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3.熱を持つ私

 スコレサイトの森まで追い掛けてきたのだからわかってはいたけど。何か自然に溜め息が出てきた。
 人には必ず得意な系統と言うものがある。
 でも持っている系統なんて、測り方は様々だけども気にして測ってみるとか魔法を使ってみて初めてわかるものだ。私の場合は雑務課に流されてから漸く魔法を覚えたのに……一体どこまで調べてるのだろう。

「ちなみにエルトの系統は?お互いの能力は把握しておくべきだと思うし」

 魔法と言うのはその系統が属するものしか使えない。
 火属性は熱と乾。風属性は熱と湿。だから熱系の私は少しなら火と風の魔法を使えるわけだ。もっと凄い魔法は魔術師として修行しなければならないけれど。逆に冷と乾の土属性であったり、冷と湿の水属性は全く使えない。
 ちなみに系統が合っても才能がなくて魔法を全く使えない人もいる。アルグさんもその一人だそうだ。

「僕は本来湿系だけど、修業のおかげで冷乾系もいけるから大概の魔法は使えるよ。熱系が混じる魔法の威力は落ちるけどね」

「……流石魔術師」

「正しくはネクロマンサーなんだけどなぁ」

 何か反則臭いなあ、それ。普通持っているのは一系統で、冷と熱なんて真逆なのに。
 まあそれだけ努力して魔術師の修行をしたんだろう。どんな修行かは知らないけれど。でもそうなると……。

「じゃあ尚更私が前の方がいいんじゃない?」

 私は当たり前に行き着く考えを口にした。
 するとエルトもまたさらりとこう言ってきたのだ。

「やだな。好きな女性を前に立たせるなんて、男じゃないよ。ですよね、アルグさん」

「……は」

 恥ずかしい台詞に、思わず固まってしまう。
 そりゃ何故か殺されそうになるほど好いてはくれているみたいだけど。私、大きくなってから今までそんな台詞を言われた事なんて無いし。
 アルグさんに窺うエルトの目がすっと三日月形に閉じられたのが幸いだった。命を狙われる時点で対象外なはずなのに、一瞬赤くなってしまった顔を見られずに済むから。

「さあ……どうだろうな。俺には縁遠い話でわからん」

 聞かれたアルグさんはそうやって軽く肩を竦めていた。

 ◆ ◆

 相談が終わってギルドを出ると、私達はそれぞれ必要な物を準備するため一旦別れた。私の武器は今のところ鈍器一本だし後衛が基本になるみたいだから、回復薬の補充や石化剤、煙玉なんかのちょっとした道具を買い込んだ。
 そして決めた時間に馬車乗り場へと集まる。
 アジュガは小さな村だから、駅馬車は二日に一回しか走らない。それがない日や早朝から出るならば別途に馬車を頼むしかないのだが、どうせある日なのでこれに乗ることにした。二日に一回と言ってもアジュガに行くのは里帰り客か魔窟挑戦組くらいなので大体は貸し切りだ。
 そうして、狭くも広い車の中で私達は揺られていた。

「駅馬車なんて久し振りだな」

「?駅馬車に乗らないなんて、都市間の移動はどうしてたのよ」

「メイナを探すためだからね。時間は惜しいからいつも馬車屋で出してもらってたよ」

「ああ、そういう事……」

 がたんがたん。村への凸凹道が馬車を鳴らせている。
 それでも……否、それさえ子守唄になるのか。いつの間にかアルグさんは側面にもたれ掛かって寝てしまっていた。
 今からでは早いとは思うけど、半日もあるのだ。私もその内そうなるのだろう。

「ねえ、エルト」

「うん?何だい、メイナ」

 それまでは、時々くり抜き窓から見える風景でも眺めながらエルトと会話でもしようかと思った。

「エルトはどうして私なんかを殺したいの?」

 自分で言っていて変な言葉だと思うが、だからと言って私とずっと一緒に居たいのとか好きなのと聞くのは違う意味でもっと変な気がして言えなかった。

「約束だって言ったじゃないか。メイナも覚えてくれてたんでしょ」

「覚えてはいたけど……正直子供の頃の思い出って感じで、てっきり本気じゃないって言うか、エルトの方こそ忘れてると思ってた」

「それはないよ。絶対にない」

 キッパリと断言するエルトが、私は更にわからなくなる。
 昔こそ私にも子供らしい可愛さはあったのかもしれないが、今では取り柄は強い力だけ。それもきちんとした冒険者と比べたら凄い物ではないし、あとは顔は普通、家も一般家庭だし、性格も自分で鑑みて反省すべきところが山ほどあるくらいだ。
 変人ではあるが、強くて稼ごうと思えば稼げて顔だって良いエルトが大人になっても追い掛ける程の人間とはとても思えなかった。

「何で?」

「好きだからだよ」

 言い淀む間もない。当然の事として返された。
 あまりにもすぽんと出てきたものだから、耳を通り過ぎる間に何も起こらなかったくらいだ。
 そしてもう一度、私に言い聞かせるように繰り返される。

「メイナの事が好きだから」

 綺麗な茶色の目が確りと私を射抜く。その所為で普通に隣に座っているだけなのに、何だか詰める距離もないくらいすぐ傍に居るような気がしてしまう。
 一度目の言葉は通り過ぎただけだったけれど、二度目の言葉は。微笑みは確実に私に伝わって。じわりじわりと熱が顔に集まっていく。

「好きなのに理由って必要かな。……必要なんだよね、きっと。でも物心ついた時からずっとこんな気持ちを抱えてると、僕自身始めの理由がわからないんだ」

「な、な……何それ!ひ、人を殺そうとしてまでいるのに」

 先に目を反らしたのは勿論私だ。
 何だか私には似合わない空気に耐えきれなくて。震える声はどう聞いたって熱くなったこの顔の誤魔化しだとばれると思うけど。
 それでも視界の端っこに映ったエルトがまた優しく笑う気配を感じた。ちゃんと視点を向けられないから、はっきりとは見えないままで。

「でもこの気持ちはずっと本当だし、物心ついてからもまた惚れ直す機会は沢山あったよ。狼から僕を守ってくれた事とか、落ち込んでる時に慰めてくれたりとか」

「そんな事も、あ、あったね……」

「そういうのが積み重なっていくとさ、理由は知らなくてもこの気持ちに疑いようなんか無くなっちゃうんだ。逆に確信めくんだよ。知ってる?メイナが居なくなった次の日から僕、学園も行かずに引きこもって魔術の勉強したんだ。今こうしている為に」

「し、知るわけないでしょ。私のいない時なんだから」

「ふふ。そうだよね」

 まさかその頃から今までが繋がってこのエルトに……。そう想像すると罪悪感とか恐怖とかが一斉に背を襲ってぶるりと震えてしまった。
 だってそれじゃあ、私の所為で学園にも行かずこうなってしまったとも言えるし、殆ど始めからこんな状態で根深すぎて改善の余地がないとも言える。
 大丈夫だよね。きっとエルトは端折って言ってるだけで、紆余曲折あったんだよ。きっと……。

 がたん、ごとん。がらがら。

 まだ暫くは流れていく遠い景色を映す窓。その傍で、私は遠い目をして揺られていた。
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