23.世界は丸くて明日は未来
朝。窓から射し込む日が酷く疎ましく感じられたけれど、それ以外は昨日とあまり代わり映えしない起床だ。
部屋にいるのはたったの一人。ベッドの上でぐんと伸びをして、鈍い体を動かした。
始めはこの部屋割りにも反対したのにね。一対二ならまだしも、男女別の結果だとしても一対三は随分と不公平感がある。だから一応子供のレン君と同室にして二人一室にしようと言ったのだけど、今度は二人が猛反対して結局三人が同室になったのだ。
「ふわぁ……」
昨日遅くまで起きていた所為かまだ眠くて、欠伸が勝手に出てくる。やっぱり一人で良かったかもしれない。こんな間抜けな寝起き姿、レン君に見られたらなんて言われる事か。
何とか支度を終えて下の食堂へと降りると、既にエルトとレン君が揃っていた。
「おはよう、メイナ」
「おはようエルト。レン君もおはようございます」
「よっ。俺は先に食っちまったぞ」
「構いませんよ。皆で食べる約束でもしていた訳ではありませんし」
各自やる事も違うし、基本的な起床時間もエルトが早くアルグさんが遅くと違うので、具体的な取り決めはしていない。ただどちらにせよ朝は皆宿の食堂で取るし、何となく喋ったり食べている内に揃っていく。それで良いのに、エルトだけはいつも私を待って一緒に食べてくれていた。
「食べるのも良いですが、レン君は先にビスカリアに帰っていただけると嬉しいんですが」
「やだ!」
「はあ。パルマに説教されたんじゃなかったんですか……」
「されたよ。そりゃもうたっぷりとな」
なんでその言葉で顔を緩める必要があるんですか。
パルマの事だし本当に心配していたから、あの時のお説教はきちんとしていたと思うんだけど……。どれだけ真面目に説いていても、二人きりになってレン君本人がおかしな妄想していたら意味はないか。きっと今みたいな顔でもしていたんだろうなぁ。
レン君は次の言葉が来ない事で私を見て、その呆れ顔に気が付いたらしい。慌てて顔の緩みを正し、取り繕った。
「命は大事にするよ。前みたいに一人でも魔窟に籠ろうとなんてしない。だから今回だってメイナ達の所に来ただろ?」
確かに一人で突っ込まないでくれるのは良かったけれど。
あの時のように一人でも行く!なんてやっていたら、今頃目の前にいるのは骨だけだろうから。……いや、骨も残っていないかも。
「それでも十分危ないんですって。エルト達ですら死に掛けたんですからね。今回はレン君を守る事は出来ません」
「エルト達って、何で自分を仲間外れにするんだよ。ゴリラの癖にメイナってほんと、変な所で遠慮するよな」
「……そのゴリラって言うのが未だに分からないんですが、全体通して凄く癪に障る言葉ですね」
「猫や犬は通じるのになぁ」
「そりゃ犬猫はこの町にだっていますからね。ゴリラなんて聞いたこと無いですけど」
「……こっちの人間に俺の住んでた場所見せたら面白いだろうな」
レン君の村って本当にどんな所なんだろう……と言うかどれだけ離れた所なんだろう。ゴリラっていうのも知りたいし、色んな差異があるみたいだから村は村でも行ったらきっと面白い所だと私も思う。
って。
「話はずらしませんよ!」
「ちっ。……じゃ、じゃあ俺だって連れて行けば役に立つかもしれないぜ!」
「例えば。どんな事でですか」
もう論点ずらしは通じませんよとぴしゃっと言葉を浴びせてみれば、その中で泳ぐ黒い目。
「あー。ほら。例えば……そうだ!あの古魔術の詠唱文を解読しちゃうとか!」
「読めるわけないでしょ」
「何なら今も持ってますよ」
エルトが援護するように懐からギルド長さんから貰った羊皮紙を取り出した。それを強敵に挑むかのようにそろりと受け取るレン君。
そもそも読めないのは知っている。私が覗き込んだように、レン君も興味津々だったから、読めているならこのレン君の事だ。既に大声張り上げて自慢しているに違いない。
「……。……ぐっ……ぬぬ……うう……」
「ほーら。字自体読めないのに、更に先の五十字を推測するなんて無理ですよ。字が読めてるっぽいエルトですらまだわからないんですから」
「うー……ぐーっ!そんなはずはない。俺は世界を救って女の子達にモテるためにこっちに来たはずなんだ!これしきの事っ……」
睨み付けても解読できないものだから、悔しそうに紙を回転させてみたり日の光に透かそうとしてみたり(高級紙じゃないんだから透けないけれど)、もはや字を読む動作じゃなくなってきた。
その内にアルグさんもやってきて、まだ眠そうな顔のまま私達に挨拶をする。
「おー。皆起きてんな。おはようさん」
「あら。珍しく早いですねアルグさん」
私達にすれば一番最後のアルグさんは遅いのだけど、いつものアルグさんは誰かが席を立つか否かの頃合いだったり、時間にしてもあと三十分から一時間は起きて来ないだろう。早い方だ。
「ははは。厳しい事言うな、メイナ。……それより坊主は何してんだ?」
「坊主って言うな……!うぐぐ……」
アルグさんが座った横のレン君は、まだ羊皮紙を近付けたり遠ざけたりして挑戦している。おかげでいつもの文句もおざなりだ。
「早くビスカリアに帰って下さいって言ったら、俺も役に立てるはずだ!って古魔術の解読しようとしてるんです」
「ははは。坊主もしぶといな。で、あれって五十文字だけ書いてあるんだよな?エルトはどこまで読めたんだ?」
そう言えば具体的な話は聞いていなかった。空白の無くなった紙は見ていたけれど、どれだけ進んだのか気になって私もエルトを見た。
「読むのは全部読めましたよ。何せ全て数字でしたからね。古代文字とは言え十種類しかありませんから。……しかし、一体何の数字なのか……法則も何も見つからない数字の羅列で。それで詰まっているんです」
「数字?何て書いてあったの?」
「314159265358……」
「……97932384626……?」
自然と繋げられたのは、羊皮紙をまだ握り締めるレン君の声。
「どうしてそれを……!」
それなのに正解であるかのような声をエルトがあげるから、私も釣られてばっとレン君を見た。
そのレン君はえっ。こんなもの?と拍子抜けした顔をしていて、それから広がっていく血痕のようにじんわりと嫌らしい笑みを浮かべていった。
「ふ、ふふ……ふふふ。あーっはっは!やはり俺様は勇者だったのだ!クラスの女子に良いとこ見せようと必死に百桁覚えたのに教科書の隅に載った十桁すら触れられず『計算するときはπで。3.14だけ覚えておけば良いから』と自慢する機会もなく終わってしまった円周率がここで役に立つとは!」
また村事情のよく分からない話だけど、どこか悲愴感を感じるのは気のせいだよね。レン君拳握り締めて立ち上がってるし、きっと良い話だよね。
「……俺、役立つよな?」
にやりとした嫌な笑みは収まる事を知らない。
その数字だけ教えてと言ったところで勿論聞いてくれるはずもなく、エルトが力ずくで聞こうとするも、本当に斬っちゃうと話も聞けなくなるわけで脅しにはならなかった。このままだとエルトに軽く痛い目を見せられるよりも大変な事になりそうだから、剣を取り出しても今回は私も止めなかったんだけど。
結局剣は鞘に収まり、アルグさんが「なぁ、頼むよ坊主」といらない逆上をさせ、私はパルマを引き合いにだして動揺させるもビスカリアまで距離があると気付いてレン君の自信は元通り。
そうなると聞き出す為の選択肢は一つしか無い訳で。
「で、でも、エルトが解けるかもしれないですし!」
「メイナの期待には応えたい所だけど……確実性を取ると、ね」
「決まりだな!」
「それに僕は彼の生死はどうでも良いしね。詠唱文さえわかれば」
「エルトっ?!」
そんなあっさり爽やかと……!
確かに今回は依頼で守らなきゃいけないとかはないけれど、心の底からどうでも良いって顔だよ。エルトって本当は魔術ギルドがお似合いなのかも……。
「……ま、まあ俺だっていざと言う時の事は考えてるし。じゃないとパルマが送り出してくんなかったしな」
ここはきちんと拗ねるレン君。説教の事を語った時とは大違いだ。何を考えているのかはわかんないけど、それならそうと教えてくれれば良いのに。それでも本当なら連れては行かないんだけど。
「どうしましょう、アルグさん……」
エルトはそれで契約成立。私はどうしようもないと思っている。最後の意見はアルグさんに問うしかなかった。
するとアルグさんはレン君を真っ直ぐに見つめる。
「なあ坊主。お前はこの戦いに命を懸けられるか」
その質問は私にも痛いものだ。この仕事は嫌だったし、ペリドットドラゴンに遭う時までは命を落とす危険性は感じていても命を賭してなんかいなかった。オブシディアンの時だって覚悟は出来たけれど、それはどれほどのものだったろう。それがあっての今があると言えばそうだけど。
レン君は、アルグさんから目を反らすことなく言った。
「ドラゴンなんかに落とす命なんかねーよ」
「……」
「でも、命を落とす準備はいつでも出来てる」
変な台詞だった。死にたいようにも聞こえるのに。何処までも向かっていく戦士の言葉にも聞こえてくる。それも十三歳の子供が発しているなんて。やっぱり変な台詞だった。
「……メイナも言っていた通り、今回は守ってやれないからな」
「おう!わかってるって、おっさん」
仕方ないと優しく笑ってレン君の頭を撫でる姿はまるでお兄さんだ。認められたのが嬉しいのか、珍しく撫でられる事も拒否しないから余計にそう見えて微笑ましい。命を懸けるか、ドラゴン倒しに同行するか、そんな話だったのに。
「で。詠唱文がわかったとなりゃ、後はその魔術を使う間俺がペインドラゴンを引き付けりゃ良い訳だ」
「あ。そこ、ちょっと待って下さい」
「?何だ。何か新しい作戦でもあるのか?」
ドラゴンと明かした日に決まったはずの事に待ったを掛けられて、アルグさんは首を傾げた。
それでも私が大きく手をあげて言う言葉は、きっとアルグさんを驚かせるだろう。エルトも反対だろうけど、今の私なら反対意見は却下してみせる。
「その囮、私がなります」
部屋にいるのはたったの一人。ベッドの上でぐんと伸びをして、鈍い体を動かした。
始めはこの部屋割りにも反対したのにね。一対二ならまだしも、男女別の結果だとしても一対三は随分と不公平感がある。だから一応子供のレン君と同室にして二人一室にしようと言ったのだけど、今度は二人が猛反対して結局三人が同室になったのだ。
「ふわぁ……」
昨日遅くまで起きていた所為かまだ眠くて、欠伸が勝手に出てくる。やっぱり一人で良かったかもしれない。こんな間抜けな寝起き姿、レン君に見られたらなんて言われる事か。
何とか支度を終えて下の食堂へと降りると、既にエルトとレン君が揃っていた。
「おはよう、メイナ」
「おはようエルト。レン君もおはようございます」
「よっ。俺は先に食っちまったぞ」
「構いませんよ。皆で食べる約束でもしていた訳ではありませんし」
各自やる事も違うし、基本的な起床時間もエルトが早くアルグさんが遅くと違うので、具体的な取り決めはしていない。ただどちらにせよ朝は皆宿の食堂で取るし、何となく喋ったり食べている内に揃っていく。それで良いのに、エルトだけはいつも私を待って一緒に食べてくれていた。
「食べるのも良いですが、レン君は先にビスカリアに帰っていただけると嬉しいんですが」
「やだ!」
「はあ。パルマに説教されたんじゃなかったんですか……」
「されたよ。そりゃもうたっぷりとな」
なんでその言葉で顔を緩める必要があるんですか。
パルマの事だし本当に心配していたから、あの時のお説教はきちんとしていたと思うんだけど……。どれだけ真面目に説いていても、二人きりになってレン君本人がおかしな妄想していたら意味はないか。きっと今みたいな顔でもしていたんだろうなぁ。
レン君は次の言葉が来ない事で私を見て、その呆れ顔に気が付いたらしい。慌てて顔の緩みを正し、取り繕った。
「命は大事にするよ。前みたいに一人でも魔窟に籠ろうとなんてしない。だから今回だってメイナ達の所に来ただろ?」
確かに一人で突っ込まないでくれるのは良かったけれど。
あの時のように一人でも行く!なんてやっていたら、今頃目の前にいるのは骨だけだろうから。……いや、骨も残っていないかも。
「それでも十分危ないんですって。エルト達ですら死に掛けたんですからね。今回はレン君を守る事は出来ません」
「エルト達って、何で自分を仲間外れにするんだよ。ゴリラの癖にメイナってほんと、変な所で遠慮するよな」
「……そのゴリラって言うのが未だに分からないんですが、全体通して凄く癪に障る言葉ですね」
「猫や犬は通じるのになぁ」
「そりゃ犬猫はこの町にだっていますからね。ゴリラなんて聞いたこと無いですけど」
「……こっちの人間に俺の住んでた場所見せたら面白いだろうな」
レン君の村って本当にどんな所なんだろう……と言うかどれだけ離れた所なんだろう。ゴリラっていうのも知りたいし、色んな差異があるみたいだから村は村でも行ったらきっと面白い所だと私も思う。
って。
「話はずらしませんよ!」
「ちっ。……じゃ、じゃあ俺だって連れて行けば役に立つかもしれないぜ!」
「例えば。どんな事でですか」
もう論点ずらしは通じませんよとぴしゃっと言葉を浴びせてみれば、その中で泳ぐ黒い目。
「あー。ほら。例えば……そうだ!あの古魔術の詠唱文を解読しちゃうとか!」
「読めるわけないでしょ」
「何なら今も持ってますよ」
エルトが援護するように懐からギルド長さんから貰った羊皮紙を取り出した。それを強敵に挑むかのようにそろりと受け取るレン君。
そもそも読めないのは知っている。私が覗き込んだように、レン君も興味津々だったから、読めているならこのレン君の事だ。既に大声張り上げて自慢しているに違いない。
「……。……ぐっ……ぬぬ……うう……」
「ほーら。字自体読めないのに、更に先の五十字を推測するなんて無理ですよ。字が読めてるっぽいエルトですらまだわからないんですから」
「うー……ぐーっ!そんなはずはない。俺は世界を救って女の子達にモテるためにこっちに来たはずなんだ!これしきの事っ……」
睨み付けても解読できないものだから、悔しそうに紙を回転させてみたり日の光に透かそうとしてみたり(高級紙じゃないんだから透けないけれど)、もはや字を読む動作じゃなくなってきた。
その内にアルグさんもやってきて、まだ眠そうな顔のまま私達に挨拶をする。
「おー。皆起きてんな。おはようさん」
「あら。珍しく早いですねアルグさん」
私達にすれば一番最後のアルグさんは遅いのだけど、いつものアルグさんは誰かが席を立つか否かの頃合いだったり、時間にしてもあと三十分から一時間は起きて来ないだろう。早い方だ。
「ははは。厳しい事言うな、メイナ。……それより坊主は何してんだ?」
「坊主って言うな……!うぐぐ……」
アルグさんが座った横のレン君は、まだ羊皮紙を近付けたり遠ざけたりして挑戦している。おかげでいつもの文句もおざなりだ。
「早くビスカリアに帰って下さいって言ったら、俺も役に立てるはずだ!って古魔術の解読しようとしてるんです」
「ははは。坊主もしぶといな。で、あれって五十文字だけ書いてあるんだよな?エルトはどこまで読めたんだ?」
そう言えば具体的な話は聞いていなかった。空白の無くなった紙は見ていたけれど、どれだけ進んだのか気になって私もエルトを見た。
「読むのは全部読めましたよ。何せ全て数字でしたからね。古代文字とは言え十種類しかありませんから。……しかし、一体何の数字なのか……法則も何も見つからない数字の羅列で。それで詰まっているんです」
「数字?何て書いてあったの?」
「314159265358……」
「……97932384626……?」
自然と繋げられたのは、羊皮紙をまだ握り締めるレン君の声。
「どうしてそれを……!」
それなのに正解であるかのような声をエルトがあげるから、私も釣られてばっとレン君を見た。
そのレン君はえっ。こんなもの?と拍子抜けした顔をしていて、それから広がっていく血痕のようにじんわりと嫌らしい笑みを浮かべていった。
「ふ、ふふ……ふふふ。あーっはっは!やはり俺様は勇者だったのだ!クラスの女子に良いとこ見せようと必死に百桁覚えたのに教科書の隅に載った十桁すら触れられず『計算するときはπで。3.14だけ覚えておけば良いから』と自慢する機会もなく終わってしまった円周率がここで役に立つとは!」
また村事情のよく分からない話だけど、どこか悲愴感を感じるのは気のせいだよね。レン君拳握り締めて立ち上がってるし、きっと良い話だよね。
「……俺、役立つよな?」
にやりとした嫌な笑みは収まる事を知らない。
その数字だけ教えてと言ったところで勿論聞いてくれるはずもなく、エルトが力ずくで聞こうとするも、本当に斬っちゃうと話も聞けなくなるわけで脅しにはならなかった。このままだとエルトに軽く痛い目を見せられるよりも大変な事になりそうだから、剣を取り出しても今回は私も止めなかったんだけど。
結局剣は鞘に収まり、アルグさんが「なぁ、頼むよ坊主」といらない逆上をさせ、私はパルマを引き合いにだして動揺させるもビスカリアまで距離があると気付いてレン君の自信は元通り。
そうなると聞き出す為の選択肢は一つしか無い訳で。
「で、でも、エルトが解けるかもしれないですし!」
「メイナの期待には応えたい所だけど……確実性を取ると、ね」
「決まりだな!」
「それに僕は彼の生死はどうでも良いしね。詠唱文さえわかれば」
「エルトっ?!」
そんなあっさり爽やかと……!
確かに今回は依頼で守らなきゃいけないとかはないけれど、心の底からどうでも良いって顔だよ。エルトって本当は魔術ギルドがお似合いなのかも……。
「……ま、まあ俺だっていざと言う時の事は考えてるし。じゃないとパルマが送り出してくんなかったしな」
ここはきちんと拗ねるレン君。説教の事を語った時とは大違いだ。何を考えているのかはわかんないけど、それならそうと教えてくれれば良いのに。それでも本当なら連れては行かないんだけど。
「どうしましょう、アルグさん……」
エルトはそれで契約成立。私はどうしようもないと思っている。最後の意見はアルグさんに問うしかなかった。
するとアルグさんはレン君を真っ直ぐに見つめる。
「なあ坊主。お前はこの戦いに命を懸けられるか」
その質問は私にも痛いものだ。この仕事は嫌だったし、ペリドットドラゴンに遭う時までは命を落とす危険性は感じていても命を賭してなんかいなかった。オブシディアンの時だって覚悟は出来たけれど、それはどれほどのものだったろう。それがあっての今があると言えばそうだけど。
レン君は、アルグさんから目を反らすことなく言った。
「ドラゴンなんかに落とす命なんかねーよ」
「……」
「でも、命を落とす準備はいつでも出来てる」
変な台詞だった。死にたいようにも聞こえるのに。何処までも向かっていく戦士の言葉にも聞こえてくる。それも十三歳の子供が発しているなんて。やっぱり変な台詞だった。
「……メイナも言っていた通り、今回は守ってやれないからな」
「おう!わかってるって、おっさん」
仕方ないと優しく笑ってレン君の頭を撫でる姿はまるでお兄さんだ。認められたのが嬉しいのか、珍しく撫でられる事も拒否しないから余計にそう見えて微笑ましい。命を懸けるか、ドラゴン倒しに同行するか、そんな話だったのに。
「で。詠唱文がわかったとなりゃ、後はその魔術を使う間俺がペインドラゴンを引き付けりゃ良い訳だ」
「あ。そこ、ちょっと待って下さい」
「?何だ。何か新しい作戦でもあるのか?」
ドラゴンと明かした日に決まったはずの事に待ったを掛けられて、アルグさんは首を傾げた。
それでも私が大きく手をあげて言う言葉は、きっとアルグさんを驚かせるだろう。エルトも反対だろうけど、今の私なら反対意見は却下してみせる。
「その囮、私がなります」