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5.ほうこう

「またドラゴン!」

 スコレサイトの森で遭遇した時だって吃驚したのに、また。
 ドラゴンという魔物は他と比べると生体数が少なく、そうそう出てくる事のない魔物だ。それでいて知られている殆どの種類は知性あるものに対して攻撃的ではないとされている。ドラゴンの谷以外では大概静かに暮らせるように、強力な魔物の棲み処でも奥の方に陣取って、用が無ければ出てこない。
 食糧は低級の魔物の肉や森ならば植物、洞窟ならば茸や食用石などがあるし、一匹で生きられる強い魔物であるから仲間を探す事もしない。時々迷いこんだ人間がドラゴンを怒らせてしまったりよほど血気盛んな種類でなければ、向こうから襲いにやってくる事もないのに。

「ドラゴン、か……」

 アルグさんも顎に手を当ててそう呟いていた。大怪我にならなかったとは言え、あの森で受けた重たい攻撃の痛みは記憶に新しいはずだ。

「こんなに短期間にドラゴンに二度も遭遇するなんて。ギルドに報告した方が良いでしょうか」

「いや……。五階層下なら、ここのドラゴンは元々棲んでいたやつかもしれん。スコレサイトの方は報告したのか?」

「あ、いいえ。エルトが倒してくれましたし、あれこそ偶々棲み処探しでもしているのに遭ったのだと思っていたので……」

「そうか。ま、偶々が重なっただけかもしれんし、深く考えるのはやめておこう。ははは」

 アルグさんの笑いが少しだけ私の不安を和らげてくれる。
 正直、少し怖かった。
 もしあんなドラゴンが、天変地異でも起こってあちこちで動き始めたら……勿論王国騎士もギルドの冒険者も討伐に出てくれるんだろうけど、町や村に甚大な被害をもたらすだろう。立ち向かう立場になっても逃げ出す立場になっても私は変わらず、崩壊していくその様子を見ながら死んでしまうのではないか。
 そんな恐ろしい妄想が浮かんでしまったのだ。

「メイナ」

 肩の上を通り黒の袖と羨ましい白さの指が後ろから伸びてきた。それが胸の前で交差してぎゅ。と私を包む。洞窟の気温と汗で冷えてしまった体は少し温かみが薄いけれど、心の奥からは光が灯ったように安心感が生まれた。

「大丈夫。次にまたドラゴンが来ても、君は殺させない。僕が倒すよ」

「エルト……」

 後ろから耳の近くで放たれる、優しく宥めるようなエルトの言葉。そこには勿論嘘偽りなどなくて。
 頭だけで少し見上げるように振り向けば、吸い込まれそうなくらいにひたすらに見つめてくる茶色い瞳があった。ゆっくり籠められた力に殆どない距離が更に近くなって、エルトの優しい香りがする。
 彼がもっと普通の人間であったなら、ここでくらりとしてしまいそうだ。
 ただ、

「首絞まってる、絞まってる!仕事中に狙うのは禁止っ」

「ああ、ごめん。君に触れて、つい殺したくなっちゃった」

今の私には別の意味でくらりとしてしまう危険があった。

「どんな弁解よ!」

「この温もりを永遠にしたくなってね」

 こんな状況での言葉じゃなきゃその言葉も、エルトの微笑みも相俟って凄く素敵なんだけどね!この場合、永遠の意味が美しい水晶のようなものから暗澹とした粘着性虫取り罠に変わっている。
 エルトから解放されると、私は直ぐ様数歩分の距離を取った。ちょっと残念そうな顔したエルトだけど、それで近付けばまた絞められる気がするのでそのままだ。

「……はあ。お二人は素敵な仲なのですね、羨ましいです」

 ごつごつした大きな手を頬に当て、その頬は赤らめて乙女の溜め息を落とすフルーレちゃん。フルーレちゃんは結構、恋に夢見る少女なのね。でも今のはちょっとフルーレちゃんの理想とは違うと思うよ。

「ふふ、勿論。僕達は将来を誓いあった仲ですから」

「今すぐ過去に戻れるなら、全力であの約束を取り消すわ」

 時間の魔法なんて伝説級の話だけど。それでも戻れるなら私は自分を説得しようと思う。もっと別の言葉にするようにと。

「さて、冗談はそこまでだ。何のお陰かは知らないが五階層下まで行けたんだから、まあ簡単にくたばってるとは思いたくないが……相手はドラゴンだからな。自称勇者を助けに行くぞ」

「そうですね。私達自身も、気を付けなくちゃならないぐらいですし」

 アルグさんが皆を見やって、最後に視線を向けられたフルーレちゃんは「どうか宜しくお願いします!」と深々頭を下げた。お礼の勢いだけでちょっとこちらが後退りしそうになったが、アルグさんは「おう」と軽く返事をしてから一番先に歩き始める。
 そこから元の隊列通り、エルトが続いて私とフルーレちゃんがその後に付いていった。

 ◆ ◆

 ただでさえこの階層で魔物の強さや雰囲気が変わったのに、更に下りて探索していくのは骨が折れる。それでもまだ階段の近くまで来るとフルーレちゃんが道を思い出してくれるから、早く来られた方かもしれない。これをフルーレちゃん達は二人で、しかも手掛かり無しで階段を探して下りていったのだから、そりゃすぐには帰って来られないわけだ。
 あの場所から四階層目をようやく下りて、階段を出たところに待ち構えていた魔物集団を倒す頃には、私とアルグさん、フルーレちゃんは疲れてしまった。

「……よし、ここで一旦休んでいこう。魔物も一掃してすぐだから、そうぼこぼことは出てこないだろ」

 それを察したアルグさんは周囲を見回し、近くに気配を感じない事を確かめてからどっと地に座り込む。私も合わせて側に座り込んだ。

「すみません、私が初心者なばかりに……。でも私、頑張りますから!あと少しですし、先に進みましょう!」

「いや、俺が疲れちまっただけのことさ。確かに自称勇者の坊主も心配だが、このまま突っ込んで俺達がドラゴンに喰われちゃ元も子もないからな。ははは」

「す、すみません……」

 ぺこぺこと謝るフルーレちゃんだが、彼女はただ魔物に怯えるだけではなく、怖がりながらもきちんと私達の受けた傷を癒してくれていた。
 始めは無傷でいられた私達も、連戦の上ここまで来ればそうはいかない。アルグさんはぺリドットドラゴンの時のように全力で拒否したが、あちこちに切り傷が出来た時には容赦なく癒しの魔法を使ってもらった。

「謝る必要はないですよ。むしろこのメンバーじゃ回復は道具頼りですから助かってるくらいです!フルーレちゃんが卑下するなら私の方こそ、もう雑務課始めて半年なのに駄目駄目で」

 そりゃ、ギルド職員としては戦闘で役立たずなのも本来ならば当たり前だし、事務に戻りたい気持ちは山々なんだけど。仕事として任された事だから、一応お給料貰っている訳だし、愚痴は垂れても責任は持ちたい。この間みたいにアルグさんに迷惑も掛けたくないし。

「雑務課、ですか?」

「あ、一応私の身分はギルド職員なんです。……まあやってる事は冒険者と同じく依頼の引き請けなので……心配しないでくださいね」

「あ、はい!今までの戦いを見て、色々と勉強させて頂いてるので、不安は感じてません!」
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