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19.冷たく暖かい現実

「……有難うございました……」

 今日も来てくれた医師に頭を下げてお礼を言う。費用の方は職務中の事であったし、私が起きた次の日に少しの書類を書かされてそれで終わりだった。後でビスカリアに請求が行くのだろう。
 ――あれから今日で七日目。まだどちらも目を覚まさないし、アルグさんの面会謝絶は解けないままだ。

「あの、イクシーダさん、でしたよね」

「はい?」

 ふと声を掛けられて、思わず疑問系になってしまった。
 医師の方から声を掛けられることは前にもあった。初めて会った日……私が目を覚ました時にはもう帰ってしまっていたから、次の日。書類を書いた日と同じだ。
 患者の関係者と医師。まあ、普通にエルスースさんから聞いたような話と同じような、二人の容態とか今後の治療方針とか、あとは励ましの言葉を掛けられた。
 けれどそれからの会話と言えば、私からお礼を言ったりアルグさんの様子を聞く程度だったのに。

「申し訳ありません……。どうやら少し、私の医師としての目が狂っていたようです」

「なっ、何かあったんですか?!」

 更に言葉通りの申し訳なさそうな表情を浮かべる医師に、私は思わず声をあらげる。まさか……自然に力の入る手に締め付けられるような心臓。

「あまりぬか喜びをさせてはいけないと思って様子を見ていたのですが……どうやら思ったよりも回復が早いようで」

「え……」

 悪い事かと、思った……。
 一瞬で高まった緊張感がまた一瞬で解けて、ほうっと力が抜ける。なのに心臓だけがその急勾配でばくばくと鳴っていた。
 本当に、良かった……!

「と言いますか、失礼ながら正直初めて診た時は、いつ亡くなられてもおかしくはないと思っていました」

 医師はやってきたアルグさんの部屋を振り返り、思い出すように扉を見つめて続ける。

「けれどアメリア様のご意志でしょうか。今は順調に回復していると言えます。あと少しでお会いになる事もできるでしょう」

「ほっ……本当ですか?!有難うございます!」

 思わず医師に詰め寄りたくなったが、その勢いをお辞儀に変えた。ばっと音が付きそうな勢いに、その顔は少し苦笑いをしていたけれど、私はこうする事でしかお礼が出来ない。

「まだお礼を言うのは早いですよ。それは完治してからでお願いします。それから、メタシナバーさんの方ですが――」

 ◆ ◆

 エルトが眠っている部屋にそっと入る。
 そしてもう定位置となった椅子に腰掛けてエルトの顔を覗いた。
 エルトの方はと言うと少しずつ包帯は取れていき、顔は全体を見られるようになっていた。主にひどい状態になっていたのは体らしい(流石に布団を捲って見たり触れたりは出来なかったので確認はしていない)ので顔の方の治りは早い。

「エルト。アルグさんね、もう大丈夫だって。まだ回復には時間が掛かるし、エルトと同じく目も覚ましてないけど」

 もしかして夢の中で二人は会っているのかな。
 だとしたら、夜だけでいいからその仲間に私も入れてほしいんだけど。

「……ねぇエルト」

 そっと髪に触れて、撫でる。
 こう言う時って普通……町で売ってる恋愛小説だったら普通、少しの声をあげて気が付く所なんだけど。現実じゃあうんともすんとも返事はない。
 ……困っちゃうね。

「何で起きないの?」

 さっき医師が言ってた話。エルトはもう、起きるには十分再生してるって。
 勿論包帯も薬も無く綺麗に完治、と言う地点にはまだまだ時間が掛かるけれど、喋ったり軽く歩くくらいには十分だって。驚異的再生能力だって。

 でも起きない。

 もうこればかりは本人の問題で、いつ起きるかは医師にもわからないらしい。

「やっぱりエルトも、怖かったよね……痛いし、辛いし」

 だから起きたくないのかな。それなら仕方無いよね。
 何度も何度も、返答がない代わりの温もりが欲しかったのか、私は手を行き来させて撫で続けた。髪は見たままのさらさらで心地好い。
 でも、ふっとあの時の光景を思い出して、痛みとか辛さを考えると手が止まった。

「ごめんね、エルト。でもね、きっともう大丈夫だよ。起きて大丈夫なんだよ。ちゃんと王都にもビスカリアにも手紙は書いたから。きっともうすぐ大丈夫だって返事は来るから……」

 あと二、三日もすれば返ってくるかな。遅ければもう五日くらい必要かもしれないけれど、急を要する用件だってすぐわかるもんね。
 何となく窓の外を見る。急かす相手どころか誰もいない路地がただ静かに映っていた。
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