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22時を回ったころ、約束通りシャーロットが『金色の夜明け』にやってきた。部屋のノック音と外から団員の「シャーロット・ローズレイ団長をお連れしました」との声に、私達はちょうど新しい紅茶を嗜んでいて、どきりと肩が少し跳ねた。
「わあ、隠れてくださいウィリアムさん」
「・・・私がいても彼女は何とも思わないと思うけれど」
「いいからいいから」
ぶつぶつ文句を言うウィリアムさんの背中を押して隣の執務室への扉を開けて無理やり閉めた。あとでなんか嫌味言われそうだ。
シャーロットを部屋に通すと、寝間着姿の彼女がプラチナブロンドの長い髪を揺らして入って来た。
ぐるぐると私の部屋を見渡して、驚く姿はかなり貴重だろう。「・・・『黒の暴牛』とは大違いだな」とつぶやくシャーロット。ヤミさんにぶっ飛ばされるぞ。
「部屋を持て余してるの、一緒に住む?シャーロット」
「金色の団長が許すわけないだろう・・・」
さっきの様子だと許さないとは言わないものの、難色を示すのは確かだ。
気持ちを切り替えて、作っていたお菓子と用意したリキュールを机に並べていると、彼女もお皿やグラスを取りに行ってくれた。
あまり酒に強くない彼女にコーヒーリキュールとミルクを混ぜて渡した。自分は最近食の好みが変わったらしく、レモンリキュールに炭酸水を混ぜる。
「かんぱーい」「乾杯」
ゆるい私の声と、凛としたシャーロットの声が重なって、グラスのかち合う音が響いた。
甘いお酒と一緒にレーズンマフィンだったりチョコレートケーキだったりカロリー度外視で深夜に食べる味は格別だ。
「リンと出会ってもう10年か・・・」
「早いものねえ、そりゃユノ君もアスタ君も大きくなるわ」
「やめろ、なんだか随分と歳食ったような言い方をするのは・・・」
そうはいいつつ、私の言葉に感化されたかシャーロットはぼうっと虚空を描いていた。「不思議なものだな、リン。私とおまえが出会ったのは戦場の中だった」
「そうやって思い出を振り返ると、ヤミさんみたいになっちゃうよ」
「・・・うるさいぞ。」
そう、彼女と会ったのは硝煙と血肉の匂いが鼻につく戦場の中で、初対面とは思えないほど気が合い背中を預けられる間柄だった。ヤミさんにそのことを話したら、ヤミさんもウィリアムさんとそう感じたらしく『氣』の流れが合うんじゃないかと言われた。
全然それまで『氣』というものがわからなかったけれど、アスタ君が三魔眼と戦っていた時に習得したのを見てあれがかあ・・・と思ったのは記憶に新しい。
グラスを傾けると、氷の入ったレモンスカッシュが音をたてて揺れる。
教会でユリウス様に拾われてから、ウィリアムさんに出会って、ヤミさんに出会って、それからシャーロットに出会って。
あの時はただひたすら突っ走ることだけを考えていた。『灰色の幻鹿』、回復魔導士のリーダー、そして『黒の暴牛』に『金色の夜明け』。
振り返ると、いつの間にか抱えきれないほど大切な人たちであふれていた。そして大切な人が増えすぎて、今度は失うことが怖くなった。歳をとるとはこういうことかと苦笑する。
「私は今の貴女のほうが人間味があって大好きよ、シャーロット」
「急に何を言い出すんだ、リン・・・おまえも随分と変わったぞ・・・」
「えーそうかなあ」なんて笑っていると、「よく笑うようになった」とシャーロットに頭を撫でられた。大切な人たちに囲まれていると幸せで腑抜けてしまいそうだ。
実は・・・とシャーロットが話を切り出す。シャーロットの真剣な声に、撫でられて少し微睡んでいた頭が少し鮮明になった。
「お前と出会ったあの町のことだが、二回襲われているんだ」
「へえ、そうだったんだ。せっかく復興したのにまた?」
「ああ。2回目は『碧の野薔薇』の動きが早くあの時と比べて街の損壊は防がれたが。その時ソルと出会った。なかなかどうして、あの町には何か縁があるのだろうな。」
「あの褐色娘の元気っ子か・・・」
きっとシャーロットの美しい荊魔法に魅せられて『碧の野薔薇』に入団したのだろう。戦闘で彼女ほど男前な女性はいないからなあと思った。
その娘が戦功叙勲式で表彰されるほど功績をあげる子に育つとはシャーロットも見る目がある。
それが4年前のことだと言われて、その時は私はヤミさんと新しく建てた『黒の暴牛』で必死に団員集めを行っていたころだなと懐かしくて笑みを浮かべた。
ああ、ヤミさんといえばエルフの騒動の一件の話をしなければと思いだし、シャーロットに「それで、あの時のことなんだけど」と言うと、先ほどまで遠くを見つめていた彼女は急に机に身を乗り出した。
「正直、ヤミさんとシャーロットの姿が脱出するまで見えなかったの。決戦でアスタ君とユノ君とヤミさんの攻撃が悪魔に届いたのは見えたんだけど、本人の姿はどこにもなくてね・・・」
あの時の状況と言えば、異界の生物が召喚されて“影の王宮”全ての空間を飲み込んでいたようだった。私達はなんとか崩壊した瓦礫の上を転々と渡ってその場をしのいだのだが、防ぎようのないあの生物の増殖の中生きていたとすれば一つ考えられること。それは・・・
「二人だけの密閉空間にいたんじゃないかって予想するわ」
「みみみみ密閉空間・・・!?」
驚きのあまり裏声になって叫びだすシャーロット。そしてわなわなと震えだしてうめき声を上げ始めた。日をまたいでいるので大声は避けたいところなのだが。
「そういえば・・・・・・すごく薄い記憶の中だがヤミとかなり近かったような・・・気がする・・・」
「そうそう、それに脱出してエルフの魂が抜けた後、シャーロットの体を抱きとめたのはヤミさんだったよ」
「だだだだだ抱きとめ・・・!?!?!」
私の言葉に、彼女は口から泡を吹きだして既に失神寸前だった。シャーロットには刺激が強すぎる事実だったらしい。
どうしたものかと思っていると、ちょうどいいタイミングでソルが部屋にやってきた。後ろから感じるのは世界樹魔法。夜も遅いしきっとウィリアムさんが直々に連れてきてくれたのだろう。
「夜分にすみませんっす、リンさん!!!」
「あら、ソル。ちょうどよかったわ、シャーロット死にかけてたから」
「ちょ、姉さん・・・!どうしたんすか!?」
ソルが声をかけてもぺちぺちと頬を叩いても反応がないシャーロット。
自分のベッドも持て余してるし全然隣で寝てくれて構わないんだけど・・・とソルに言うと、「それは申し訳ないので連れて帰ります!」と彼女をおぶっていた。本当に素晴らしい部下を勧誘したな・・・。
「シャーロットを上司に持つなんて、あなたも苦労人ねソル。」
「いえ、そろそろ迎えに行こうかと思ってたところなんで、ちょうどよかったです!」
お邪魔しましたとぺこっとお辞儀をして彼女を持ち帰るソルを見送って振り返ると、廊下で私をじっと見据えるウィリアムさんに苦笑した。
「なんですか、ウィリアムさん。まるで“私も苦労人だよ”みたいな顔で私を見ないでくださいな」
「ついに心を読める魔法まで使えるようになったのかい?リン」
「なんと辛辣な」
冗談を交えながら部屋に戻った私達。ウィリアムさんは部屋の明かりを消した。そして金色の仮面を外した彼はベッドの淵に腰掛けた私の金色の髪を一房掬い、そっと口付けを落とした。
そのまま押し倒しもせずに「おやすみ」と言って自分の部屋に去っていく彼は、本当に紳士的でそこがまた好きなのだが、どこか期待する自分がいた。
シャーロットがいなくなって静かになった部屋は、やっと夜更けを感じさせてくれた。梟がホーホーと鳴く音と、さらさらと風の流れる音が耳を澄ますと聞こえてくるのが余計に寂しい。
部屋に戻るウィリアムさんのあとを追いかけた私は、その波打つ『金色の夜明け』のローブをきゅっと引っ張る。
振り返って首を傾げたウィリアムさんに「どうした?」と聞かれても、寂しいなんて素直に答えられなくてきゅっと口を閉じてしまった。やっぱりシャーロットと似て私も不器用な魔法騎士団の女だ。
そんな私をよく知った彼は眉を下げて、「おいで」と、包むように腕を私の肩にまわして部屋に連れていかれた。
そんな彼をよく知った私はたぶん、ここまでが彼の策略だとうっすらと気づいてしまったのだった。
「ウィリアムさん」「うん?」「してやられました」「何のことかな」