キバナさんと彼女シリーズ
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「わりぃ、今日遅くなる」
キバナから急に連絡が入って、ぷつりと切れた。その声は少し気落ちしていた。家でくつろいでいた私は、その連絡のあと珈琲豆を挽いてフィルターを敷き、マグカップに注ぎ入れた。
ふわりと香る幸せに満ちた香りに癒されながら先ほどの連絡を悶々と考える。
きっと戦闘種族の彼のことだ、ジム戦に負けたかダンデさんにまた勝てなかったか、ポケモン関連の何かだろう。
きゅううんと足元で相棒のニンフィアが体を擦り付けて甘えてくる。
「ニンフィア、何か食べたいの」
そう話しかけるときゅうきゅうとなにかお話をしてくれるのだが私は生憎超能力者ではないので、「そうかそうか」と言って彼女の頭を撫でる。
とりあえず、日も落ちてきた頃だし晩御飯を作るかと珈琲を一口含んでキッチンについた。遅くなると言って日を跨いだり朝方に帰ってきたりする性分ではない彼のために二人分作っておこう。
ありあわせのもので料理を作って早一時間が過ぎた。珈琲はすでに冷めてしまった。
テレビをつけながら片付けているとちょうど夜のニュース番組で、少し落ち込んだ彼が堂々と映っているではないか。
「・・・そういうことね」
ニンフィアがよく見なれた彼の顔をじっとテレビ越しに覗き込む。そこに立たれると何も見えなくなるのだが。どうやら一介のポケモントレーナーにジム戦で負けてしまったようだ。
珍しいこともあるものだなあと思っていると、玄関の扉が開く音と、「ただいま」という彼の声が聞こえた。絶対機嫌が悪くなるだろうと思ってニュース番組からバラエティー番組に変える。
ニンフィアがキバナを出迎えに行ったから、私は料理をテーブルに置いていく。
「おかえりなさい、ちょうどご飯ができたところだったの」
「ああ、ありがとな。リン」
ニカッと笑った口から可愛らしい八重歯が見える。その笑顔からは少し陰りがあるように感じた。脱ぎ捨てようとした上着を受け取って、ハンガーに掛ける。
何も知らないことにして、「何かあったの」と聞くと彼は、少し黙って「ああ」と答えた。
料理を置いて飲み物を取りに行こうと冷蔵庫を開けようとすると、ふわっと後ろから抱きしめられる。いつもの柔軟剤のにおいに混じって少し汗のにおいが鼻についた。どこか走って来たのだろうか。
「どうしたの」と聞いても反応がなくて、しばらく黙っていた彼が、低い呻き声をあげて唸っている。そして「・・・負けた」とぽつりと呟いた。
「・・・悔しいの?ジムリーダーさん」
「・・・悔しい。元チャンピオンさん」
後ろを見上げると、その高身長の男は少年のようなあどけない顔で悔しそうにしていた。どうせ負けず嫌いの彼のことだ、「負けたところも自撮りしねえとな」なんて終わった試合で強がって言ってたに違いない。
私はひとつため息をついて、冷蔵庫を開ける手を止めて振り返り、彼と対面した。そして両手で優しく彼の頬をひっぱる。
むにゅっと男のわりには柔らかい肌の感触がした。こいつまた私の美容液勝手に使いやがったな。よく見るといい肌してやがる。
「キバナ」
「ん」
「私と初めて出会った時のこと覚えてる?」
「・・・ん」
こくりと頷いて垂れたスカイブルーの瞳が私を見据えた。ぱっと頬を離すとその高身長の怪物は覆うように私にのしかかる。
よろめいた私を後ろの冷蔵庫が私を支えてくれて事なきを得た。構わず彼は甘えたいらしく私をぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「・・・オレさま、リンと会った時みたいな熱が、少し冷めた気がする」
つまらない、そんな口調で彼は言った。ジムリーダーによくあるスランプというやつだろうか。確かに彼が私に負けた時、こんな感じではなかった。もっと彼にはバトルに熱気が籠っていて、再戦を次の日もその次の日もそのまた次の日も申し込んできたくらい正直鬱陶しかった。
「大人になったんじゃない。おじさんはもう引退よ引退」
「そんなこと言うなよ・・・」
がっくりと項垂れるキバナのせいでより一層負荷をかけられる。
何か気分転換になることでもないだろうかと思って彼の脇の間から部屋の周りを覗くと、棚に立てかけてある雑誌が目についた。
表紙にある綺麗な雪原の景色と“秘境ベストスポット カンムリ雪原特集”という文字が目について「あ」と声を上げる。
「キバナ、旅行いこ。旅行」
「リンの言うことだろどうせロクでもないところ連れていこうと・・・「カンムリ雪原」・・・・・・・・・・・・」
彼は一瞬黙ってすごく嫌そうな顔をした。「温泉あるよ」と言うと、渋々と頷いて「わかったよ」と頭を掻いた。
キバナから解放された私は、少し料理が冷めてしまったかと思ってテーブルを見る。ニンフィアの盗み食いに気付くまであと3秒。