20.勇者と愛は偉大なり
「アルグさん、入りますよ」
「おう」
夕暮れ時になり冒険者ギルドに戻ると、終わらせた依頼の報告を済ませて報酬を受け取る。勿論私じゃなくレン君だ。
ちっぽけな報酬にがっくりしながらも、私達は借りている部屋へと向かった。エルスースさんは外に出ているらしく、そもそも私達とレン君が合流できればそれで良い話なので、取り敢えずアルグさんの部屋をノックした。
「よ、おっさん。ドラゴンにやられた割りに元気そうだな」
「坊主こそ相変わらずだな」
入って早々、アルグさんもレン君も挨拶無しに会話を始める。しかも相変わらず敬語無しだ。
まだアルグさんの体に纏わりつく包帯を見ても元気と言うレン君に、本人は突っ込むでもなく笑っていた。
そしてどんなドラゴンだったとか坊主は何していたとか、そんな雑談を少しした後にレン君がきょろきょろと辺りを見回す。
「なんだ、本当にあのネクロマンサー起きてないんだな」
「……まあな。でも再生はしてるぞ。ちょっと寝坊してるだけさ」
「ふーん」
そうやって興味なさそうに声を出した癖に、レン君は私の手を取ると「あいつの部屋何処?」とそのまま引き始めた。
アルグさんは私達を見てるだけで何も言わないし、私は私でえっ、とかちょっと、とか微妙な抵抗しか出来ずにアルグさんの部屋を出されてしまう。そして結局手を引かれたままで隣の部屋を案内させられた。
レン君によって開かれたその部屋は相変わらず静かで、エルトが綺麗な顔してベッドの上で眠っている。
私の手を離すとレン君はそこにとことこと寄っていって、エルトの鼻をきゅっと摘まんだ。
「って、何やってるの!」
「いてっ」
ぱちん、と叩いてその手を退けたけれど、その衝撃は少しエルトに行ってしまったかもしれない。ごめん、エルト。
だけどエルトはそんな衝撃にもぴくりともしないものだから、それはそれで何とも言えない気持ちになってしまう。
しかし注意だけはきちんとする為に、下がってしまいそうな眉にきゅっと力をいれてレン君を睨み付けた。
「……だってこいつ、絶対もう起きれるじゃん」
「そうだけど……病人は病人なんだから」
傷が回復したとは言え、目を覚まさない以上病人だ。
そもそもどうして起こそうとする行動が声を掛けるとか揺さぶるではなく鼻を摘まむなのか。若干の企みもあったでしょう、レン君。
「どうせあれだろ。守りたいものを守れなかったーとかそんなんで閉じ籠っちゃってるパターンだろ。例えばメイナとか」
「え……?」
まさか。エルトが、そんなに弱い訳ないじゃない。
だって私が無理嫌やめてと言っても(殺人的な意味で)襲ってくるし、怯えてる私を宥めている方だし。レン君もわかってる通り不死身になっちゃった魔術ギルドにも顔が利くくらい凄い人なんだよ。
それに私なんて二人より軽傷で、帰って真っ先に元気になったのに守れなかったなんて思うはずがない。……よね?
「馬っ鹿じゃねーの。そうやってうじうじしてるから、イケメンの良い声した人気キャラが離脱して俺みたいな主人公が美味しい所持ってっちゃうんだよなぁ」
それでもレン君は続ける。
誰が何の主人公なの。って言うかそれってエルト、褒められてるの貶されてるの。
何の根拠もなくてよく分からないレン君の理論。でもそれがもし、もしも本当なら。
「……エルト?本当にそうなら起きてよ。私はエルトよりもずっと無事だったし、ちゃんと生きてる。守ってもらえたよ。今回だって前だって」
確かに私達は呆気なく負けちゃったし怪我だってしたけれど。二人がいなかったら私は今ごろ諦めて殺されているし、ドラゴンに向かっていったエルトの姿は忘れられないよ。
「エルトが私を守れなかった事で気に病んでるなら。私だってエルトがあんなに傷付いた事、後悔してる!私が大切だって思ってくれてるなら、今の私だってエルトの事……」
……なんて。起きるわけないか。
話しかけるなんて、いつもお見舞いに来た時やってる事だもんね。
「やっぱりレン君の勘ちが――」
いだよ、と言えなかった。
そう言って振り向こうと思っていたけど、体を捻る前に体をどんっと押された。子供だと思って甘く見ていたら案外痛いよ、レン君の力。
傾いた体はベッドに、それもこの進行方向ではエルトの顔面から胸部辺りを押し潰してしまう。私はとっさに枕元と肩の横に手をついた。
けど。
「あ……」
遅かった。いや遅くなかった!遅くなかったはずだ。
だ、大丈夫だよね?これ、した内に入らないよね。
柔らかい感触が唇からしたなんて、気の所為だよね……?
言い訳をすればするほど顔が熱くなっていく。振り向こうとしていた癖に、今じゃ絶対レン君の顔は見られない。
と、取り敢えずエルトの顔からは離れよう。じゃないと綺麗な顔に付いた柔らかい唇をどうしても見てしまう。
ぐっと手に力をいれて起き上がろうとすると、その手を別の力で引っ張られたものだから、私の体は今度こそエルトを潰した。それでも痛がる悲鳴もあげずにエルトは――微笑んでいた。少しやるせなく、でも確かに目を開けて微笑んでいた……!
「え、ると……!お、おき、起き、起きて……っ!?」
「起きたよ」
「エルト!もう、どれだけ心配したと!」
「ごめん。……どうしても、怖くてね」
「あ……ううん。こっちこそごめんね。やっぱりエルトでもあんなドラゴンは痛いし怖かったよね」
「そうだね。痛くて怖かったよ。メイナが襲われるのが。今回守れなかった僕が次に守れるとも思えない。そして、そんな僕がメイナに心の底から拒否されるのが怖かった」
重なった体をより近付けるように、エルトは私の背に手を回してぎゅっと抱き込む。暖かい。心臓の音も聞こえる。
エルトは生きてる。私を、抱き締めてくれている。
取っておいて良かったかも、涙。滲んでいく熱はアルグさんの時よりずっと早く溢れてしまって、止める術など無さそうだった。
「でもエルト、私が手には入らないなら無理にでも殺すって前に言ってたじゃない」
「うん。……けど今回は僕自身の責任だから。拒否されても文句は言えないし、拒絶されたら塞ぎこむしかないよ」
「そんな……」
「だから夢の中で、もうこのままでいいやって漂ってた。夢だって気付いていたのに。時々メイナの声が聞こえた気がしたけど、多分自分の都合の言いように聞いてるんだって思ってた」
片手が背を離れる。すぐ側にある顔を掴まれて、体に向けて伏していた状態から持ち上げられる。するとさっきは逸らそうとしていた唇と向かい合う訳で。
すっかり涙に取られたと思っていた熱が再び体の底から沸き上がる。
「でも違った」
掴んでいた手の親指で、私の唇をなぞる。エルトより柔らかくないしかさついてるのに。今度は嬉しそうな顔で笑っていた。
「キスしてくれたって言う事は、僕の事を受け入れてくれる気になったんだよね……?」
「あ、あの、あの、」
「何だい?」
「あのキスはレン君が押してぶつかった接触事故で!」
違う!いや違わないけど気持ちはあるのに……!
いざ意識ある本人を目の前にすると、恥ずかしさで上手く言葉に出来ない。そんな私は贄にレン君を差し出した。
エルトは起きてから私としかやり取りしていなかったから、レン君に気付いていないか気にも留めていなかったのだろう。
ゆーっくりと首を傾けてレン君を見つめた瞳はまさに闇魔法の使い手だった。
「メイナを……押した?」
ほら、路地裏では私制裁を下さなかったから。ここは一つその代わりと言うことで。
声変わりのしていない高い声が隣の部屋まで響くのは言うまでもない事だった。
「おう」
夕暮れ時になり冒険者ギルドに戻ると、終わらせた依頼の報告を済ませて報酬を受け取る。勿論私じゃなくレン君だ。
ちっぽけな報酬にがっくりしながらも、私達は借りている部屋へと向かった。エルスースさんは外に出ているらしく、そもそも私達とレン君が合流できればそれで良い話なので、取り敢えずアルグさんの部屋をノックした。
「よ、おっさん。ドラゴンにやられた割りに元気そうだな」
「坊主こそ相変わらずだな」
入って早々、アルグさんもレン君も挨拶無しに会話を始める。しかも相変わらず敬語無しだ。
まだアルグさんの体に纏わりつく包帯を見ても元気と言うレン君に、本人は突っ込むでもなく笑っていた。
そしてどんなドラゴンだったとか坊主は何していたとか、そんな雑談を少しした後にレン君がきょろきょろと辺りを見回す。
「なんだ、本当にあのネクロマンサー起きてないんだな」
「……まあな。でも再生はしてるぞ。ちょっと寝坊してるだけさ」
「ふーん」
そうやって興味なさそうに声を出した癖に、レン君は私の手を取ると「あいつの部屋何処?」とそのまま引き始めた。
アルグさんは私達を見てるだけで何も言わないし、私は私でえっ、とかちょっと、とか微妙な抵抗しか出来ずにアルグさんの部屋を出されてしまう。そして結局手を引かれたままで隣の部屋を案内させられた。
レン君によって開かれたその部屋は相変わらず静かで、エルトが綺麗な顔してベッドの上で眠っている。
私の手を離すとレン君はそこにとことこと寄っていって、エルトの鼻をきゅっと摘まんだ。
「って、何やってるの!」
「いてっ」
ぱちん、と叩いてその手を退けたけれど、その衝撃は少しエルトに行ってしまったかもしれない。ごめん、エルト。
だけどエルトはそんな衝撃にもぴくりともしないものだから、それはそれで何とも言えない気持ちになってしまう。
しかし注意だけはきちんとする為に、下がってしまいそうな眉にきゅっと力をいれてレン君を睨み付けた。
「……だってこいつ、絶対もう起きれるじゃん」
「そうだけど……病人は病人なんだから」
傷が回復したとは言え、目を覚まさない以上病人だ。
そもそもどうして起こそうとする行動が声を掛けるとか揺さぶるではなく鼻を摘まむなのか。若干の企みもあったでしょう、レン君。
「どうせあれだろ。守りたいものを守れなかったーとかそんなんで閉じ籠っちゃってるパターンだろ。例えばメイナとか」
「え……?」
まさか。エルトが、そんなに弱い訳ないじゃない。
だって私が無理嫌やめてと言っても(殺人的な意味で)襲ってくるし、怯えてる私を宥めている方だし。レン君もわかってる通り不死身になっちゃった魔術ギルドにも顔が利くくらい凄い人なんだよ。
それに私なんて二人より軽傷で、帰って真っ先に元気になったのに守れなかったなんて思うはずがない。……よね?
「馬っ鹿じゃねーの。そうやってうじうじしてるから、イケメンの良い声した人気キャラが離脱して俺みたいな主人公が美味しい所持ってっちゃうんだよなぁ」
それでもレン君は続ける。
誰が何の主人公なの。って言うかそれってエルト、褒められてるの貶されてるの。
何の根拠もなくてよく分からないレン君の理論。でもそれがもし、もしも本当なら。
「……エルト?本当にそうなら起きてよ。私はエルトよりもずっと無事だったし、ちゃんと生きてる。守ってもらえたよ。今回だって前だって」
確かに私達は呆気なく負けちゃったし怪我だってしたけれど。二人がいなかったら私は今ごろ諦めて殺されているし、ドラゴンに向かっていったエルトの姿は忘れられないよ。
「エルトが私を守れなかった事で気に病んでるなら。私だってエルトがあんなに傷付いた事、後悔してる!私が大切だって思ってくれてるなら、今の私だってエルトの事……」
……なんて。起きるわけないか。
話しかけるなんて、いつもお見舞いに来た時やってる事だもんね。
「やっぱりレン君の勘ちが――」
いだよ、と言えなかった。
そう言って振り向こうと思っていたけど、体を捻る前に体をどんっと押された。子供だと思って甘く見ていたら案外痛いよ、レン君の力。
傾いた体はベッドに、それもこの進行方向ではエルトの顔面から胸部辺りを押し潰してしまう。私はとっさに枕元と肩の横に手をついた。
けど。
「あ……」
遅かった。いや遅くなかった!遅くなかったはずだ。
だ、大丈夫だよね?これ、した内に入らないよね。
柔らかい感触が唇からしたなんて、気の所為だよね……?
言い訳をすればするほど顔が熱くなっていく。振り向こうとしていた癖に、今じゃ絶対レン君の顔は見られない。
と、取り敢えずエルトの顔からは離れよう。じゃないと綺麗な顔に付いた柔らかい唇をどうしても見てしまう。
ぐっと手に力をいれて起き上がろうとすると、その手を別の力で引っ張られたものだから、私の体は今度こそエルトを潰した。それでも痛がる悲鳴もあげずにエルトは――微笑んでいた。少しやるせなく、でも確かに目を開けて微笑んでいた……!
「え、ると……!お、おき、起き、起きて……っ!?」
「起きたよ」
「エルト!もう、どれだけ心配したと!」
「ごめん。……どうしても、怖くてね」
「あ……ううん。こっちこそごめんね。やっぱりエルトでもあんなドラゴンは痛いし怖かったよね」
「そうだね。痛くて怖かったよ。メイナが襲われるのが。今回守れなかった僕が次に守れるとも思えない。そして、そんな僕がメイナに心の底から拒否されるのが怖かった」
重なった体をより近付けるように、エルトは私の背に手を回してぎゅっと抱き込む。暖かい。心臓の音も聞こえる。
エルトは生きてる。私を、抱き締めてくれている。
取っておいて良かったかも、涙。滲んでいく熱はアルグさんの時よりずっと早く溢れてしまって、止める術など無さそうだった。
「でもエルト、私が手には入らないなら無理にでも殺すって前に言ってたじゃない」
「うん。……けど今回は僕自身の責任だから。拒否されても文句は言えないし、拒絶されたら塞ぎこむしかないよ」
「そんな……」
「だから夢の中で、もうこのままでいいやって漂ってた。夢だって気付いていたのに。時々メイナの声が聞こえた気がしたけど、多分自分の都合の言いように聞いてるんだって思ってた」
片手が背を離れる。すぐ側にある顔を掴まれて、体に向けて伏していた状態から持ち上げられる。するとさっきは逸らそうとしていた唇と向かい合う訳で。
すっかり涙に取られたと思っていた熱が再び体の底から沸き上がる。
「でも違った」
掴んでいた手の親指で、私の唇をなぞる。エルトより柔らかくないしかさついてるのに。今度は嬉しそうな顔で笑っていた。
「キスしてくれたって言う事は、僕の事を受け入れてくれる気になったんだよね……?」
「あ、あの、あの、」
「何だい?」
「あのキスはレン君が押してぶつかった接触事故で!」
違う!いや違わないけど気持ちはあるのに……!
いざ意識ある本人を目の前にすると、恥ずかしさで上手く言葉に出来ない。そんな私は贄にレン君を差し出した。
エルトは起きてから私としかやり取りしていなかったから、レン君に気付いていないか気にも留めていなかったのだろう。
ゆーっくりと首を傾けてレン君を見つめた瞳はまさに闇魔法の使い手だった。
「メイナを……押した?」
ほら、路地裏では私制裁を下さなかったから。ここは一つその代わりと言うことで。
声変わりのしていない高い声が隣の部屋まで響くのは言うまでもない事だった。