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25.Elto◆MEINA

「……あのね、エルト」

「ん?何だい」

 カップに口を付けようとしたエルトは手を止める。その静止にまだ少し残る黒が揺れた。

「そのコーヒー飲んで、少し休んでからで良いんだけど」

「うん」

「ちょっと外に付き合ってほしいの。良いかな?」

 そう言ってから、私達は少し間を置いて宿屋を出た。
 決戦前の夜にわざわざ外に呼び出しなんて、しかも古魔術の解読最中になんて申し訳無いとは思う。でも私に出来る私の決意ってこれだけだったから。……流石に宿屋の中で、という訳にもいかないしね。
 外は夜も更けて人気も無く、ただ月明かりが綺麗だった。そんな寂しい街道を私達二人だけで歩く。

「メイナ、そのままじゃ風邪引くよ。これ着て」

 途中、ふうっと冷たい風が私の服を煽るものだから、エルトが着ていたマントを被せてくれた。ふんわりと暖かくて、私は有難うと返す。けれど、同時に貸してくれたマントも返した。

「ごめんね。今は借りられない。後でも貸してもらえる?」

「……勿論」

 エルトは少し寂しそうに笑うが、そう頷いてくれた。本当にエルトは優しい。事情があるって悟ってくれているみたいだ。
 私達は段々と宿屋から離れていき、やがて民家すら少なくなる程ミルトニアの町からも外れていく。
 散歩というには歩き過ぎたそれに、流石のエルトも私に訊ねてくる。

「メイナ。何処まで行くのか、聞いても良いかい」

 きっと私は駄目と答えても良いのだろう。それでもエルトは私についてきてくれるに違いない。
 けれどエルトに隠す必要は無いし、もうすっかり家も見えなくなって、人通りの無い月明りと草原ばかりの場所に辿り着いたから、私はきゅっとエルトの方に体を向けて言った。

「この辺で良いよ。有難う、エルト」

「メイナと一緒なら何処へでもついていくよ」

 当たり前のように笑うエルトに、私も嬉しくなって笑った。素直になるって決めたから。
 まだまだ恥ずかしさは残るけど、これから馴れていくよね。そう思うとぽっと胸の奥に勇気が灯る。

「あのね、エルト」

 今の私ではエルトを気遣う事しか出来ない。だからこれは、エルトを元気付けるため。弱くて役立てなかった私を捨てるため。何より、逃げ出さない私の気持ちを伝えるための、告白だ。

「私を殺してほしいの」

 そう口にした瞬間、私は草むらに背中から倒れる。どうやらエルトが私を押し倒したらしい。び、吃驚した……。
 でも何が起きたのかと目をぱちぱちさせた私の上で、エルトは凄く嬉しそうな顔をしていた。嬉しそうなのに、さっきまでの笑顔ではない。顔を赤らめて始めに何と発言しようかとわたわたしている。エルトもエルトで吃驚したみたいだ。
 何だか面白い気分になって、私はくすくすと笑いながら肩を押さえる手に触れた。

「エルト、落ち着いてよ」

「その、えっと、う、嘘じゃないよね?冗談なんて言わないよね?!」

 言ったら殺すと言われそうな勢いだが、結局それって同じだ。

「私、エルトの事が好きだよ。今度は仲が良いとか人としてとかじゃなくて、ちゃんと好き。大人になって会ってからまだあんまり時間は経ってないし、始めは意味わかんないとも思ったし、殺されるのも怖かった。どんなに格好良くたって優しくしてくれたって怖くて拒否してたけど」

 ドキドキが段々と一過性のものじゃなくなっても、いつの間にかエルトの事を気にするようになっても、それは続いてしまった。
 変わったり向き合う事には勇気がいるし、死ぬ事が怖いのはやっぱりどうあっても怖いし、痛いんだろうなぁとも思うのだ。

「でも、それでも真っ直ぐに好意を向けてくれるエルトが好きになってた。エルトの事、失ったりもう二度と会えなくなったりするくらいなら、痛みも怖さも我慢出来る。我慢する」

 もうあんな想いはしたくない。
 じっと瞳をそらさずにいると、エルトは告白を聞き終えてからも暫くこちらを見つめていた。それからぎゅっと抱き締められる。マントを借りなくてもこれだけで風邪なんか引きそうに無いくらい熱くなる。

「エルト」

「なんだい?」

「……我慢はするけど、出来るだけ優しくしてね」

 私の子供染みたお願いに、エルトも同じく不思議で面白い気分になったのか、くすりと笑うといつも向けてきた銀色のナイフを構える。しっかりと狙いを定めて、振り下ろす直前にエルトは答えを返した。

「勿論。優しくするし、これからずっと幸せにもするよ」

 そこからは一瞬の劇痛と意識の途切れ。
 まるで眠っていたように(実際にある意味眠ってはいたけども)ぷつ、ぷつと不自然に繋ぎ合わされた時間から目覚めると、エルトが私をマントで包み、横抱きで運んでいる状態だった。
 約束は守ってくれたみたいだ。

 優しくするって言った事も。
 後でマントを貸してくれるって言った事も。

 ずっと一緒にいるって言った事も。

 誰にも会うこと無く部屋まで送ってもらうと、お礼を言ってそこで別れた。私は血に濡れた服から着替えてすぐベッドに潜る。
 ちょっと夜更かしし過ぎたかもしれない。
 もう死なないはずなのに、死んだように眠りに就くとすぐに朝はやって来た。
 やっぱり闇魔法で生き返っている所為か、窓から射し込む日が少し鬱陶しく感じる。痛いわけでも苦しいわけでもないけれど、微妙な怠さがあった。
 それからぐっと伸びをしてみると改めて、殺されたはずなのに無事である奇妙さを実感する。

「ふわぁ……」

 それ以外は昨日とあまり代わり映えしない起床だ。
 いつものように食堂に下りて皆と合流すると、いつものようじゃない事態を引き起こしたレン君に驚かされて。
 そして私は、不死になった事で自分に出来るようになった事を、手を挙げて言った。

「その囮、私がなります」
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