礼を執る。
「ようこそおいでくださいました、聖果王妃様。雷禅国臣下一同、歓迎いたします」
西山が、臣下を代表して口上を述べる。
「以後、何か御入用がありましたなら、我らの誰にでも、御随意にお命じくださいませ」
聖果はうなずき、
「受け入れてくれたことを感謝する。雷禅と話していたことがあってな。少し、魔界の趨勢に関わること。そのことについて、そなたらにも協力してもらいたいのじゃ」
雷禅の臣下たちはざわつく。
「王妃様、それはどのような」
「こちらの国に、人肉食の性質の者は、雷禅と北神以外に誰がおる?」
全員が目を見かわす。
二人ほどの者が、そろそろと前に進み出る。
「安心しろ、二人とも。王妃様は、超常的な医術を心得ておられる。人肉食の体質も、傍から見ればごく簡単に治してしまわれる。実際、雷禅様も私も治していただいて、人間界でそちらの食事を食べてきた」
北神の爆弾発言で、ざわりとざわめきが怒涛のように盛り上がる。
「なんだと、北神、本当に……」
「本当だ。……美味いな、一般的な食事というのは。味わいが豊富で。……もし、次の魔界トーナメントで、雷禅様が優勝され、この治療法を、軀や黄泉に強制できれば……」
歓喜と驚愕の混じったざわめきがますます盛り上がる。
それを尻目に、聖果は、進み出た人肉食性質の二人――聞けば実の兄弟だという――に対して両の手で軽く触れる。
ぼうっと、瑠璃色の輝きが広がり。
「あ、なんか、あったかい……」
「痛くはないんですね……腹がぽかぽかして気分いい、風呂に入ってるみたいで……これで本当に……」
すうっと、瑠璃色の光が退いていく。
「もう、大丈夫じゃ。とりあえず、何か試しに食ってみい」
瑠璃が促すと、
「はい、こちらの食材を扱ったことは多少ございますので。何かお造りいたしましょう。雷禅様と北神様には、ご好評いただきましたので、マズくはございませんよ?」
永夜が穏やかに進み出る。
この人は? という臣下たちの目に、雷禅が応じる。
「ああ、こいつは永夜。俺が嫁に産ませた最初の子で、幽助の先祖に当たるな。昔は『無明聖』なんて名乗ってたが、まあ、昔の話だから、そんなに警戒すんな」
先ほどとは違った、戦慄を伴うざわめきが盛り上がる。
「むっ、無明聖……!! あの魔族の天敵……!!」
「無明聖が、雷禅国王のお子様……!?」
「い、いやしかし、そうならあの異様な強さも納得だ……!!」
ざわざわざわざわ。
中心にいる永夜は、穏やかに微笑んでいるだけ。
聖果が、くすりと笑って、「そなた、魔界でも有名じゃの」と長子に投げかける。
幽助は、そういえば、おふくろも兄貴も物怖じしてねえ、これだけの魔族に囲まれてんのに……と気付く。
やはり、両者、只者ではない。
「さて、皆様、腹ごしらえなさってから、ゆっくり今後のご相談なさればよろしいでしょう。まもなく、軀様にも黄泉様にも、雷禅様が復活なされたことは伝わるでしょうし、それを踏まえられることでしょうね」
永夜が、穏やかに促す。
敵意の欠片もないことを感じ取り、やや雷禅の臣下たちが落ち着いたところで、北神が声を張り上げる。
「各自、二時間後にまたここに集まってくれ。今、永夜様が仰った通り、雷禅様がお帰りになられたことは、軀と黄泉にも、すぐ知るところとなる。今後についての、慎重な打ち合わせが必要だ」
「うっしゃ、解散、また二時間後にな!!」
幽助も、昼飯時で腹が減っていたのをいいことに、即座に解散の号令を飛ばしたのだった。
◇ ◆ ◇
轟雷を圧する地響きが、段々大きくなりながら近づいてくるのが、塔の上からでもわかる。
「ん? あれ、このスゲエ地響き、軀んとこのあの動く要塞なんじゃね? あ、そうか、飛影がいんだから、親父のことは邪眼でバレてんだ」
幽助が、長年使われることのなかった国王の塔のダイニングで茶を吹きながら呟く。
連絡があって急ごしらえで整えられたので、小綺麗なものであるが。
幽助としては、取り立てて慌てることもない。
飛影は旧知の仲である。
軀も、話せない奴ではないと知っている。
「ああ、軀殿がおいでか。あの方には、前の人生で死ぬ間際に、我も永夜も世話になっておる。よくよくお礼をせねば」
食脱医師が、椅子から立ち上がって窓に近付く。
もう意外なほど近くに、目立つ土煙。
『雷禅様!! 軀の本隊が……!!』
通信機が警戒音と、北神の緊迫した叫びを吐き出す。
雷禅は湯のみから口を離すと、悠然と応じる。
「慌てるな。丁重にお迎えして、俺の塔の客間に連れてこい。くれぐれもことを構えるんじゃねえ。軀には恩がある。……いいな!!」
帰還した雷禅の国では、ちょっとした騒ぎが起こっている。
相変わらずごうごうと雷鳴が轟く、魔界でもひときわおどろおどろしいその地で。
「よう、おめえら。安心しろ、俺は生きてるぞ。幽霊じゃねえ、生身だ」
雷禅が、臣下たちに取り囲まれている。
歓喜の叫びは、雷鳴を押しやる如し。
「雷禅様、一体どうして」
「ん? まあ、嫁のお陰よ。ギリギリ間に合ったということだな。黄泉軀に下手なちょっかい出されねえために一時人間界に逃げてて騒がせちまったが、俺の為だ。責めねえでやってくれ」
雷禅は、傍らの聖果を招き寄せる。
「幽助から聞いて知ってるな? 嫁だ。名前は聖果。以後、王妃として遇しろ」
雷禅の臣下たちが、一斉に紹介された彼女の足下にひざまずき、丁寧な礼を執る。
「ようこそおいでくださいました、聖果王妃様。雷禅国臣下一同、歓迎いたします」
西山が、臣下を代表して口上を述べる。
「以後、何か御入用がありましたなら、我らの誰にでも、御随意にお命じくださいませ」
聖果はうなずき、
「受け入れてくれたことを感謝する。雷禅と話していたことがあってな。少し、魔界の趨勢に関わること。そのことについて、そなたらにも協力してもらいたいのじゃ」
雷禅の臣下たちはざわつく。
「王妃様、それはどのような」
「こちらの国に、人肉食の性質の者は、雷禅と北神以外に誰がおる?」
全員が目を見かわす。
二人ほどの者が、そろそろと前に進み出る。
「安心しろ、二人とも。王妃様は、超常的な医術を心得ておられる。人肉食の体質も、傍から見ればごく簡単に治してしまわれる。実際、雷禅様も私も治していただいて、人間界でそちらの食事を食べてきた」
北神の爆弾発言で、ざわりとざわめきが怒涛のように盛り上がる。
「なんだと、北神、本当に……」
「本当だ。……美味いな、一般的な食事というのは。味わいが豊富で。……もし、次の魔界トーナメントで、雷禅様が優勝され、この治療法を、軀や黄泉に強制できれば……」
歓喜と驚愕の混じったざわめきがますます盛り上がる。
それを尻目に、聖果は、進み出た人肉食性質の二人――聞けば実の兄弟だという――に対して両の手で軽く触れる。
ぼうっと、瑠璃色の輝きが広がり。
「あ、なんか、あったかい……」
「痛くはないんですね……腹がぽかぽかして気分いい、風呂に入ってるみたいで……これで本当に……」
すうっと、瑠璃色の光が退いていく。
「もう、大丈夫じゃ。とりあえず、何か試しに食ってみい」
瑠璃が促すと、
「はい、こちらの食材を扱ったことは多少ございますので。何かお造りいたしましょう。雷禅様と北神様には、ご好評いただきましたので、マズくはございませんよ?」
永夜が穏やかに進み出る。
この人は? という臣下たちの目に、雷禅が応じる。
「ああ、こいつは永夜。俺が嫁に産ませた最初の子で、幽助の先祖に当たるな。昔は『無明聖』なんて名乗ってたが、まあ、昔の話だから、そんなに警戒すんな」
先ほどとは違った、戦慄を伴うざわめきが盛り上がる。
「むっ、無明聖……!! あの魔族の天敵……!!」
「無明聖が、雷禅国王のお子様……!?」
「い、いやしかし、そうならあの異様な強さも納得だ……!!」
ざわざわざわざわ。
中心にいる永夜は、穏やかに微笑んでいるだけ。
聖果が、くすりと笑って、「そなた、魔界でも有名じゃの」と長子に投げかける。
幽助は、そういえば、おふくろも兄貴も物怖じしてねえ、これだけの魔族に囲まれてんのに……と気付く。
やはり、両者、只者ではない。
「さて、皆様、腹ごしらえなさってから、ゆっくり今後のご相談なさればよろしいでしょう。まもなく、軀様にも黄泉様にも、雷禅様が復活なされたことは伝わるでしょうし、それを踏まえられることでしょうね」
永夜が、穏やかに促す。
敵意の欠片もないことを感じ取り、やや雷禅の臣下たちが落ち着いたところで、北神が声を張り上げる。
「各自、二時間後にまたここに集まってくれ。今、永夜様が仰った通り、雷禅様がお帰りになられたことは、軀と黄泉にも、すぐ知るところとなる。今後についての、慎重な打ち合わせが必要だ」
「うっしゃ、解散、また二時間後にな!!」
幽助も、昼飯時で腹が減っていたのをいいことに、即座に解散の号令を飛ばしたのだった。
◇ ◆ ◇
轟雷を圧する地響きが、段々大きくなりながら近づいてくるのが、塔の上からでもわかる。
「ん? あれ、このスゲエ地響き、軀んとこのあの動く要塞なんじゃね? あ、そうか、飛影がいんだから、親父のことは邪眼でバレてんだ」
幽助が、長年使われることのなかった国王の塔のダイニングで茶を吹きながら呟く。
連絡があって急ごしらえで整えられたので、小綺麗なものであるが。
幽助としては、取り立てて慌てることもない。
飛影は旧知の仲である。
軀も、話せない奴ではないと知っている。
「ああ、軀殿がおいでか。あの方には、前の人生で死ぬ間際に、我も永夜も世話になっておる。よくよくお礼をせねば」
食脱医師が、椅子から立ち上がって窓に近付く。
もう意外なほど近くに、目立つ土煙。
『雷禅様!! 軀の本隊が……!!』
通信機が警戒音と、北神の緊迫した叫びを吐き出す。
雷禅は湯のみから口を離すと、悠然と応じる。
「慌てるな。丁重にお迎えして、俺の塔の客間に連れてこい。くれぐれもことを構えるんじゃねえ。軀には恩がある。……いいな!!」