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22.そして世界は動き出す

「じゃあ、これからはエルトが詠唱文の解読。私達はその間に訓練と言う形で良いですか」

「まあ俺はそのままでも倒せると思うけどな!仕方ねぇ、訓練でも何でもしてやるよ」

「レン君はビスカリアにお帰り下さい」

「やーだー!それだけは嫌だー!」

 そのごね方、子供ですか。って子供ですね。
 じたばたと手足を振って帰還だけは拒絶するレン君。まあ期限はもうすぐと言っても今日明日の話ではない。その間に何とか頑張って追い出そう。
 はあと頭を抱える私に、アルグさんには珍しくそろっと手を挙げた。

「なあ、ちょっと良いか」

「あ、はい。……どうしました?」

 真剣な眼差しは、そりゃ今後の方針ともなると真面目な話だからおかしくはない。でも、希望が見出だせた今にしては重たく感じるものだった。

「考えたんだが。二人に言わなきゃならんと思った事がある」

 そう言うと、立ち上がったアルグさんは自らの服に手をかけて、ビリビリ……!と破きだした。

「へ、ヘンタイだー!」

 当然剥き出しになる上半身。これにはレン君も叫んでしまった。き、気持ちは分かるけど、この言葉で変な噂が立ったらどうしよう。
 だ、大丈夫だよね……?一応この辺の部屋は私達が借りているし、職員の皆様はまだ下で業務中だろうし、叫び声は聞こえてないよね?追い出されたりしないよね?

「って言うか何でそんな事してるんですか、アルグさん!」

「メイナに見せ付ける為だったら、貴方を切り捨てて僕も脱ぎますよ」

「いやいや、おかしいでしょ!エルト、どっちもやめて!」

「あー……悪い。そう言うんじゃなくてだなぁ」

 アルグさんは申し訳なさそうに頭を掻いた後、すっと腹の辺りをすっと指した。鍛えられたがっしりと質量のある筋肉。でこぼこと割れたそこには痛々しい傷痕と、それによって途切れている部分があるものの深緑の模様が描かれていた。
 どこかの村の風習だろうか。村によっては特別な模様を刻んだり独特の習慣があったりと言うのはよく聞くものだ。

「……傷によって消えてしまったから、故郷に戻って描き直したいとか?」

「ん……まあ、普通の状況ならそれも思うだろうがな……」

 どうにもアルグさんの言葉がはっきりしない。

「俺の目の色を見て、気付く事はないか?」

 そう言われて三人でアルグさんの瞳を覗き込む。とても綺麗な緑色だ。私もエルトも濃さは個人差があるけど茶色だし、レン君は黒。青や金色も見掛ける事はあったけどこの色はアルグさんくらいしか見た事がない。だから初めて会った時はきっと、随分遠い国から来たんだろうなと思っていた。

「……珍しい色ですよね」

「珍しいのか?俺は青も赤も緑も全部すげー色としか見てないからわかんねぇや」

「ドラゴンと同じ色をしていますね」

 え?

「……そうだ」

 エルトの言葉にアルグさんは頷いた。
 そう言えば、ペリドットも。オブシディアンも。ペインドラゴンも。思い出してみれば全部、緑の目をしていたっけ。
 ドラゴンは遭遇率自体が低い。その上手を出した人間が生き残る確率も。故に研究も遅れている。もしかしたら一部の研究者には知られている事かもしれないが、緑の目というのはドラゴンの特徴なのだろうか。
 そしてまさか、模様は何かを抑えるため?或いは変化させるため?いや、そんな、小さい頃に聞いたお話みたいな事が……。

「で、でもそれが何なんですか……」

 やけに頑丈だと思ったりとか。でもそんなの強い冒険者だからで。
 出身地については何にも知らなかったりとか。そもそも冒険者ギルドにはそんな人間いっぱい来るし。
 魔力がない事だって。そんな人間も確かにいるし。
 ドラゴン相手にするのにも、そんなに怯えていなかった。いや、怯えているのは私だけだ。
 緑の目なんて。たまたまそう言う珍しい人間もいるでしょう。

『そうか。ま、偶々が重なっただけかもしれんし、深く考 えるのはやめておこう。ははは』

『……スワロフドラゴンか』

『無かったらいいな。ははは。ま、万が一ってやつさ』

 だって、もしそうなら。今までの事。同じ種族なら、何か知ってたって事でしょう?

「え?!おっさんドラゴンなの?」

 やめてよ。嘘だよ。知ってたら、アルグさんなら止めにいくでしょ。今まで掛けてくれた優しい言葉も、知ってた上で掛けてくれたって事でしょう?

「――そうだ」

 バン!とテーブルに叩き付けた手が、思ったよりも痛かった。じんじんするけど、擦る余裕は流石にない。

「嘘です。だって、アルグさんは知らなかった。何にも知らなかった!……そうですよね?」

「……いや、知ってたさ。俺は、知ってた」

「っ!」

 固く握り振り上げた拳は、違う力によって抑えられた。
 それは暖かいエルトの手。ううん、暖かいのはエルトだけじゃない。アルグさんも、私の周りは皆、暖かい人だと思っていた……。
 優しい感触に私の拳は緩まる。絡められた指に開かれて、そのまま両手で包み込まれた。あとは震えて泣くしかない。泣くしかないじゃない。

「……しかし原因は知らなかった。そうでしょう」

「……エルト?」

「何故そう思う」

「ドラゴンの話が出る度に少し様子が変わった事。今もこうして話し、ドラゴンに立ち向かおうとしている事。あちらに加担する立場であったり原因を知っても尚放置したいなら、しっかり隠し通して僕達に逃げるのを勧めるのが得策です。――それに何より」

 今日で私の涙が枯れてしまいそうだ。
 凛としているはずのエルトが大分ぼやけて見える。

「メイナが、貴方が知っていても尚、放置するような人だと信じていないからですよ」

「……」

 私は何も言えなくて、ただ包んでくれていた手にもう片方の手を添えて包み返した。そうだと、エルトを介してアルグさんに伝わるように。

「……はあ。嫌に緊張しちまった」

 アルグさんはどかっ、と大きな音をたてて椅子に座り込む。そして頭に手を当てて大袈裟に溜め息を吐いた。

「やめだ。こんな真面目そうな空気、ペインドラゴンの話だけで十分だったな」

「あ、アルグさん……?」

「文句言われても仕方ねぇ立場だ。殴られる事も勿論考えていたさ。お前らと別れて、一人でヤツに殴り込む事もな。それでも俺としては倒さなきゃいかん奴だ」

「同じ種族だからこそ、ですね」

「ああ。上位種にはまだ影響はない。だがいつ影響が及ぶかもわからんし、お互いあまり関わらない質とは言えおかしな様子が頻発すると気になるもんさ。元々人間と化して町に降りていた俺は異変に気付いて、色々と探るようになった。……だがどうにも情報が抑えられていてな。思うように原因は見付からなかった」

 アルグさんの言葉に今朝の手紙が浮かぶ。ギルド長名義の、あの冷酷な手紙。そしてエルスースさんに街道のドラゴンを教わった時の言葉も。

「上層部が、情報を隠していたから……」

「まあ、そう言う訳で、俺はドラゴンだ。儀式によって人に近い形に抑えられているが……」

 再びすっと腹の模様に添えられる手。それがきっと、儀式とやらに必要な何かで、アルグさんのドラゴンの力を抑えているものなのだろう。

「一部が抉られてこれが消えたお陰で、少し力が戻ってきている。ある意味良かったのかもしれん」

「良くないですよ!心配したんですからね」

「ははは。……有難うな」

 アルグさんは折角座った癖にまた立ち上がって私に近付くと、頭をわしわしと撫でた。それと同時にエルトの手の力がぎゅっと強まるが、文句が出る訳でもなく、アルグさんを見つめる眼光が鋭くなっただけだった。

「だからな、前よりずっと丈夫なんだ。エルトの詠唱には時間が掛かるんだろ?まだ仲間として受け入れてくれるなら、その間俺が囮になる。そういう話をしたかったんだ」

「アルグさん……」

 はははとまだ残る気まずさを吹き飛ばしたかったのか、アルグさんは笑っていた。
 具体的な作戦は、まだエルトの解読も出来るかわからない訳で決める事は出来ないけど、エルトは心意気だけでも受け取ったのか、少し考える風をしていた。
 そして私達三人がまとまる横で、ぶつぶつと何かを呟く少年が一人。

「ドラゴン……チートのネクロマンサー……うおお!俺のアイデンティティーが狭くなっていく!いや、まだだ!勇者属性を持った女の子にモテモテの人間はまだ俺一人。いける、まだ俺はいけるぞォ!」

「あの子何やってるんだろう……」

「さあね」
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