16.燃えたシトリン
「……ごめん、エルト。私達は調査するだけだもんね」
「怖いなら帰ろう。仕事なんて辞めて僕の死体になったら良いよ」
これは、私を安心させる為に笑わせようとしてくれてるんだよね?
引いてしまった。けれど不安も少し引いていった。
私達の仕事は調査するだけだ。それもあのパーティの依頼について。それでドラゴンを見付けてしまったらレン君の時とは違い、見付からないようそうっとしておいて報告だけすれば良い。
退治はこんな異変だ、国がやってくれるはずだ。
「ううん、大丈夫。私達はドラゴンと戦う必要は無いんだから。有難うね、エルト」
それに一匹だけなら出会ってしまってもエルトがいる。アルグさんがいる。この跡がドラゴンの炎ならスワロフドラゴンなんかよりもずっと強いものだと思うけれど、二人がいればきっと倒せる。
「すいませんアルグさん、立ち止まってしまって」
「……いや。俺こそ変に不安を煽って悪かったな。まあ、エルトがいりゃあお前は大丈夫そうだ」
「それはどうでしょう」
何かさっきお嫁さんじゃなくて死体になれって誘われましたけども、それってアルグさん的には大丈夫なんですか。
再度足を進め始めた私達の周りでは、やがてざりざりじゃりじゃりと耳障りな足音が響いていた。草を踏む音は全てそれに変わっていた。もうここまでくると無事な道の方が少ないくらい。そんな惨状で。
それでも周囲の確認を続けていると、ふと私はここが見た事のある光景だと気付く。
「あ。多分、ここら辺です。魔法記録に映っていたの」
何なのだろうと映像を凝視してニードルビーの針を見付けたくらいの場所だ。真っ黒で枝なんか残っていない木は別なものにも思えるが、こんなに大きく太い幹の一部が二つもあり、横に大きく山のようになった魔物の炭の塊。勿論真っ黒な道。
似た光景は何度もあったがまるで同じなのはここだけだ。
「じゃあこの辺りに何もいなければさっさと帰ろう」
私の言葉に素早く反応したのはエルトだった。
さっきの私の様子でまだ心配してくれているみたい。だけど、もう大丈夫だし仕事は仕事。調査はきちんとしていかないと。
「何も無ければ、だけど。調査はちゃんとしてからね」
「メイナが心配なら横についておけ。前は俺一人でも十分だからな」
「……そうですね」
「い、いや!いいですよ!今まで通りで。ほら、此方には何にも無さそうですし、あっちもちょっと見てくれば……!」
駆け出した私は隊列を乱して一番前に躍り出る。
そして、更に黒の道を進んでしまった。
言葉が止まった。
燃えるように真っ赤な巨体が横たわっていた。目を伏せ、頭も翼も下りていて寝ている様子。だから私の姿は見付からなかったけれど、頭の中では何これ。と言う言葉がぐるぐると廻っている。
私達が見上げるくらいのペリドットよりも大きかったオブシディアンドラゴン。それよりも更に大きい。ビスカリアの冒険者ギルド……よりも大きい。村一つ、否、これなら町一つだって一匹で壊してしまうだろう。
人やただの魔物とはもはや比べ物にはならない。
「どうしたんだいメイナ!」
「何があった?!」
「しっ!」
大声あげて近寄ってくる二人に慌てて静かにするよう合図する。しかし遅かった。ううん、二人の所為にしてはいけない。私が駆け寄っても起きなかったのだから、運が悪かったんだ。
――そう、運が、悪かった。
巨体に比べればまだ可愛らしい耳がぴくりと動いて重そうな瞼が持ち上がっていく。淀んだような緑の目が前方を見つめる。頭と翼がゆっくりと持ち上がり、億劫そうに尻尾を揺らして起き上がった。
揺らした尻尾は後方の木だった半端な残り滓を簡単にべきべきと薙ぎ倒していった。起き上がるのに邪魔だから、それだけで大人が数人掛かりで運ぶような幹を八本ほど。
「っ……」
二人は今どんな表情をしているだろう。
起き上がる瞬間から目を離せずに……動けずにいてわからない。
「……ペインドラゴン……上位種だ」
アルグさんの声が聞こえた。上位種。ドラゴンの中でも規格外の、もはやそれ一匹で災害のようなドラゴン。
私の前にさっと黒が現れる。エルトが私の前に出たのだ。あんな巨体と比べたらその体はちっぽけで細い。ただ、私はどうしようもなくその背中にしがみつきたくなった。
アルグさんもゆっくりと前に出る。
「逃げ、ましょ……」
まだ起きただけで。私達は見付かっていないから。これを報告して、きっと、否絶対あの焼け野原はこのドラゴンの仕業だから。それで王国に兵を出してもらおう。ギルドの精鋭を掻き集めるのでもいい。彼らはこれを見たから逃げ出したんだ。
何か、駄目だ。纏まらない。取り合えず、逃げよう。
逃げて……逃げて……ミルトニアは、大丈夫なの……?
「遅カッタナ」
地を揺るがす咆哮と同じように、体に直接音を受けるような声。肩が同時にびくりと揺れたのは私の意思じゃない。
ドラゴンに気付かれた……!
それにこのドラゴン、人の言葉を喋っている……。
ドラゴンの鼻がフン、と息を吐く。臭いでバレたのたろうか。太い首がずいと動いて頭がこちらを向く。
「ンン?オ前タチ、前ノトハ違ウナ」
「前の?どう言うことだ」
「……。マアイイ、答エヲ聞コウ」
「僕達は良くないけどね。全く意味がわからないよ」
あんな物を前にしてエルトはいつものさらっとした態度で正直な言葉を述べる。するとドラゴンは見下す為に頭を軽く持ち上げると、後ろの尻尾をこちらへと振ってきた。
バキバキバキ……!とここまでにあった黒の柱達は折られて私達も巻き込まれそうになる。
「きゃあああ!」
「くっ!」
エルトは私を持ち上げて素早く逃げる。アルグさんも続いて逃げるが倒された幹がその上からやってきた。
「あ、アルグさん……っ!」
「っ、何とか大丈夫、みたいだな」
転がり避けると、ほうっと息を吐くアルグさん。それで一旦尻尾の攻撃は引いたけれど、目の前のドラゴンは動かず一度でこんな事をやって来たのだ。
そして私達に恐ろしさを伝えたところで再び口を開いた。
「人間ガ、我ニ降伏スルノカト聞イテイル」
「怖いなら帰ろう。仕事なんて辞めて僕の死体になったら良いよ」
これは、私を安心させる為に笑わせようとしてくれてるんだよね?
引いてしまった。けれど不安も少し引いていった。
私達の仕事は調査するだけだ。それもあのパーティの依頼について。それでドラゴンを見付けてしまったらレン君の時とは違い、見付からないようそうっとしておいて報告だけすれば良い。
退治はこんな異変だ、国がやってくれるはずだ。
「ううん、大丈夫。私達はドラゴンと戦う必要は無いんだから。有難うね、エルト」
それに一匹だけなら出会ってしまってもエルトがいる。アルグさんがいる。この跡がドラゴンの炎ならスワロフドラゴンなんかよりもずっと強いものだと思うけれど、二人がいればきっと倒せる。
「すいませんアルグさん、立ち止まってしまって」
「……いや。俺こそ変に不安を煽って悪かったな。まあ、エルトがいりゃあお前は大丈夫そうだ」
「それはどうでしょう」
何かさっきお嫁さんじゃなくて死体になれって誘われましたけども、それってアルグさん的には大丈夫なんですか。
再度足を進め始めた私達の周りでは、やがてざりざりじゃりじゃりと耳障りな足音が響いていた。草を踏む音は全てそれに変わっていた。もうここまでくると無事な道の方が少ないくらい。そんな惨状で。
それでも周囲の確認を続けていると、ふと私はここが見た事のある光景だと気付く。
「あ。多分、ここら辺です。魔法記録に映っていたの」
何なのだろうと映像を凝視してニードルビーの針を見付けたくらいの場所だ。真っ黒で枝なんか残っていない木は別なものにも思えるが、こんなに大きく太い幹の一部が二つもあり、横に大きく山のようになった魔物の炭の塊。勿論真っ黒な道。
似た光景は何度もあったがまるで同じなのはここだけだ。
「じゃあこの辺りに何もいなければさっさと帰ろう」
私の言葉に素早く反応したのはエルトだった。
さっきの私の様子でまだ心配してくれているみたい。だけど、もう大丈夫だし仕事は仕事。調査はきちんとしていかないと。
「何も無ければ、だけど。調査はちゃんとしてからね」
「メイナが心配なら横についておけ。前は俺一人でも十分だからな」
「……そうですね」
「い、いや!いいですよ!今まで通りで。ほら、此方には何にも無さそうですし、あっちもちょっと見てくれば……!」
駆け出した私は隊列を乱して一番前に躍り出る。
そして、更に黒の道を進んでしまった。
言葉が止まった。
燃えるように真っ赤な巨体が横たわっていた。目を伏せ、頭も翼も下りていて寝ている様子。だから私の姿は見付からなかったけれど、頭の中では何これ。と言う言葉がぐるぐると廻っている。
私達が見上げるくらいのペリドットよりも大きかったオブシディアンドラゴン。それよりも更に大きい。ビスカリアの冒険者ギルド……よりも大きい。村一つ、否、これなら町一つだって一匹で壊してしまうだろう。
人やただの魔物とはもはや比べ物にはならない。
「どうしたんだいメイナ!」
「何があった?!」
「しっ!」
大声あげて近寄ってくる二人に慌てて静かにするよう合図する。しかし遅かった。ううん、二人の所為にしてはいけない。私が駆け寄っても起きなかったのだから、運が悪かったんだ。
――そう、運が、悪かった。
巨体に比べればまだ可愛らしい耳がぴくりと動いて重そうな瞼が持ち上がっていく。淀んだような緑の目が前方を見つめる。頭と翼がゆっくりと持ち上がり、億劫そうに尻尾を揺らして起き上がった。
揺らした尻尾は後方の木だった半端な残り滓を簡単にべきべきと薙ぎ倒していった。起き上がるのに邪魔だから、それだけで大人が数人掛かりで運ぶような幹を八本ほど。
「っ……」
二人は今どんな表情をしているだろう。
起き上がる瞬間から目を離せずに……動けずにいてわからない。
「……ペインドラゴン……上位種だ」
アルグさんの声が聞こえた。上位種。ドラゴンの中でも規格外の、もはやそれ一匹で災害のようなドラゴン。
私の前にさっと黒が現れる。エルトが私の前に出たのだ。あんな巨体と比べたらその体はちっぽけで細い。ただ、私はどうしようもなくその背中にしがみつきたくなった。
アルグさんもゆっくりと前に出る。
「逃げ、ましょ……」
まだ起きただけで。私達は見付かっていないから。これを報告して、きっと、否絶対あの焼け野原はこのドラゴンの仕業だから。それで王国に兵を出してもらおう。ギルドの精鋭を掻き集めるのでもいい。彼らはこれを見たから逃げ出したんだ。
何か、駄目だ。纏まらない。取り合えず、逃げよう。
逃げて……逃げて……ミルトニアは、大丈夫なの……?
「遅カッタナ」
地を揺るがす咆哮と同じように、体に直接音を受けるような声。肩が同時にびくりと揺れたのは私の意思じゃない。
ドラゴンに気付かれた……!
それにこのドラゴン、人の言葉を喋っている……。
ドラゴンの鼻がフン、と息を吐く。臭いでバレたのたろうか。太い首がずいと動いて頭がこちらを向く。
「ンン?オ前タチ、前ノトハ違ウナ」
「前の?どう言うことだ」
「……。マアイイ、答エヲ聞コウ」
「僕達は良くないけどね。全く意味がわからないよ」
あんな物を前にしてエルトはいつものさらっとした態度で正直な言葉を述べる。するとドラゴンは見下す為に頭を軽く持ち上げると、後ろの尻尾をこちらへと振ってきた。
バキバキバキ……!とここまでにあった黒の柱達は折られて私達も巻き込まれそうになる。
「きゃあああ!」
「くっ!」
エルトは私を持ち上げて素早く逃げる。アルグさんも続いて逃げるが倒された幹がその上からやってきた。
「あ、アルグさん……っ!」
「っ、何とか大丈夫、みたいだな」
転がり避けると、ほうっと息を吐くアルグさん。それで一旦尻尾の攻撃は引いたけれど、目の前のドラゴンは動かず一度でこんな事をやって来たのだ。
そして私達に恐ろしさを伝えたところで再び口を開いた。
「人間ガ、我ニ降伏スルノカト聞イテイル」