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22.そして世界は動き出す

「魔宝珠は見付かりました」

『おお!そうか、でかした!やはりお主に頼んで良かった』

「……しかし喜ばしくはない状況です」

『……どういう事だ』

 エルトの冷静な言葉に、ギルド長さんの弾んだ声も同じ様な真剣なものへと変わる。
 それからエルトは順々に彼女に説明していった。冒険者ギルドに協力しその途中で発見に至った事、それはシトリン草原のドラゴンの腹の中である事、その所為でドラゴン達が国を襲おうとしている事、それまでの期限が差し迫っている事……。

『むう……確かにドラゴンが不穏な動きをしていたと言うのは把握していた。だが、あの宝珠を飲み込んでいたとは』

 流石のギルド長さんであっても困惑しているようだった。映し出されているのは相変わらずぴくりとも動かない薄汚れた獣の皮な訳だけど。

「冒険者ギルド本部は、動いてくれないみたいなんです……。魔宝珠が絡んでいるのなら魔術ギルドさんにも関係がありますよね?動いては頂けないのでしょうか」

「言ってしまえばそちらの所為ですから、尻拭いして下さい」

「え、エルト!私はそこまで言ってないよ……?!」

『いや、良い。メタシナバーの言う事も尤も。出来る事ならばそこにいる我がギルドの者達を総動員したい所だ』

 凛とした声にそう言われて、私もほっと胸を撫で下ろした……けれどその直後にその声で『が、』と続けられて、また体に緊張が走る。

『魔宝珠の事を隠しておきたいのも事実だ。そんな事をすれば巷に話が広がるだろう。人手を出す事は出来ぬ』

「そんな……。そ、そうだ。私、冒険者ギルドに報告してます。もう知ってる人は何人もいるんです」

『それは一般の人間も含めてか?複数の人間の前で喋ったか?』

「い、いえ……。私が所属しているビスカリアに上司宛と、本部に手紙を。それとミルトニアの支部長が知っています」

『だろうな。そうでなければ既に民衆が騒ぎを起こし、我々に敵意を向けてくる所だろう。他所に知られてしまったのは遺憾であるが、まあ分別のある人間ばかりだ。後々技術提供なり補償なりを要求されるだろうが、宝珠は手元にない。となると渡す事も無い訳だ。つまり我々の問題はその一点なのだよ』

 一般市民の支持が無くなる事。その一点。
 詳しくは何をしているかもわからない怪しい魔術ギルドだけど、私達に魔力があり魔法が生活と密接に関係している為にお世話になっている部分もある。だからこうやってでかでかと存在しているし、魔術ギルドの高位の人間は偉いものでもある。
 それが魔宝珠が原因で町が、国が甚大な損害を被ったとなると、魔術ギルドも潰れかねない。それは私にだって分かるけど……。

『故に、我々からも大きくは動けん』

「ひ、人が……町が壊れるのに、ですか……」

 その言葉には、何も返っては来なかった。多分、町が壊れるからこそなのだろう。
 エルトも涼しげな顔で、「ここはそういう所なんだよ」と言っていた。
 でも、じゃあどうしたら良いの。冒険者ギルドも頼れない。魔術ギルドも何も助けてくれない。それなのに今の私達じゃ勝てなくて。

『だが、協力はしよう』

「……え?」

「人手は出せなかったんじゃねーの?着ぐるみ」

『小僧は黙っておれ。……大きくは動けんと言ったが、我々が原因なのは事実。誰も協力せぬとは言っておらん』

 小僧と呼ばれたレン君は相変わらず横で騒ぎ出すが、アルグさんに押さえられ、どうどうと馬のように宥められていた。
 けれどその様子は今の私にとってはただの背景。ギルド長の言葉を慎重に聞かなくちゃならない。

「ど、どうやって……?」

『ペインドラゴン……。私も百年ほど前に相手をした事があったが、とてつもなく巨大なドラゴンだったのは今でも覚えておるよ。無論このファントムの強大な力には勝てなかったがな!はっはっは!』

「で、具体的にどうやって手助けしてくれるんです?」

 エルトは突っ込むでもなく相変わらず冷静に対応して、ギルド長さんが笑い声を引っ込める。

『エルト・メタシナバー。お主にこれを授けよう』

 そう言うと彼女(獣の皮)の前の空間が紫色に光り出した。やがて私達の目の前にあったテーブルにも同じ様な光が出現して、そこから一枚の古びて汚れた羊皮紙がゆっくりと浮かび上がる。
 転送が完了してすぐにエルトが拾い上げて眺めるのを、私も横から覗いた。
 ……よ、読めない。羊皮紙の上にあるのは全て私の知らない字で、何かがばーっと書かれている。でもこの長さと魔術ギルド長から与えられた事を考えると、特別な詠唱文か何かだろうか。

「……これは」

『土属性の古魔術。世界構造図(グローヴォ・テレステレ)だ。これで操るのは小さな土の壁や岩ではない。世界の土台であり、どんな大きさのものでもこの魔術で捕らえられよう。あとは如何に大きかろうと好きに攻撃を与えれば良い』

「魔術……ですか」

『そう。魔法ではない。その古代語で書かれた文字を百詠まねばならぬ。魔術故に少々手順は厄介だが、強力な魔術に違いない。何せギルド内でも秘術としているものだからな』

 けれど先程ギルド長さんが言った通りだ。それさえ詠み終わってドラゴンの動きを止められたならば、後はどうにでもなる。鱗が固いなら目でも口でも狙えるし、エルトの闇の剣でも少しは削れるだろう。もっと良い弱点を探る余裕もできる。
 詠唱時間を作るのは難しいけど、もしかしたら勝てるかもしれない……!

『本来なら宝珠は持ち帰って貰いたい所だが……出来ないならその物を無かった事にするのが良い。是非それでドラゴンを宝珠ごと葬ってほしい』

 一筋の希望が見出だせた私はそれに応えて、はい!と力強く頷こうとした。が、エルトが羊皮紙から目を離してこう言った。

「それで、その百文字は?」

「へ?」

「五十までしか無い様じゃないですか」

「え?……え?!」

 字の区切りが分からないからそれで全部と思っていたのに、ご、五十って……足りないじゃない!

『そ。そこは、ほら、な?天才ネクロマンサーのエルト・メタシナバーであろう!恐らくそれには法則性があるはずだ。解読はお主に任せる!では、任せたぞ。さらばだ!』

 プシュン。
 繋がる時は時間が掛かったのに切れるのは一瞬だ。
 私には一文字も解読できないその紙切れだけ手渡して逃げた彼女は、もう出てくる様子はなかった。
 私達は呆気にとられ、エルトなんかは強く紙を握り締めて五十文字すら無に帰そうとしていた。
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