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17.弱肉強食

「すまん……もう、大丈夫だ……」

「だ、大丈夫な訳ないじゃないですか!体を貫通してたんですよ……!」

 流れた血の分顔の色が蒼くなっている。それでもアルグさんはゆっくりと立ち上がった。血は止まっても傷口だって残っているのに……!
 ……いや、気の所為か、少し塞がってはきているみたいだけど……でも。

「エルトだけじゃ、無理だ」

「じゃあ、今度は……私が行きますっ」

 このままじゃアルグさんが。エルトだって今は一人でペインドラゴンを相手している。流石にエルトでもいつまでも持つ訳じゃない。
 私は今何にもできなかった。次だって大した事はできないかもしれないけど、エルトが引き付けている間に少しくらいの攻撃は……!

「メイナ……!やめろ!」

 そう駆け出した瞬間だった。
 私が死ぬ直前だった訳でもないのに、何故だかその瞬間の光景だけはゆっくりと流れていった。
 何とかもう一度乗り上げたのだろう、ドラゴンの腕から、もう片方の手でつまみ上げられたエルトは、林立する木々達へと投げ付けられた。
 払われて跳んだのではない。故意的に投げ付けられたその勢いは凄まじく、ぶつかっては折れる樹は一本二本では済まない。バキバキバキ……!と、どこかにエルトの骨の音さえ入っているだろう連続音は苦しそうな声が聞こえても止まらなかった。

「エルト!」

「次ハオ前ダ」

 ずっと向こうに消えてしまったエルトの声は返ってはこない。
 代わりに勝手に滲み出した涙も止まってしまいそうなほどの冷淡な声。
 反射的に聞こえた方へ棍棒を振るうと、がきっ!と大きな音が鳴って砂塵のようにほんのりと削れた白が舞う。それでも一体何処が削れたのか分からないほどしっかりと存在する鋭い爪が目の前で止まっていた。アルグさんの血がまだこびりついていた。

「ぐぅっ……」

「ホウ。人間ノ雌ノ癖ニ、力ハアルヨウダナ」

 重たいっ……!
 足がぷるぷると震え出して地面にめり込んでいく。
 受けるのは力と勢いで何とかなった。でも流石にギルド一軒以上の巨体が体重を乗せてきたら、支える足や体が持たない……。
 かと言って弾けそうにはない。この棍棒を避けたらそのまま重みを身に受けることになる。

「くそォっ!」

 叫びと共にガッ、とペインドラゴンの鱗に叩き付けられたのはアルグさんの剣。オブシディアンの時のように微かに赤い鉱石のような鱗が跳ねる。けれどそれだけ。
 今回は石化剤なんて使っても目的の箇所なんか狙える気がしない。体が大きすぎて数が間に合いそうもないし、そもそも今からじゃそんな事も出来そうにはない。

「アルグ、さん……それ以上戦っちゃ、だ、め……」

「俺はまだ大丈」

 抑えている爪の、隙間の向こう。アルグさんがもう一度叩き切ろうとした瞬間に、手の赤が動くのが見えた。
 それがひゅん、と横切った後はアルグさんはそこに居なくて、「ぐっ!」と言う悲痛な声と何処かに叩き付けられるような音が聞こえた。

「アルグ、さん!アルグさん?!」

 名前を呼んでも呼んでも、何の声も返ってこない。
 アルグさんも、エルトもいない。
 その不安で手が緩んでしまったのかただ私に力が足りなかったからか、ぐん、と受け取った重みが何か違った。
 上手く、抑えきれなかったのだ。

「――あ」

 途端、圧迫感が心臓を中心に体を襲う。地面に倒れた痛みや音は大したことではないから気にならなかった。樹に叩きつけられた訳でも投げ付けられた訳でもないから。
 けれど頬の両横にはあの硬い汚れた白が刺さっていて、両手の下でもまたそれがざっくりと地面に突き刺さっている。触れてしまう部分からは血がたらりと流れた。
 棍棒はとっくに手からこぼれ落ちて、こんな距離も腕が伸ばせないのかと嘲笑うようにすぐ近くに転がっていた。
 そして爪の付いた肉と鱗は私の胸から腹までを押し潰している。
 息をするのも辛いくらい……いや、それでも出来ているのがマシだと思った。

「う……く……っ」

「モウ一度ダケ機会ヲヤロウ。コノ国ヲ明ケ渡スヨウ、長ニ伝エテコイ」

「そん、なの……無、理」

「ソレ以上無理ト言ウノナラバ」

 今なら私も二人みたいに倒せるだろう。否、二人はきっと生きているから、それよりももっと……殺すことは簡単だ。それでも爪が触れている部分からの出血や打撲で済ませているのは今度こそその言葉を国に伝えるためだろう。一人は生きて、帰れなければいけないから。
 でも私そんな事の為に生き残るの?生きたいけれど……エルトとアルグさんが死にそうな時に、私だけそんな事の為に。

「メイナァぁあああ!」

「エ、ルト……!」

 その耳慣れた声に心が奮えそうになる。
 良かった。不死身って言ってたけど、本当に生きてた……!
 けれど視界に姿が映った時、私の目は大きく見開かれてしまった。
 アルグさんにも劣らないほどあちこちから流れ出る血。破けている服の銀糸の刺繍も今は赤黒く染まっている。足取りもしっかりと此方に来ているようでどこかふらついていた。
 もう、駄目だ。二人を抱えて帰らないと、このままじゃ、死んじゃう。

『ずっと一緒にいようね』

『大丈夫。次にまたドラゴンが来ても、君は殺させない。 僕が倒すよ』

 駄目だって理解すると、早く早くと急かすように頭の中で過去の何かが響いては消えていく。

『一つだけ、お願い。一緒に 寝かせて』

『好きだと思ったなら好きっていってやれ。エルトに』

 どん、と赤が落ちた。
 細い剣で受ける間もなくそのままドラゴンの手は地面とエルトを踏みしめた。
 私への圧迫は死なないギリギリで抑えている。けれどエルトへと落ちた手は全くそんな様子はない。
 そして痛みに比べればずっと、小さな音が響いた。

 ぱきん、と。
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