21.一筋の希望を求めて
「メイナって本当に幸せそうに食べるよね。そう言う所、昔から変わらない」
「うっ……」
「何気まずそうな顔してるんだよ。褒められてんじゃねぇか」
「褒められてるんですかね」
「エルトは嬉しそうにしてるだろ。それに俺ん時ゃ素直に美味そうに食ってたじゃねぇか」
「そうですけど……」
別に褒められてるなら嫌な訳じゃないんだけど。何て言うか、エルトにあんまりいっぱい食べてる様子を見られるのが、どこか恥ずかしいような気がして。
何て言ったら良いんだろうとちらりとエルトの方を見ると、エルトが笑ってた。レン君を制裁する時のように笑っていた。
「俺の時……?」
「あっ」
……結論から言えば、私の人生はまだ続いている。
エルトがまあその話は後でねと引き下がってくれたからだ。一体その後が何時来るのか、冗談抜きでドキドキしてしまう。生命の危機的に。
そして食後に切り出されたのがこの話だった。
「さて。そこの彼は置いておいても。……これから、どうしますか」
「ドラゴンを倒す!」
「坊主は置いておくとして、俺は一人でも挑むつもりだ。無理は承知でも、やらなきゃいけない事もあるさ」
「おっさん一人じゃねぇさ!少なくとも俺が行くぜ!」
「レン君は置いておきますけど、アルグさん一人じゃ無理ですよ。……かと言って私やエルトが居ても勝てる見込みがある訳じゃないですが……」
「俺がいるから今度は勝てるって!」
明らかな拒絶にも屈せずに一回一回合いの手のように言葉を挟んでくるレン君を一瞥して、けれど何事もなかったように溜め息を吐いてエルトがぼやく。
「全く余計な物を作ってくれたものだよ、魔術ギルドも」
「何?魔術ギルドが原因なの?じゃあそこ行きゃいいじゃん」
それにまたも反応したレン君に私達の視線が一気に向かい、そしてそのまま暫く硬直した。
本当に気付かなかったと言うか、何で私達そうしなかったんだろうって、そんな硬直を。
「そうだ……!元は彼らの魔宝珠が原因だ。しかも盗られたのも向こうの不手際で、僕がそれを探す事も任された」
「じゃあ、冒険者ギルドの協力は扇げなくても、魔術ギルドはいけるかもしれない……?」
「少なくとも彼処は魔術の知識がある。何か良い魔術があるかもしれない」
「よーし。明日は魔術ギルドに出発だ!」
自分の発言で事が進んだのが嬉しいのか、ぐんっと勢い良く一人で手を掲げるレン君。
よし。早く起きて三人で向かおう。少なくとも私とエルトはそう目で意思疏通した。
◆ ◆
「やー、魔術ギルドに行くなんて、興奮して眠れなかったぜ!」
「……お願いですから大人しくしていて下さいね」
ぐんと伸びをする自由気ままなお子様勇者様。一睡もされなければどれだけ私達が早く起きようとも意味はなかった。まあ、アルグさんが遅く起きてきたから、どっちにしろレン君は置いていけなかったろうけど。
白を基調とした幾つもの大きな柱に支えられた格式高い建物。入り口前の階段から既に金糸で縁取られた赤い絨毯が敷かれている。見上げればでかでかと主張する魔術ギルドのシンボル。
……こんな所でもレン君はのびのびとした様子で、このまま騒がれたらと私をハラハラさせている。
中に入れば少しは雑談の声がするけれど、どれも潜められたもので足音の方が目立つ気がする。仕事の関係でビスカリアの方へは何度か来た事もあるけど、やっぱりこの雰囲気は苦手かもしれない。
「魔術ギルドへようこそ。どのようなご用件でしょうか」
「ギルド長に繋いで貰いたい。例の件の話だと伝えて」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
名乗らずとも呼び出すのがギルド長であっても頭を下げる受付の女性。改めてエルトって凄いんだと思う。
あ。でも服が魔術ギルドから贈られた特別な物なんだっけ。紋様も複雑だし、それで一目でわかるのかも。……ってあれ。
「そう言えばエルト。その服って魔術ギルドから贈られたものなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「でもドラゴンにやられた時、服ごとぐしゃぐしゃになったんじゃないの」
「服にも特別な魔法が掛かっていてね。僕の体の状態に合わせて復元するようになってるんだ」
何それ、凄い……!っていうかそんな便利な魔法があるなら世の中に広めてよね、魔術ギルド!
私なんて仕事の度に一体何枚汚して何枚破った事やら……。着替え持っていくのも荷物になるし。
私以外にはどうでも良さそうな話に(だって横のアルグさんもレン君もギルドの内装ばかりきょろきょろと気にしている)一人もやもやしていると、受付の女性から声が掛かった。
「お待たせ致しました。奥の第四通信室へどうぞ。お連れ様がいらっしゃいますので真っ直ぐにお願い致します」
遠回しに部外者に中を見せるなよって事ですか。見ませんよ誰も。……復元の魔法は欲しいけど。
「わかった」
言われた通りに真っ直ぐ奥へと進み、第四通信室と書かれた部屋に入る。
相変わらず赤の絨毯は続いていて、中央には革張りのソファにその長さに合う大きなテーブル。向かいにもソファがあれば通信だけでなく小会議も出来そうなくらいだ。
ただ、その向こうには如何にもな台座があり、その上に大きな水晶玉が鎮座していた。その奥は真っ白な壁である。
私達はエルトに勧められてソファに座り、エルトも少しだけ水晶に手を翳した後私の横に座った。
ザ……ザザ……と雑音が響き、光り出した水晶玉からすうっと壁の方へぼやけた何かが映し出される。
『……きこえますか……きこえますか……エルト・メタシナバー……そしてその仲間達……魔術ギルド長ファントムです……今……貴女達の……心に……直接……語りかけています』
「こ、こいつ脳内に直接……!」
『心だっつってんだろうが』
レン君に冷静な突っ込みを入れたギルド長さん。少しずつ雑音も少なくなり、ぼやけていた映像もはっきりとしてきて、壁にはギルド長さんの部屋らしい場所の一部が映っている。
おどろおどろしい赤や紫の液体がこびりつき、魔法陣やよく読めない文字も描かれている壁とボロボロに破れたカーテンの隙間から見える窓。中央には唯一立派に見える椅子に置かれた頭がもげそうな程横に傾いた草臥れた、変な獣の皮。
ぎ、ギルド長の部屋……なんだよね?
「なぁ、そのファントムさんは何処にいんの?着ぐるみしか見えねぇけど」
今回ばかりはレン君の言葉に同意した。人っぽい人なんかいないんですけど。
「ああ。あの獣の皮に入っているのがギルド長です」
「ええっ?!あんなぺしゃんこの中に?」
思わず声をあげてしまう。だ、だって本当にぺしゃんこの、ここから映像で見ても薄そうな中にだよ?
「彼女は昔、神になるため誰とも接触せず、飲まず食わずで修行に明け暮れ、また神に祈り続けたらしいてすよ」
「おい、それっていつかのニュースで聞いた即身……」
レン君の言葉はギルド長さんの声に掻き消された。
『しかし、大切な事を忘れていたのだ……それより更に昔、不老不死の薬を飲んでいた事を』
「故に死ねず、しかし厳しい修行で強大な力を手に入れた彼女は今もこうしているそうです」
『体が衰弱し過ぎて動けないのだ。お陰で他人との接触を避けるために着たこの獣の革も脱げん』
「馬鹿じゃん」
「まあ、馬鹿ですね」
二人とも一応お邪魔してる大きな組織の一番偉い人をよくも簡単に貶せるね……。私もちょっと思っちゃったけどさ。
「っていうかさっきと喋り方違くね?」
「先程のは通信状況を確認する時の常套句ですからね」
「ああ、マイクテストか。……ぷっ。あんなの毎回やんのかよ」
「僕はしませんが」
もはや二人のおかげで権威であるはずのギルド長さんが親しみやすい人に感じて来た頃、とうとう耐えきれなくなったのかごほん!とわざとらしい咳払いが頭の中に響いた。
『前置きはこの辺でよかろう。さあ、エルト・メタシナバーよ。本題に入ろうではないか』
「うっ……」
「何気まずそうな顔してるんだよ。褒められてんじゃねぇか」
「褒められてるんですかね」
「エルトは嬉しそうにしてるだろ。それに俺ん時ゃ素直に美味そうに食ってたじゃねぇか」
「そうですけど……」
別に褒められてるなら嫌な訳じゃないんだけど。何て言うか、エルトにあんまりいっぱい食べてる様子を見られるのが、どこか恥ずかしいような気がして。
何て言ったら良いんだろうとちらりとエルトの方を見ると、エルトが笑ってた。レン君を制裁する時のように笑っていた。
「俺の時……?」
「あっ」
……結論から言えば、私の人生はまだ続いている。
エルトがまあその話は後でねと引き下がってくれたからだ。一体その後が何時来るのか、冗談抜きでドキドキしてしまう。生命の危機的に。
そして食後に切り出されたのがこの話だった。
「さて。そこの彼は置いておいても。……これから、どうしますか」
「ドラゴンを倒す!」
「坊主は置いておくとして、俺は一人でも挑むつもりだ。無理は承知でも、やらなきゃいけない事もあるさ」
「おっさん一人じゃねぇさ!少なくとも俺が行くぜ!」
「レン君は置いておきますけど、アルグさん一人じゃ無理ですよ。……かと言って私やエルトが居ても勝てる見込みがある訳じゃないですが……」
「俺がいるから今度は勝てるって!」
明らかな拒絶にも屈せずに一回一回合いの手のように言葉を挟んでくるレン君を一瞥して、けれど何事もなかったように溜め息を吐いてエルトがぼやく。
「全く余計な物を作ってくれたものだよ、魔術ギルドも」
「何?魔術ギルドが原因なの?じゃあそこ行きゃいいじゃん」
それにまたも反応したレン君に私達の視線が一気に向かい、そしてそのまま暫く硬直した。
本当に気付かなかったと言うか、何で私達そうしなかったんだろうって、そんな硬直を。
「そうだ……!元は彼らの魔宝珠が原因だ。しかも盗られたのも向こうの不手際で、僕がそれを探す事も任された」
「じゃあ、冒険者ギルドの協力は扇げなくても、魔術ギルドはいけるかもしれない……?」
「少なくとも彼処は魔術の知識がある。何か良い魔術があるかもしれない」
「よーし。明日は魔術ギルドに出発だ!」
自分の発言で事が進んだのが嬉しいのか、ぐんっと勢い良く一人で手を掲げるレン君。
よし。早く起きて三人で向かおう。少なくとも私とエルトはそう目で意思疏通した。
◆ ◆
「やー、魔術ギルドに行くなんて、興奮して眠れなかったぜ!」
「……お願いですから大人しくしていて下さいね」
ぐんと伸びをする自由気ままなお子様勇者様。一睡もされなければどれだけ私達が早く起きようとも意味はなかった。まあ、アルグさんが遅く起きてきたから、どっちにしろレン君は置いていけなかったろうけど。
白を基調とした幾つもの大きな柱に支えられた格式高い建物。入り口前の階段から既に金糸で縁取られた赤い絨毯が敷かれている。見上げればでかでかと主張する魔術ギルドのシンボル。
……こんな所でもレン君はのびのびとした様子で、このまま騒がれたらと私をハラハラさせている。
中に入れば少しは雑談の声がするけれど、どれも潜められたもので足音の方が目立つ気がする。仕事の関係でビスカリアの方へは何度か来た事もあるけど、やっぱりこの雰囲気は苦手かもしれない。
「魔術ギルドへようこそ。どのようなご用件でしょうか」
「ギルド長に繋いで貰いたい。例の件の話だと伝えて」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
名乗らずとも呼び出すのがギルド長であっても頭を下げる受付の女性。改めてエルトって凄いんだと思う。
あ。でも服が魔術ギルドから贈られた特別な物なんだっけ。紋様も複雑だし、それで一目でわかるのかも。……ってあれ。
「そう言えばエルト。その服って魔術ギルドから贈られたものなんだよね?」
「うん、そうだよ」
「でもドラゴンにやられた時、服ごとぐしゃぐしゃになったんじゃないの」
「服にも特別な魔法が掛かっていてね。僕の体の状態に合わせて復元するようになってるんだ」
何それ、凄い……!っていうかそんな便利な魔法があるなら世の中に広めてよね、魔術ギルド!
私なんて仕事の度に一体何枚汚して何枚破った事やら……。着替え持っていくのも荷物になるし。
私以外にはどうでも良さそうな話に(だって横のアルグさんもレン君もギルドの内装ばかりきょろきょろと気にしている)一人もやもやしていると、受付の女性から声が掛かった。
「お待たせ致しました。奥の第四通信室へどうぞ。お連れ様がいらっしゃいますので真っ直ぐにお願い致します」
遠回しに部外者に中を見せるなよって事ですか。見ませんよ誰も。……復元の魔法は欲しいけど。
「わかった」
言われた通りに真っ直ぐ奥へと進み、第四通信室と書かれた部屋に入る。
相変わらず赤の絨毯は続いていて、中央には革張りのソファにその長さに合う大きなテーブル。向かいにもソファがあれば通信だけでなく小会議も出来そうなくらいだ。
ただ、その向こうには如何にもな台座があり、その上に大きな水晶玉が鎮座していた。その奥は真っ白な壁である。
私達はエルトに勧められてソファに座り、エルトも少しだけ水晶に手を翳した後私の横に座った。
ザ……ザザ……と雑音が響き、光り出した水晶玉からすうっと壁の方へぼやけた何かが映し出される。
『……きこえますか……きこえますか……エルト・メタシナバー……そしてその仲間達……魔術ギルド長ファントムです……今……貴女達の……心に……直接……語りかけています』
「こ、こいつ脳内に直接……!」
『心だっつってんだろうが』
レン君に冷静な突っ込みを入れたギルド長さん。少しずつ雑音も少なくなり、ぼやけていた映像もはっきりとしてきて、壁にはギルド長さんの部屋らしい場所の一部が映っている。
おどろおどろしい赤や紫の液体がこびりつき、魔法陣やよく読めない文字も描かれている壁とボロボロに破れたカーテンの隙間から見える窓。中央には唯一立派に見える椅子に置かれた頭がもげそうな程横に傾いた草臥れた、変な獣の皮。
ぎ、ギルド長の部屋……なんだよね?
「なぁ、そのファントムさんは何処にいんの?着ぐるみしか見えねぇけど」
今回ばかりはレン君の言葉に同意した。人っぽい人なんかいないんですけど。
「ああ。あの獣の皮に入っているのがギルド長です」
「ええっ?!あんなぺしゃんこの中に?」
思わず声をあげてしまう。だ、だって本当にぺしゃんこの、ここから映像で見ても薄そうな中にだよ?
「彼女は昔、神になるため誰とも接触せず、飲まず食わずで修行に明け暮れ、また神に祈り続けたらしいてすよ」
「おい、それっていつかのニュースで聞いた即身……」
レン君の言葉はギルド長さんの声に掻き消された。
『しかし、大切な事を忘れていたのだ……それより更に昔、不老不死の薬を飲んでいた事を』
「故に死ねず、しかし厳しい修行で強大な力を手に入れた彼女は今もこうしているそうです」
『体が衰弱し過ぎて動けないのだ。お陰で他人との接触を避けるために着たこの獣の革も脱げん』
「馬鹿じゃん」
「まあ、馬鹿ですね」
二人とも一応お邪魔してる大きな組織の一番偉い人をよくも簡単に貶せるね……。私もちょっと思っちゃったけどさ。
「っていうかさっきと喋り方違くね?」
「先程のは通信状況を確認する時の常套句ですからね」
「ああ、マイクテストか。……ぷっ。あんなの毎回やんのかよ」
「僕はしませんが」
もはや二人のおかげで権威であるはずのギルド長さんが親しみやすい人に感じて来た頃、とうとう耐えきれなくなったのかごほん!とわざとらしい咳払いが頭の中に響いた。
『前置きはこの辺でよかろう。さあ、エルト・メタシナバーよ。本題に入ろうではないか』