混迷レセプション
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カランカラン、と木製のドアベルが鳴る。
「いらっしゃーい!小鬼ちゃん!今日は何を・・・って、学園長、またあなたですか」
サムが呆れながら視線の先にいたのは、カラスの仮面を被った学園長 ディア・クロウリーだった。
「またとは何ですかまたとは。サム、いつもの香水を300個、私の執務室に置いておいて下さい。」
「さすが学園長、お目が高い!とは言いませんよ。俺が言うのもなんですが、そろそろ埋めてやってはいかがですか?」
その仮面から真の表情は伺い知ることはできないが、クロウリーはにっこりと笑いながら、サムに言う。
「何をおっしゃいますやら。これは私との永遠の愛の形なのですよ。あなたにとやかく言われる問題ではありません」
では頼みましたよ、と言い残して去っていった。サムはやれやれとため息をついていつもの香水屋に発注をかけた。
花嫁ネクロフィア
小鳥のさえずりと春の日差しが差し込む。
カーテンの隙間からそのあたたかなぬくもりに照らされて目を覚ますと、ベランダで彼女はシーツを干していた。
いつもと変わらぬ穏やかな時間と、どことなく幸せそうな彼女の姿。こちらに気付くと、少し驚いた表情をした彼女が私に向かって言う。
「おはよう。やっと起きたのね、お寝坊さん」
「リン・・・?」
愛おしい彼女が微笑んで、私のそばに寄り添って春の日差しのような陽気な暖かさで包み込んだ。
「きっと悪い夢を見てたのね、うなされていたもの。
大丈夫、私はずっとあなたの隣にいるわ」
そういう彼女の桜色の唇に、やわらかな口付けをひとつすると、彼女は照れ臭そうに微笑んだ。
しかし、こほこほと、少し咳をして苦しそうにする彼女。
彼女は肺に重い病気を患っていた。医者に見てもらったが、流行り病で助かる見込みはないといっていた。
私も、彼女のためにできる限り治す魔法を考えたが、進行は遅らせられたものの治癒できるわけではなかった。
「リン、明日は私たちの結婚式なのだから、あまり動かないで体力を残しておいてください。
料理も掃除も、私がやりますから」
風にあたるといけないと思い、開いていた窓を閉める。上着をかけて、ベッドに横にさせた。
「いいのよ、私は大丈夫。それより、皆来てくれるかしら。町の子供たち、本屋のおば様、フルーツを売っているおじい様だって。
なんだか、そわそわしちゃって、横になってられないわ」
ベッドの淵に座って彼女の手を握りながら、その彼女の遠足前日の少女のような無邪気な物言いに自然と笑みがこぼれた。
しかし、その顔色は悪く、制止するしかなかった。「スープを作ってきますから、待っていてください」と言って額に一つ口付けを落とす。
「クロウリー」
キッチンに向かおうとする私の服の裾を弱い力で引っ張って、彼女は呼び止める。
「どうしました?」と聞くと、しばらく沈黙が続き何かを言おうとした彼女だったが、
「なんでもないわ、愛してる。明日からは・・・ディアって呼ぶわね」
私もクロウリーになるのにそろそろ呼び方変えなきゃねとくすくすと笑う。栗色の彼女の髪をひと撫でして、キッチンに向かった。
体が弱い彼女が手塩にかけて育てたキャロットやオニオンを使って、簡単に野菜スープをつくる。
料理も、裁縫も、掃除も洗濯も、彼女は魔法が使えるというのに全て手作業でやっていた。
なんでそう手間がかかることをわざわざするのかと聞くと、「その方が、私の温かさを感じるでしょう?」と言われた。
なるほど確かに、と思って私も彼女に真似て、手作業でやるようになった。
そういうわけで、野菜スープを作って彼女が待つ部屋に入ると、彼女は眠っていた。
「リン、あなたが手塩にかけた野菜を使ってみました。少し熱いので私が冷やしますね・・・リン?」
はじめは、深い眠りについているのだと思った。しかし、声をかけても、肩を揺さぶっても、彼女は永遠に起きることはなかった。
結婚式の前日に、彼女は亡くなった。
目を覚ますと無機質な時計の音が執務室に響く。
どうやら、事務処理の最中に居眠りをしていたようだ。
もうあの夢を何百回と見ている。私の時間はあれから止まったまま。
サムがいつの間にか頼んでいた香水を持ってきていたようで、段ボール箱の上に請求書が置かれていた。
それは学園の経費で落とすとして、彼女が昔つけていたヒヤシンスの香りを部屋全体に振りかける。
その芽吹いたばかりの新緑のさわやかな香りだけで、彼女を味わうことができた。
そして、魔法をかけている本棚に呪文を唱え、自分の秘密の部屋に入る。
段ボールをかかえて、部屋に入ると、棺に入った麗しい彼女が、昔のままの姿で安らかに眠っていた。
「ふふ、サムから香水を頂いてきましたよ。リン。さて、今日も私と一曲踊りましょう、マドモアゼル」
ヒヤシンスの香水を振りかけ、まるで彼女は生きてるかのよう。
彼女の栗色の髪の毛は当時の髪をかき集めて、グリセリンで艶を出し、彼女の肌は蜜蝋と石膏で毛穴一つない美しい肌。翡翠の瞳はエメラルドの義眼を。
臓器はすべて取り出し、綿を詰め込んで、彼女の胸のふくらみはシリコンの柔らかさを。
漆黒のドレスに身を纏わせる。骨だった部分はピアノ線と副木で繋げ合わせ、手の関節は滑車で5本が自在に動かせるように。
私の魔力を与えると、彼女は当時のままの姿で私を抱きしめる。
ああ、私の愛おしい女性よ。今日も愛していると囁いてくれ。
私の秘密の部屋には優雅なワルツが流れる。物言わぬ彼女は私の心の中で「愛してる」と確かに囁いたのです。
花嫁ネクロフィア