螺旋より外れて

「オメーは……」

「はじめまして、幽助様。あなたの類縁に当たります、影沖永夜(かげおきながや)と申します。少しばかりの術の他は、料理ができるだけの男ですが、この場合はご入用かと思いました故」

 にこりと微笑むその顔は、取り立ててそういう志向のない幽助にしても惚れ惚れするような典雅な魅力のあるものだ。
 しかし。

「オメー、俺の兄貴なんだって? じゃあ、様付けとかじゃなくて、フツーに呼んでくれよ。幽助でいい。なあ、術が使えるどころか、死ぬほど強いって? 無明聖とかなんとか?」

 幽助が突っ込むと、永夜は穏やかに微笑む。

「では、今風にいたしましょうか。……昔と今は違うのでね、幽助。昔は魔族と見るや、手当たり次第に排斥しないことには、人間が滅ぼし尽くされなかった。しかし、今はだいぶ事情が違う。私もこの歳になるまでに、色々あったのだよ」

 ふうん、と幽助はうなずいたが、ふと横に違和感を感じる。
 振り向いた先に、だらだら冷や汗を流す北神。

「ん? 北神、オメー……」

「私は、かつては誠に評判の悪い術師でしたからね。そりゃあ、一般の魔族の方は、緊張されるでしょう。……失礼、北神殿。あなた様は、弟に非常に良くしていただけたとうかがっております。食事に毒を入れる理由などはございませんから、そう警戒されずとも大丈夫でございますよ」

 さ、どうぞ、とまず北神に差し出された皿には、湯気を立てるチャーハンが乗っている。

 ホタテとエビのチャーハン
 チンゲンサイと白髪ねぎ入りワンタンスープ
 ベーコンとアスパラ串 マスタードソース添え

「おっ!! チャーハンとワンタンじゃねーか!! 好きなんだよ中華!!!」

 大喜びなのは幽助だ。
 どれも全部好物ばかりなのである。

「気に入ってもらえたかな、幽助? そなたの好物を母上にうかがってな。昨日の今日で、食事も喉を通らなかったら気の毒と、少し多めに作ってみた。おかわりしてくれると嬉しい」

 永夜に促され、幽助は挨拶も早々に食事に手を付ける。

「うめえ!! すっっっっげえうめえ!! 兄貴、天才じゃん!!」

 幽助の皿から、みるみる料理が消えていく。
 それは雷禅にしても同様で、声もなく料理を掻き込む。
 食脱医師ならずとも、落ち着いて食え、と言いたくなる勢い。

「こ、これが、人間界の食事……」

 北神は、おっかなびっくりだ。
 レンゲの上のいい匂いのするチャーハンを睨んだあと、思い切って口に放り込む。
 と。

「……美味しい。人間界の食事というのは、こんなに美味しいのですか」

 北神も、あれよという間にハイペースで料理を掻き込みだす。
 今の今まで人肉しか摂取できなかったはずの男の体質改善まで、わずか10分とかかっていない。

「人間界で暮らす魔族の方々に、料理を振舞うことも多いので。魔族の方のお好みにも、多少合わせてございます。お口に合ったなら、修行した甲斐がございました」

 永夜はさりげなく、魔族たちの栄養摂取を見守る様子だ。
 その向こう、雷禅の横で、食脱医師も満足気である。

「我も、昔は摂る食事と言うたらな……。まあ、この身となって、まともな食生活も送れる訳じゃ。魔族と付き合うと、食事に満足感があるから良いわ」

 細身ながら、食脱医師の聖果もやはり体が資本、しっかり栄養摂取はしている様子である。

「でもよお」

 幽助が二杯目を掻き込みながら尋ねる。

「なんだって、急におふくろや兄貴、親父を生き返らせたりして、動き出したんだ? 親父に何をさせてえんだ?」

「ふむ。そうよな。もうすぐ、魔界トーナメントというのがあるのであろう?」

 聖果は、くいっと優雅にワンタンスープを口に運ぶ。

「こやつが優勝したら、人肉食の性質を持つ魔族を、強制的に『治療』させることができるはずじゃ。今、雷禅や、北神殿にやったようにな。我と雷禅が組めば、それが実現する」

 幽助も、北神もまじまじ目を見開く。

「あ……あ、そういうことだったんか!! そうか、おふくろが今北神にしたみたいなことを人肉を食う魔族全員に……!!」

「なるほど。雷禅様に魔界の支配者になっていただき、その権力で人肉食体質の治癒を、魔界全土の該当魔族に義務付ける。考えましたな……」

 さしもの北神が唸る。
 こめかみに冷や汗。

「まずは、三竦みのうち、残り二人に強制できれば、魔界全土に対する影響力という点で……」

「まあ、そう心配すんな北神。メシさえ食ってれば、あんなクソ生意気お嬢ちゃんに、学校秀才的モヤシなんぞ目ではねえ。まずは今、俺の体質を健康体に戻すことだな」

 雷禅は、給仕に当たる聖果の部下たちに、次々と料理を運ばせながら、上機嫌である。
 幽助はちらりと雷禅の衣服から覗く体つきを観察したが、こんなわずかの間に、肉付きが健康的なものに戻り、肌の色つやも良くなっているようだ。
 当然、それに伴い、妖気たるやすさまじいもの。
 結界が張ってある敷地でなければ、かなりの騒ぎが起きていただろう。

「ふーーーーん……あ、そうだ、兄貴とかは出るんだろ? 魔界トーナメント」

 幽助が水を向けると、永夜は不思議そうに首をかしげる。

「いや? 私は、魔界の住人でないので、参加資格がないと思うよ? 人間の首長選挙と同様、その場に居住実態もないのでは、参加資格という点で無理があるね」

「ええ~~~……俺、兄貴とやってみてえ。あ、親父ともやってみてえけど、兄貴って、親父に勝ったことがあるんだろ!?」

 幽助が駄々をこねると、永夜は苦笑する。

「昔の話だし、不意討ちみたいなもんだったからね」

「おい、永夜。誰に見せようとして気取ってやがんだ。嫌味な奴め。俺をあんだけぐうの音も出ねえようなボコり方しといて、すましやがってコノ」

 雷禅が面白くなさそうに唸る。

「いえ、真面目な話をいたしますと、雷禅様が魔界の頂点に立ち、三竦みの残り二人を下した上で、母と組んで人肉食治癒の施策を行うのが、魔界の住人にとって納得感のある政策となるでしょう。ポッと出の人間が万が一優勝しても、魔界に不穏な空気が漂いますゆえ」

 永夜が説明すると雷禅も幽助も露骨に面白くない顔は見せるが、理屈としてはそれが正しいと理解はした様子である。

「まあ、いいや、今回はな。訓練は手伝ってもらうがよ。あ、おかわりだ、そこのニイチャン」

「まあ良い。とりあえずは食え」

 食脱医師が、目顔で永夜とうなずきあって、とにかく雷禅を体力回復に集中させようとする。
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