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数々の戦場を潜り抜けて、等級も昇格したあと、ユリウス様に直々に呼び出され何事かと思いながら赴くと、いつものように朗らかな笑顔で出迎えてくれた。
「・・・その様子だと、急務ではなさそうですねユリウス様」
「さすが僕と長い付き合いなだけはあるねえ、リン君」
任務でなければ何の話だろうと思い首を傾げていると、こほんと咳払いをしたユリウス様が警護についていた団員達を執務室の外へと追い出した。
部屋には私とユリウス様だけの状態となった。まっすぐと私を見据える。普段真剣な表情をあまりしない彼のことなので、改められると嫌に背筋が伸びてしまう。長い沈黙の後、ようやくユリウス様が口を開いた。
「・・・魔法帝が退位された件は、知っているね」
「はい。お伺いしております。」
「まだ極秘情報だが、次の魔法帝は私になる」
「・・・冗談ですか?」
「こんな笑えない冗談を言うようになるほど私はまだ地に落ちてないよ」
そうですよね、なんて顔が引きつった。穏やかに言う彼の口は弧を描いているがまったく目は笑っていない。
実績を積み、自己研鑽に励み、部下を率いる統率力と誰もを魅了するカリスマ性。彼ほど魔法帝に相応しい男はいないといえば、そうなのだけれど。
「次期魔法帝就任、おめでとうございます」
「ありがとう。それで、そのことなんだけど・・・」
そこまでユリウス様は言うと、言葉を詰まらせて、ゆっくりと私に背を向けて、窓から見えるクローバー王国を見つめた。建国してからクローバー王国は発展を遂げて、この王貴界は賑わいを見せている。しかし、王貴界、平界、恵外界の格差はどんどん開いていくばかり。その格差を是正するのが僕の使命だとずっと教えられた。
「・・・僕が魔法帝の座についた時、君を魔法帝直属の回復魔導士に任命する。」
突然の異動を命じられて私は目を丸くした。それは即ち、魔法騎士団の退団を意味する。ウィリアムさんやヤミさんとはもうしばらく会うことはできないだろう。
言葉がうまく出せずにのどに詰まる。戦場に出て人々や団員達を守ることが私の使命だと思っていたのに、突然の異動を告げられて頭が混乱していた。
本来なら敬礼してYESと言わなければならない状況なのに、私は動揺して目を泳がせている。その様子にユリウス様は苦笑して、「そう案ずることはないよ、君は今まで通り好きに戦場で暴れてくれればいい」と告げた。
「・・・暴れては、ないですよ・・・」
「何を言ってるんだい、こんなじゃじゃ馬娘に育てた親の顔が見てみたいよ・・・ああ、きっとこの僕だ」
一人で話を完結させるユリウス様は頭をがしがしと掻いていた。確かに彼の影響はかなり反映されているのだろう。自由奔放に育てていただいたおかげで、ずっと王都にしばられて魔法帝の近くで内勤するなど死んでもごめんだった。
「魔法帝直属、ということはある意味私は自由度が高くなるということですね。」
「そういうこと。君は一つの魔法騎士団に縛られなくていいんだ、というか縛られる器ではないんだ。
救援要請を必要としている団へ出向いて、後方支援を充実させてほしい。魔法騎士団は何も攻撃魔法だけがすべてではないからね。」
名案だろうと目を輝かせるユリウス様だが、これはある意味私はお守をする団が一つではなくすべてになったとも受け取れる。しかし、こうやって好きに動いていい地位、ということはそれなりにいいポストを用意しているということなのだろう。
今後の仕事にかかわるため、ユリウス様に私の回復魔導士の立ち位置を聞いてみると、彼自身がそのポストを決められるようになっているらしく(魔法帝直属なのだからそれもそうだ)、華々しく回復魔導士のトップリーダーという地位をいただいたのだった。
それで現存の回復魔導士達が納得するだろうかと胃が痛くなったが、そうは言っていられず「謹んでお受けいたします」と敬礼する。
ユリウス様に解放されて、ふらふらと執務室から退室した私は、情報量が多すぎて飲み込めていない現状に混乱しながら自室に戻ろうとした。
「・・・リン、顔色が悪いけど大丈夫かい?」
廊下でウィリアムさんとすれ違う。聞くと先ほど任務を終えて、その報告をしにユリウス様のもとへと行く途中だったらしい。
私はげっそりと白目になって長いため息をついた。なんとこの状況を説明していいのだろう。ユリウス様には極秘情報と言われているので簡単に打ち明けられないし。
「・・・大丈夫ですよ、ウィリアムさん」ぐるぐると頭を回転させた後、そう答えるしかなくて、再び歩きだそうとするとくらっと眩暈がして足を滑らせる。
「おっと」ウィリアムさんが鋭い反射神経で私を抱きとめてくれた。
「すみません」と謝罪をすると、ウィリアムさんが苦笑して「この後予定がなければ、いつもの薔薇園で紅茶を淹れてあげるから先に待っててくれ」とぽんっと肩を叩いた。
このヴァンジャンス邸にお邪魔するのはもう何度目になるだろう。幼いころから任務もかねて通っているせいで、使用人にも門番にも顔を覚えられてしまった。
庭園に向かうと色とりどりの薔薇が私を待っていましたといわんばかりに甘い匂いを纏わせる。この場所は、思い悩んだ私を忘れさせてくれる癒しの空間だった。
毎回来ても丁寧に手入れされている庭園に、いったいどんな凄腕の庭師を雇っているのだろうかと、ひとつひとつの薔薇をじっくりと見ていると、ウィリアムさんが庭園に歩いてくるのがわかった。
「待たせてしまってすまなかったね、リン。紅茶と菓子を用意してるからゆっくりして」
「毎度のことながらお気遣いいただきありがとうございます、ウィリアムさん。」
この薔薇を愛でるだけでも私は幸せなのになあと思っていると、ウィリアムさんが私の耳に深紅の薔薇をかけてくれた。ふわりといい気高く甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「私、ガーベラやダリア、カーネーション等いろいろある中で薔薇が一番好きかもしれないです」
どうして?と首を傾げるウィリアムさん。一番あなたに愛されてるからと答えると、ウィリアムさんが珍しく頬を赤く染めて、「君は本当に・・・」とぶつぶつとつぶやく。
「ほかの人にそんなこと言っちゃだめだよ」
「まさか、気分を悪くされましたか・・・?」
「いや、勘違いした敵が増えても困る・・・」
敵?と問いかけると、もうこの話はやめようと言われた。たまにウィリアムさんの行動はわからない時がある・・・。執事が紅茶と茶菓子を持ってきたところで、私達は白いアイアンテーブルのあるところへ場所を移した。
ここにいるときだけはウィリアムさんの仮面が外れて本当の顔が見えるので少し胸が落ち着かない気持ちになる。いつもより心臓の鼓動も早くなって、少し息が乱れる気がする。
今日用意してくれたのはローズティーだ。ここにある薔薇の花弁を乾燥させてみましたと執事が説明してくれた。それでもって、ほんのりミルクの優しい味のするクッキーが私の心を幸せに満たしてくれる。
全てを忘れて幸福感に浸っていると、ウィリアムさんがくすくすと笑って「連れてきてよかったよ」と紅茶を口にしていた。
「本当にこの場所だけが私の癒しの空間です」
「それはよかった・・・予定があえばいつでも付き合うよ、リン」
小鳥のさえずりと穏やかな噴水の流れる音が、戦場で疲れ切った私の体を癒してくれる。しかし、ふと思い出す先ほどの自分の異動の話に顔が歪んでしまった。
その顔を見逃さなかったのかウィリアムさんは「思いつめた顔をしていたけれど、話してもいいなら聞かせて」と心配そうに私を見つめる。
彼なら信頼に足りえる人だし、ここなら誰も聞いていないだろうと、ユリウス様の次期魔法帝就任の話と私の異動の話を打ち明けた。ウィリアムさんはユリウス様の昇格の話は自分のことのようにとても喜んでいたが、私の異動の話になると顔を曇らせてしまった。
「それは、『灰色の幻鹿』を脱退するということだね・・・」
「・・・そういうことになりますね」
お互いに視線を合わせるのは気まずくなってしまって、鮮やかに広がる薔薇を見つめた。しかし気は晴れることなく長い沈黙が過ぎていく。
「リン」そう言われて、ウィリアムさんを見るとアメジストの瞳が弧を描いて見据えていた。まるで優しく包み込んでくれそうな、慈愛を持った瞳で。
「君の統率力と敵地の空間把握力、そして責任感の強さは上に立つのに必要な力だ・・・それは君の大切な個性だし、ユリウス様の教育の賜物だと思うよ。」
「はい・・・」
「でも君が精神的に参ってしまった時は、私も力になりたい。上に立つと、今まで以上に後ろ指を刺されるだろうからね」
私も早く団のトップに立って、リンを支えたいよとウィリアムさんは苦笑した。雲から覗いてくる太陽が私達を照らしてまぶしい。
そう遠くない未来で、きっと彼は立派な団長になるのだろう。私もその隣にいたかったなあとぼんやりと思った。
空っぽになったティーカップを見つめて、立ち上がる。ウィリアムさんのおかげでいい気分転換になって自分の気持ちを奮い立たせた。
「迷っていても未来は見えないのでとりあえず流れに乗ってみようと思います。ウィリアムさん。また思い悩んだときはお尻ひっぱたいてください」
「私は君を激励したいわけじゃなくて甘やかしたかったんだけどね・・・でも、力になれたのならよかったよ」
さて、『灰色の幻鹿』に戻ろうとウィリアムさんと一緒に帰路へと向かう。この魔法騎士団にいられるのもあとわずかだ。
歩くたびに耳元で揺れる深紅の薔薇が、ふわりといい匂いをくすぐって、まるで隣でずっとウィリアムさんが守ってくれているような気がした。