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倒れて眠ってしまったパトリの横には、持ち主のいない魔導書があった。
「あなたの愛した人のものだったのね――――リン」
この自我は人間だったリンのものだろう――――目からあふれ出る涙はきっと彼を想ってのこと。
そして、自分の中から眠っているはずのリンがこの魔導書を手にするよう強く訴えてきたのだ。
眠っているくせに頑固な自我だと私は、そのウィリアム・ヴァンジャンスの魔導書を手に取り、いつか目覚めると信じて自分の胸の中に魔導書をしまった。
500年前のリンも、人間のリンも、原点は神の使いの私であり、記憶はすべて私に集約されているから、彼に対する愛する気持ちも痛いほど伝わって来た。
それにしても―――――悪魔のひいたレールにのって無意識に計画を進めていたパトリは、私が目覚めた時には転生魔法を完成させて、あの世とこの世の均衡も不安定なものとなった。
私があの世の神から命じられている使命は、あの世の存在の現世から侵入を阻止することと、現世で多量の死者を出さないこと――――――私にはもうあの時のような二度目の失敗は許されない。
そのためには・・・影の王宮を開き、そこで悪魔と対峙して我々が打ち勝たなければならない。
目覚めた時にすでに窮地に立たされていた私は、エルフのマナが多数感じ取れる浮遊する魔宮を見つめた。
「あそこにいるのね―――――セフィラの徒――――――」
私が神から啓示を受けて選んだ10人の影の王宮の守護者達。
こういう形で復活を果たすのは非常に悲しいことなのだが・・・。
眠っているパトリを抱いて、翼を羽ばたかせる。少し重たくて嫌にもなったが、リンがその体を落としたら文句をいいそうなので魔宮までひとまず運ぶことにした。
浮遊魔宮にたどり着くと、そこに待ち構えていたのはライアだった。
「あれ、思ったよりお早いお着きで聖女様―――――――と思ったけど、500年前の聖女様じゃないな・・・誰だ、おまえ」
眠っているパトリを投げ飛ばした私は、「おっと」と抱きとめるライアを見据える。
「おまえとはなんて失礼な・・・?500年前の彼女も今の彼女も元は私なのだけど。」
「まさか・・・神の使いってのは本当だったのか・・・『伝説の聖女』リン・・・」
「こちらもこの姿になるなんて、予想してなかったわ。影の王宮は500年前でも現代のリンでも操作できないように施されていたのに・・・」
「なんだそれ・・・そんなこと、パトリは何も言ってなかった」
「そう、パトリ自身そんなこと知る由もなくリンを殺し、本体の私の姿に変えた・・・本体の私しか、影の王宮は操作できないことを知っていたのは悪魔やあちらの住人だけ・・・」
人間として生きていたリンは、人々から多く支持されている魔法帝を守り、平和と安寧をもたらすために自分を犠牲にさせるようプログラムで動いた。
だが、それを逆に利用して、本体の私を誘き出し、影の王宮を解錠させるなどと言った先見の明にたけている者など悔しくも
全ては500年前のように、悪魔にまたいいように使われていると思うと、はらわたが煮えくり返る―――――
まあ、悪魔の施したレールに沿って歩いているとも知らず、復讐のため人間殺しに躍起になっている彼らに八つ当たりしようとも事態は変わらないのだが。
「“セフィラの徒”が集まったらまた見に来るわ。進みすぎた歯車はもう戻せない――――肝に銘じておきなさい、ライア」
多分、そうは言っても賢い彼でも理解が及ばないだろう。
現に眉をひそめて私を見据えている―――――自分達が復讐のために動いていることが正義だと思っているのだから。
向かう先は国王のいるキーラ邸・中央塔だ。窓の外からはヤミ・スケヒロとジャック・ザリッパーの姿が見える。
リンは彼らと楽しい時間を過ごしたのだろう。彼らの姿を見るなり会ったこともない彼らに安心感や信頼感が沸いた。
国王の光魔法をランギルス(中身はおそらくエルフだろう)が、空間魔法によって光魔法ともども壁を切り裂いた。
「はっ・・・たいそうのろまな光魔法だなあ。すぐには殺さない・・・まずは足から」
そう言ってランギルスは国王に向かって空間魔法を唱える。あれはランギルスの親だろうか、彼を止めようとするが何事か全身が血で染まっていた。
「やめてください、ランギルスさん・・・このままだと、あなたも、あなたの大切な人も悲しむことになってしまう・・・!」
「うるさいぞ、オレたちエルフを皆殺しにしておいて何が悲しむだ・・・!」
フィーネスと言ったキール家の女がランギルスの魔法を止めようとするが、彼女の止める手を振りほどき、突き飛ばした。
人間への憎悪で動かされているランギルスは、彼女に向かって空間魔法を放ち存在を消そうとする寸前、彼女の前に兄であるフィンラルが空間魔法から出てきてその攻撃を防いだ。
「やめろ、ランギルス――――!」
フィンラルはフィーネスを受け止め、彼女の安否を確認する。その行動に眉をひそめたランギルスは「・・・なんだ、おまえ?」と冷たく言い放った。
「おまえの・・・兄だ!」
両者はにらみ合い、一触即発といった状況だった。
このままフィンラルに任せて場を静観できればいいが、国王に変な動きをされて死なれては困るので、にらみ合う二人の間に降り立って制止させた。
「おやめなさい。二人とも」
フィンラルは目を丸くしていて言葉も出ていないし、ランギルスは恍惚としたような顔でわたしを見て、片膝をついた。
「リン様・・・!ああ、私はこの日を待ち望んでおりました・・・!」
「・・・リンさんなのか・・・?『黒の暴牛』にいた頃と雰囲気が違うような・・・」
怪訝に見るフィンラル。それもそのはずだろう。『黒の暴牛』にいた頃の私と今の私は人格が全く違うのだから。もちろん、500年前のエルフだったころの私とも違うが。
「オイオイ、本当に死んでついには天使になって現れたのか?リン」
王宮の入り口から現れたのは、ヤミ・スケヒロとジャック・ザリッパーの二人だった。
それまでにいたエルフの者たちは皆彼らによって倒されたのだろう。
それでもさすがは団長クラスといったところか――――まだ魔力は底を尽きてなさそうだった。
「ふふ、ついにはというより、元はこの姿なのよ――――ヤミ・スケヒロ」
「カッカ!神の使いってのはマジだったんだなてめえ―――あー裂きてえ」
「いやどう考えても裂ける相手じゃねえだろ」
冷静に私の魔力を分析するヤミを見据えた。この世に本来いてはならない存在なのだから魔力の桁は人間とは比べ物にならないだろう。
ランギルスの皮を被ったエルフは彼らを睨みつけ、私に片膝をついたまま、手の甲にキスをした。
「リン様――――まもなくセフィラの徒が集合いたします。ここは私に任せてアジトにお戻りください」
「あなた達の様子が気になって今しがたアジトからこちらに来たのよ?それに―――この王国を束ねる愚鈍な王の顔も見たくてね」
「愚鈍な王・・・ははは、間違いない!あんなのろまな光魔法はお初にお目にかかりました」
「おやおや、ランギルス。あまり大きな声で言うと聞こえてしまうではありませんか」
玉座に向かって取り残された国王を睨みつける。この国の腐敗と堕落の象徴とも言っていい、いくらユリウス・ノヴァクロノが格差の是正に努めようともこの男がいる限り国の癌は取り除けないのだから。
似つかわしくない鋭い殺気にそれはうろたえた。まさか、神の使いが自分に殺気を向けるなどと思ってもみなかったことだろう。
「ひっ・・・なんじゃ・・・いきなり神聖なこの場に姿を現しおって・・・われの前にひれ伏せ!わしはこの国の王じゃ―――――」
悠々と玉座への階段を登り、一つ笑みを零すと哀れな国王は小さく悲鳴をあげて半壊している玉座の後ろへと隠れた。
このような出来損ないが国王などと笑わせてくれる。尻もちをついてまで後退するその哀れな国王の顎を人差し指で掬い、焦点の合わない瞳をじっと見つめた。
君主はガタガタと全身を震わせながら、「あ・・・あ・・・」と言葉を出せずに固まっている。
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。この殺気だったマナに失神しないで自我を保てているだけ王族と言ったところだろうが―――――
精一杯の慈愛の笑みを浮かべて、私は国王に囁いた。
「ふうん――――あなたがこの国の国王――――――リンから見てはいたけど、やはり醜い顔ね。『下がりなさい』」
言霊魔法を受け、その堕落した締まりのない体が重力に逆らい浮遊する。つんざくような悲鳴が聞こつつ、安全な場所へ空に飛ばした。
周りを見渡すと、訝しげに人間達はこちらを見ていた。国王の安否が気になるのだろう。
「私も悪魔じゃないわ。ちゃんと生きてるわよ」と人間達に言うと、青ざめていた彼らの顔色が少しずつ戻っていって大きなため息をついた。
「・・・まじであれ、慈悲深くて博愛の聖女様しかも本体なんだよな?」
「慈悲も博愛のへったくれもねえが、一つわかることは恐ろしくつええってことだ・・・あれは言霊魔法か?聞いたことがねえ」
何やらもごもごと団長らが話している一方で、ランギルスの皮を被ったエルフは私のもとに駆け寄って声を荒げた。
「リン様―――お言葉ですが、あれは憎むべき人間の頭ですよ!?なぜ・・・」
「あれは醜く生きている価値もありませんが、平和を見据えるなら生き長らえた方がいいと判断したまでです。人間もエルフもつくづく私の仕事を増やさないでいただきたい」
両者にそう窘めると、「なんかすんません」とヤミ・スケヒロが反省の欠片も無く私に言った。よほど度胸のある男のようだ。
そろそろセフィラの徒が集まった頃だろう、と羽を広げて空へと飛び立とうとする。すると、ヤミ・スケヒロが「待てよ」とぶっきらぼうに私に話しかけた。
「リン・・・いや、天使さんよ。お前は誰の味方だ?まさかエルフの味方なんて言わねえよな」
「誰の味方でもないわ、ヤミ・スケヒロ。ただ私はなすべきことをするだけ―――あなた達も来なさい。
冥界の番人である私が、影の王宮であなた達を待ってるわ―――――」
そうヤミ・スケヒロとジャック・ザリッパーに言って浮遊魔宮に向かって飛び立った。
純白の天使の翼が王宮内にはらはらと落ちていく。彼女の飛び去った姿を見てヤミは吸っていたタバコを長いため息とともに吐く。
「縦長変人さんよ。あれ天使に見えたか?」
「カッカ!んなワケねえだろ――――どっちかっていうと、あれは悪魔だ――――――」
ヤミは床に落ちていた純白の羽をおもむろに手に取った。その羽は瞬く間に漆黒に染まり―――――灰となって風に溶けて消えた。