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18.帰還

「一体シトリン草原で何があったのですか」

 誰だって第一に聞きたいだろう。
 けれど私の事を考えてくれたのか、エルスースさんは先に二人の容体を聞く余裕をくれた。

「ドラゴンが、奥に潜んでいたんです。あの焦げた跡は、焼けた場所は雑務課パーティなんかじゃなくドラゴンが仕出かした事でした」

「!そ、それでは貴女方の傷も……」

「はい。そのドラゴンにやられた物です」

 エルスースさんは笑顔を消し、眉間に皺さえ寄せて考え始める。

「……あの、街道のドラゴンが草原にやってきたのですか?」

「いいえ」

「そうですよね。エルトさん程にもなれば一人でも……そうでなくとも手練れの冒険者が三人も揃えば、スワロフドラゴンくらいは倒せるでしょう」

 謎掛けや言葉遊びをする必要はない。私は直ぐ様答えを言った。

「ペインドラゴン。上位種でした」

 流石のエルスースさんも言葉を失った。エルトがいても、それに加えて二人の仲間がいても勝てないドラゴンだ。一つの可能性として簡単に浮かび得る事だが、それでも驚いていた。
 エルスースさんからの言葉がない為、私はそのまま言葉を重ねて起こった事を説明した。
 つまりは街道のドラゴンも含めて、草原のペインドラゴンが他のドラゴンを僕として操り各地に潜ませている事。この国を明け渡さなければそれが襲い掛かってくる事。魔術ギルドの魔宝珠を奪った為それが可能だった事。例の人達はその所為で逃げ出したという事。

「……俄には、信じがたい話ですね」

 あんまりな話に目眩がしたのか、エルスースさんは軽く眼鏡を浮かせると目頭の辺りを揉んだ。
 私も実際に体験せず、今までの事もなければ突拍子のない作り話と思うだろう。でも今回私達は……いや、二人は、か。私は無事に生かされたのだから。二人は瀕死状態になって帰ってきている。
 それに街道の事もあってか、エルスースさんは信じる気になったようだ。

「ですが、貴女方の傷を見る限りそれを冗談と笑って済ませる事は出来ません。直ぐにビスカリアに報告しましょう」

「王都へは?!」

 まさか王国がドラゴンに下るとは思えないけれど、肝心なのは上の判断と問題を解決できるほどの強い兵だ。それには城であれギルドであれ、王都への連絡も必要であるように思う。

「ええ、勿論王都にも……。ただ、王都には不安もあるのです。メイナさんにはお話をしたときに伝えたと思いますが、街道のドラゴンを、隠していましたよね」

「は、はい。エルスースさんが内密にと仰ってました」

「……まあ杞憂だと良いのですが」

 具体的な王都ギルドへの不満を漏らさずに、それだけを呟くエルスースさん。言いたい事は何となくわかる。まさかとは思うけど、王都ギルドは、この事を知っていた――。
 そんな訳はない。と、思いたい。
 私もそれをはっきりとは口に出さずこくりと頷いてから、道具を借りて報告書を認(したた)めた。
 今の私に出来るのはこういった事と祈る事だけだ。……情けない。でも、だからこそやる事はやらなくちゃ。
 ドラゴンに屈してからはあまり残っていない記憶の中でも、確かに残っている言葉。

『月が三十出る時までは待ってやる』

 すぐに報告書を託しても駅の定期馬車が向こうに着くには数日掛かる。一日二日と言われなかった事だけは良かったと思う。
 急ぎ出来上がったそれを王都とビスカリアへの二通分、駅馬車の管理店に渡してくると、冒険者ギルドに戻った私はエルトの部屋の前に立った。

「、……」

 いざ扉を叩こうと翳した拳は浮いたままに惑い、そして下がる。
 同じく治療されたアルグさんは面会すら謝絶されている。エルトは不死身だから直るだろうという事で許されているだけだ。だから痛々しい姿は同じ程なのだろう。
 こくりと喉がなる。扉を開こうと、心を決める。
 ガチャリ。

「エルト……」

 呼んでみたって返ってくるはずもない。
 夕暮れに照らされた姿は一瞬だけ血濡れの姿を想像させて足が引く。
 けれどもう一度よく見れば、ぐるぐると至るところを包帯に巻かれて、瞳や髪色、ほんのり見える部分から漂う雰囲気だけでエルトと判別させられた。取り合えず血には濡れていない。
 ベッドの傍に椅子を引き寄せてそっと座る。

 失いたくない。死なないと知っていても、失いそうになる気分に強くそう願う。
 馬鹿だな。追い掛けられて、殺されそうになった時は撥ね付けていた癖に。こうして何も動かないエルトを見ると、とても悲しくて、そして愛しかったんだと思う。
 大人になってから出会った期間はまだ一年にも満たず短い。けれど次々に浮かぶのだ。
 エルトが笑顔でナイフを投げてくるところとか、朝起きたら首に手が掛かっていたところとか、私を殺したいと言うエルトの声とか。
 怯えていた私をぎゅっと包んでくれた温もりとか、幼い頃の他愛ない約束しかないのに愛していると本気で言ってくれている瞳とか、私を自分以外は殺させないと言う声とか。

「こう言う時に感じても、意味がないのにね。こう言う時に想っても、どうしようもないのにね……」

 じわり、と目の辺りが温かくなって、滴がつぅっと頬を下りていった。
 いっそ死んでしまっても、それで良かったのかもしれない。
 きっといつものエルトなら飛び起きて喜んでくれそうな言葉も、殆ど掠れた風のような声だったけれど呟けた。でもどうせ、今のエルトには届かないんでしょ。

「アメリア様……私はそんなに信心深い方じゃないけど……お願い。お願いだから、二人を殺さないで……」

 ベッドの端に肘を立て、手を組む。そこにすがるように額を乗せる。そしてぎゅっと目を瞑った。
 私に出来ることは、これだけだ……。
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