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20.勇者と愛は偉大なり

「レンってあの坊主か?何でまた」

「またレン君の勇者病が出たみたいです」

 前のよりも更に強いドラゴンと聞いてビスカリアを飛び出したらしい。説教をしたはずのパルマが何故簡単に送り出したのかと言えば、私達と合流すると言っていたからだとか。私達は保護者じゃないのに!
 ……まあ、アルグさんとエルトの様子さえ見れば諦めもするだろうし、パルマもそう思ったのだろうけど。

「手紙が届いたってことはビスカリアの馬車が着いたって事ですから、早ければもう着いているとは思いますが……」

「あの。レン君とはもしかして、レン・コウハラと言う少年ですか」

 アルグさんと私で何だかんだと話していると、ふと思い出したようにエルスースさんがそう言ってきた。

「えっ。エルスースさんが知っているってことは……もう何かご迷惑をお掛けしたんですか?!」

「迷惑と言うほどでは……ただ私を出せと言ってきたので、受付の者が無理と言う代わりに幾つかの簡単な依頼を渡してあしらったと」

「うわあ……相変わらず常識の無い……」

 レン君が関わるとすぐに頭が痛くなる。私の名前を出すなら兎も角、支部長であるエルスースさんにレベルも称号も無い子供が突然会おうとしたって、それは無理だ。
 保護者でも何でもないけれどパルマが好意を抱いてる子だしうちの管轄だし、まあ前に借りもあるしでエルスースさんにはその痛い頭を下げておく。
 エルスースさんは「此方こそイクシーダさん達のお知り合いだとは知らず……」と許してくれた。器の大きい人で良かった。

「私、レン君の回収してきますね」

 取り合えず早く迎えに行かないとまた面倒事を起こしそう。私は上着と貴重品を持って二人にそう伝えた。

「なら俺も行」

「アルグさんは大人しく寝ていて下さい!」

 大きな声を放り投げて、廊下に身を滑り込ませる。
 引いた扉はバタン!と思いの外強く閉まった。

 ……そうやって逃げたのはアルグさんの心配だけではなくて。
 あの本部からの手紙で思い知らされたのは、本当に私は何の役にも立てなくて、する事も今は見付からなくて。レン君を探す事しか出来ないなって、そう思ってしまったから。
 一人で外に出たかったんだ。
 町はきっと普段通りなのだろう、大きな通りでは幾人もが行き交っては声をあげたりはしゃいだり。何にも知らないで楽しそうな様子をしていた。

「レン君、探さないと……」

 受付のあの眼鏡の青年から、レン君が受けた依頼の内容は聞いてきた。殆どがお使いとか探し物とかの初心者向けの依頼で、町を出る事はないだろう。もっと言えば多分町の中心部で出会える可能性が高い。通り道としても使うだろうし、依頼主が町中の店主である依頼もあったから。
 私はそのお店やレン君の立ち入りそうなお店を覗きつつ、辺りを見回してレン君を探した。
 黒髪の小さな男の子はそれ程珍しい物でもなく、何人も見つけては立ち止まるけれど、あの生意気な少年ではないと知り再び歩み始める。

「……レン君いないなぁ」

 細い路地裏も一応覗く。流石路地裏と言う感じで、薄暗く人影は殆どない。まあ用事もないし、迷って入り込んだのでもなければ来る事はないか。
 私はくるりと引き返すと……見知らぬ男達と、目が会ってしまう。最悪だ。
 あまり安全とは言えないこの世の中、裏路地で女を見つけてはにたにた笑う見知らぬ男の集団と言えば質の悪い奴らと決まっている。

「ちょっと待ちな、嬢ちゃん」

 若い子扱いは嬉しいけど、彼らに言われるとあまり嬉しくないその言葉。存在を無視して通り過ぎようにも、彼らの体の幅が広すぎて止められる。

「……避けてほしいんですけど」

「はいそうですか。って言うわけねぇだろ?」

 ですよね。知ってます。もう何年この世に生きてるんだか。
 人間相手でも向こうから突っ掛かって来たのだし、遠慮はいらない。魔物と対峙する時のように、私の手は自然と棍棒を掴もうとした。

「あっ……!」

 それはすっと空気を掴む。私は部屋を出る時に、上着を着て、貴重品を持ってから扉を閉めた。そう、愛用の武器を忘れていた。

「なんだ、護身用の武器でも忘れたのか?」

「がはは、果物ナイフなんか持っていたって俺達にゃ勝てねぇよ」

 ……そんな可愛いものじゃなく棍棒なんですけどね。
 けれど普段の武器が何であれ今は素手である事に変わりはなかった。
 仕方なく拳を握り、武術なんか分からないけどそれらしく構える。見下したように汚い笑いを溢す男達は女の拳など受け止められると余裕の挑発をしてきたので、一発。その男の腹にめり込ませてやった。

「?!」

 男達は目玉が飛び出るほど目をかっ開き、殴られて建物の壁まで吹き飛んだ仲間の男を見る。

「え……何これ、マジ……?」

「やべぇよ、あれ女の格好した男とかなんじゃね?」

「女でも服の下は実はムキムキとかそんな感じだろ……」

 そしてひそひそと相談し始める男達。聞こえてるんですけど、その凄く失礼な言葉。
 でもまあ、そうだよね。私の評価っていつも大体そんなのだった。
 アルグさんも似たような事は言うけどもう少し柔らかく包んでくれるし、そこにエルトがやって来たものだから、私の女扱いされない感覚も鈍って(?)きたらしい。

「次は誰?私今なら苛立ちでもっと力が出せそう」

 エルトなら歯の浮きそうな言葉で褒めてくれる笑顔も、男達は「ひぃぃ……!」と怯えた悲鳴をあげて、気絶した仲間を抱えながら滑稽に逃げていった。

「あんなに怯えなくてもいいじゃない」

「……女の子が襲われてると思ったら、流石のゴリラだな」

「ん……?」

 男達が逃げ出し、もう誰もいなくなったはずの路地から声がして私は振り向く。
 小さな影。つんつんとあちこちを指す黒髪に、装備は少しだけ前より良い、けどやっぱり量産品になった少年。私の探していたレン君だ。

「どうしてこんな所にいるんだよ?ネクラマンサーとおっさんの看病してるんじゃないのか」

 根暗マンサー……。確かに他の人とは必要なやりとりしかしないみたいだし、いつも服装は真っ黒だけど……これって笑っていいのだろうか。

「アルグさんは順調に回復して、取り敢えず起きてます」

「あっ、渾身のネタをスルーしやがった」

 渾身のネタだったんだ……。

「エルトは……エルトは、」

「生きてんだろ」

「え?」

「不死身って話じゃん。何。回復はまだなの?普通のおっさんより起きんの遅いとか、不死身も俺に比べりゃチート能力じゃなかったんだな!」

 あっはっはと大股開いて両手を組む偉そうな存在は、小さな癖に大きな笑い声を響かせた。
 どうしてそんなに、レン君はあっさりと言えてしまうんだろう。二人の姿に不安を覚えて、起きない事で更に不安になる私なんかとは大違いだ。
 それは、実際の二人の怪我を見ていないから?責任感に駆られていないから?……何だか、違う気がした。

「っと、やべ。これ風呂屋のおっさんに届けなきゃいけないんだった」

 背負った鞄を一旦跳ねて担ぎ直し、レン君が焦り出す。幾つも任されたようだし、慣れない場所で立ち話もしてしまったものだから、時間が押しているのだろう。

「あ。待ってレン君。私も依頼手伝います」

「え?でもこれ、ギルドの偉い人に会うクエストだし、手伝ってもらっても大丈夫なのか……?」

「く、くえ……?取り敢えず私はレン君を迎えに来たので、ギルド的にも私的にも大丈夫だと思いますよ」

「まあいっか。じゃあメイナ、俺を抱っこして」

 はい、と両手を広げる生意気少年レン君。さっきまで大笑いしてた僅かばかりの威厳はどこへ行ったの。

「……はい?」

「ビスカリア離れたらパルマもセルミィいないし、最初の依頼で一緒になった娘達もビスカリア周辺で訓練中だし、女の子成分が足りなかったんだよ。この際メイナでいいや」

 やだ私ったら子供相手なのに自然に拳に力が入る。
 棍棒が無くて良かったね、レン君。
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