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3.熱を持つ私

 ジリジリジリ……!ジリジリジリ……!
 ふと煩い音が上から聞こえた。それで私は眠りに就いたのを思い出して、朝が来たと悟る。
 この目覚まし時計、最近流行りだしたものだけどすごく便利だ。大きな音でほぼ確実に起きられる。けれど起きた途端に煩く思えるのが難点。
 早く止めなきゃ、と重たい瞼をゆっくりと開けた。

「あれ、起きたんだ。おはよう、メイナ」

 綺麗な顔のドアップ。これだけ目の前にあってもざらつきを知らないすべすべの白い肌とは羨ましい。
 そんなエルトが私の部屋で、私の上に乗っている。状況把握中の私は赤くなる事すらまだできない。
 そしてその言葉と同時くらいにトスッ、と軽い音が横から聞こえた。挨拶をした為に手元がぶれたらしい。その音は羽毛枕を突き刺した音。

「……」

「惜しかったなあ」

 私は完全に覚醒した。おはようございます。
 そして。

「ぎゃああああ!」

 襲われました、勿論殺人的な意味の方で。
 私確かに鍵掛けたよね?掛けずに済むほど治安の良い場所じゃないって、もう何年も住んでるんだからわかっているし。
 突っ込み所が多過ぎて朝からもう訳がわからない。

 ◆ ◆

「よっ。お早うさん、メイナ」

「おはようございます……そして助けて下さい。朝っぱらからエルトが嫌になりました」

 朝からの攻防戦で疲れた私はよろよろとギルドに出勤した。先に来ていたアルグさんに挨拶を交わすと、つい愚痴を漏らす。
 全く、昨日パルマの依頼を受けていなければ、今ごろはやっぱり契約破棄!と叫んでいたところだ。まだ正式な契約書と登録は済んでいないから仮だし。

「ま、まさかメイナ……お前エルトに……!」

「ええ。襲われましたよ。最悪の目覚めでした」

「朝から、襲われ……?!」

「そんな事言わないで、メイナ。一番綺麗に殺せる時間だと思ったんだよ」

 げっそりの私に対して爽やかなエルトのお答え。綺麗に殺せるって何。
 その様子を流石のアルグさんも近寄りがたいと言う目で見ながら適当に呟いた。

「……ああ。だよな」

 予測できるならどうにか止めてほしいと思うのは、やっぱり私の我儘だろうか。

 兎に角、今日は昼前までにモルダバイドの洞窟に向けて町を発たなければならない。依頼探しに朝早くからやって来た勤勉な冒険者達を横目に、私達はテーブルに着いて依頼票と資料を広げた。
 資料とは、モルダバイドの洞窟の地図とパーティメンバーの登録情報の写し。地図も登録情報もギルド内にあるもので、引き受ける私も依頼人のパルマもどうせ職員だから悪用はしないのはわかっているし、朝までに写しを用意してくれるように頼んだのだ。

「まず洞窟までの距離ですけど、ここからだと途中まで馬車に乗っても一日は掛かります。その途中までって言うのも小さな村だから、準備は出発する前に済ませて下さい」

「そんなことより魔窟の事を――」

「結局病院に行かなかったアルグさんは、特にです」

「……おう」

 冗談も含めた心配でアルグさんにそう言った後は、続けて洞窟までの流れを話す。
 今から準備を終えた後、馬車に揺られて約半日。モルダバイド洞窟に近い小さな村アジュガに着くのは夕暮れだ。洞窟へはそこからまた数時間歩く。上手く行っても夜中ほど、下手をするとそれさえ過ぎる。
 早朝からビスカリアを発っても結局洞窟自体に辿り着くのは夕暮れになってしまうので、探索中に一夜を明かすより、アジュガで一泊して準備と体力を万全に調えてから挑む形で予定を組んだ。
 二人から特に異議はなく、次に地図の下敷きになっていたパーティメンバーの登録票を取り上げる。

「魔法使いアドニア、女性十三歳、称号や資格登録は無し。冒険者登録はモルダバイドに挑む二日前です」

 読み上げた一枚をテーブルの真ん中に置き、また次の票を読み上げて並べていく。

「戦士ソラン、女性十二歳、称号類は同じく無し。冒険者登録はモルダバイドに挑む一日前。僧侶フルーレ、女性……十五歳。何も無しのモルダバイド行き五時間前。――そして問題の勇者くん」

 三枚並んだ票。その横に、最後の一枚をぺちんと置く。

「剣士レン、男性十二歳。称号や資格は無し。冒険者登録は……モルダバイド行きの三十分前」

 呆れと言うか、救助しに行く身としては絶望と言うか。私の読み上げる声も低く投げ槍な声になっていた。勿論仕事は真面目にやるけれども。パルマからの頼みでもあるのだし。
 写真を見ても一枚を除いて、どの子もまだ幼くて可愛らしく、まさに見習いや初心者と言う言葉がぴったり。勇者なんて夢のまた夢で、実際に票を見ても何の実績も無く目安となるレベルすら取っていない、資格欄真っ白の状態だ。

「全員登録したばっかりで、偶々そこらにいるのを誘った……って感じですね」

「最悪、依頼だけを遂行するってのも、考えなきゃならんな」

 アルグさんが頭を抱えてそう呟く。依頼だけ。
 本当ならば全員を助け出してあげたい。ううん、出来るならそのつもりだ。だけど依頼は勇者くんを助ける事。もしも皆がばらばらになってしまっていて、私達だけではどうにもならないなら……見過ごす事も考えなきゃいけない。
 無理をすれば私達だって死んでしまうのだから。
 それはギルドに入った時、始めの方で研修で習った事。受付をする際やその他、冒険者に掛けてあげるべき注意だ。

「方針はわかったよ。兎に角彼の救助が優先だね。ところで僕達の隊列はどうなるの?後方支援か前衛かによっても準備は変わるけど」

 私達二人の重たい空気を他所にさらりと話を進めるエルト。流石、死が身近なだけはある。

「そう、だね……エルトは魔術使えるんだろうし、どっちもいけるもんね」

「俺は何にせよ前衛しか出来ないからな!ははは」

「じゃあ僕は中衛になるのかな」

 アルグさんが当たり前のように言うと次にエルトが決めてしまったので、私は思わず首を捻った。悲しい事だけど昨日のゴブリンのように、私も前線に立って殴り掛かると言う事が多い。勿論薬や道具は多目に持っていくし、回復魔法は使えなくても簡単な攻撃魔法は使えるから、後衛が出来ない訳じゃないんだけど。

「私が中衛でもいいんだよ?私達元々二人で敵に突っ込む事が多いし」

「でもメイナは熱系だから火属性の攻撃魔法が使えるでしょ。後衛にも回れるよね?」

「まあ、そうだけど……何で知ってるのよ」

「勿論メイナの事はできる限り調べたからね!」

「……はあ」
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