螺旋より外れて

「ここにあやつが眠っておるのか」

 その女は、その灰白色の墓石の前で、そうひとりごちる。

 魔界の一角。
 魔界のどの場所でもそうであるように、この世の終わりでもあるかのような雷鳴が轟く。
 周囲を見回すと、低い谷間のような場所で、少し離れれば、まるで異国のアリ塚のような、奇妙な建物が並ぶ、集落のようなものが見える。

 彼女が今現在暮らしている人間界の国の基準では、せいぜい地方の町レベルのこの「集落」は、実際には立派に一つの「国」だということを、彼女は知っている。
 そして。
 その国の、奥まった場所にそそり立つ、ひときわ巨大な塔状の建造物が、雷光に浮かび上がる。
 威圧的で、いかにも魔界的なおどろおどろしさも備えるその建物の主だった男は、今はもう、そこにはいないはずだ。
 恐らく、魔界の住人がこの近くに来れば、あの、圧倒するような荒々しい巨大な妖気がすっかり消えているのを感じ取って、奇妙に思うことだろう。

 ……彼の今の住処は、この、冷たい墓石の下。

「雷禅……」

 その女は、そっと墓の前にひざまずく。
 青白い肌、どこか病的な印象の、暗い艶のある女だ。
 目鼻立ち自体は美形の部類に入るだろうが、単純な好ましさよりも、どこか見る者の胸をざわつかせる、禍々しさゆえの、どこか浮世離れした色気に気を取られる。
 小袖に打ち掛け、古い時代の武家の奥方のようないで立ちではあるが、魔界の風に混じる、魔界らしからぬ荘重な香は、知っている者が嗅ぐなら、密教系の修法で使われる香が、数種混ざったものだと認識するだろう。

 彼女は、密教の術師だ。
 しかし、それ以上のことを知っているのは、今では、この墓の下に眠る、かつては「魔界の三竦み」の一角と呼ばれていた男だけ、だったのだが。

 彼の友人知己が供えていったのであろう、酒や切り花。
 そして、片隅の、申し訳程度の花生けに、小さな名も知れぬ野の花らしきものがつつましく生けられている。
 そんな小さな花にもこびりついた、かすかに記憶にある妖気に向け、彼女は小さく頭を下げる。

 そして、改めて、その生命の気配のない石の向こうを見通すように。

「雷禅……」

 その女は、まるですでにそこにいない男に言い聞かせるかのように呼びかけ。
 そしてそっと、細い指の手を、彼が埋められているであろうその石の上あたりにかざしたのだった。

 まるで極楽がその場にだけ顕現したかのような、瑠璃色の目を奪う輝きが、一帯を覆い尽くす。
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