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26.私の帰る場所

 繰り返される腹部の痛みに、再び獣に成り下がるドラゴン。魔宝珠の破片が突き刺さり、裂かれた肉壁も悲鳴のように血を流す。
 決壊も時間の問題であった。それなのに体全体は大地の蔓が未だに絡まって、のたうち回る事も出来ずにいる。

「何故ダ……!一体何ガ起コッテイル!」

「自分自身がよくわかってるはずだろう」

 腹の中で何かが暴れている。それが魔宝珠を壊してしまった、と言うのは自分の腹だ。ドラゴンにも理解できたろう。
 しかしまさか、先程食べた人間が原因と言うのは理解できない。タイミングが良すぎると薄ら考えてしまっても、人間如きがドラゴンに喰われて生きているなど信じたくも無かった。

「だから言ったじゃないか。ふざけた事言ってる暇があるなら、死になよって」

 エルトはばっと手を前に出し、再び魔力を多量に注ぐ。するとドラゴンに絡んだ大地がぎゅっと締め付けを再開した。
 元に戻った鱗がばちんばちんと砕けていく。ガアアア!と叫んでも今度は再生する事はない。

「馬鹿ナ!矮小ナ人間ガ、我ノ力ニ叶ウハズ……!」

「君の力が及ばずに生き返った人間ならいるじゃないか。目の前に。ねえ?」

 今見下されているのはどちらか。
 その矮小な人間を屠れぬまま、今や抵抗しか出来ない愚か者は誰か。

「貴様ラハ、本気デ怒ッテイタデハナイカッ……」

「それは怒るさ。例え再生すると知っていても、メイナを食べられて平然と居られる訳ないだろう」

 そしてドラゴンが惑わされた理由がもう一つ。今も尚冷徹な表情を向けるエルトに対し、小さな体で騒ぎ立て、ハテナを浮かべる約一名が横にいた。

「え?と、兎に角ゴリラ女、生きてるって事だよな?!」

「どっかの坊主は重要な部分聞いてなかったみたいだしな……」

 いまいち話を掴めていないレンの様子を眺めてアルグが頭を抱える。
 しかしそんなレンもメイナが無事と言うのは理解したようで、アルグの手を引っ張った。
 そのままアルグが連れていかれたのは破れそうな腹の前。つまりはメイナに一番近い部位だった。

「おい、坊主!どうした?」

「今はネクロマンサーが手一杯だろ。おっさんの刀は硬いし、ここ、思いっきりかっ捌いてくれよ」

 確かにエルトは魔術に集中している。片手間に剣で突くにしても、欠けながらも引っ付いた鱗が邪魔だ。
 しかもエルトの剣は闇魔法でドラゴンに攻撃が通るようにしていた。そちらに魔力を割けば、世界構造図の威力が下がってしまう。
 メイナを助けるのに一番最適なのはアルグ……だが。

「そりゃ、言われなくてもやってやるが……坊主も攻撃しろよ」

 言い出しっぺのレンが手伝わないとはどういうことだ。そう思って咎めるように言うと、その間にレンは懐から何かを取り出していた。
 そしてにやっと何かを企むような笑みで言うのだ。 

「勇者が秘密兵器を持ってこない訳ないじゃん」

 何だかんだ、レンの性分も分かってきた頃合いで。
 察したアルグは諦めて、一人だけでも刀を構えた。

「……仕方ない。ま、俺は大人だからな」

 そう呟いてから大きく振り下ろす。ヒビが入っている鱗は完全に割れて、欠けた鱗は胴体から剥がされた。次の攻撃も残りの鱗を叩き剥がして、その後はざくりと硬い肉に突き刺さる。
 一度では浅い傷でも、何度も切りつけられることで傷口が広がっていき、先程から血を溢していた傷口と繋がっていった。
 そこから抉れて深くなっていき、逃れられないままでもドラゴンの抵抗する力が激しくなってくる。
 エルトは眉間に皺を寄せつつも、それに合わせるように出来る限りの魔力を注ぐ。

「はあっ!……?」

 やかてガキッ。とアルグの刃が何かに受け止められた。
 ゆっくりと刃を避けてみれば、その傷穴から少しだけ中に通じたようで、同じく棍棒を退かしたメイナの目が見えた。
 どうやらあの硬い手応えはメイナの棍棒とアルグの剣がかち合ったところらしい。

「アルグさん……!」

「メイナか?!よし、一旦後ろに退いてくれ」

「は、はい!」

 メイナが大きく返事をし、隙間からも見えなくなった所で、アルグはもう一度同じ場所に向けてすぱん!と刀を振るう。
 斬られた肉壁は目のように開き、溢れ出す血と共に、今度はメイナの上半身がはっきりと確認できた。

「よかった、メイ――」

「メイナ!」

 アルグがメイナを呼び切る前に、エルトが瞬間移動でも会得したかのように駆け寄ってくる。血の滴る肉など構いもせず、その合間から覗くメイナの手をしっかりと掴んだ。
 その所為でエルトの手まで赤に染まったが、エルト自身はそんな事よりもメイナに触れた喜びを噛み締めているようだ。
 このまま引っ張り出せば、人一人程は通れそうなその穴から抜け出せる。
 魔宝珠も破壊し、無事に世界構造図を発動出来た今、メイナをこんな不安な場所に置いておく必要もない。

「大丈夫かい?まだ痛むだろう?だからメイナを囮にするなんて、僕は反対だったんだ!」

「え、エルト。私は平気だから。壊す前に魔宝珠の力で大体の傷は治ったし」

 エルトの勢いに退きつつも、その手によってメイナはドラゴンの中から脱出する。
 しかし、エルトがメイナに気を取られている事で、大地による赤の巨体への締め付けが緩んでいた。見掛けでは絡まったまま。気付いたのはドラゴンのみだろう。
 その事にドラゴンはほくそ笑んだ。

「フ……フフ……油断シテイル内ニ……」

 その視界に、小さな少年がひょこりと現れた。

「じゃーん。これ、なーんだ?」

 ドラゴンの焦り笑いともエルトの嘲笑とも違い、にっ。と純粋な笑顔のレン。
 血塗れのメイナがエルトに抱き上げられ、巨体から素早く離れた瞬間。
 握られた導線に火が付けられた。
 それはアルグが傷口を広げている間にレンが付けた傷や、メイナを助け出した後の腹部へ通じており。改めて締め上げられたドラゴンに、もはや逃れようもなく。
 レンもこう言い残して、三人の下へと逃げ去っていく。

「チキュウカンパニー製ダイナマイト」
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