2.勇者とお仕事
夕暮れ時。約束通りに私を狙うことは無くなり、無事にビスカリアの町まで辿り着いた私達を迎えたのは、驚いた数人のギルド職員と多数の冒険者達だった。取り敢えず受付に報告書とペンダントを提出して報告する。
その間もこちらを見る好奇の目と小さな話し声の群れは続いた。
受付を担当していたパットさんも報告書に判を捺して、魔法記録の画像を確認すると、ペンダントを私に渡しながら聞いてくる。
「おい、おい。メイナ。そいつ、エルト・メタシナバーなんだろ?ネクロマンサーの」
「……パットさんも知ってるんですか、エルトの事」
やっぱり魔術ギルド以外でも知られているんだ。
ギルド職員には少ないみたいだけど、それでもアルグさんが言うほど知らなくて当然な存在でもなかったみたいで、ちょっぴり勉強不足を自覚して凹む。まあ、アルグさんのフォローだってわかってはいたけとさ。
「顔は知らなかったが、メイナの居場所を聞いてきた時に名前を聞いたからな。一体何処で知り合ったんだ?」
「……幼馴染みですよ」
「あの時はどうも有難うございました。僕とメイナとは未来を誓いあった仲なんです」
「エルトの冗談ですよ、勿論」
一瞬ぎょっと驚いたパットさんに素早く訂正を入れると、「だよなぁ、流石にオーガとタメ張れそうな恋人はなあ」とからからと笑われた。上司だけどちょっとオーガとタメ張れそうな力で絞めちゃおうかなあと思った時、エルトが睨み付けてくれたのでやめる。
睨みに笑いを引っ込めたパットさんにお疲れ様の一言を貰うと、私達は受付を離れて一つのテーブルを囲って座った。
「アルグさん、報告は終わったんですからちゃんとお医者さんに診てもらうんですよ?」
簡易手当ても断り、町に着いてからも病院に引っ張ろうとすればまず報告だの一点張りで動かない。お陰でまだドラゴンに吹き飛ばされた傷はお医者さんに診てもらっていない。
……本当に何でこの人、こんなにピンピンしてるんだろう。まあ無事で何よりと言えば何よりなんだけど元気過ぎて、逆に無理していそうで心配だ。
「ははは。そんな事言ったっけ」
「町に入ってもごねるから約束したんじゃないですか!」
「メイナ、これで今日の仕事は終わりかい?それなら……」
人の溢れるギルドだからか、エルトは投げナイフではなく腰に下げだ細い剣に手を掛ける。あああ、仕事が終わったらエルトが厄介なの、忘れてた。
どうしようかと考えを巡らせて固まっていると、ばたばたばた……!とこちらに騒がしくも軽い足音が一つ近付いてくる。
「メイナぁ、メイナぁああ!助けて!依頼、受けてほしいの」
それは同じくギルド職員で仲の良いパルマティア、通称パルマのものだった。
ふわふわの可愛らしくうねった髪を二つに高く縛った、冒険者の方々には人気の女性。同い年なのに女性らしいパルマと女扱いされない私、一体何処で差が付いたのやら……。
「どうしたのパルマ。そんなに焦って」
「冒険者のパーティが……私の大切な人がぁ、帰ってこないのぉ……」
「大切な人?」
パルマはそれなりに格好良い少年の冒険者も厳つく渋い冒険者の告白も、いつも断っていたのに。いつの間に出来たのか、恋話としての興味もあり依頼の情報確認としてでもあり聞いてみる。
「そう。とっても格好良くて可愛い、勇者を目指してる子なの。入ったばかりだから即席の初心者パーティを組んで魔窟(ダンジョン)に向かったんだけど……全然帰ってこなくて」
「どこの魔窟?」
「……モルダバイトの洞窟」
ごとん。
エルトに備えて握っていた鈍器が手から滑り落ちてしまった。
モルダバイトって言えば、中級パーティがどうしようか相談するクラスの魔窟だ。例えばそれこそ、オーガを二匹相手にしても問題ないような人達が組むパーティ。
それを入ったばかりの子が初心者パーティで乗り込んだなんて。
「ぱ、パルマ……あんたそれ、止めなかったの?」
「『パルマ、男にはやらなきゃいけない事があるんだ……』って言われて、私、うんわかった!あなたを信じて待ってるわ!って」
一体どんな少年かはわからないけど、やけに格好良く決めた声真似で言った台詞が渋い。そしてそれで見送っちゃうパルマもパルマだ。ハンカチ片手に乙女泣きしてるし。
「だから助けた所で見返りも少ないし、無理なダンジョン行ったから自業自得だって皆言うの。依頼はお願いして貼らせてもらったんだけど、お給料日前だから私も手持ちが全然なくて、それじゃあ誰も助けてくれなくて。もう二日も依頼出してるのに」
「一応聞くけど、パーティ構成と依頼料は?」
「魔法使い見習いが一人、僧侶なりたてが一人、戦士ちゃん一人、勇者くん一人。皆若くて血気盛んよ。依頼料は一〇五〇R」
それって、新品の量産剣一本の値段じゃない。まあそれだけあれば一週間は暮らせるから、生活費としてなら問題ないんだけどね。危険な魔窟に四人の初心者を救出しに行くとなると、とんでもなく低い依頼料だ。
「ああ……そりゃあ、また相場破壊な。何でまた、急に私に?」
確かなこんな依頼は雑務課くらいしか受けそうにないけど、森へ出発したのは今朝の事だから、昨日だって朝だってギルドにはいたのに。それに私よりも向いている雑務課もいる。職員出じゃない雑務課だから、パルマには話難いかもしれないけど。
「元々森から帰ってきたら、メイナに聞いてみようとは思ってたの。でも今、何か有名らしいエルト・メタシナバーさんって人がメイナ達と組むかもしれないって聞いて!」
やっぱりか。アルグさんは兎も角私だけではそんな魔窟は心許ない。
期待されているのはエルトだが、本人は特にその依頼には興味がないようで、依頼人であるパルマの方を見ることすらしなかった。ただし、私がエルトの方を見ると、こちらににこりと紳士的な笑みを向けてきたけれど。
「やっぱり、駄目、かな」
無意識にもうるうるとした目は可愛らしく、これが普通の男の人ならすぐにやられてしまうだろう。残念ながら依頼票ではその力も発揮できなかったようだが。
エルトはご覧の通りでアルグさんは意外にもそう言うお誘いに強く、私は女。だからその可愛らしさに圧された訳じゃないんだけど、そう言う事の前に私とパルマは仕事仲間で友人だ。課は違うものになったけど、彼女のお願いを放っておく訳にはいかない。
今回はパルマが無理を言って入れてもらった依頼だから、勝手に雑務課へ回してくれる事はないと思うし。
「ごめんなさい、アルグさん、エルト。いいですか?受けて」
「メイナっ!」
「僕はメイナの意思に従うよ」
「勿論、パルマちゃんたっての依頼だしな」
「うわあああん!有難うっ!」
「わぷっ?!」
ぎゅむっ!と感謝のあまりに抱き付いてきたパルマ。そのふにふにの胸の柔らかさと大きさに、ちょっとした照れと凹みを覚ながら、私はもう一度パットさんの受付に行くことになったのだった。
そう、パルマの依頼を受けるために。
その間もこちらを見る好奇の目と小さな話し声の群れは続いた。
受付を担当していたパットさんも報告書に判を捺して、魔法記録の画像を確認すると、ペンダントを私に渡しながら聞いてくる。
「おい、おい。メイナ。そいつ、エルト・メタシナバーなんだろ?ネクロマンサーの」
「……パットさんも知ってるんですか、エルトの事」
やっぱり魔術ギルド以外でも知られているんだ。
ギルド職員には少ないみたいだけど、それでもアルグさんが言うほど知らなくて当然な存在でもなかったみたいで、ちょっぴり勉強不足を自覚して凹む。まあ、アルグさんのフォローだってわかってはいたけとさ。
「顔は知らなかったが、メイナの居場所を聞いてきた時に名前を聞いたからな。一体何処で知り合ったんだ?」
「……幼馴染みですよ」
「あの時はどうも有難うございました。僕とメイナとは未来を誓いあった仲なんです」
「エルトの冗談ですよ、勿論」
一瞬ぎょっと驚いたパットさんに素早く訂正を入れると、「だよなぁ、流石にオーガとタメ張れそうな恋人はなあ」とからからと笑われた。上司だけどちょっとオーガとタメ張れそうな力で絞めちゃおうかなあと思った時、エルトが睨み付けてくれたのでやめる。
睨みに笑いを引っ込めたパットさんにお疲れ様の一言を貰うと、私達は受付を離れて一つのテーブルを囲って座った。
「アルグさん、報告は終わったんですからちゃんとお医者さんに診てもらうんですよ?」
簡易手当ても断り、町に着いてからも病院に引っ張ろうとすればまず報告だの一点張りで動かない。お陰でまだドラゴンに吹き飛ばされた傷はお医者さんに診てもらっていない。
……本当に何でこの人、こんなにピンピンしてるんだろう。まあ無事で何よりと言えば何よりなんだけど元気過ぎて、逆に無理していそうで心配だ。
「ははは。そんな事言ったっけ」
「町に入ってもごねるから約束したんじゃないですか!」
「メイナ、これで今日の仕事は終わりかい?それなら……」
人の溢れるギルドだからか、エルトは投げナイフではなく腰に下げだ細い剣に手を掛ける。あああ、仕事が終わったらエルトが厄介なの、忘れてた。
どうしようかと考えを巡らせて固まっていると、ばたばたばた……!とこちらに騒がしくも軽い足音が一つ近付いてくる。
「メイナぁ、メイナぁああ!助けて!依頼、受けてほしいの」
それは同じくギルド職員で仲の良いパルマティア、通称パルマのものだった。
ふわふわの可愛らしくうねった髪を二つに高く縛った、冒険者の方々には人気の女性。同い年なのに女性らしいパルマと女扱いされない私、一体何処で差が付いたのやら……。
「どうしたのパルマ。そんなに焦って」
「冒険者のパーティが……私の大切な人がぁ、帰ってこないのぉ……」
「大切な人?」
パルマはそれなりに格好良い少年の冒険者も厳つく渋い冒険者の告白も、いつも断っていたのに。いつの間に出来たのか、恋話としての興味もあり依頼の情報確認としてでもあり聞いてみる。
「そう。とっても格好良くて可愛い、勇者を目指してる子なの。入ったばかりだから即席の初心者パーティを組んで魔窟(ダンジョン)に向かったんだけど……全然帰ってこなくて」
「どこの魔窟?」
「……モルダバイトの洞窟」
ごとん。
エルトに備えて握っていた鈍器が手から滑り落ちてしまった。
モルダバイトって言えば、中級パーティがどうしようか相談するクラスの魔窟だ。例えばそれこそ、オーガを二匹相手にしても問題ないような人達が組むパーティ。
それを入ったばかりの子が初心者パーティで乗り込んだなんて。
「ぱ、パルマ……あんたそれ、止めなかったの?」
「『パルマ、男にはやらなきゃいけない事があるんだ……』って言われて、私、うんわかった!あなたを信じて待ってるわ!って」
一体どんな少年かはわからないけど、やけに格好良く決めた声真似で言った台詞が渋い。そしてそれで見送っちゃうパルマもパルマだ。ハンカチ片手に乙女泣きしてるし。
「だから助けた所で見返りも少ないし、無理なダンジョン行ったから自業自得だって皆言うの。依頼はお願いして貼らせてもらったんだけど、お給料日前だから私も手持ちが全然なくて、それじゃあ誰も助けてくれなくて。もう二日も依頼出してるのに」
「一応聞くけど、パーティ構成と依頼料は?」
「魔法使い見習いが一人、僧侶なりたてが一人、戦士ちゃん一人、勇者くん一人。皆若くて血気盛んよ。依頼料は一〇五〇R」
それって、新品の量産剣一本の値段じゃない。まあそれだけあれば一週間は暮らせるから、生活費としてなら問題ないんだけどね。危険な魔窟に四人の初心者を救出しに行くとなると、とんでもなく低い依頼料だ。
「ああ……そりゃあ、また相場破壊な。何でまた、急に私に?」
確かなこんな依頼は雑務課くらいしか受けそうにないけど、森へ出発したのは今朝の事だから、昨日だって朝だってギルドにはいたのに。それに私よりも向いている雑務課もいる。職員出じゃない雑務課だから、パルマには話難いかもしれないけど。
「元々森から帰ってきたら、メイナに聞いてみようとは思ってたの。でも今、何か有名らしいエルト・メタシナバーさんって人がメイナ達と組むかもしれないって聞いて!」
やっぱりか。アルグさんは兎も角私だけではそんな魔窟は心許ない。
期待されているのはエルトだが、本人は特にその依頼には興味がないようで、依頼人であるパルマの方を見ることすらしなかった。ただし、私がエルトの方を見ると、こちらににこりと紳士的な笑みを向けてきたけれど。
「やっぱり、駄目、かな」
無意識にもうるうるとした目は可愛らしく、これが普通の男の人ならすぐにやられてしまうだろう。残念ながら依頼票ではその力も発揮できなかったようだが。
エルトはご覧の通りでアルグさんは意外にもそう言うお誘いに強く、私は女。だからその可愛らしさに圧された訳じゃないんだけど、そう言う事の前に私とパルマは仕事仲間で友人だ。課は違うものになったけど、彼女のお願いを放っておく訳にはいかない。
今回はパルマが無理を言って入れてもらった依頼だから、勝手に雑務課へ回してくれる事はないと思うし。
「ごめんなさい、アルグさん、エルト。いいですか?受けて」
「メイナっ!」
「僕はメイナの意思に従うよ」
「勿論、パルマちゃんたっての依頼だしな」
「うわあああん!有難うっ!」
「わぷっ?!」
ぎゅむっ!と感謝のあまりに抱き付いてきたパルマ。そのふにふにの胸の柔らかさと大きさに、ちょっとした照れと凹みを覚ながら、私はもう一度パットさんの受付に行くことになったのだった。
そう、パルマの依頼を受けるために。