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ここはダイヤモンド王国との戦場の最前線。
団を問わず腕利きの魔法騎士達が派遣され、その中にはリンとウィリアム・ヴァンジャンスも例外ではなかった。
野戦病院でリンは派遣された回復魔導士とともに魔法騎士の蘇生と回復にあたっていて、その魔力は彼らを差し置いて高度な回復魔法を施し功績をあげていた。
しかし彼女は下民出身の『伝説の聖女』―――彼女の存在を疎ましく思う王貴族もいて、その施しを拒否する者もいた。
「誰がこんな薄汚れた女に回復してもらうものか!!他の回復魔導士を寄越せ!!!」
「しかし、この傷は彼女でないと治せないのです――――どうかここは気をお静めくださいませ」
回復魔導士たちが抗う魔法騎士を宥めるが余計に逆上してしまい、リンに攻撃魔法を放つ。
他の患者の回復にあたって気を取られていたリンが気づいた時には遅く、受け身を取り切れなかった彼女の頬は大きくえぐれていた。
大きな傷からあふれ滴る血。その場にいた回復魔導士の誰もが、そして攻撃魔法を放った本人でさえたじろぎ、彼女の反応に震えあがった。
しかし、リンはガーゼで自分の頬を抑えて、力なく笑った。
「申し訳ございませんが、少しの間、私の回復魔法にお付き合いくださいませんか」
ガーゼは深い血で染め上がり、吸いきれずにぽたぽたと彼女の白い腕を伝って『灰色の幻鹿』団のローブの裾を自分の血で赤く染める。
怒りもせず、ただただ機械的に患者を治す彼女の姿を見た魔法騎士は恐怖すら感じて抵抗する気も起きなくなった。
「あんた・・・顔に傷つけられたら普通怒るだろ・・・」
「それでも、味方を治すのが私の務めですから」
はい、治りましたよと言ってリンが去る頃には、その魔法騎士はすっかり回復した。礼も言わず去っていく姿を見て、その場にいた回復魔導士たちが舌打ちする。
リンは気に留めることも無く自分につけられた傷を回復していると、不満を募らせていた回復魔導士たちが彼女を取り囲んだ。
「魔法騎士達は私達回復魔導士のことを虫けら以下だと思ってるんですよ。『伝説の聖女』様。
魔法騎士出身のあなたが回復魔導士を率いてくださると少しはあいつらの考え方も変わるのかもしれません」
「そうです、あいつら傷ばっかつけてこっちの負担を全く考えてません!無限に自分が全快できるなどと勘違いも甚だしい―――」
リンは眉を下げて言葉選びに困っていた。彼らを労って回復魔導士寄りの発言をしたいところだが、自分は魔法騎士だ。
近いうちに議題に挙げるべきだろうななんて考えて、あいまいな返ししかできなかったが、ひっきりなしに負傷した魔法騎士の回復に当たらなくてはいけなかったため、その場はすぐにはけてしまった。
その後、他の回復魔導士よりも絶対的にマナの量が多いリンは、絶えず魔法騎士の回復にあたり、三日三晩寝ずに過ごしていた。
下民出身の『伝説の聖女』と始めは抵抗していた魔法騎士達もその姿を見て、少しずつだが考えを改めて彼女に気を遣うようになってきた。
「おい、『伝説の聖女』の姉ちゃん。ちったあ寝ないと倒れるぞ」
「パン持ってきてやったから食べな。あんたずっとなんも食べてないだろ」
魔法騎士が持ってきてくれた救援物資のパンを頬張るリン。
ぼそぼそとしていて水分がすべて持ってかれる硬いパンは全く美味しくないのに、温かい人の心に触れた彼女はぽろぽろと涙を流して「おいしい・・・です」と感謝の言葉を漏らした。
激務の中で過ごしていた彼女は食欲というものをやっと思い出し、それが満たされて次第にうとうとと体を揺らす。
ピークは過ぎたものの、負傷者が絶えることはないのだからと悲鳴を上げる体に鞭を打って、揺れる体を正し回復に勤しんでると、後ろから肩をぽんと置かれてリンはびくりと体を震わせた。
「まったく・・・心配して戻ってみたけれど、やはり休んでいなかったようだね」
金色の仮面から覗かせるアメジストの瞳がリンを捕らえる。張り詰めていた彼女の心は、昔から心を許している彼の顔を見ることでふっとやわらいだ。
「ウィリアムさん・・・私なんかよりも先に食事を」
リンがそういうと、ウィリアムはやれやれと肩を落として、有無を言わさず細いリンの体を担いだのだった。
「なっ・・・何するんですかウィリアムさん!!」暴れる彼女だが、疲れ切っていて力も出ないせいもあり全く抵抗にもなっていなかった。
ウィリアムにされるがまま野営テントの中にある簡易ベッドに放り出される。硬くて寝心地は最悪のベッドだが、疲れ切ったリンにとってはどんな高級なベッドよりも最高の寝心地に映った。
「わかるよ。君は責任感が人一倍強いからその気持ちも・・・でも寝なさい。せっかくの美人なのに酷い顔だ」
彼に優しくなでられる手つきも相まって、うとうととリンは次第に意識を落としていった。彼女の目の下にできた黒いクマをうっすらと撫でて、頬にできた傷跡にウィリアムは眉を顰めた。
「これは・・・戦場でできた傷じゃないな・・・」
とすれば、内部の者がリンを傷つけたということだ。ほのかにマナから感じる魔法の特徴から人物を特定させる。
眠っているリンの左手の裾は赤く血で染めあがっており、彼を怒らせるには十分の証拠だった。
昔から、彼女を傷つけるのは決まり決まって王貴族の、嫉妬と蔑視の醜い心を持った魔法騎士だと拳を強く握りしめる。
誰に対しても紳士的で優しく、冷静に物事を判断するウィリアムが、唯一我を忘れて怒りに駆られる要因―――それが『伝説の聖女』のリンだった。
どう痛めつけてやろうかと彼女を傷つけた者を探しにテントから出ようとすると、背後から抱きしめられ、その気持ちがだんだん奪われていく。
「リン―――――」
「今から、何しに行くんですか・・・ウィリアムさん」
「少し夜風に当たってくるよ」とウィリアムはいうと、彼の嘘は透けて見えていたようでリンの怪訝な顔が消えることはなかった。
後ろから抱きしめる手は解かれることなく、彼女の頭はウィリアムの背中にそっと預けられる。ほのかに触れる体の温かさが伝わってきて、
こんなことをされると彼女を傷つけた魔法騎士に対する殺気がだんだんと溶けていってしまうと彼は長いため息をついた。
「リン・・・その頬は誰に傷つけられたんだい?」
「それを言って、ウィリアムさんはそのあとどうするんですか」
「何も・・・少し話をしに行こうと思ってね」
これだけ殺気を出しておいて、いくらウィリアムさんでも穏便な話で終わるわけがないとリンは抱きしめる手を強めた。
「ウィリアムさん。確かにはじめは嫌なこともありました・・・でも、中には考えを改める者もいます。私に食事を持ってきてくれたのは王貴族出身の魔法騎士でした。だから、」
そこまで彼女が言ったところで、ウィリアムは「リン」と声を荒げた。そのいつもより怒気を含んだ声に彼女はたじろぐ。
「君は何度自分の血でそのローブを赤く染めた?何度自分の涙でそのローブを濡らした?・・・もう嫌なんだ。傷つく姿を見るのは。」
リンの手を振りほどいたウィリアムはテントから出ていく。そして、彼女の制止する声は彼の耳に届くことはなかった。
小高い丘の上に登って満天の星空を見上げる。自分の怒りを鎮めるにはいい場所だとウィリアムは草原の上に腰を下ろした。
居場所のない自分の家で唯一心を落ち着かせる薔薇園を気に入ってくれた彼女、任務の時には全力で自分のサポートをしてくれる彼女、どんなに辛い状況でも笑顔で人を鼓舞し弱音を吐かない彼女。
どれだけ彼女に自分が救われたか数知れない。それなのに、恩人でもある彼女を、生まれ育ちで勝手に決めつける心無い者達が傷つけるのはウィリアムはもう見たくなかった。
≪蔑視と畏怖は愚かな人間達の醜い感情だ。そして、そんな彼らを責めないのは、慈悲と博愛の精神を宿す『伝説の聖女』だからだよ≫
ウィリアムの心の闇に反応し、彼の中に宿るもう一人の人格が彼に語り掛けた。しばらく眠っていた様子だったので少し驚いたが、ウィリアムは自分の中にある人格に答える。
「リヒト・・・昔から彼女を知っているようだね」
≪もちろん・・・でも500年前の聖女とは姿は違うけれどね。僕も彼女のことが好きだったよ・・・ウィリアム≫
「君の望む未来は、彼女が幸せに笑っていられる世界かな」
≪ああ。もちろんだよ。僕も彼女が傷つく姿は見たくない・・・そのためにはこの醜い人間どもを粛清しないとね・・・≫
そう遠くない未来で、いずれ自分がリヒトに乗っ取られたとしても、彼女が幸せでいられる世界ならばもうそれ以上は望まない。
守るべきクローバー王国よりも、敬愛するユリウス様よりも、私の最愛の女性が傷つけられなければ、それで十分だ――――そう思ったウィリアムは、リヒトの言葉に安心して頷いた。
「ありがとう、リヒト。少し落ち着いたよ」
そう言うと、自分の中にいるリヒトというエルフの青年はそれっきり返事をすることはなかった。丘の下でウィリアムを呼ぶ女性の声が響く。リンだった。
あれだけ寝ていろと言ったのにとウィリアムはため息をついて丘を下り、仕事に戻らないようリンを担いでテントの中の簡易ベッドにおろした。
終止暴れて抵抗していた小さい獣のような彼女に「いい加減休んでくれないと私の気がもたないよ・・・なんでテントから出てきたんだ」と窘めると彼女は押し黙って、やっと口を開けたかと思うと「隣で寝てほしかったんです」と蚊の鳴くような声で顔を赤らめていた。
想定外の返答に聞き返すウィリアムに「こんなところで一人で寝るの怖いんです、お化けが出そうで!!」と顔を真っ赤にして弁解するリン。
しばらく言葉を失った彼だったが、彼女の幼さが残る一面にだんだんと笑いがこみ上げてきて、「いいよ」とつけていた金色の仮面を外した。
そんな余裕の笑みを浮かべていた彼が、隣で幸せそうにぐっすりと眠る彼女を見て一睡もできなかったのは神のみぞ知る。