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24.はつかねずみがやって来る

「私を狙ってたんでしょ!アルグさんだけが相手じゃないんだからね」

「グッ……!所詮雑魚ノ人間ト、ソレニ付ク愚カ者ガ……!」

 背後からやってきたもう一方の手を避け、私とアルグさんは連携してドラゴンを攻撃していく。
 そう、上手くいけば避けられるものだ。今ならアルグさんは吹き飛ばされずに抑える事もできるし、私はいざ吹き飛ばされても覚悟してる。
 そんな風に余裕が出来れば冷静に攻撃を見極めて、ただでさえ動きの大きいドラゴンの攻撃は避けられるようになる。何よりドラゴン自身が焦って更に分かり易い攻撃をしてくれた。
 ……まあ、いつまでもそう言う訳にはいかないけれど。

「――炎がくる!」

 面倒になったドラゴンはとうとう頭を持ち上げてごうっと息を吸い込んだ。あの真っ黒な道を造り出した攻撃。伝書鳩の役割すら果たさない私達は、奴にとってもはや用無し。この草原と同じ様になっても構わないのだ。
 あの口から吐き出される前に巨体の背後に回らなければ。そういう意味も込めて皆に叫んだ。
 勿論対策はしている。前と違って今回はドラゴンと相対する事がわかっていたから、炎に強い服や鎧を町で揃えられるだけ揃えてきた。だからと言ってそれは直接あんな炎を受けられる訳じゃない。熱波を我慢できるくらいが精々だろう。
 私と共に前にいたアルグさんは走り出して逃げる。私も駆け出していて、エルトは大丈夫だろう。……レン君は?

「レン君?!」

「こっちだメイナ!」

「えっ!」

 確かにさっきまで後ろにいたはずのレン君がいつの間にか私を追い越して、ドラゴンの足元へ。そして驚くべき跳躍力で身長ほどの高さにある鱗へ飛び移った。

「へへへ、自分の体に向けて炎なんか吐けねーだろぉー」

 子供か!って思わずいつものノリで心の中で突っ込んでしまったけれど、熱波が平気な今、対炎としては確かに一番安全な場所だ。ドラゴンも厄介そうにじたばたと動いてレン君を振り払おうとしていた。巨体故の大ぶりでは勿論、あのしつこさはそれで剥がれる事なんかない。それどころかレン君はよじ登っていく。
 振り払うのを諦めたドラゴンはレン君を摘まもうと片手を動かすが、持ち上げた瞬間に気が付いてぴたりと止まる。
 その手には既に、私が登り始めていた。
 体が大きすぎる余り、小さな私達が登っていくのが感覚だけではわからないらしい。

「そんな子供狙ったって、面白くないでしょ」

 そもそも戦いが面白いって感覚は私にはわからないんだけど。今はどうだっていい。
 ドラゴンは何か言いたげに目を向けて、けれど口を開こうとはしなかった。何かを抑えてむずむずしてさえいるようだった。
 ……もしかして、炎を造り出したら戻せない?吐くしかない?けれど吐き出せなくて困っている……?

「ドラゴンって、あんまり頭が良くないのね」

 アルグさんの抗議の声が下の方から聞こえて、あっ。と思ってしまったけれど、謝るのは後でだ。
 苛立ったドラゴンは結局炎で葬る事は諦めて、適当な場所へと炎を放つ。

 その為に、頭を下げた。

 まだまだ上に登るには遠い。けれどドラゴンが下げてくれたお陰で飛び乗れるかもしれない距離にやってきた……!
 そこまでいけば、もう時間を稼げたも当然だ。
 目が弱点なのは分かっている。オブシディアンと戦った時、エルトが私の為に滅多刺しにしていたのがそこだったから。あんなに簡単に抉られ血が吹き出るなんて、他の部位にはなかった。
 だから、

「人間ノ小娘ガッ……我ノ顔ニ乗ルナド……ヤメロォオオ!」

鼻の辺りの鱗を引っ付かんでしがみつく。そして目の前に位置を取れたら。
 いつも通りに、思い切り、叩き付ける。
 振り落とされないよう踏ん張っての行動だから威力は落ちたろうけど、それでも、確かに押し潰す手応えがあった。もはや遅い防御壁、瞼はその後で下りる。隙間から赤い涙を流して。
 同時に大きく濁った悲鳴で吠えるドラゴン。痛みにのたうち回る揺れに落ちないように私は必死で鱗と鱗の境目にしがみ付いた。
 これに耐えて、もう一度機会を狙う。痛みを覚悟しても目の傍にいる私を潰しにかかるならそれでも良い。その時に揺れも収まるだろう。結局は絶好の機会になるし、そうでなくとも他の二人が違う場所を攻撃し続ける。

 そう考えていた時、ぬるりとした感覚が指と鱗の隙間に入り込んだ。
 ドラゴンの、血だ。

「あ……」

 それは摩擦を減らし、指がぶれた瞬間にもう、二度と掴ませてはくれなかった。
 つまり私の体は宙に投げ出されてしまった。

「メイナ……?!」

「ゴリラ女……!」

「っ!そよ風の通り道!!」
 
 焼け石に水かもしれないが、咄嗟に風を呼び込む。それ以外に出来る事は無いのだから、少しでも緩衝してくれる事を願った。
 けれどその時。私でも、アルグさんでも、レンくんでも、勿論エルトでもない笑い声が響く。

「人間ノ方ガ頭ガ悪イノデハナイカ?」

 ペインドラゴンの声だ。
 私ははっとして下を振り向く。
 さっきまで真っ黒な地面が広がっていたそこには……真っ赤な獣の手が待ち構えていた。
 今更体を捻ったところで向かう先を変更出来ない。ドラゴンはもはや私を狙う必要……わざわざ動く必要さえなかった。そのままぽとりと落ちてくるのを眺めていれば良いのだ。
 そう、未だぼたぼたと目から血を流しながら、片方の目でじっと。

「ヨクモ、ヤッテクレタナ」

 アルグさんとレンくんが攻撃している音が聞こえる。けれどドラゴンの怒りがあまりにも上り詰めてしまい、返って冷静になってしまったらしい。
 もはやそちらに目もくれない。痛みにぴくりとも体を動かさずにいる。
 体がどさっと、そこに収まる感覚。

「うぐっ……!」

 すぐに握り締められて、息を吸うだけで肺が破裂してしまいそうな圧迫感、痛み。けれどそれは、死なない程度……。
 ドラゴンは今、ぐっと握り潰せば果実のように私を握り潰せるのに。
 そうしない理由は簡単だった。身動きが取れずに苦しむ私を目の前に持って来てはにたりと笑い、

「一匹デハ腹ノ足シニモナラヌガ、少シハ苛立チモ治マロウ」

巨大な城の門のようにゆっくりと大きな口を開け、その暗き道に、私を放り込んだのだ。
 吸い込まれるようにそこへ向かっていく私の体は、やがて生温かい舌の肉に落ち、そして影に覆われた。
 そこからわかるのは感覚と音だけである。
 自分の砕けていく、感覚と音だけである。
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