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ウィリアムさんの魔導書の授与式が行われる数週間前、ユリウス様に「彼の様子を見てきてくれ」と頼まれて王都の警備次いでにヴァンジャンス邸に赴く。
門番にこのローブを見せるとすぐさま許可が下りて門が開いた。
整備された庭園でよく世界樹魔法を使っているウィリアムさんのことだからおそらくそこにいるだろうと尋ねてみると、彼は神妙な面持ちをして立っていた。
「ウィリアムさん、こんにちは・・・?」
私に気付かなかったのか、そう声をかけられて少しびっくりしていたウィリアムさん。使用人か家の者だと思ったのだろう。しかし、私だとわかるなり、すぐに柔らかい微笑みを浮かべた。
「こんにちは、リン。今日もユリウス様の命で私の所へ?」
「ええ、もうすぐ魔導書の授与式だということでユリウス様も楽しみにしているそうですよ」
ウィリアムさんの視線の先には、木から落ちてうずくまった雛鳥がいた。
まだ生きてはいるが半日もすれば体力も無く死んでしまうだろう。
「親鳥が餌を取りに行っている間に雛が落ちてしまったみたいなんだ。」
眉を下げて雛鳥を触ろうとするウィリアムさんを止める。
人間の匂いがついてしまっては親鳥は自分の子ですら警戒するとユリウス様に教わったからだ。
しかしどうしたものかと頭を悩ませる。世界樹魔法では巣を新しく作ることはできても元の場所に戻すことはできない。
私の回復魔法を使ったとしてもまだ飛べる力のない雛は巣に戻れない。
実験的にだが、私はウィリアムさんに世界樹魔法の力を借りれないか提案した。蔓のようなものを使って雛を巣に返し、さらにその蔓を伝って回復させれば元に戻るのではないだろうか。
ウィリアムさんは快諾してくれたので、私は以前ユリウス様にやってもらった方法でマナを分け与えてもらうように指示する。
「ウィリアムさん、手、出してください」
「手・・・?」
私の右手とウィリアムさんの右手が絡まった。少しずつマナを引っ張っていくと自分の体に纏うマナが変わっていくのを肌身で感じた。
自分の魔導書に新たな技が刻まれる。
“光創生魔法 光葉樹の蔓”
――――ウィリアムさんの包み込むような優しい世界樹魔法を取り入れたそれは、私が思い描いた回復兼誘導魔法だった。
地面から光の蔓が二本出てきて、ほとんど息もない雛を温かく包み込む。
巣の位置まで雛をかえすころには、鳴き声をあげられるくらい元気に回復していて、親鳥が何事もなかったかのように戻ってきて餌を分け与えていた。
「ああ、よかった―――これで安心ですね。ウィリアムさん」
そう言ってウィリアムさんの顔を見ると、顔を赤くした彼が何故だか狼狽えていた。柄にもない様子だったので「風邪ですか?」と聞くと、違うと言われて咳払いをしていた。風邪・・・ではないのか?
「あの・・・リン、手・・・もういいかな?」
「あ、失礼しました!急に手を借りてすみません。でももう魔導書に刻まれたので、手をつながなくても発動できますよ。」
ウィリアムさんの手を放して、先ほどの魔法を発動して見せると、少しウィリアムさんは眉を下げて「それはそれで・・・」とぶつぶつ言っていた。手を放したものの、放したら放したで不服そうな彼は何が言いたかったのだろうか・・・・。
とにかくも小さな命を救って少しいいことをした気分だ。新しい魔法も覚えたことだしあとでユリウス様に見せようと意気込んでいると、遠くでウィリアムさんが私の名を呼ぶ。
声のする方に向かっていくと、そこは手入れの行き届いた美しい薔薇園だった。薔薇園を囲むようにして、白く繊細な装飾が施されてあるアイアンテーブルと二つのチェアが置かれており、そこにウィリアムさんが招いてくれる。
「せっかく来てくれたんだから、ここで紅茶でもどうだい?」
「え・・・でも私は任務でここにいることですし・・・」
そう断る私をたぶん聞いてないウィリアムさんは使用人に紅茶とビスケットを用意するよう頼んでいた。
もうこうなっては帰ってしまうのも失礼かと思い、ウィリアムさんにひかれたチェアに座る。
色とりどりの手入れの行き届いた薔薇と甘く気高い香り。鳥の鳴く音と遠くの噴水の水の流れる音が体の疲れを癒してくれるようだ。
「なんだか、自分の生活とはまるで格が違うので、異世界に来たようです」
「ふふ、リンは知らないかもしれないけれど私も実は恵外界の出身なんだ」
その言葉に目を丸くした私だが、瞬時に察した。ここにいるということは、訳ありの可能性が高い。ユリウス様が以前、王貴族には主人の愛人との子供も住んでいることがあるだとか、そんなことを言っていた。
深く聞かない方が相手を不快にさせないかもしれないと思い、恵外界での暮らしについて聞いてみた。
ボロクソに文句を言われるかと思っていたが、意外と彼にとっては、苦にはならなかったらしい。むしろ今の生活の方が貴族のしがらみや自分の容姿に対する偏見で苦労をしていると彼は悲しそうに笑った。
執事が、華やかに香るアールグレイと、小ぶりのお洒落なバケットに入ったビスケットを数枚持ってきてくれた。
しばらく紅茶の香りを楽しんで、柑橘のジャムが入っているビスケットを頬張った。沸き上がる幸福感に浸っていると、ウィリアムさんがそれを見てくすくすと笑っていた。
「リンはとても幸せそうな顔をするね」
「とってもおいしいですもん。仕事じゃなくてプライベートでお邪魔したいぐらい」
「あ、冗談ですよ。ユリウス様に怒られてしまいます」と付け足すと、ウィリアムさんが「いや、私はいつでも待ってるよ」と言ってくれた。
魔法騎士団に入ってから、前線の仕事はぜひ若い者にやらせたいというユリウス様の方針から怒涛のように任務が続き、このようなほっとする空間は久しぶりだった。
しかし、時間がたつのは早いもので、陽がどんどんと落ちていく。
アジトに帰りたくないなあ・・・なんて思いながら紅茶を啜って、ウィリアムさんとの会話を楽しみつつ、薔薇の咲き乱れる姿をぼうっと眺めていた。
「―――――リン?」
ウィリアムさんの声に、はっと我に返ると、そこはあの時と同じヴァンジャンス邸の薔薇園の中にいた。
魔法帝 ユリウス様に報告を終えて、『黒の暴牛』に変える手前お土産を探しに王都を探索していると、ちょうど手の空いたウィリアムさんと遭遇し、お茶でもと誘われてここに連れてこられたのだった。
以前座っていた白いアイアンチェアは少し色あせて、錆がところどころ目立っている。あれから10年以上たったのだ。無理もないだろう。
私は出された紅茶を見つめて、昔を思い出していたらしい。歳をとるとこういう物思いにふけることが多くて嫌になるなあと自嘲した。
「昔のことを思い出してました。まだ授与式以前のできごとを。」
「ああ、雛鳥を救ってくれた時だね―――君に手をつながれた時は、まるで時間が止まったようだった。」
紅茶に口をつける彼の優雅な動作に見入っていてあまり聞いてなかったが、なぜ時間が止まったようだったんだ?と首を傾げた。
「あの時・・・ウィリアムさん本当に風邪を引いてらしたのではと心配していたのですが・・・」
「リン・・・いつまで経っても鈍い性格は変わってないみたいで安心したよ」
そう言って苦笑するウィリアムさんにますます疑問がわいたが、もうこの話はやめてしまおうと周りを見渡した。
10年前と変わらず咲き誇る薔薇の美しさにほうっとため息が漏れる。小さな光の精霊達が喜んでいるらしく薔薇の周りに沢山の光を集めていた。
「本当にいつ見ても綺麗な庭園ですね・・・どこの庭師を雇っているのですか?」
「ふふ、私だよ」「え?」「君と出会ってからは、私が」
ウィリアムさん本人がこの素敵な薔薇園を作っていた・・・?優しいアメジストの瞳が嬉しそうに笑っている。
じゃああの時もウィリアムさんが薔薇の手入れをされていたということかと10年越しの真実に驚きを隠せなかった。
しかもやらされていたのではなく自分から進んで始めたことらしく、理由を聞くと、ウィリアムさんは「あの時のリンの幸せそうな姿が目に焼き付いて離れなかったんだ」なんて恥ずかしげもなく言って来た。
そんな気障なことを平然と言われると私の方が顔に熱が集まっていくではないか。
空は橙色に変わってきて、だんだん陽が落ちていく。アジトに帰りたくないなあ・・・と思った私は少なからずデジャヴを感じていたのだった。
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余談ですが、“人間のにおいがついた雛を親鳥は見捨てる”のは俗説だそうです。知らなかった~。