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「・・・八輝将二人の死亡を確認しました。以上で報告を終わります。」
「ご苦労だったね。わざわざヤミも別拠点からありがとう。」
「うっす」
任務の報告を終えてユリウス様の執務室から出ようとした私達だが、扉から入って来たウィリアムさんと居合わせた。
「リン君。任務の報告を終えたばかりですまないが、」と眉を下げるユリウス様。その姿に私はぞわっと何か嫌な予感がした。・・・まさか、これからウィリアムさんと任務に駆り出されるということだろうか。
最近、私ばっかり駆り出されていて人手不足じゃないか?もうすぐおこなわれる魔法騎士団入団試験で大量に部下を採用してもらうようあとで言っておこう。
「ヤミも聞いていくかい?奇怪な現象が各地で起きている話」
「聞くだけならいいっすよ」
ぷはーと煙草の煙を吐き出すヤミさん。いいなこの人あとは拠点に帰るだけだし・・・。
ユリウス様が言うには、最近小さな村に純白の修道服とベールをかぶった異様なシスターが転々としており、そのシスターが去った後、村人全員が死亡しているという奇怪な事件が起きているそうだ。
しかも、その死体はすべて“血を抜かれた”ように蒼白となり肉体と骨は残っているらしい。
「吸血鬼・・・とかですか?」
「それもわからないんだ。発見者はその村を寄った商人や旅人だからね」
小さな村で長く滞在する者もいないから情報もそんなにつかめていないということか・・・。と不確定要素が多すぎて頭を抱える。
「しかし、最近平界の町にシスターが出現したという話を掴んだ。平界の町の名はオルレアン。・・・行ってくれるね?」
ユリウス様の言葉に私達はYES以外の言葉は用意されておらず、ウィリアムさんと私は敬礼した。
その様子にほっとしたユリウス様は「あーよかったよー!断られるかと思った」と少年のようにぱあっと笑顔になってくるくると小躍りしだした。
まさか色々と隠しているわけじゃないよな?と訝しげに彼を見ていると、その様子に気付いたユリウス様はこほんと咳払いをして、再び席に座った。
「そのシスターは、なんでも願いが叶う“神の雫”と言われる飲み物を無料で住民に出すらしい。」
「・・・んなわけあるか・・・」
さっきまで黙って聞いていたヤミさんが「あほらし」と鼻で笑った。私の気持ちを代弁して口に出してくれる彼はかなり肝が据わっている。ユリウス様は話をつづけた。
「それがどういうわけか本当に何でも叶っちゃうんだよ。信じた村人たちはこぞってその神の雫を求めてシスターのもとへ通いつめ・・・ついに・・・」
「「「ついに・・・」」」
続きが気になった私達は思わず言葉が重なる。どちらかから、ごくん、と唾を飲み込む音が聞こえた。
ユリウス様は「誰一人いなくなった」と告げた。彼の言葉に、しん・・・と執務室が静寂に包まれた。
「「「・・・・・」」」
ヤミさんとウィリアムさんと目線でやりとりする。
「金さん、聖女さんよ。この任務やばいぞ」「絶対断った方がいいって」「でも誰が断るんだい。」言葉に出さなくても視線だけで成立する、不思議なやり取り。
ヤミさんが隣で私の背中をぱしっと叩いた。いや私かい。承諾してしまってふふんと鼻歌を歌いながら上機嫌のユリウス様に私は「あの・・・」と意を決して口火を切った。
「ユリウス様、やっぱり・・・この任務やめましょう・・・危険な匂いがします」
そう言うと、ユリウス様はあんぐりと口を開けて、紅茶に砂糖をいれようとしたスプーンを落とした。ああ、砂糖の粉が高級な机の上を汚してしまった。
ショックで言葉が出なくなってしまったユリウス様を見かねて、ウィリアムさんが一歩前に出て敬礼した。
「お言葉ですが・・・私単独の任務にさせて頂けますでしょうか」
「え、それだったら私も行きます」
「君と危険な任務を共にすることはできない」
彼は私を心配に思って言っているのだろうが、どうしても戦力外と言われたような気がしてむっとしてしまった。このやりとりを見てヤミさんは「また始まった」と呆れて私達を見る。
収集がつかないユリウス様は「待って待って」と暴走する私達を止めに入った。
「この任務は二人にしかできないんだよ。もし魔法トラップで存在を消されていたとしたら世界樹魔法のウィリアムは必須。
それに、“神の雫”という代物に本当に神の力が宿っているかどうか確かめるのは、リン君の力が必要だろう」
「だからおねがいだから逃げないで二人とも」と半泣きで私達にお願いしてくるユリウス様にもう何も言えなくなってしまった。
渋々と了承し、肩を落として執務室を出た。ヤミさんが「じゃ、あとは頑張れよ」とか気のいいことをいって、去っていく背中を恨めしく見つめた。どうせパスタでも食って帰るんだろう。
ちらっと横目でウィリアムさんを見つめた。どことなし元気がないウィリアムさんもあまり意欲的ではないと見た。
「ウィリアムさん」と声をかけると、私の思っていたことを見透かされたかのように「ああ、とても気味が悪いね」と答えてくれた。
私達が単独任務で選ばれたのは、魔法騎士団が大勢駆け付けてシスターに姿を消されても困るからだろう。町の人に化けて潜入するしかないかと腹を括った。
「とりあえず・・・服、買いに行きましょうか。」
「それならアジトを出たすぐ近くに仕立て屋があるよ」
「ウィリアムさん・・・それは王貴族御用達の仕立て屋です。貴族の矜持はどぶに捨ててください。私達は平民です。」
不敵に微笑んでとんとん、と肩を叩くと、ウィリアムさんは眉を下げて「リン・・・君に任せるよ」と言われた。滅多にみられないウィリアムさんの平民姿をちゃんと見繕わなくてはと、ウィリアムさんの手を引いて、空間魔導士の力を借りさっそくオルレアンの街へと繰り出すことにした。
白いシャツに、ピーコックグリーンという孔雀の羽のような美しく深い青緑色をしたベスト、そしてコーヒーブラウンのスラックス。金色の仮面は目立つので外してもらって、呪いが目立たないようにグレーのハンチングを被らせて、丸眼鏡をかけた。
若手の駆け出し新聞社員といった設定で行こう。うんうん。こんな子がいたらなんでも情報を話してしまいそうだ。
「あーもうウィリアムさん素晴らしい・・・!顔がいいからなんでも似合いますね!楽しいです!普段もローブ脱いでこれで来てください!」
「リン、これは任務・・・」
「あ、やっぱりこっちの色のベストもいいですねえ、秋っぽくて。ああ、そういえば革靴も靴下も選ばないとですね」
「リン」
はいっと返事して振り返ると、目の前に綺麗なアメジストの瞳が私を見据えていた。丸眼鏡かっこいいな。なんだかすごい幸せな満面の笑顔で返事したせいか、怒ろうとしていたらしいウィリアムさんの声はだんだんと小さくなっていって、「・・・時間が押してるから」とだけ言われて踵を返されてしまった。
気持ち早めにウィリアムさんの革靴と靴下を決めて、『灰色の幻鹿』あてに領収証を切り、とりあえずウィリアムさんのコーデは完成した。
普段見られないウィリアムさんの私服姿が嬉しくてるんるんと浮足立って歩いていて、当の本人がいないことに気付いて振り返ると、地面に顔を落として後ろをついてくるウィリアムさんいた。
気分でも悪いんだろうか・・・?「どうしました?」と聞くと、「呪いの顔が見られていると思うと、気持ちが落ち着かなくてね」と眉を下げてほほ笑むウィリアムさんがいた。
今までウィリアムさんの呪いの顔を醜いと思ったことはない。むしろそれを含めて整った顔が美しいとさえ思う。私はいつのまにかウィリアムさんに向かって駆け出して、ばしっと彼の両肩を掴んだ。
「ウィリアムさん・・・ご自分の魅力に気付いておられないようですけれど・・・
そのばさばさの睫毛とか綺麗なアメジストの瞳とか、桜色の唇とか純白の絹のような髪とか白雪の毛穴のない肌とか呪いなんてふっ飛ばしてめちゃくちゃ綺麗なんですよ。
私、ウィリアムさんの素顔とっても好きだからその魅力に気付いてほしくないし、本当は誰にも見られたくないけれど・・・でも今となりで素顔でいてくれて、とっても幸せなんです。
だから、そんな悲しそうな顔しないでくださいよ・・・」
そう言うと、ウィリアムさんは少し目を大きく開いて・・・私が掴んでいた両肩を振り払って、ぎゅっと抱きしめられた。ほんのり首に触れるとウィリアムさんの体温はめちゃくちゃ温かい。照れてるのか・・・?
その顔は拝めることはできないし、何も言ってくれないから答えることはできないけれど、周りのおじちゃんたちから野次を飛ばされながらオルレアンの街の道の真ん中でしばらくウィリアムさんの熱い抱擁を受けていた。
「・・・リン」
「あ、はい」
「君が心配だよ」
「どうしてですか」
「一緒にいると息を吐くように、嬉しいことを言ってくれるから」
「・・・本心ですよ?」
体をゆっくり離されて、まだ少し頬が赤みがかっているウィリアムさん。ちょっと目が潤んでるのが可愛かったり。
「ウィリアムさん、照れてたんでしょ~」と肩をつんつんといじると、世界樹魔法の蔓が私の手を止めた。あまりいじると怒られるらしい。
「リンは着替えないのかい?」と聞かれて私は待ってましたと言わんばかりに前から用意していた服をバッグから出した。
オフの日に絶対いつか来て出かけてやると決めた平界にぴったり似合うボルドーのワンピースだ。これに軍用のごつい靴じゃなくて、ショートブーツでも履けば私も立派な平界人の仲間入り。
いつから用意していたのだと苦笑するウィリアムを横目に鼻歌を歌いながら歩く私。道の真ん中を歩いていた者だから、後ろから走ってくる馬車に気付かなくてウィリアムさんがそっと体を道路脇に寄せてくれた。
「宿屋はこの先にあるはずだよ。そこで荷物置いて着替えておいで」
「はーい。着替えたら酒場で情報収集ですね」
意気込む私に、あまり遠くに行っちゃだめだよと窘めるウィリアムさん。なんで同い年なのにこうもしっかり度合いが違うのだろうか・・・個性?心配性?
宿場にチェックインして、ウィリアムさんに貰った櫛で髪の毛を整え、ささっと着替えてちょっとだけメイクもして、部屋を出た。なんか宿場の廊下で二日酔いで転がってる男の人が不憫だったから回復魔法で治してあげるとすごく感謝された。
「お嬢ちゃんありがとうよ・・・光魔法かい?珍しいねえ」
おじさんは髭をしっかり蓄えていて、赤く太い鼻がちょこんと見えていた。
部屋からウィリアムが出てきて、私とおじさんが話している様子を見て心配だったのか駆け寄って来た。何もされてないよ。
「あれ、お嬢ちゃん。男がいたのかい。気をつけな。最近この町に来た妙なシスターがうろついていて若いもんも熱狂的になっとるらしい」
妙なシスター・・・その言葉に私達は目を合わせて頷いた。おじさんにそのシスターについて他に情報はないか問いかける。
「詳しくは知らねえが・・・この宿屋を出て右に曲がって、二番目の角を右に曲がってまっすぐいったところに“小瓶の部屋”という怪しい店がある。そこでそいつが“神の雫”とやらをさばいてるって話だ。」
「ありがとう、おじさん。神のご加護を」
「かっかっ、お嬢ちゃんもシスターみてえなことを言いやがる。」
その出鱈目のシスターよりかは幾分かましだと思うが・・・私は何も言わずに微笑んでその場を後にした。宿屋を出て近くの酒場でシスターの情報を得ていると、だんだんと自分も騎士団員でいることを忘れておじさん達に酒をおごってもらって飲み始めた。
話を聞いていると、“神の雫”を飲んだら金鉱山を引き当てただの、別嬪なお嫁さんを貰っただの。それを真面目に語るのだから、彼らは本当だと思っているのだろう。
しばらく彼らとお酒を飲んでいると、それを制止して代わりにのみ始めるウィリアムさんは私のお母さんみたいなポジションになりつつあるらしい。誰だ私をこんなじゃじゃ馬娘に育てたのは・・・ま、ユリウス様だからしょうがないね。
「色々と掴めましたよ、ウィリアムさん。シスターの情報。“神の雫”は赤いルビーのような液体で、一口くらいの小瓶に入ってる代物で、それを飲むと、ふわふわと夢見心地になる。
願っていたものだったり人が現れて・・・自分の思うがままになる。嗅覚や触覚も現実のよう。でも、夢見心地が続くのは一晩で、もっと欲しくなって通い詰める人が後を絶たない」
「私も同じような情報だったよ。そのシスターは幻影魔法の使い手と見て間違いないね」
「液体を媒体にしないと魔法が発動しないんですかね?うーん。」
「あとは最後の“消える”現象だね・・・こればかりはこの町の人に聞いても何も出てこないだろうが・・・」
私とウィリアムさんは席を立って酒場をあとにした。まあ行ってみればその赤い液体の正体もわかるだろうしなあとぼんやりと思って、おじさんが行ってた例の場所へと足を向ける。
「ウィリアムさんは宿場で待っててください」
そう言うと彼は目を丸くして私に問いかけようとしたが、胸に隠していた光の精霊を預けると理解したらしい。これがいると『伝説の聖女』だと一瞬にしてばれてしまうからだ。それに、私が願いをこめるときもウィリアムさんにいてもらっては困るし。
「・・・危険が及んだら光の精霊が反応すると見ていいんだね?」
「はい。だから万が一の時は光の精霊に連れられてきてくださいね」なんててへっと言ってみた。防御魔法を貫通された経験は今までないけれど。
心配性なウィリアムさんは眉を下げて渋々と頷いた。光の精霊と一緒に宿屋に帰る後ろ姿を見つめる。いつものローブ姿じゃないからすらっとした足が見えて美しい。彼を見送って、私は胡散臭いシスターのいる“小瓶の部屋”に向かった。
“小瓶の部屋”は外観からもう怪しさを帯びていた。建物の外ではドラッグ不足なのかのたうち回る者や、柱に向かって抱き着いている者、うめき声をあげながら徘徊している者など、かなり私は中に入るのを躊躇った。
任務だから仕方ないと、“小瓶の部屋”の扉を開いた。そこは薄暗く紫のライトで照らされていて、何やら白い煙のようなものが部屋中を満たしていた。
視界が悪い中、こらしてみると左の部屋では何かを信仰し儀式みたいなものを行っていたが、門番が私の前にいたのでよく見ることができなかった。
「こんばんは、ご新規ですか?」と可憐な声で問われて振り返ると、純白の修道服とベールをかぶり、修道服の下の方は深いスリットが入っていてすらりとした太腿が見えていた。
白いレースのニーハイソックスがやけにエロく映る。なんだこの破廉恥なシスターは。なんでかわかんないけれど絶対にウィリアムさん彼女と会ってほしくない。
「・・・こんばんは、願いが叶うと聞いてきました」
そう言うと、シスターはにこりと笑って、右の部屋に通してくれた。そこは教会を模したようなステンドグラスや祭壇があった。
「・・・この“神の雫”は、神の使いである私が享け賜わった貴重で強大な力を秘めたもの・・・万物の願いを叶え、あなたを正しい道へと導いてくれるでしょう。神のご加護が与えられたあなたに、これを授けます。」
情報にあった赤い液体の入った小瓶を渡された。これでブツはいただいた。あとはこれを研究するだけだとまじまじと観察する。
「神に代わって私があなたの願いを聞き、その力をこの小瓶に秘めましょう。さあ、お答えなさい―――あなたの願いを」
「・・・魔法騎士団の、金色の仮面を被った・・・ウィリアム・ヴァンジャンスさんにお会いしたいです」
私の演技はいかほどか。今の設定は魔法騎士団にあこがれをもつ平民の少女だ。きらきらとした眼差しに彼女は微笑んでゆっくりと頷いた。
「・・・今、その小瓶にあなたの願いをかなえる神の力が宿りました。家に帰ってこの小瓶を使い切りなさい。すぐに効き目は出るでしょう」
「ありがとうございます」といって、その場から離れようとするとシスターは「一つ、言い忘れておりました」と口を開いた。
「強大であるがゆえに、使い方を間違えてはなりません。先ほど貴女も見てこられましたように、建物の外の方々のようになります。」
「・・・その、使い方とはどういうものでしょうか」
「左の部屋に、礼拝堂がございます。そこで神に祈りを捧げるのです。願いをかなえて頂いた感謝の気持ちを込めて。あなたの好きな時で構いません。いつでもお待ちしております・・・」
それがさっきの儀式みたいなものかと納得した。あそこにいたのは願いがかなったと思っている者たち、もしくはもっと違う願いを叶えたい者たちの巣窟か。
結局“消える”現象がわからずじまいだったが、とりあえずブツは手に入れたので足早に帰ることにした。
「神のご加護を・・・」出ていく私にそう言って祈りのポーズをとるシスターの顔面を殴ってやりたいところだったが、インチキ商法なんて相手にしてられないと横目に見て宿屋に帰った。
ウィリアムさんのいる部屋をノックして入ると、待ちわびていたかのように立ち上がった。光の精霊がくるくると私の周りを纏っている。
「おかえり、リン。無事でよかった」
「ウィリアムさん。持ち帰りましたよ。例のブツ」
胸ポケットから小瓶を取り出した。ルビー色のとろとろとした液体が明かりに照らされて怪しく光る。
「・・・なんだか私の願いを言った後に彼女のマナが増したので、液体に幻影魔法をかけたのは間違いないかと。」
「ところで、リンはどんな願いを込めたのかな」
「・・・それって言わないとだめですか」
「幻影魔法じゃない可能性もあるからね」なんて言ってるが十中八九それは言い訳で単にわたしの願いが興味本位で聞きたいだけだろう。
私は渋々と「それは・・・たぶんないかと。ウィリアムさんに逢いたいっていう願いですから・・・」とつぶやくと、しばらく沈黙が続いた。
丸眼鏡から弧を描いた彼の宝石のような瞳と見つめ合う。私の右頬にそっとウィリアムさんの白く細長い指が添えられて、それがなんだか恥ずかしくて目を泳がせた。
「・・・ウィリアムさん、小瓶飲みますね」といたたまれなくて私は話を切り出すと、「・・・何かありそうだったら世界樹魔法で君のマナを吸わせてもらうよ」と言われた。私の魔力を根こそぎ吸うとなると、この町一帯が森林に覆われてしまうことになるので最悪の事態は考えないようにした。
こくんと赤い液体を飲み干す。色々なマナが混じったような味がする・・・そして鼻につく鉄の匂い・・・間違いない、血だ・・・
全身がどんどんだるくなってきて、ふわふわと夢見心地だった。視界にもやがかかったように、目の前にいるウィリアムさんはいなくなっていて、
いつもの『灰色の幻鹿』のローブを着て金色の仮面を被ったウィリアムさんが別の場所からやって来た。
手を伸ばそうとすると、彼は私の手を引いて、「逢いたかったよ」と抱きしめる。ヴァンジャンス邸の薔薇の気高く甘い匂いがふわりと香った。
見渡すと、そこはいつもの薔薇園で、私とウィリアムさんが席が待っていた。
どこからともなく鳥のさえずりが聞こえ、咲き乱れる薔薇の中を歩いていると、ウィリアムさんは振り返っていつもの優しいアメジストの瞳で見据えた。
首を傾げていると顎を長い指で掬われて、「リン」とわたしの名前を呼んでくれた。
「好きだよ・・・」
ウィリアムさんの告白に、だんだん顔の熱が赤みを帯びてくる。私も・・・そう言おうとした瞬間、やっと自分の気持ちに気付いた。
・・・私、もしかして、ウィリアムさんのことが好きだったのか?今までのこのもやもやとした黒い感情は嫉妬とかそういうことだったのか?
近づいてくるウィリアムさんの整った顔と柔らかそうな唇に受け入れようと目を瞑った瞬間、遠くから私を呼ぶ声が聞こえた。
「リン・・・リン・・・!!!」
私は飛び起きて、ウィリアムさんの顔を見た瞬間さっきの光景を思い出して奇声を上げてベッドから離れてウィリアムさんと距離を取った。
「ウウウウウウウウィリアムさん・・・待って私今ちょっと心臓おかしいこっちこないで」
どうしよう、ウィリアムさんのことをま と も に み れ な い。
「どうした・・・?」
「不治の病です・・・」
この薬の影響かと思っているらしく、そういうことじゃないと言った私に
ますます心配してこちらに近寄ってくるウィリアムさんから逃げる。その辺にあった木目の小さな棚を目の前に移動させて彼と距離をおいた。
いつも美しいと思っていた彼のアメジストの両眼がまともに見れなくて、私は両目を覆った。両目を覆ったまま壁にもたれかかってずるずると腰を下ろす。そして曲げた膝にの間に頭をうずめた。どうしようウィリアムさんとちゃんと接しなきゃこれからの任務にも響いてしまうのに・・・
近づいてくるウィリアムさんのマナを感じながら、私は顔をうずめたまま口を開いた。
「あの瓶を飲んでから好きって気持ちがわかったんです・・・好きなのに胸がきゅっとなって、まともに顔が見れなくて・・・
ずっと隣にいたいのに、もっと知りたいのに・・・こんなの辛すぎる」
ウィリアムさんの向かってくる足の音が止まった。いったい彼はどんな顔をしているんだろう。気になるはずなのに、うずめた顔を上げることはできずに全然まともに見ることができなかった。
「リン・・・今日は夜も遅いから、自分の部屋に戻ってゆっくり休むといい」
言葉の詰まってかすれたウィリアムさんの声に、私はゆっくりと顔をあげてのぞき込んだ。ウィリアムさんも私をまともに見てなくて・・・背を向けて窓の外を見ていた。その顔からどんな表情だったかなんて伺い知ることはできない。
明日にはこの気持ちを落ち着かせて今まで通りいつもの元気な姿で接しないと・・・そう思って私は足早にウィリアムさんの部屋の扉から出て、こちらを見てくれないウィリアムさんに、「おやすみなさい」といってぱたりと閉めた。
Side William...
小瓶を飲んでから、あまりにもリンが幸せそうな顔で眠りについたからしばらく私は起こすことができなかった。
幻影魔法・・・それは、一度視たら永遠に虜になる人の精神を侵す仮初の世界。彼女が見ている幻影はどんなものなのだろうか。
すうすうと寝息を立てながら、むにゃむにゃ寝言を何か言っている。床にへたりこんで寝てしまった彼女をベッドに移動させておろすと、満足そうに私の名前を呼んだ。
驚いて思わず彼女の顔を見たのだが、眠ったままの彼女は幸せそうに寝息を立てていて、まだ幻影に囚われていることを確信する。
眠った彼女の頬に触れた。深く幻影魔法に囚われていて彼女が起きることはない。石膏のように美しく、白い肌。熟れたリンゴのように赤くふっくらとした柔らかそうな唇。プラチナブロンドの絹のような髪。
その閉ざされた瞳を開けると宝石のような深海の瞳が私を見据えるのだろう。
いつから彼女に深く入れ込んで、誰にも渡したくないと思ったのだろうか・・・。
目を閉じると色んな彼女が映りだす。咲き誇る花のように美しく笑い、硝煙と血肉の匂いが残る戦場で気高く統率し、王貴族に果敢に立ち向かい、そして悲哀に満ちて消え入りそうな顔で私を見据える・・・
好きだと彼女に何度伝えようと迷ったか。しかし、この思いを伝えるにはあまりにも深すぎて、重すぎて、拒否されることを恐れた私はいつしか諦めてしまっていた。
リンの名前を何回か呼ぶと、長い黄金の睫毛が羽ばたき、ぱちりと深海の瞳が私を見据えた。その瞬間、不意に、どくりと胸が大きく高鳴った。
「ウウウウウウウウィリアムさん・・・!?」と飛び起きたリンはベッドから抜け出して私と距離を取る。
近づいていこうとすると、「こっちこないで」と言われてしまい足を止める。頬が真っ赤に染まり、私を見てくれない彼女に、余計心配になる。
「どうした・・・・?」と聞くと「不治の病です・・・」と彼女は胸を押さえながら近くにあった小さな木目の棚を要塞のようにして、私との距離を取ろうとした。
挙動不審の彼女の行動に首を傾げていると、リンは目を両手で覆って、ずるずると壁に体を預けながら腰を落としていった。床にへたりこんで、膝を抱えながら頭を両ひざの間に埋める。
「あの瓶を飲んでから好きって気持ちがわかったんです・・・好きなのに胸がきゅっとなって、まともに顔が見れなくて・・・
ずっと隣にいたいのに、もっと知りたいのに・・・こんなの辛すぎる」
蚊の鳴くような声でつぶやく彼女。その一言一言が、まさか自分のことを言っているのではと思って、呼吸の仕方を忘れた。
長い沈黙が続く。まともに彼女の顔が見れなくて、ごまかすように外の景色を見つめた。景色の世界は何も頭に入ってこない。気になるのは彼女の姿。
呼吸が苦しくて、頬の熱は引いてくれない。本当だったら彼女に今自分の気持ちを伝えるべきなのに、常に自分の体を共有するもう一人の自分の影がそれを邪魔をした。
クローバー王国を愛する彼女と、クローバー王国を憎む彼の相反する思いを秤にかけても、常にその重さは等しく。
このまま彼女と深く愛し合ってしまったら、私の体を共有するもう一人の友人のことを煩わしく感じてしまい、彼の願いを聴くことはできなくなってしまうだろう。
「リン・・・今日は夜も遅いから、自分の部屋に戻ってゆっくり休むといい」
上手く言葉が出なくてかすれた声が部屋に響いた。横目でリンを見るとぴくんと彼女は体を震わせた。目が合うことをおそれて、ふいに顔を窓に向ける。
窓に映る自分の顔は酷く醜かった。彼女と同じ思いを共有して幸せなはずなのに、なんでこんなにも辛い顔をしているのだろう。
「おやすみなさい」そう言う彼女にも反応できなくて、静かに扉は閉ざされた。
長いため息が漏れて、ふらふらとベッドに横たわる。彼女のベルガモットの華々しく優しい残り香に包まれて、自然と瞼が重くなる。
明日は、自分のこの溢れる思いに蓋をして、いつもの自分で彼女を迎えよう。いつかもう一人の自分が理想とする世界で、彼女が幸せに過ごすために。