鶴と骨
その鶴はただ速かった。
ただ誰よりも速く、戦場を駆け抜け、誰よりも多くの敵を屠った。
鶴は速かったが、強いわけではなかった。
だから速さで勝つ相手でも、力で押し負けてしまうこともあった。
鶴は自分の速さも、力の弱さも自覚していた。そしていつか自分よりも速い者が出てくることもわかっていた。
それが、想像よりも早く起こってしまっただけで。
骨喰藤四郎、と彼は名乗った。
舞う様にしなやかな剣捌きは軽やかで素早く、それでいて重さがあった。
人の姿を借りての顕現はまだ馴染みきれないらしく、ぎこちなさは残る。
しかし自分の存在意義であったような速さと、願ってもどうにもならなかった力強さ、そのどちらも兼ね備えた彼に、鶴はそれなりに嫉妬した。
顕現して間も無い骨喰は無感動な表情で
「よくわからない」と言った。
「人の感情をまだ持て余しているのだ」とも。
つまりは嫉妬する鶴に対して、どう思えば良いのかわからないと言ったのだ。
鶴は案外その答えに納得した。
言葉で言い表すのは難しいが、ストンと腑に落ちたのだ。
嫉妬しても仕方が無いとわかったのかも知れない。
それから鶴は、骨喰を良く可愛がった。
人の身に慣れない彼に色々なことを教えた。
速さを生かした戦い方、人の体の不自由さ、感情の活かし方、殺し方……それこそ自分が顕現してから驚いたことはほとんど見聞きさせた。
ときたま春画などを見せようとすると、決まって一期一振がやって来て「お覚悟!」とニヤニヤと笑う鶴を一喝した。
鶴はすっかり骨喰のことが好きになっていた。
一方で骨喰はと言うと、鶴の教えのおかげか上手く周りと付き合っていた。
相変わらずの無感動な表情ではあるが、顕現時の人をよせつけないピリピリとした雰囲気はなく、時折目を細めて僅かに笑みを浮かべるほど柔和な雰囲気を纏っていた。
鶴がいない時は兄弟──鯰尾藤四郎と馬小屋で馬を愛でいたり、遠い昔の知人であるという三日月宗近と茶を飲んだりしていた。
鶴がいる時は鶴がこれでもかという程構い倒すので他のことなどする暇もなかった。
されど骨喰もまんざらではないようだった。
二人 の仲は時間と共に良好な方へと進んで行っていたように思えた。
そんなある日、鶴は遠征から帰って、骨喰の元へ向かっていた。
いつもなら部屋に戻って着替えたり、厨でなにかつまんだりするのだが、その日は何故か気が急いていて、早く骨喰に会いたかった。
骨喰に会って、話をしよう。どんな話がいいだろうか。遠征先の、愉快な大道芸人たちの話にしようか。それとも頭の堅い門番の話がいいか。それとも気のいい少年が宿探しを手伝ってくれた話がいいだろうか。それとも──。
そんな取りとめのないことを考えながら襖をあけた。
なんの躊躇いも無く。
なんの疑いも無く。
その襖の奥で骨喰がどんな顔をしているかも知らずに。
ただいまと言おうとして開けた口は、中途半端に開いたままで。
勢いよく踏み出した足は、床に縫い付けられたように動かなくて。
後ろから抱きついて驚かせてやろうと広げた両腕は、行き場を失った。
「なんで、泣いてるんだ……」
笑えそうな程震える声は、小さかったのか、骨喰は身動きしない。
「なんで泣いてるんだ……!!」
八つ当たりのように喚き散らしたかった。
でもそれでは骨喰を怖がらせてしまうかもしれないと、縋るように声を張った。
骨喰はただ嗚咽を漏らすだけで、あろう事か俺と目すら合わせはしなかった。
俺がなにかしてしまったのだろうか。
骨喰を、泣かすようなことを?
いや、そんなことは断じてない。骨喰が顕現してからずっと共に居たのだ。何かあれば気づく。その自信は確かにある。
否、その自信を無くしてしまえば、俺と骨喰の繋がりが途切れてしまう気がしたのだ。
では何故、骨喰は泣いていて、俺を無視するのだろう。
「人を、呼んでくる」
そう言い残して部屋を出た。
骨喰は案の定、何も答えなかった。
大広間なら誰かがいるだろうと覗いてみれば、適任であろう人物を見掛けた。
「なぁ」
呼び声に勢いよく振り向き、動揺を隠しもしないそいつに違和感を覚えた。
「鶴丸殿……?」
「なにをそんなに驚いているんだ?俺がいるのがおかしいのか?」
笑い飛ばすように、しかし僅かな猜疑心を持って言葉を選ぶ。
「えぇ、おかしいですよ」
一期一振は真剣な顔で言う。冗談にしてはいけないと思った。
「そりゃ一体何故だ?」
「鶴丸殿の現在所属する第二部隊は、遠征中の状態異常 で総員破壊されてしまったと、聞いたものですから」
信じられなかった。
「じゃあ骨喰が泣いていたのは」
冗談のつもりで聞いてみた。
「貴方を喪ってしまった為だと」
冗談じゃない。
「じゃあ骨喰がなにも答えてくれないのは」
冗談であって欲しかった。
「何らかの状態異常で鶴丸殿が見えないのかもしれません」
冗談だろう。
じゃあ、
じゃあ、何故。
「じゃあ何故お前は俺が見える」
わからないならそう言ってくれ。
「少なくともここにいる者は皆、貴方が見えるようです」
俺に幾つかの奇異の目が向けられていた。
ただ誰よりも速く、戦場を駆け抜け、誰よりも多くの敵を屠った。
鶴は速かったが、強いわけではなかった。
だから速さで勝つ相手でも、力で押し負けてしまうこともあった。
鶴は自分の速さも、力の弱さも自覚していた。そしていつか自分よりも速い者が出てくることもわかっていた。
それが、想像よりも早く起こってしまっただけで。
骨喰藤四郎、と彼は名乗った。
舞う様にしなやかな剣捌きは軽やかで素早く、それでいて重さがあった。
人の姿を借りての顕現はまだ馴染みきれないらしく、ぎこちなさは残る。
しかし自分の存在意義であったような速さと、願ってもどうにもならなかった力強さ、そのどちらも兼ね備えた彼に、鶴はそれなりに嫉妬した。
顕現して間も無い骨喰は無感動な表情で
「よくわからない」と言った。
「人の感情をまだ持て余しているのだ」とも。
つまりは嫉妬する鶴に対して、どう思えば良いのかわからないと言ったのだ。
鶴は案外その答えに納得した。
言葉で言い表すのは難しいが、ストンと腑に落ちたのだ。
嫉妬しても仕方が無いとわかったのかも知れない。
それから鶴は、骨喰を良く可愛がった。
人の身に慣れない彼に色々なことを教えた。
速さを生かした戦い方、人の体の不自由さ、感情の活かし方、殺し方……それこそ自分が顕現してから驚いたことはほとんど見聞きさせた。
ときたま春画などを見せようとすると、決まって一期一振がやって来て「お覚悟!」とニヤニヤと笑う鶴を一喝した。
鶴はすっかり骨喰のことが好きになっていた。
一方で骨喰はと言うと、鶴の教えのおかげか上手く周りと付き合っていた。
相変わらずの無感動な表情ではあるが、顕現時の人をよせつけないピリピリとした雰囲気はなく、時折目を細めて僅かに笑みを浮かべるほど柔和な雰囲気を纏っていた。
鶴がいない時は兄弟──鯰尾藤四郎と馬小屋で馬を愛でいたり、遠い昔の知人であるという三日月宗近と茶を飲んだりしていた。
鶴がいる時は鶴がこれでもかという程構い倒すので他のことなどする暇もなかった。
されど骨喰もまんざらではないようだった。
そんなある日、鶴は遠征から帰って、骨喰の元へ向かっていた。
いつもなら部屋に戻って着替えたり、厨でなにかつまんだりするのだが、その日は何故か気が急いていて、早く骨喰に会いたかった。
骨喰に会って、話をしよう。どんな話がいいだろうか。遠征先の、愉快な大道芸人たちの話にしようか。それとも頭の堅い門番の話がいいか。それとも気のいい少年が宿探しを手伝ってくれた話がいいだろうか。それとも──。
そんな取りとめのないことを考えながら襖をあけた。
なんの躊躇いも無く。
なんの疑いも無く。
その襖の奥で骨喰がどんな顔をしているかも知らずに。
ただいまと言おうとして開けた口は、中途半端に開いたままで。
勢いよく踏み出した足は、床に縫い付けられたように動かなくて。
後ろから抱きついて驚かせてやろうと広げた両腕は、行き場を失った。
「なんで、泣いてるんだ……」
笑えそうな程震える声は、小さかったのか、骨喰は身動きしない。
「なんで泣いてるんだ……!!」
八つ当たりのように喚き散らしたかった。
でもそれでは骨喰を怖がらせてしまうかもしれないと、縋るように声を張った。
骨喰はただ嗚咽を漏らすだけで、あろう事か俺と目すら合わせはしなかった。
俺がなにかしてしまったのだろうか。
骨喰を、泣かすようなことを?
いや、そんなことは断じてない。骨喰が顕現してからずっと共に居たのだ。何かあれば気づく。その自信は確かにある。
否、その自信を無くしてしまえば、俺と骨喰の繋がりが途切れてしまう気がしたのだ。
では何故、骨喰は泣いていて、俺を無視するのだろう。
「人を、呼んでくる」
そう言い残して部屋を出た。
骨喰は案の定、何も答えなかった。
大広間なら誰かがいるだろうと覗いてみれば、適任であろう人物を見掛けた。
「なぁ」
呼び声に勢いよく振り向き、動揺を隠しもしないそいつに違和感を覚えた。
「鶴丸殿……?」
「なにをそんなに驚いているんだ?俺がいるのがおかしいのか?」
笑い飛ばすように、しかし僅かな猜疑心を持って言葉を選ぶ。
「えぇ、おかしいですよ」
一期一振は真剣な顔で言う。冗談にしてはいけないと思った。
「そりゃ一体何故だ?」
「鶴丸殿の現在所属する第二部隊は、遠征中の
信じられなかった。
「じゃあ骨喰が泣いていたのは」
冗談のつもりで聞いてみた。
「貴方を喪ってしまった為だと」
冗談じゃない。
「じゃあ骨喰がなにも答えてくれないのは」
冗談であって欲しかった。
「何らかの状態異常で鶴丸殿が見えないのかもしれません」
冗談だろう。
じゃあ、
じゃあ、何故。
「じゃあ何故お前は俺が見える」
わからないならそう言ってくれ。
「少なくともここにいる者は皆、貴方が見えるようです」
俺に幾つかの奇異の目が向けられていた。
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