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18.帰還

 泣きながら暴れても、少し手が浮いただけで更に押さえつける力が強くなる。私は小さく濁った悲鳴をあげるが、堅牢になった囚われからは逃げられない。
 ざらりとした爪を握り締めることもできないで、抱くようにただ力を籠めたがこういう時に限って私の力は大して役に立たなかった。

「エルトぉ……!」

 不死身ってさ。エルトも私も簡単に言っていたけれど、それってこんなに体の骨を折られても死んでいるようでも、本当に再生するの?どうやって?痛みで気がふれないの?
 アルグさんは幾ら頑丈が取り柄だって、エルトじゃない。それこそ不死身じゃない。でも今、呼吸をしているのかすら確かめられない。

「うう……うっ……」

 止めればよかった。あの跡だけでおかしいって判断して、あとはギルド本部に任せれば良かった。そもそも、受けなきゃよかった。仕事ってなんなの。こんな風になってまで仕事だからでは済まない。
 私がこのまま食べられたとしても、あまり関係ないんじゃない。だってこんなに役に立たなくて、二人をこんな目に遭わせて……。もう、このドラゴンに敵わないってわかっているんだから。

「騒ガシイ人間ダ。ダガ時間ヲ無駄ニシテモイイノカ?」

「え……?」

 何の、時間の無駄だと言うのだろう。

「早クアノ男ヲ持チ帰ラナイト、手遅レニナルゾ」

 ペインドラゴンを前にしてからはエルトが不死身だと喋った覚えはない。ゆっくりと除けられた手の下から出てきたエルトは、もはや見るも無惨な、普通で言えば遺体だった。

「ソレニコノ骸。人間ハ凝ッタ弔イヲスルノダロウ?」

 その言葉こそエルトを指す物。やっぱりドラゴンはエルトを死んだものと思っている。という事はやっぱりアルグさんは、生きている……。まだ、生きている!

「今ナラ奴ハ間違イナク生キテイルダロウ。ダガ」

 今連れて帰らなければ、それこそ死んでしまうのだろう。ギリギリを生かされている。
 そして二人を連れ帰れるのは、私。
 涙が止まった。ああ、こいつは、私を町に、人の群れに帰すためにそうしているのだ。だから私が諦めて死ぬ気になったりすれば二人は本当に死んでしまう。

「ソレ以上無理ト言ウノナラバ、コノ場デオ前モロトモ全テノ肉ヲ食ラッテヤロウ」

 私に残された選択肢なんてなかった。この先に希望が見出せなくても、今二人を殺すことなんて出来なかった。大切な仲間と、大切な――。

 ◆ ◆

 その後の記憶はあまり無い。ただ、私は今、日の差し込む窓辺でベッドに横たわっている。見覚えのない部屋だけど、雰囲気と状況から察するに病院かギルドのどこかの部屋に運ばれたのだろう。腕や肩には包帯が巻いてあって、あとは頬や足の幾つかにガーゼが当てられている。
 私がこうして保護されているのだ。多分、エルトもアルグさんも別の場所で治療を受けられているはず。私は町に辿り着くまで二人を離さなかった。それは覚えているから。
 窓の外を覗いてみても慣れない町の見慣れない上からの景色となると、ちょっと判別が付かない。
 ゆっくりと毛布を捲り、起き上がってからベッドの横にあった靴を履いた。
 取り合えず外に出ようと思った時、丁度その目指していた扉から人が入って来た。
 茶色の髪に眼鏡、すぐに浮かぶ人当たりのよさそうな笑顔。エルスースさんだった。

「おや……気が付かれましたか」

「えっと、どうやらお手数お掛けしたようで、すみません」

「いいえ。ですがメイナさんは起きたばかりでしょう。座って話をしませんか」

 替えの包帯と薬を手に、エルスースさんは私に椅子を勧めた。長い話が必要なのはお互いにわかっているようだ。
 早速部屋の椅子に座ると、ついでのようにエルスースさんは私の包帯を解き始めた。

「い、いいですよ。自分で出来ますから」

「頬や足は大丈夫でしょうが、手や肩は大変ではありませんか?」

 多分お子さんもいる年だろうし、男前な女性の冒険者も多く見ていて、あまり気にはしないのだろう。けれどそれは恥ずかしくて、私は口早にその話を終わらせた。
 こんな事で押し問答しているよりも大事なことがあるから。

「大丈夫です。それよりも、あの、エルトとアルグさんは……」

「言い難い事なのですが……お二人は今、危険な状態にあります」

 表情を曇らせて言うエルスースさんには何も悪い所はない。危ない状態なのはシトリン草原からだ。悔しさで拳に力が籠るけれど目の前にはペインドラゴンもいなければここはミルトニアの町。あとは医者や僧侶に二人を託す他ない。

「でも、生きてはいるんですね?」

「はい。……失礼な話ですが、幾ら危険な状態と言えどもメタシナバーさんは不死身だと噂に聞きますから、時間さえ経てば元通りにはなるでしょう」

 有名さがその信用の度合いに影響されているのか、具体的な治療法も期間も提示されず、少し適当にも思える。けれど事実なのだろう。あれだけの悲惨な死体が生きているのだ。きっとまたあのエルトが戻ってくる。馬鹿みたいに私につきまとって殺しに掛かる……けど、変なところで紳士で安心させてくれるエルト。

「ですが、ウェンリーさんはわかりません……。今日出来うる治療は終わりましたが、あとは日々治療を続けて様子を見ていくしかないと。そして生き残れるかは、アメリア様のみぞ知ると医師に言われました」

 アルグさん……。
 アメリア様のみぞ知るだなんて、医者すらも不安の方が大きいと思っているのだろうか。

「あの、二人は今何処にいるんですか。病院ですか」

「この冒険者ギルドにおります。何分酷い状態でしたので、速やかに、近くに運んだ方が良いかと思いまして。騒ぎも大きくなりそうでしたからね。それからギルドと提携している病院の医師をお呼びしました」

「そうでしたか……」

「ここから出て左奥二つの部屋がお二人の部屋ですよ。ただ、ウェンリーさんは安静の為に暫くお会いにならない方が良いでしょう」

 出来るなら聞くだけよりも看に行きたい。けれどもそう言われると、行ったところで休息を邪魔をするだけだとわかる。私はただ頷くしかなかった。
 エルトのお見舞いだけ後で行こう。 

「……わかりました。有難う御座います」

「それで、此方からも質問して良いでしょうか」

「……はい」

 当然だ。あのエルトを連れて調査に行っただけの三人がこんな姿になって帰ってきた。それも事前の資料には不穏な事ばかり書かれていたのだから。
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