たんぺん。
「私、昔ミニバスやってたんだけどさあ」
「ん?何、急に」
日曜日の正午過ぎ。ソファに座って『新婚さんいらっしゃい』を観ていたその時。横にいる彼女が、徐ろに話し出した。
「いや、幼い頃の話。何だかふと思い出して」
「ふーん。何々、話してみてよ」
そう催促すると、彼女は「うん」と強く頷く。
「所属してたチーム、実際かなーり強いところで」
「ふんふん」
「なにせそのコーチが、厳しい人だったんだあ。私も、チームメンバーも。きっつい練習メニューで、びしばし鍛えられていたの」
それは交際した当初の頃にも聞いた気もする。吐くほど辛い練習ばかりで、何度も泣いたって言っていたか。
「それでね」と彼女は続ける。「チームメンバーの中に、アンナちゃんって子がいたんだけど。お母さんが離婚して、お父さんがいないっていう、いわゆるシングルマザーだったの」
「へえ。まあでも、珍しくは無いよね。よくあることだし」
恋愛結婚が主流の現代社会においては、結婚も離婚も当人の自由。昔程、周囲にとやかく言われることはない。確か、目の前で流れているこの番組も、前にシングルマザーから結婚したって人がいたような気がする。
「そうね。当時の私もあなたと同じで、何も気にしていなくて。元々その子とも仲良かったし」
「うんうん」
「だけどね、ここからが重要なんだけど。実はその子のお母さんとコーチが、やけに仲良かったんだ」
「やけに…それはどの程度?」
「なんていうか、コーチと保護者の域を超えているっていうのかな。それくらい距離が近くて」
「ははあ、なるほど」
つまりは恋人関係だ。まあ、コーチと二人で話す機会もそれなりに多くあるだろう。故にその関係に発展したとしても、あり得なくはない。
「この前ふと、そのことを思い出して、お母さんに何となく聞いてみたの。『昔入っていたミニバスのチームのコーチと、アンナちゃんのお母さん、何だか仲良かったよね。あれ、何だったのかなあ』って!」彼女は若干、興奮気味に言う。
「そうしたら?」
「『ああ、あの二人?付き合ってたのよ』ってさらりと言うんだもん。驚いてもう、その時食べていたパスタを思わず吹いちゃったよ」
「え、なんでそこまで?」
「なんでって?」
「いや、だって…そういうことって、ありそうじゃんか。それにそのアンナちゃんのお母さん、シングルマザーだったら別に何の問題もなさそうだけど」
そう伝えると、彼女は「あーそういうことね」とうんうん頷いた。
「いやあ、それがね。びっくりしたのには訳があって。今は珍しくはないけど、その二人変わってたのよ」
「今は珍しくない?」
「それ、何だと思う?ヒントは、何度も言うけど、今は珍しくないってことね」
「うーん…あ、分かった」
目をキラキラとさせて、彼女は「言ってみてよ」と言う。
「アンナちゃんのお母さんはそうだけど、コーチは独り身じゃなかったんだね?」
出した結論は次のとおり。コーチは既に結婚しており、奥さんがいた。つまりアンナちゃんの母親とは、不倫関係だったのではないか、ということ。
昔、とある芸能人が「不倫は文化」なんて言って、炎上したことがあると聞いた。それくらい、不倫に対する世間の目は厳しく、そうそう表立って行なうものではなかった。
しかし、昨今ではインターネットの普及により、匿名掲示板等でそういった関係を持った悩みを話す男性、女性をよく見かける。つまり、そんな関係について知る機会が多くなった分、昔に比べて珍しくないということになる(世間体が悪いのは変わらずだが)。
しかし、それを聞いた彼女は「いやいや」と肩をすくめた。
「ぶっぶー。違いますー」
「え、違うのかあ。結構自信あったんだけど」
「ふふ、残念ね。じゃあ、もう正解言っていい?」
彼女の言葉に頷くと、周りに誰もいないというのに、彼女はひそひそ声で「実はね」と話し出した。
「そのコーチ、女だったの」
「えっ!」
「つまり、女同士で付き合ってたの」
「嘘でしょ、まさかそんな」
彼女の言葉に、思わず手に持っていたリモコンを落とす。それを見ていた彼女は、「ね?」と目で訴えてくる。
「だから私、びっくりしたの。まさかあの時のコーチが、私たちと同じだったなんてね」
「それは確かにびっくりする。実際あたしも今、かなり驚いてる」
「ほらあ」彼女はにっこりと笑いつつ、あたしの目を見て微笑んだ。
「今は珍しくないし、よくあることでしょ?」
——了
「ん?何、急に」
日曜日の正午過ぎ。ソファに座って『新婚さんいらっしゃい』を観ていたその時。横にいる彼女が、徐ろに話し出した。
「いや、幼い頃の話。何だかふと思い出して」
「ふーん。何々、話してみてよ」
そう催促すると、彼女は「うん」と強く頷く。
「所属してたチーム、実際かなーり強いところで」
「ふんふん」
「なにせそのコーチが、厳しい人だったんだあ。私も、チームメンバーも。きっつい練習メニューで、びしばし鍛えられていたの」
それは交際した当初の頃にも聞いた気もする。吐くほど辛い練習ばかりで、何度も泣いたって言っていたか。
「それでね」と彼女は続ける。「チームメンバーの中に、アンナちゃんって子がいたんだけど。お母さんが離婚して、お父さんがいないっていう、いわゆるシングルマザーだったの」
「へえ。まあでも、珍しくは無いよね。よくあることだし」
恋愛結婚が主流の現代社会においては、結婚も離婚も当人の自由。昔程、周囲にとやかく言われることはない。確か、目の前で流れているこの番組も、前にシングルマザーから結婚したって人がいたような気がする。
「そうね。当時の私もあなたと同じで、何も気にしていなくて。元々その子とも仲良かったし」
「うんうん」
「だけどね、ここからが重要なんだけど。実はその子のお母さんとコーチが、やけに仲良かったんだ」
「やけに…それはどの程度?」
「なんていうか、コーチと保護者の域を超えているっていうのかな。それくらい距離が近くて」
「ははあ、なるほど」
つまりは恋人関係だ。まあ、コーチと二人で話す機会もそれなりに多くあるだろう。故にその関係に発展したとしても、あり得なくはない。
「この前ふと、そのことを思い出して、お母さんに何となく聞いてみたの。『昔入っていたミニバスのチームのコーチと、アンナちゃんのお母さん、何だか仲良かったよね。あれ、何だったのかなあ』って!」彼女は若干、興奮気味に言う。
「そうしたら?」
「『ああ、あの二人?付き合ってたのよ』ってさらりと言うんだもん。驚いてもう、その時食べていたパスタを思わず吹いちゃったよ」
「え、なんでそこまで?」
「なんでって?」
「いや、だって…そういうことって、ありそうじゃんか。それにそのアンナちゃんのお母さん、シングルマザーだったら別に何の問題もなさそうだけど」
そう伝えると、彼女は「あーそういうことね」とうんうん頷いた。
「いやあ、それがね。びっくりしたのには訳があって。今は珍しくはないけど、その二人変わってたのよ」
「今は珍しくない?」
「それ、何だと思う?ヒントは、何度も言うけど、今は珍しくないってことね」
「うーん…あ、分かった」
目をキラキラとさせて、彼女は「言ってみてよ」と言う。
「アンナちゃんのお母さんはそうだけど、コーチは独り身じゃなかったんだね?」
出した結論は次のとおり。コーチは既に結婚しており、奥さんがいた。つまりアンナちゃんの母親とは、不倫関係だったのではないか、ということ。
昔、とある芸能人が「不倫は文化」なんて言って、炎上したことがあると聞いた。それくらい、不倫に対する世間の目は厳しく、そうそう表立って行なうものではなかった。
しかし、昨今ではインターネットの普及により、匿名掲示板等でそういった関係を持った悩みを話す男性、女性をよく見かける。つまり、そんな関係について知る機会が多くなった分、昔に比べて珍しくないということになる(世間体が悪いのは変わらずだが)。
しかし、それを聞いた彼女は「いやいや」と肩をすくめた。
「ぶっぶー。違いますー」
「え、違うのかあ。結構自信あったんだけど」
「ふふ、残念ね。じゃあ、もう正解言っていい?」
彼女の言葉に頷くと、周りに誰もいないというのに、彼女はひそひそ声で「実はね」と話し出した。
「そのコーチ、女だったの」
「えっ!」
「つまり、女同士で付き合ってたの」
「嘘でしょ、まさかそんな」
彼女の言葉に、思わず手に持っていたリモコンを落とす。それを見ていた彼女は、「ね?」と目で訴えてくる。
「だから私、びっくりしたの。まさかあの時のコーチが、私たちと同じだったなんてね」
「それは確かにびっくりする。実際あたしも今、かなり驚いてる」
「ほらあ」彼女はにっこりと笑いつつ、あたしの目を見て微笑んだ。
「今は珍しくないし、よくあることでしょ?」
——了