このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

27.めでた死、めでた死

 馬車の中の長い時間で纏めた報告書も鞄にある。
 相変わらず寝心地も悪く体が鈍ってしまう移動だったけれど、確りと笑顔を作って受付からこちらをはっと見たパットとパルマに無事の報告をするのだ。

「メイナ・イクシーダ、只今戻り――」

「パルマぁぁあああ!ただいまっ!」

 黒いものがばっと私の前を過ぎ去り、カウンターをジャンプで越えてたわわな胸に飛び込んでいく。
 もう、呆れて物も言えないよ。折角の第一声も掻き消されてしまったし。
 でもパルマはレン君が帰ってきて本当に嬉しそうに頭を撫でている。それから手は止めないものの、同じ可愛らしい顔をこちらに向けてきた。

「お帰りなさい!メイナ!」

「何だよ、お前ら随分元気じゃねぇの。このまま次の仕事するか?」

 パットさんは相変わらずな言葉を吐いて、でも吹かしていた煙草は手元の灰皿にぐりぐりと押し付けていた。まだ長さもあって吸ったばかりに見えたのに。

「ただいま、パルマ、パットさん」

 他にも私達に気付いた他の窓口や後ろで作業をしていた人達がパルマとパットさんの横からちらっと顔を見せてお帰りと声を掛けてくれる。私ももう一度ただいまです、とその人達へ返した。

「しかしオーガどころか上位ドラゴンまで屠ってくるとは、いよいよメイナにはうっかりした事言えねぇなぁ」

「どういう事ですかね、それ」

 返答次第では私、今度は上司を屠らなくちゃならないかも。
 そう思っていたらエルトがそっと私の肩を掴み寄せた。ぽふっとその体に引っ付いてしまい、ギルド内の視線をまた集めてしまう。
 尤もここでは職員のみの視線だけど……ビシバシ痛かった視線の方がまだ良かったかもしれない。つまりは同僚の「おっ?」って言う視線だからね!うわあああ!

「どういう事でしょうか」

 しかも笑顔で、私と殆ど同じの台詞を吐くエルト。
 私は羞恥で顔が真っ赤に染まってしまい暫く固まっていた。

「おー。今度は本当にくっついたのか。怖い怖い」

 肩をすくめ、懐から煙草を取り出して再びくわえるパットさん。火を点けるのに小石を出して呪文を唱える間に、エルトの肩がとんとんと叩かれる衝動が私にも伝わった。
 レン君はまだパルマに引っ付いたままだし、パットさんはカウンターの向こうで使った小石を振って冷ましている。この状況でエルトの肩を叩くなんてアルグさんくらいだけど。

「?何ですか、アル――」

 振り返ったエルトの頬にぷにっ。と人差し指に刺さる。
 よく子供がやるどうでも良い悪戯だ。

「……エルトに何やってるんですか、アルグさん。子供みたいな事して」

「独身者の僻みだ」

 そう言われて、大人なエルトは仕方ないとでも言うように小さく笑った。本当はアルグさんの方が大人なのに……。

「おっ。それなら俺も混ぜてくれよ」

 すっかりいつも通りに煙草を吹かしたパットさんが、カウンター越しに嬉々として会話に参加してくる。アルグさんより更に年上のはずでしょう。何言ってるんですか。私なんか僻んでも、薬指の指輪のお相手は帰ってきませんよ。
 全く、冒険者ギルドの人間は年を取るほど子供になるんだろうか。……否、エルスースさんは素敵な大人だったな。これはビスカリアに限った話です。
 呆れて一息吐いた後、私はエルトに肩を離してもらい、鞄から提出書類を取り出した。

「あれ?でもおっさん結婚してるんだよな。結婚指輪してるじゃん」

 あっ……。
 自然に地雷を踏んでいくレン君。子供って無邪気だね。でもお陰様で辺り一帯は静けさと涼しさに包まれた。

「坊主……てめぇ、覚えておけよ」

「え?何を?」

 私は話を打ち切るようにパットさんの真ん前に駆け寄り、握っていた書類をばさりと提出する。受け取ったパットさんもこれが仕事の為に渋々確認作業に移った。
 とは言えこんな異常な仕事だ。形式さえ合っていれば、この場で出来る確認など高が知れている。
 パラパラと捲り終えたパットさんにペンダントも預けると、いつも以上に早い確認は終わった。恐らく暫くは細かい確認と会議の日々だろうなぁ。

「ま、お疲れさんって事で今日くらいは休んどけ。明日以降の休みは保証できん」

「分かってます。って言うか休みの保証なんてありましたっけね」

「事前申告があればするだろ。申告があればな」

 申告出来なければずっとお仕事が続く場合がありますけどね?
 なんて目だけでパットさんに突っ込みを入れながら、レン君はそのままパルマの下に置き、私達はギルドの外に出た。
 歩いている途中で久しぶりのビスカリア料理の香りが漂ってきて、アルグさんともそこの食堂で別れる。
 何処までもついてくるのはエルトだけだった。
 ……って言うかここまではついて来なくて良いんだけど。もう私の家の前なんだけど。

「エルト、魔術ギルドに行くんじゃ無かったの?」

「呼び出しは煩かったけど明日にする。今日はメイナと居たい」

 明日にって……それって慌てて帰ってくる必要なかったんじゃ。否、よく考えたら帰ってくる必要自体無かったはずだ。だってミルトニアに魔術ギルドがあるんだから。
 もしかして私が急いで帰りたがったから、合わせてくれた?
 そ、そんなに気遣ってもらうと、何だか強く言えない。

「じゃ、じゃあ自分の家に戻らないの?あ、家って言うか宿か」

 元々ビスカリアに住んでいた訳ではないし、私を殺しに来たんだから。
 大体はエルトが私の家に来るものだから、エルトがどこに住んでいるかなんてすっかり気にしていなかった。

「うん。だから遠くの用事がある度に出払ってるんだ。いつ何があるか分からないし、荷物もそんなに多くないからね」

「へえ、そうだったんだ。じゃあそろそろ今日の宿探さないと!」

 そっと鍵を回す。強く言い返せなくとも、ここで何とか防がねば。
 チキュウカンパニーの特別製鍵はまだ健在で、素早く入って掛けてしまえばエルトも入っては来られまい。
 回しきり、再びそっと鍵をしまうと、私はとびきりの笑顔でエルトに言い放つ。

「それじゃ、お休み!」

 ガチャン!やった!完!

 ……とは行かず。確かに入った瞬間に錠は掛けて、一本しかない鍵は手元にあるのに。私に思い知らせるかのようにゆっくりと回って、カチャリと開けた時と同じ音が響いた。
 まさか。まさかエルト、あんた。

「メイナ、隙だらけだよ。どうせ隙を見せるなら最初から合鍵作ってくれれば良いのに」

 いつの間に合鍵作られてるぅ!
 ぷらんとエルトの指にぶら下がるのは、確かに私の家の薄っぺらくも安全性抜群の鍵第二号。大元を盗られちゃ安全性も何も無いけどね!
 口をぱくぱくとさせて何も言えない私に、エルトは涼しい顔で笑って言う。

「ずっと一緒にいてくれるんでしょ」

 うっと溜飲が下がる。ついこの間したばかりの、素直になると言う決意を違えるのも嫌だ。
 でも照れが混じっているとは言え、何時でも何処でも一緒って言うのはまた別の話でしょう。まだそう言うのは早くない?お風呂も一緒なの?仕事の時……は一緒か。いやいや、だからって無断の合鍵も許されるの?
 どんな物事にも、時と場合って言うものがあるわけで。

「そ、それは普通に、付き合うとか結婚するとかそう意味で、別に今四六時中一緒にいる必要ないじゃない!」

「結婚か。そうだよね。別に国の理に従う必要もないけど、ずっと一緒にいるって証としては良いかもしれないね」

 思わず言ってしまった言葉が、改めてとんでもない事だったと理解する。
 つ、付き合う、ならまだしも。
 け、結婚とか……私達にはまだまだ先の話だよね?って言うかこれじゃあ私からプロポーズしてるみたいじゃない。

「う……あ……」

 じわじわと汗が滲んでいき、言葉すら形成させられなくなった私に、エルトはくすくすと笑いながらもゆっくりと顔を近付けてくる。
 それはやがて重なって。具体的に言えば、唇が重ねられて。
 これは事故でも何でもなく、はっきりとした、キスで。
 私の顔は染まるところが無いほど真っ赤になった。
 でも私に逃げ場なんて無くて。エルトから逃げられるはずも無くて。

 ああ、もう私はエルトに殺されているけれど。

 誰か、私をもう一回殺してっ!
2/2ページ
スキ