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『灰色の幻鹿』は拠点が二つある。
私とウィリアムさんは主に王都を中心とした活動を拠点にしているが、団長であるユリウス様から任務を受けて、回復魔導士が足りないため私だけ王貴界から離れた拠点へ戦地の増援に向かってほしいと言われた。
「なんだか君だけだと無理しそうで心配になって来たよ」
「こらこら、ヴァンジャンス君。リンくんももういい歳なんだから一人で任務くらい行かせてあげなさい」
「なんで二人して娘を見るような眼差しなんですか・・・ウィリアムさんに限っては同い年だし・・・」
心配そうにアジトの玄関で見送る過保護な二人に私はため息をついて、しばらく帰ってこないであろうアジトを見上げた。
王貴界にあるこのアジトは立派な建物だ。これからいくもう一つの拠点はかなり僻地にあると聞いて、正直あまり乗り気はしていなかった。
「ああ・・・行きつけのお店の新作デザートはお預けか・・・」
「ふふ、心配しなくていいよ。私が代わりに食べておく」
「そこは差し入れで持ってくると言ってくれたほうがどんなに救われたか」
私はそちらのアジトに任務でも行くことはないからねと、さも残念そうに言ってくるウィリアムさん。
こんなことをしていたらいつまで経ってもここから離れることはできないだろうと感じた私は、荷物をまとめたリュックを背負って「さて、」と話に区切りをつけた。
「それでは行ってきます、ユリウス様。ウィリアムさん。」
「ああ、道中気を付けて行くんだよ」
「リン、これを。」
ウィリアムさんが小さい何かを私の手に託した。何だろうと思っていたら、木でできた持ち運びしやすそうな櫛だった。
試しに髪をとかしてみると、さらっと指どおりがよくなり光沢感も持つようになった。聞くとハート王国で手に入れた希少な櫛らしい。ウィリアムさんにお礼を言って、ポケットの中に大切にしまった。
二人に見送られながら、王都を後にした私は、光の精霊を召喚してドラゴンに変身させ、持たされた地図を頼りにもう一つの拠点へと向かった。
鬱蒼とした森林が取り囲む中、石材でできた絶対要塞のような高い城壁に息をのんだ。門番がちらほら巡回している城壁を、ドラゴンは悠々と飛び越える。
その大きなドラゴンの姿はよく目立つのだろう、『灰色の幻鹿』の団員達は目を丸くして上空を見上げていた。
・・・まあ確かにこれだけ深い山奥であれば、あの強固な城壁も納得できる。クマでも猪でも何が出てもおかしくないだろうが団員たちはここから出て任務に向かう時不便ではないだろうか・・・と王都のもやし育ちの私はぞっとした。
光の精霊の存在はかなり目立っていたようで、私が到着するなり既に話は通っているのか『灰色の幻鹿』の団員達が私を取り囲んだ。
「長旅お疲れさまでした、リンさん。この度は救援要請に応じていただきありがとうございます」
「いえ、仕事ですから。早速任務の詳しい話について聞かせていただけますか」
「はい、副団長のもとへとご案内いたします。どうぞこちらへ」
そう言ってアジトの中へと足早に通される。相当事態は悪化しているようだ。
団員のあとを追ってアジトの周りを見渡す。王都とは違い、装飾品や煌びやかさに欠けて質素に見えるが、堅牢な造りで襲撃の頻度の高さがうかがえた。
団員に通されて副団長と対面する私。普段ユリウス様の右腕として、滅多に会うことはなかったが、白髪交じりの髭をしっかりと蓄えて堀が深く眉間に刻まれた皺はかなり厳めしい印象を受けた。
「ああ、長旅ご苦労であったな。リン。ついたばかりで悪いが、火急の事態だ。任務の詳細を聞いてもらったら、パートナーとともに取り急ぎ現場に出向いてもらう」
「かしこまりました」
ダイヤモンド王国の八輝将3人含めた数百名の大隊が近くの恵外界の村を次々と襲撃し侵攻をしており、『灰色の幻鹿』の団員達が向かったものの全く歯が立たなかったらしい。
今は各地で戦争の火種がくすぶっているため、回復魔導士の派遣要請を行っても足りない状態だ。戦争の要となる後方支援が充実していないとお話にならないと猫の手でも借りたい思いで私が派遣された次第である。
今回相棒になるであろうヤミ・スケヒロという男とともに戦争に加勢しダイヤモンド王国の襲撃を鎮圧しろというのが今回の任務だ。
程なくして、扉が開かれその男がやってきた。ぼさぼさの黒髪に、煙草を燻らせた私よりも少し年上の印象を受ける男。
私を見るなり、すごく嫌そうな顔で副団長に「相棒って、こいつっすか?」と私に指をさしてくる。何だこの男は超絶失礼だ。
「・・・そうですけど、何かご不満でも?」にこやかな微笑みでヤミ・スケヒロに言うと、そいつは引き気味に「うわあ・・・」と言って、頭を掻いた。
「王都からすげえ回復魔導士が派遣されるって聞いて、楽しみにしてたけど、まさかひよっこい女だったとはな・・・」
「あら、初対面早々女性差別発言は感心しませんわ。私の手を煩わせないようにせいぜい頑張ってくださいね」
「しかもおフェミ系高飛車女子・・・苦手なんだよなあ」
一応断っておくが私は高飛車でもなければ、過激派フェミニストでもない。こいつの腹立つ態度が総毛立つほど嫌いなんだと自分を正す。
「黙れ」と副団長の鶴の一声で、私達は口喧嘩をすぐさま止めて、背筋を伸ばし敬礼した。
ユリウス様と違って厳格で冗談の一言も通用しなそうな副団長の前では変なことは仕出かせない。私達は拝命を受けてすぐさまアジトをあとにした。
空間魔導士も現場に派遣されているため私の光の精霊が移動手段となる。先を行くヤミ・スケヒロの足を止めて、ともにドラゴンの背中に乗るよう言った。
「あ?・・・んなもんなくても、走ればなんとかなる」
「じゃあどうぞご勝手に。」
相棒だろうが何だろうが、仲良しごっこなど今更している暇はない。いちいち癪に障るヤミ・スケヒロを置いて現場へと直行した。
現場は悲惨な状態だった。こちら側の戦える魔法騎士団たちはほとんど残されておらず、瀕死の状態の者たちが戦場に転がっている。
「光創生魔法 女神のゆりかご」
転がる兵士たちはとりあえず『灰色の幻鹿』側の団員達だろうと上空から視認して、自分を中心に3キロほど離れたところまで広範囲防御魔法と回復魔法を施した。
この範囲の中のなかにいるものは敵だろうと関係なく私の加護を受ける。
しかし、ダイヤモンド王国側の大隊はもっとこの先で戦闘待機を行っていることが上空から見て取れた。八輝将もあの中にいるのだろう。とりあえず、戦争には間に合ったのだと少し安堵した。
その場にいたリーダー格の団員達に上空から見た状態を告げて、部隊を分けて挟み撃ちにする作戦を提案する。空間魔導士を私のドラゴンの背中に乗せて、敵の陣地の後方まで移動し、そこから空間魔法で二つにわけた少数精鋭隊を流し込む作戦だ。
了解が取れたところで、空間魔導士をドラゴンの背中に乗せた。この光り輝くドラゴンが、太陽に紛れてくれればいいがと切に願うばかりだ。
敵陣地の後方にある茂みの中に彼を下ろし、上空でその戦闘の状況を確認した。
前線にいた部隊が動き始め攻撃を開始する。それを合図だと言わんばかりに、後方に回った空間魔導士に小隊を移動させるよう指示した。
10人規模の小隊が空間魔法から出てくる。その中には、ヤミ・スケヒロの姿も見えた。
「やっと追いついたんですね、ご苦労様でした」
「何言ってやがる、道草食ってただけだこっちは」
隙を見計らう彼らに強化魔法を加える。この小隊の目的は八輝将の三人の討伐。これさえ完了してしまえばこの任務は終了だ。思っていた通り、ダイヤモンド王国の兵士に囲まれて、八輝将のうちの二人は退屈そうにその場でくつろいでいた。勝ち戦だと思っているのだろう。今日が命日であることも知らずに。
「私達の任務で狙うはあの二人の首です、ヤミ・スケヒロ。」
「ああ、わかってる」
隙が見えた私達は茂みから飛び出して八輝将のいる本丸へと駆けだす。
仏頂面で私の指図も全くうけない彼は全く好きにはなれないが、お互いに戦闘のタイミングは合っているらしい。
回復魔法と防御魔法で彼を支援し、歯向かってくる敵はすべて彼が斬りつけてくれた。
「やるじゃねえか」
「どうも」
しかし、前線に部隊がいるとはいえ敵は数百名の大隊の兵士たちが邪魔してくる。一向に八輝将のもとへとたどり着けない。このままではこの作戦が無駄になってしまうと思い、ヤミ・スケヒロに提案した。
「今から私の光創生魔法で八輝将のもとへとあなたを“飛ばし”ます。あとは、いいですね」
「ああ、頼んだ」
「光創生魔法 光葉樹の蔓」
地面から顔を出した光の蔓はヤミ・スケヒロを掴み、八輝将のもとへとその体を投げる。一人は彼の闇魔法によって不意打ちの攻撃をまともに受けて、深手を負っていた。
その様子を見ながら他の魔法騎士達の支援をしていると、もう一人の八輝将がゆっくりとした足取りで私のもとへとやって来た。
「へえ・・・こんな可愛らしいお嬢さんが、クローバー王国の要だとはねえ」
「ふふ、どうも。しかし私は要ではなく裏方ですよ。主役は彼らです」
攻撃魔法を全く使えない私は敵の攻撃を受けないように防御魔法を張る。八輝将もそれに気づいて私に攻撃を仕掛けるつもりがないのか手を両手に挙げて「やれやれ」とため息をついた。
「僕も本当は戦争嫌いなんだよねえ・・・こんな可愛らしいお嬢さんをいじめる趣味もないし」
だから少し僕とお話しようよとにこやかな微笑みを携える八輝将の一人。よくみると20、21といった青年だろう。敵なのに、あそこにいるヤミ・スケヒロよりもフレンドリーで気を許してしまいそうだ。
「まあ・・・私に攻撃してもいいですが、たぶんそちらのマナが尽き果てますよ」
「知ってるよ、君はダイヤモンド王国でも有名だからね。“浮遊する絶対要塞”と呼ばれているよ」
なんだその可愛らしくない通り名は。それならまだ、クローバー王国の『伝説の聖女』と呼ばれていた方がまだ可愛げがあって好ましかった。
周囲では戦闘が繰り広げられているはずなのに、戦闘する意思のない私達の空間だけなぜか別の世界のようだった。
しかし強化魔法は加えてあげなくては、私が派遣された意味もなくなるのでマナを味方に分け与える。
「君は、見たところその団の一団員だろう。
その指揮力と空間認識の高さ、膨大な魔力量、そして味方を支援する優秀な回復防御魔法を持っていれば、我がダイヤモンド王国の八輝将にもなれるというのに。勿体ない」
こちらに寝返らないかと誘ってくる八輝将の青年に、「どうしましょうかねえ」なんて言って時間を稼ぐ。そろそろヤミ・スケヒロが八輝将の一人を倒してこちらに向かってくる頃だろう。
「お誘いいただいたのは有難いんですが、私まだやり残したことがあるんですよ」
「へえ?」
「聞きたいですか?・・・それはですね、」
青年の背後に忍び寄る魔の手。「闇魔法 闇纏“無明斬り”」刀を振り下ろし、青年の背中を斬りつけたヤミ・スケヒロ。
私の反・強化魔法でできるだけヤミ・スケヒロの魔力感知を低めたため、青年は彼の攻撃に気付かなかったのだろう。口から吐き出される鮮血はかなりの深手を負ったようだ。
鋭い殺気で睨みつける八輝将の青年に、私は慈愛の笑みでにこりと笑った。
「あなたを倒すこと、ですよ・・・お兄さん」
「くっそ・・・くそ女・・・!!」
「ヤミさん」
私が今までヤミ・スケヒロと言っていたのを呼び方を変えてぴくりと反応した彼。
しかし、私が最大限に魔力を高める強化魔法をかけたことで察したのだろう。彼の一撃は、地面が張り裂けて青年を真っ二つに割った。
血と臓器が飛び散って、地面にだらしなく倒れる青年だった亡骸を見つめて、ちょっと引いた私はヤミさんの方を見た。
「・・・何もそこまでやってほしかったわけじゃないんですけど」
「てめえの強化魔法でこうなったんだろうが」
ふう、とため息とともに煙草の煙を吐き出すヤミさん。八輝将の二人が倒れたことで、周りのダイヤモンド王国の兵士たちも撤退を決めて逃げ出していた。
おそらく、3人目の八輝将は誰かに倒されたのだろう、強いマナの力を感じることはなかった。これで私達の任務は完了だ。
他の魔法騎士団員達が掃討戦だと残る敵兵を蹂躙する最中、私は反・強化魔法で味方の彼らの魔力を奪い取る。
「聖女の前で掃討戦とは、芳しくありませんね」
「しかし・・・!!!」
「あん?てめえら、こいつに助けてもらっておいて文句あんのか」
はじめは敵視していた彼が私に味方してくれるなんてと目を丸くしていると、帰るぞと言って光の精霊を呼び出すよう促された。なんだ結局乗りたかったんじゃん。
光のドラゴンの背中に乗って、上空を見下ろす。先ほどまでの地獄のような戦局は一変、クローバー王国の勝利となり戦火は既に消えかかろうとしていた。
だいぶ疲れてしまったので、もう一つのアジトの方でゆっくりと回復してから王都に帰ろうと思っていると、ヤミさんが「おまえ、」と私の方を見る。
「名前・・・聞いてなかった」
「リンです。恵外界の教会出身なので姓はありません。よろしくお願いします。」
「へえ、どうせどっかの貴族のお嬢様だと思ったら意外だったな。改めてオレはヤミ・スケヒロだ。よろしく」
ヤミさんに出された右手を握り返す。終始仏頂面だった顔が少し和らいでふっと笑みをこぼす彼に、私も微笑む。
今後彼とは長い付き合いになるとはその頃思ってもいなくて、二人で上空からゆっくり落ちていく夕焼けを静かに見つめていたのだった。