4.魔窟と勇者と金髪少女
モルダバイド洞窟までの道程は簡単だった。森から帰る時のように地図は破損していないし、今は洞窟から漏れ出した魔物もいない。大きな町……つまりここだとビスカリアから離れている分スライムよりは強いけれど、私達三人の敵になるほどの魔物は彷徨いていなかった。
ただ町や村ほどには舗装されていない道を、長時間歩くという単純な疲労が溜まっていくだけ。
白の光が黄色く強く照りつける印象に変わる頃に一度休息を取り、そこから再び歩き出して一時間。
私達はがぼおと口を開けたごつごつの岩壁を前にする。
「流石に一昨日のゴブリン退治とは訳が違うな……っと!」
闇に入り込めば、少し進んだだけでもう蔓延っていた魔物が顔を出した。
アルグさんは剣をザッ!と大きく振り、魔物の体の殆どを引き剥がす。そのまま振り切った剣の先からぱたたっと弧を描いて赤くない液体が落ちていった。
脇道から飛び込んできた魔物に詠唱なしで魔法を叩き込んだアルトは、そのまま隙のできた群れに突っ込むアルグさんの取りこぼしに細身の剣を突き刺していく。
私は彼らに加えて火の玉を放り込むのがお仕事だ。
その辺の石を拾い上げて、当てるべきモノに狙いをつける。そして、私の系統である熱によって冷を追い出し性質を変える。
「灯火の通り道≪アルメ・ダ・フォーコ≫」
魔法の呪文(キーワード)を唱えれば、その石はぼっ!と点火されたように火の玉となり、私の掌の上に浮いていた。それをそのまま狙いへ投げつける。
勿論、魔法の投擲には石投げが上手いか下手かなど関係ない。大体その方向へ投げれば、進路は性質を変えた私が少しの間操作出来るからだ。
そうやって火にまみれた魔物は燃え尽きていく。
まだ始まりだから余裕だ。少し足止めは喰らうけど、着実に下へと降りていける。
それが三度ほど自然に出来たと言うか、魔物達が抉って出来た階段を下りた先になると。
「やっぱりいるよね……」
「まあ、元々そのくらいの魔窟だってわかってたしな。ははは」
蝙蝠やゴブリンなんかではなく、もう一つ……否、二つ三つ上の魔物のお出ましだ。男性の中でも背の高い方であるアルグさん二人分の大きさ。凄い幅であるのはパンパンに張った筋肉の所為だ。
ただ、ごわごわの髭を持った褐色の肌に貼り付いた表情には知性の欠片も感じられず、弱点と言えばそこだと思う。
魔物の名前はオーガ。パットさん曰く、私がタメ張れそうなお相手だそうです。
「引っ掛かってるとしたら、ここら辺りだろうな……!」
「ここからの変化は急ですから、ねっ!灯火の通り道!」
「アルグさんは兎も角、メイナまで張り切りすぎじゃないかい?」
「余裕ぶってるエルトが可笑しいの……」
「メイナ!横に……!」
「よっ!」
私を心配しながらもずぷりとオーガの心臓を突くエルトに気を取られ、にたりと笑う巨体がすぐ横に来ていた。しかし私よりも遅い動作で両手を振り上げており、頭の上に鈍器をぶち込む隙がある。
見た瞬間に判断して、そのまま。頭部を重く鈍い音で潰されたそれは、汚い叫び声で倒れた。
「何だメイナ。お前、オーガも一撃なのか。ははは、パットの冗談も笑えなくなるな」
アルグさんは笑っているけれど、二十二の乙女としては本当に笑えない……。
……大丈夫、ちょっと当たり所が良かっただけで、まだ死んではいないから。息あるみたいだから。私なんか、オーガとタメ張れてないから、大丈夫。
笑いながらもアルグさんの太い剣がざくりと刺されて、オーガは痙攣してから息絶えた。
他にも上の層同様の雑魚を何匹も排除して、私達はその暗い穴を更に進んでいく。
「うーん……中々居ませんね、レン君」
「自称勇者は伊達じゃないってか?もう一個降りてみるか?」
「その逆で、既に死んでるかもしれませんよ」
爽やかな笑顔で言うの、やめてくれないかなエルト。
しかしそれも、レン君がこの階の何処にもいなければ、冗談ではなく視野に入れなければならない事だ。
もしそうだったら、パルマに何て言えばいいんだろう……。きっとパルマも、可能性として考えてはあるんだろうけど。
「おっ!おい!灯りが見えるぞ」
「えっ?!」
アジュガ村に最近訪れたのは、勇者くんパーティと私達しかいない。よっぽどの手練れなら村に寄らず野宿野宿でも魔窟に突っ込めるだろうけど、モルダバイドくらいでそんな事する人はあまりいないだろう。
一気に希望の光が頭の中に広がり、勇者くんパーティのものであろうその光へと、私達は駆け寄っていった。
「お、オーガ……!」
私の希望の光は一気に暗闇に掻き消されてしまった!
超進化型のオーガ。背丈はアルグさんと同じぐらいだが、袖のない服で見える上腕の筋肉、紺のスカートの下から覗く筋肉、項も筋肉。その威圧感は圧倒的……!
そして白めの人肌を持った顔に浮かぶのは知性も感じられる睨み。頭には金髪のツインテール。まさに、超進化型のオー……
「あれ?何か、見た事あるような」
「お、オーガって何処ですか!あ、あの、私一緒にパーティ組んでた方とはぐれてしまって!助けてくださいっ」
「?!」
可愛らしく甘く高い声。姿さえなければ胸が可愛さできゅんと疼くくらいだ。
睨み付けも怖さのあまりと、私達を見定める為の表情だったらしい。筋肉に意識を囚われずきちんと見れば、彼女は姿に似合わずぷるぷると震えていた。
その強烈な姿は、髪型は違えど私が恐らく貼り間違いだろうと思っていた資料の写真にも存在していた。
「ああっ!僧侶のフルーレっ……ちゃん?」
「はい!そうですっ。も、もしかして助けに来て下さったんですか」
「え、と。ギルドに依頼があって」
「良かったあ!」
きゃっと不安から解放されて、ただでさえ高かった声が明るく更に高くなる。おかげで私の何とも言い難い顔について問われる事もなかったのだが。
エルトはいつも通りの広角を上げた無難な笑みのまま何も言わないが、アルグさんは私と同じく混乱しているようだ。私にひそりとこう話しかけてきた。
「お、おいおい……十五の少女には見えないんだが……」
「でも確かにあの登録票には写真、貼ってありましたよ」
「ありゃ貼り間違いだと思うだろう、誰だって」
「そうですけど、現実いますし。十五歳の……女の子なんでしょう。ほら、金髪のツインテールですし。僧侶服もスカートの女性用ですし」
「あっ!あのう……」
「はいっ?!」
私とアルグさんの声の間にぴょんと飛び込んできたフルーレちゃんの声。それがあまりに異質な為に、私達ははっと現状を思い出した。ひそひそ話をやめて離れた瞬間、視界に映ったエルトから何だか嫌な空気を感じたのは気のせいと思いたい。
「……あ、フルーレちゃんはパーティと離れちゃったんですよね。不安な中で内輪の相談してごめんなさい」
「それは色々あると思いますし、仕方ないので構いません。ただ、あの、レン様を助けてほしいと思いまして」
「!そうだ、レン君!それに、他の冒険者はどうしたんですか?」
「えっと、他のお二人はこの魔窟にはおりません。始めからお話ししますと……ギルドから依頼を請けたのでしたらご存知かもしれませんが、私達のパーティって本当にここに来る直前に組んだんです。それも、ギルドの自動采配で」
パーティを組む相手に宛はないが必要になった場合、ギルドには自動采配と言うものがある。最低限の条件を書いて申し込むと登録されている情報と照らし合わせて、可能であるならば一組のパーティを作ってくれるのだ。
定期馬車の馭者(ぎょしゃ)は流石にギルド員の事細かい情報など知らないが、小さな冒険者がたった一人で遠い魔窟に行くとはしゃいでいたら止めない訳にはいかない。馬車以外でも情報収集だって相手にされないだろうし、勇者くんには即席でもパーティを組む必要があったのだろう。
「組んだ後に指揮を取ったのはレン様でした。まずはアジュガ村に、そしてモルダバイドに行くと仰有ったのです」
「しょ、初対面の初心者にいきなり……」
「他の方は知らないようでしたが、私はここの難易度を知っておりましたので勿論お止めしました。すると、私は勿論他の方にも、アジュガまでついてくるだけで良いと。モルダバイドには俺一人で行くと仰有ったのです」
「ひ、一人?!」
勇者くんはよっぽど実力に見合わない自信があったのか……そんなの私だってやらない無茶だ。アルグさんも「おいおい……」と流石に呆れていた。パルマはこんな勇者くんの何処に惹かれたのやら。
「ですからお二人は魔窟には来ませんでした。それでも私だけはついてきたのですが。苦労の末に辿り着いた、ここから五階層下の場所で……」
「ごっ、五階層下?!」
中々帰って来なかったのは魔物にやられてしまったからではなく奥まで進んでいたから。
その事に驚きはしたけれど、フルーレちゃんのこの筋肉なら、もしかしたらある程度の魔物は倒せるのかもしれない。……いやいや、彼女は十五歳の僧侶の女の子だ。常識はずれな事ばかりでつい失礼な想像までしてしまった。
でもそれを掻き消してしまうほどの言葉が、次に続いた。
「ドラゴンが、現れたんです」
ただ町や村ほどには舗装されていない道を、長時間歩くという単純な疲労が溜まっていくだけ。
白の光が黄色く強く照りつける印象に変わる頃に一度休息を取り、そこから再び歩き出して一時間。
私達はがぼおと口を開けたごつごつの岩壁を前にする。
「流石に一昨日のゴブリン退治とは訳が違うな……っと!」
闇に入り込めば、少し進んだだけでもう蔓延っていた魔物が顔を出した。
アルグさんは剣をザッ!と大きく振り、魔物の体の殆どを引き剥がす。そのまま振り切った剣の先からぱたたっと弧を描いて赤くない液体が落ちていった。
脇道から飛び込んできた魔物に詠唱なしで魔法を叩き込んだアルトは、そのまま隙のできた群れに突っ込むアルグさんの取りこぼしに細身の剣を突き刺していく。
私は彼らに加えて火の玉を放り込むのがお仕事だ。
その辺の石を拾い上げて、当てるべきモノに狙いをつける。そして、私の系統である熱によって冷を追い出し性質を変える。
「灯火の通り道≪アルメ・ダ・フォーコ≫」
魔法の呪文(キーワード)を唱えれば、その石はぼっ!と点火されたように火の玉となり、私の掌の上に浮いていた。それをそのまま狙いへ投げつける。
勿論、魔法の投擲には石投げが上手いか下手かなど関係ない。大体その方向へ投げれば、進路は性質を変えた私が少しの間操作出来るからだ。
そうやって火にまみれた魔物は燃え尽きていく。
まだ始まりだから余裕だ。少し足止めは喰らうけど、着実に下へと降りていける。
それが三度ほど自然に出来たと言うか、魔物達が抉って出来た階段を下りた先になると。
「やっぱりいるよね……」
「まあ、元々そのくらいの魔窟だってわかってたしな。ははは」
蝙蝠やゴブリンなんかではなく、もう一つ……否、二つ三つ上の魔物のお出ましだ。男性の中でも背の高い方であるアルグさん二人分の大きさ。凄い幅であるのはパンパンに張った筋肉の所為だ。
ただ、ごわごわの髭を持った褐色の肌に貼り付いた表情には知性の欠片も感じられず、弱点と言えばそこだと思う。
魔物の名前はオーガ。パットさん曰く、私がタメ張れそうなお相手だそうです。
「引っ掛かってるとしたら、ここら辺りだろうな……!」
「ここからの変化は急ですから、ねっ!灯火の通り道!」
「アルグさんは兎も角、メイナまで張り切りすぎじゃないかい?」
「余裕ぶってるエルトが可笑しいの……」
「メイナ!横に……!」
「よっ!」
私を心配しながらもずぷりとオーガの心臓を突くエルトに気を取られ、にたりと笑う巨体がすぐ横に来ていた。しかし私よりも遅い動作で両手を振り上げており、頭の上に鈍器をぶち込む隙がある。
見た瞬間に判断して、そのまま。頭部を重く鈍い音で潰されたそれは、汚い叫び声で倒れた。
「何だメイナ。お前、オーガも一撃なのか。ははは、パットの冗談も笑えなくなるな」
アルグさんは笑っているけれど、二十二の乙女としては本当に笑えない……。
……大丈夫、ちょっと当たり所が良かっただけで、まだ死んではいないから。息あるみたいだから。私なんか、オーガとタメ張れてないから、大丈夫。
笑いながらもアルグさんの太い剣がざくりと刺されて、オーガは痙攣してから息絶えた。
他にも上の層同様の雑魚を何匹も排除して、私達はその暗い穴を更に進んでいく。
「うーん……中々居ませんね、レン君」
「自称勇者は伊達じゃないってか?もう一個降りてみるか?」
「その逆で、既に死んでるかもしれませんよ」
爽やかな笑顔で言うの、やめてくれないかなエルト。
しかしそれも、レン君がこの階の何処にもいなければ、冗談ではなく視野に入れなければならない事だ。
もしそうだったら、パルマに何て言えばいいんだろう……。きっとパルマも、可能性として考えてはあるんだろうけど。
「おっ!おい!灯りが見えるぞ」
「えっ?!」
アジュガ村に最近訪れたのは、勇者くんパーティと私達しかいない。よっぽどの手練れなら村に寄らず野宿野宿でも魔窟に突っ込めるだろうけど、モルダバイドくらいでそんな事する人はあまりいないだろう。
一気に希望の光が頭の中に広がり、勇者くんパーティのものであろうその光へと、私達は駆け寄っていった。
「お、オーガ……!」
私の希望の光は一気に暗闇に掻き消されてしまった!
超進化型のオーガ。背丈はアルグさんと同じぐらいだが、袖のない服で見える上腕の筋肉、紺のスカートの下から覗く筋肉、項も筋肉。その威圧感は圧倒的……!
そして白めの人肌を持った顔に浮かぶのは知性も感じられる睨み。頭には金髪のツインテール。まさに、超進化型のオー……
「あれ?何か、見た事あるような」
「お、オーガって何処ですか!あ、あの、私一緒にパーティ組んでた方とはぐれてしまって!助けてくださいっ」
「?!」
可愛らしく甘く高い声。姿さえなければ胸が可愛さできゅんと疼くくらいだ。
睨み付けも怖さのあまりと、私達を見定める為の表情だったらしい。筋肉に意識を囚われずきちんと見れば、彼女は姿に似合わずぷるぷると震えていた。
その強烈な姿は、髪型は違えど私が恐らく貼り間違いだろうと思っていた資料の写真にも存在していた。
「ああっ!僧侶のフルーレっ……ちゃん?」
「はい!そうですっ。も、もしかして助けに来て下さったんですか」
「え、と。ギルドに依頼があって」
「良かったあ!」
きゃっと不安から解放されて、ただでさえ高かった声が明るく更に高くなる。おかげで私の何とも言い難い顔について問われる事もなかったのだが。
エルトはいつも通りの広角を上げた無難な笑みのまま何も言わないが、アルグさんは私と同じく混乱しているようだ。私にひそりとこう話しかけてきた。
「お、おいおい……十五の少女には見えないんだが……」
「でも確かにあの登録票には写真、貼ってありましたよ」
「ありゃ貼り間違いだと思うだろう、誰だって」
「そうですけど、現実いますし。十五歳の……女の子なんでしょう。ほら、金髪のツインテールですし。僧侶服もスカートの女性用ですし」
「あっ!あのう……」
「はいっ?!」
私とアルグさんの声の間にぴょんと飛び込んできたフルーレちゃんの声。それがあまりに異質な為に、私達ははっと現状を思い出した。ひそひそ話をやめて離れた瞬間、視界に映ったエルトから何だか嫌な空気を感じたのは気のせいと思いたい。
「……あ、フルーレちゃんはパーティと離れちゃったんですよね。不安な中で内輪の相談してごめんなさい」
「それは色々あると思いますし、仕方ないので構いません。ただ、あの、レン様を助けてほしいと思いまして」
「!そうだ、レン君!それに、他の冒険者はどうしたんですか?」
「えっと、他のお二人はこの魔窟にはおりません。始めからお話ししますと……ギルドから依頼を請けたのでしたらご存知かもしれませんが、私達のパーティって本当にここに来る直前に組んだんです。それも、ギルドの自動采配で」
パーティを組む相手に宛はないが必要になった場合、ギルドには自動采配と言うものがある。最低限の条件を書いて申し込むと登録されている情報と照らし合わせて、可能であるならば一組のパーティを作ってくれるのだ。
定期馬車の馭者(ぎょしゃ)は流石にギルド員の事細かい情報など知らないが、小さな冒険者がたった一人で遠い魔窟に行くとはしゃいでいたら止めない訳にはいかない。馬車以外でも情報収集だって相手にされないだろうし、勇者くんには即席でもパーティを組む必要があったのだろう。
「組んだ後に指揮を取ったのはレン様でした。まずはアジュガ村に、そしてモルダバイドに行くと仰有ったのです」
「しょ、初対面の初心者にいきなり……」
「他の方は知らないようでしたが、私はここの難易度を知っておりましたので勿論お止めしました。すると、私は勿論他の方にも、アジュガまでついてくるだけで良いと。モルダバイドには俺一人で行くと仰有ったのです」
「ひ、一人?!」
勇者くんはよっぽど実力に見合わない自信があったのか……そんなの私だってやらない無茶だ。アルグさんも「おいおい……」と流石に呆れていた。パルマはこんな勇者くんの何処に惹かれたのやら。
「ですからお二人は魔窟には来ませんでした。それでも私だけはついてきたのですが。苦労の末に辿り着いた、ここから五階層下の場所で……」
「ごっ、五階層下?!」
中々帰って来なかったのは魔物にやられてしまったからではなく奥まで進んでいたから。
その事に驚きはしたけれど、フルーレちゃんのこの筋肉なら、もしかしたらある程度の魔物は倒せるのかもしれない。……いやいや、彼女は十五歳の僧侶の女の子だ。常識はずれな事ばかりでつい失礼な想像までしてしまった。
でもそれを掻き消してしまうほどの言葉が、次に続いた。
「ドラゴンが、現れたんです」