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17.弱肉強食

「こう……ふく……?」

 人間が、ドラゴンに降伏する?
 私や私達が降伏するかと問われるならわかるけれど、人間だなんて例え私達が降伏したくても答えられる事じゃない。一体何を言っているのだろう。

「お前、前のとは違うと言ったな」

「?……アア。前ノハ全員雄デ、ツルツルシタ頭ヤモット長イ髪ノ奴ガイタナ」

「あいつら……!」

 言われて私は勿論、アルグさんもエルトもピンと来たらしい。全員男でつるつる頭や長髪がいる。しかも最近ここに来たパーティを、私達は知っている。
 雑務課の一組で私達がここに来た原因だ。
 ……あの人達まさか、ドラゴンを見たからじゃなくて、自分達じゃどうにもならない問題を抱えたから逃げ出したの?!
 私だって確かに逃げようとはした。怖いのはよくわかる。私も今だって逃げ出したい。でも逃げられたならギルドや王城に報告すれば良いんだって思っていた。それで何とか丸く収まるんだって。
 彼らが報告した成果だって多分、魔物の遺骸が全部真っ黒だった事を考えればドラゴンの仕業だ。そんな偶然居合わせたものを映して報告して、慌てて休暇を取った今頃は国外に逃げ出しているのだろう。
 雑務課の身分証さえあれば入国審査もきっと通るから。
 ――そうして、自分達の安全だけを確保して問題は残したまま逃げ出したのだ。

「……一体あの人達と、どんな話をしていたの」

「フン、簡単ナ話ダ。コノ国ニハ我ガ僕(しもべ)ヲ各地ニ潜マセテイル。魔宝珠デ操ッタ他ノドラゴンヲナ」

 人間などおやつにもならなさそうな巨大な口をグパァと開く。滴る涎の合間から覗く喉奥ではポォ……と小さな紫の光が漏れ出ていた。
 この体の圧迫感、緊張感はペインドラゴンの威圧感の所為だと思っていたけれど、それだけでは無かったらしい。あの腹の底には私ですら感知できる強大な魔力が潜んでいるのだ。
 そして今までの異常なドラゴンの出現率は、全て目の前のドラゴンが引き起こしていたと言う事……。

「それは……魔術ギルドが探してた魔宝珠か。道理で僕まで呼び出された訳だ」

 エルトがその言葉を聞き、光を見て吐き捨てるように言った。

「エルト……その魔宝珠って……?」

「一年前に無くなった秘蔵の魔宝珠。異常な魔力がある事しか僕も教わってないけど。あそこは隠し事ばっかりするからこんな事になるまで気付けないんだ」

 エルトは魔術ギルドへの帰属意識がない所為か(そもそも所属している訳ではないから当たり前かも知れないけど)少し嘲笑っているようにも聞こえる。

「この間の休日、僕は魔術ギルドに行っただろう?いつも以上に煩く呼び出すものだから行ったら、あれを見付けてくれってさ」

「エルトの手を借りても見付けたかった魔宝珠はドラゴンの腹の中だったわけだ。こいつ、盗んだ奴を食いでもしたか……」

「一匹デハ味モ何モアッタモノデハナイガナ。良イ収穫ダッタゾ、ハハハ!」

 巨大な存在は簡単に人の命の味を語って笑った。それは悪人の命だったのかもしれないけれど……。
 下劣な笑い声さえも私の体に振動を与えるのだからギリリと拳を握りしめるしかなかった。

「マア、ソレハドウデモヨイ事。問題ハ我ニハイツデモ人間ノ国ニ攻メ込メルトイウ事ダ!ソシテ人間ドモガ我ニ降伏スルカ、否カ」

 上の人間に交渉したところで降伏なんて出来るはずがない。そもそも交渉させてもらえるかもわからないし、討伐に失敗すれば国全体でドラゴンとの争いが起こる。真っ先に狙われるのは交渉を失敗させた自分達だ。
 でも、逃げ出した雑務課パーティはペインドラゴンを目の前にしては無理だとも言えなかったのだろう。人が四人になったところで、ドラゴンの口を満たすことすら出来ない。ましてや反感を買って生き残るなんて。

「ダガアノ人間ドモハ姿ヲ見セナイ」

 期限の無くなった答えを、私達は問われている。
 私は何も声を出せなかった。エルトとアルグさんは何も声を出さなかった。
 シュ……と鞘を滑る刃の音が聞こえる。
 ずう、とエルトの剣には黒い靄が纏わりつく。
 ベリルドラゴンは片方の目頭を上げて訝しげな表情を造った。
 一応私も棍棒を手に掛ける。けれど震えていた。それを抑えるように握り締める。

 だからね、私はこんなドラゴンに出会って死んでしまうなんて、仕事を始めた頃は考えてなかったんだって。
 私のお仕事って言うのは皆がやりたがらない事をこなす雑務。
 でも、だから、ここで一人逃げ出したらどうなるの。どうにもならないよ。
 大丈夫、だよね?私達は他のドラゴンも倒してきたもの……。エルトもアルグさんもいるんだから。

「マア、オ前達ニ今聞イタトコロデ何ニモナラナイヨウダナ。刃向カウナラ、」

「殺すのみ。世の中は弱肉強食。そうだろ?」

「……フン!」

 人間の癖に良くわかっているじゃないか、とでも言うようにドラゴンは鼻で笑った。そして威嚇するような笑みから口を大きく開く。そこまで人間の言葉を喋っていたドラゴンは、低く辺りに響く音はそのままにガアアアア!と咆哮をあげた。
 声にミシミシと揺れ動く黒い樹が、太い尻尾に薙ぎ倒されて此方にまた雪崩れ込む。
 駆け出して逃げるものの、エルトは兎も角私の足なんて高が知れている。
 アルグさんと私は向き直るとそれぞれ目の前に落ちてくる樹を棍棒で殴り、あるいは剣で叩き割った。パキィ!と黒の破片がそこから飛び散った。
 ――けれど。

「がっ?!」

「アルグさん!」

 血に塗れた白が、アルグさんの体から飛び出ている。
 私達の体と同じくらいの長さがあるドラゴンの爪。それが横から三本ずっぷりとアルグさんの腹を貫いたのだ。
 同じく爪を向けられていたエルトは剣で受けられたようで、自分に向けられていた左手をそのまま往なすとアルグさんを攻撃した右手に向かう。
 ドラゴンは飛び乗ったエルトと突き刺さったままのアルグさんごと右手を持ち上げると、エルトに数回斬りつけられるのも無視して一度、ぶん!と振った。
 その勢いで爪から外れたアルグさんの体はぷわっと赤い血を飛び散らせて、そのまま。びちゃっ、どさっと地面に落ちた。黒い地面には染み込み難い血がそのまま広がって溜まっていた。
 エルトはどうにかしがみついているけれど、体は殆ど投げ出されてぷらぷらと揺らされている。

「あ……あ……!」

 どうしよう、私何にも動けなかった……!
 今もどうしたら“良い”のかわからないけれど、兎に角アルグさんに駆け寄った。
 そうしている間にもどぷどぷと傷口から血が溢れてくる。
 慌てて鞄から傷薬を取り出して蓋を掴む。

「や!抜けな……なんで、こんな時にっ!っ、」

 何度も引っ張り、漸く抜けた蓋を放り投げて傷口に流し掛ける。傷薬の色と赤が混じりあい気味の悪い色がアルグさんの体を伝っていく。
 直ぐに一瓶は無くなり次を開ける。三度同じ様に流して血の流れだけはどうにか止まった。傍に座り込んでいた私の足元はもうびちゃびちゃに濡れていた。
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