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4.魔窟と勇者と金髪少女

 橙の暖かな光がとろりと長閑な風景に垂らされていた。ビスカリアとは違うすっとした空気を味わいながら、馬車を出たばかりの体をぐんと伸ばす。
 小さな農村、アジュガ。
 お店なんて一軒の道具屋しかなく、宿もまた二階までしかない小さな木造のものが一軒。あとは広い畑や畜舎とそれに付随した民家がぽつぽつあるくらいの村だ。その中でもちょっと大きいものが村長の家だろうが、今回は用はない。
 馬車乗り場から少し歩いてみるが、冒険者のいる様子は無く村民がほのぼのと挨拶をしてくれるだけだった。
 まあ今は村からの依頼も無く、近場の魔窟であるモルダバイドも経験積みとしては挑める人間の限られた中級向け。他にも魔窟は色々あるため、それは予想通りの事だった。

「すいません、三人で部屋をお借りしたいんですが……」

 軋むドアを押し退けて、誰もいないカウンター前から奥へと少し大きな声で呼び掛ける。すると、ぽっかり空いた奥の部屋ではなく、横にあった階段からどたどたと慌てた足音が降りてきた。

「ああ、すいませんすいません!お待たせしました。いやね、特に騒ぎも起こってないのに泊まり客が二組もくるなんて思ってもいなかった事だから。ごめんなさいねえ」

 待たせた事を謝るや否や、素朴な服を着たおばさん女将が理由をべらべらと喋り始める。手は前にぱたぱた。お母さんもよくやる、言ってしまえば私もたまにやってしまう行動だった。

「お客さん、三名様?あらあら、そうなると二部屋でいいかしら。うち、一応三部屋はあるんだけどねえ。既に一個埋まっちゃっているから。流石に男性と女性、一緒に寝るわけには行かないでしょ」

「そ、そうですね。では二部屋でお願いします」

「はいはい。三名様二部屋で……一泊一三〇〇Rになりますけど、何泊泊まります?ちなみに朝食夕食付き、お昼は必要なら別途料金がかかりますよ」

「えっと、今日明日の二泊分、取っておいてもらえますか」

「はいはい、じゃあ二六〇〇Rですね」

 喋る速さも早いが仕事も早いようで、私からお金を受け取るとすぐに鍵を二束出してくれて、食堂はまっすぐ行ったところで部屋は二階の真ん中と左だと教えてくれた。そして帳簿書きのためかカウンターにあった紙束を持って、女将は今度こそ奥へと引っ込んでいった。

「じゃあ、明日の朝にご飯を食べたらすぐ出発って事で。私は少し村の様子見と聞き込みをしてきますので、今日は解散しましょうか」

「俺は馬車でゆっくり寝てたし、聞き込みくらい手伝うぞ?」

「じゃあ僕は部屋でメイナが帰ってくるのを待っていようかな」

 どうやらエルトは女将さんの話を聞いていなかったらしい。エルトの部屋は男同士、アルグさんと一緒だ。鍵は貰ってすぐに片方をアルグさんに渡した。
 一応仕事中だと思うから襲うのも禁止だし、私を待つ必要なんてどこにもない。

「……。アルグさん。聞き込みはいいのでエルトが私の部屋に来ないよう見張っていてください」

「おう。わかった」

 はっきりと返事をしたアルグさんはその後約束を全うしてくれて、私はその日一日、安心して調査と睡眠を取ることが出来たのだった。
 しかし宿を離れて出来た調査自体は大した成果をあげられなかった。
 村人が口を揃えて言うのはモルダバイド洞窟に二人の冒険者が向かったという事だけ。その内の一人は少年だったらしく残る二人の少女は危険を察知してすぐ抜けたのだとわかったが……そのくらいだ。目的も特別な事は言っていなかったらしく、本当にただ魔窟に挑戦しに行っただけらしい。
 今はどの辺りかと言う目処も、本来基準の中級パーティでない為日数では予測することは出来なかった。

 そして翌朝。上部のベルを叩く目覚まし時計は無いので窓から射し込む眩しい白の陽で目が覚めた。どこかの畜舎からか、鶏の声も元気よく聞こえてくる。

「んん……朝か。ふああ。今日はモルダバイド洞窟、か」

 請け負った仕事だからやる。けれど、いつだって魔窟に行く前は緊張や怖さが涌き出るものだ。それをぱん!と両頬叩いて吹き飛ばす。

「よしっ。大丈夫大丈夫。アルグさんもエルトもいるんだから」

 壁に立て掛けていた愛用鈍器、特別発注の棍棒を手に取ると、もう片方の手で寝る前にまとめていた荷物を持ち上げた。
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