第一章 目覚め
こうして俺は、今自分がどういった状況に陥っているのか。それを理解したのである。
記憶さがしの目的である、九月二十日の出来事。それを俺自身、知っているのだろうか。そしてその記憶も、この場所にあるというのか。そうであればこの記憶さがし、参加せざるを得ないというものだった。
そこまで思い出したところで一息つき、目の前に落ちているそれへと目を向けた。
包丁だった。刃渡り二十センチメートル程度か。どこの家庭の台所にも置かれているような、三徳包丁と言われるものである。
この包丁…置時計が置かれていた箪笥の中にあったものだが。初めて見つけた時には思わず叫び声を上げた程だ。震える手でそれを手に取り、そのまま襖の隙間より入るわずかな日の光に翳してみる。
赤色。その包丁は刃から柄に至るまで、ぬめぬめとした赤い血に塗れているのである。
これに触れた途端、何かに引っ張られるような感覚に陥った。そして次の瞬間には、あの薄暗い、血生臭いリビングへと意識が移ったことになる。
これがあの、ルールにあった俺の「記憶」ということなのだろう。先程のコスモスの花に触れた時と同様の感覚。俺自身持っていた、記憶の断片に触れてしまったのだ。
それにしても。今の記憶は何なのだろう。
背を刺された鋭い痛み、出血、包丁。そして、自分の記憶であるという事実。つまり、俺には包丁で刺された経験があるということになる。
恐る恐る、自分のシャツを両手でまくり上げた。…腹にも背中にも、刺された傷も痕も見当たらない。俺の腹に、過去に包丁で刺されたという痕跡は一つも存在しない。
どういうことになるのか。ぶるる、と身を震わせる。刃についた血の赤色が妖しく光る。この血は、俺の体から出たもの。あの記憶を見た限りでは、そうとしか思えないというのに。
包丁を、ゆっくりとリュックサックに入れた。ふう、と嘆息する。
それはさておき、これで確信したことがまた一つ。それは、「記憶は、それが含まれた物体に触れることで、見ることができる」ということ。記憶という、抽象的な存在のままでは存在しない。ルールのとおり、コスモスの花や包丁など、何らかしらの物体に含まれているのだ。
そうは言いつつも、それがどんな形状をしているのかは分からない。花と包丁とじゃ、物自体に統一性は無さそうだ。
ここで目が覚めてから、訳の分からないことばかりである。こう、記憶さがしなんてものに参加していることもそうだが、先程の「おぞましい存在」も、また。
ああ、そうだ。この記憶さがしには、ルールには書いていない障害が存在する。それをたった数分前…包丁の持っていた記憶を見る直前、俺は身を以って知ることになった。