2.勇者とお仕事
一先ずアルグさんの怪我の状態も気になるし(湿布は頑なに断られてしまった)、仕事完了の報告にも行かなきゃならない。
そう言うわけでエルトも含めて町に降りる事にした。
幸いエルトが地図を持っていたから、比較的安全で移動しやすい道を辿ることができるんだけど……。
ガッ、と鈍器に弾かれるナイフ。
「いい加減にしてくれない?」
「うーん……やっぱり警戒されてる時は難しいか」
「難しいか、じゃなくて諦めてよ!」
やっぱりあの笑えない言葉は(アルグさんは笑ってるけど)本気らしく、帰路の途中でも遠慮なしに殺しにくるエルトを警戒しなければならなかった。簡単な道程なのにゴブリンを倒しドラゴンに出会った今、それは相当に疲れる作業だ。
「ははは、殺気だだ漏れだしなぁ。……ところでだ、エルト」
「何でしょうか」
「お前、確かフリーだったよな」
「そうですね。魔術ギルドは協力や利用はさせてもらっていますが、どこにも属してはいません。ちなみに恋人がいないという意味でもフリーだから安心してね、メイナ」
「何を安心しろと」
そんな安心より命を狙われない安心が欲しいのだけど。
しかし意外だ。魔術ギルドでは有名だと言っていたのに所属していないなんて。
冒険者ギルドにもそう言う人間がいるにはいるけれど、上司には毎回勧誘するように言われているし、その為に用意された待遇も良い。魔術ギルドなんて特に秘匿主義で囲いたがりなイメージがあるから、てっきりそっちの人間なのかと思っていた。
その返答を聞き、良かったとでも言うように頷いたアルグさんは、とても軽い言い方でとんでもない提案をする。
「エルト。俺達と組まないか」
「えっ?!」
聞かれたエルトでなく、私が驚きの声をあげてしまった。
だって自分を殺しに来た人と仕事なんか出来るはずがない。仕事中に襲われたらと思うと仕事どころじゃないし、大体私やアルグさんが簡単に決められる事でもない。魔術ギルドを蹴るような人の契約金なんて、会議ものの大金だ。
人手は欲しいし実力も、そりゃああんなドラゴンを倒してしまうほどだから申し分はないけれど……まだ私は死にたくない。
「無理です、絶対に嫌です!幾ら人手不足でも自分を殺しに来る人となんて組めません」
「勿論、仕事中にメイナが襲われるのは俺だって困るさ。仕事にならないしな。だから仕事中に襲うのは無しだ」
「……アルグさん」
そうか。今は仕事中だ。その条件で契約出来れば私は襲われる心配をしなくて済む。何だ、ちゃんと考えた上で提案してくれていたんだ。
「ただしその間はずっとメイナと一緒にいられるぞ。だから襲うのは仕事が終わってからにしてくれ」
「わかりました」
「アルグさん!」
流石アルグさん、私の感動を返して。
やっぱり人手不足で私を売ったのだ、このゴブリン!悪魔!ドラゴン!アルグさん!そんな罵倒を裏に込めて抗議の声を上げると、アルグさんが私の耳に手を当ててひそりと囁きかける。
エルトの眉がぐっと上がってこちらを見てくるが、契約内容の相談とでも思っているのか大人しく待っていてくれた。
「いいか、メイナ。このままじゃ仕事中だって狙われ続けるぞ?それなら何でも理由を付けて逃げられる時間を作るべきじゃないか」
「そりゃあ、そうですけど。でも……」
ひそひそ。少しだけ背伸びして、近付けてくれたアルグさんの耳に返事を届ける。
「あのエルトだぞ。滅多にない戦力……人手不足な俺達には大助かりだ」
「だ、大体、私達だけじゃ決められませんよ。契約金だって馬鹿になりませんし」
「ああ、それは安心しろ」
その言葉を最後にアルグさんの男前の顔が離れていく。そう言えば近かったな。もっとときめいておけば良かったと乙女心に思うが、仕事と命の掛かった話にそんな気が回らなかった。
「……もう、話し合いは終わりましたか」
「おう。悪かったな待たせて」
「それで、話は」
待たされて少し機嫌が悪くなったようだ。腕を組みアルグさんを鋭い目で見ている。声色もちょっと低くて強い。けれど私とは違ってナイフを投げられる事はなかった。……羨ましい。
「ああ。是非お願いするそうだ。メイナもお前の実力は認めているようだぞ」
「メイナ……!やっぱりメイナも僕の事をまだ好きでいてくれるんだね」
確かに認めるよ、実力“は”ね。
アルグさんの言葉を聞いた途端、エルトは周りにじゃらりと花を咲かせる。銀色の花だ。
向かってきた花を私は相変わらず鈍器をぶん!と振り回して返す。一本アルグさんの髪を掠めたけど、いいよね。
……あっ、いや、駄目だ!アルグさんは怪我してるんだった!
「ご、ごめんなさいアルグさん、つい……」
「ははは。このくらい大丈夫だ。……だがエルト。一つ問題がある」
「?何ですか」
「給金だ。冒険者ギルド雑務課は固定給で……たった月四万Rしか貰えない」
そうなのだ。こんなにゴブリン倒して汗と血と土にまみれても月四万なのだ。
まあ家賃やその他諸々の手当てはあるし、ギルド職員としての身分もある訳だけど、これだけ面倒な仕事を任されると普通に冒険者をやっていた方が儲かっていたはずだ。……その前に私は元々その待遇のギルド職員なんですけどね!
「ああ、そんな事ですか。メイナと居られるなら構いませんよ」
「……ほらな」
親指でエルトを指すアルグさんは当然のような顔をしていたけど、それはとんでもない発言だった。エルトだったら倍以上楽に稼げるのに。
もしかしてエルト、能力はあるけれど騙されやすい質(たち)なんじゃ……。
そう言うわけでエルトも含めて町に降りる事にした。
幸いエルトが地図を持っていたから、比較的安全で移動しやすい道を辿ることができるんだけど……。
ガッ、と鈍器に弾かれるナイフ。
「いい加減にしてくれない?」
「うーん……やっぱり警戒されてる時は難しいか」
「難しいか、じゃなくて諦めてよ!」
やっぱりあの笑えない言葉は(アルグさんは笑ってるけど)本気らしく、帰路の途中でも遠慮なしに殺しにくるエルトを警戒しなければならなかった。簡単な道程なのにゴブリンを倒しドラゴンに出会った今、それは相当に疲れる作業だ。
「ははは、殺気だだ漏れだしなぁ。……ところでだ、エルト」
「何でしょうか」
「お前、確かフリーだったよな」
「そうですね。魔術ギルドは協力や利用はさせてもらっていますが、どこにも属してはいません。ちなみに恋人がいないという意味でもフリーだから安心してね、メイナ」
「何を安心しろと」
そんな安心より命を狙われない安心が欲しいのだけど。
しかし意外だ。魔術ギルドでは有名だと言っていたのに所属していないなんて。
冒険者ギルドにもそう言う人間がいるにはいるけれど、上司には毎回勧誘するように言われているし、その為に用意された待遇も良い。魔術ギルドなんて特に秘匿主義で囲いたがりなイメージがあるから、てっきりそっちの人間なのかと思っていた。
その返答を聞き、良かったとでも言うように頷いたアルグさんは、とても軽い言い方でとんでもない提案をする。
「エルト。俺達と組まないか」
「えっ?!」
聞かれたエルトでなく、私が驚きの声をあげてしまった。
だって自分を殺しに来た人と仕事なんか出来るはずがない。仕事中に襲われたらと思うと仕事どころじゃないし、大体私やアルグさんが簡単に決められる事でもない。魔術ギルドを蹴るような人の契約金なんて、会議ものの大金だ。
人手は欲しいし実力も、そりゃああんなドラゴンを倒してしまうほどだから申し分はないけれど……まだ私は死にたくない。
「無理です、絶対に嫌です!幾ら人手不足でも自分を殺しに来る人となんて組めません」
「勿論、仕事中にメイナが襲われるのは俺だって困るさ。仕事にならないしな。だから仕事中に襲うのは無しだ」
「……アルグさん」
そうか。今は仕事中だ。その条件で契約出来れば私は襲われる心配をしなくて済む。何だ、ちゃんと考えた上で提案してくれていたんだ。
「ただしその間はずっとメイナと一緒にいられるぞ。だから襲うのは仕事が終わってからにしてくれ」
「わかりました」
「アルグさん!」
流石アルグさん、私の感動を返して。
やっぱり人手不足で私を売ったのだ、このゴブリン!悪魔!ドラゴン!アルグさん!そんな罵倒を裏に込めて抗議の声を上げると、アルグさんが私の耳に手を当ててひそりと囁きかける。
エルトの眉がぐっと上がってこちらを見てくるが、契約内容の相談とでも思っているのか大人しく待っていてくれた。
「いいか、メイナ。このままじゃ仕事中だって狙われ続けるぞ?それなら何でも理由を付けて逃げられる時間を作るべきじゃないか」
「そりゃあ、そうですけど。でも……」
ひそひそ。少しだけ背伸びして、近付けてくれたアルグさんの耳に返事を届ける。
「あのエルトだぞ。滅多にない戦力……人手不足な俺達には大助かりだ」
「だ、大体、私達だけじゃ決められませんよ。契約金だって馬鹿になりませんし」
「ああ、それは安心しろ」
その言葉を最後にアルグさんの男前の顔が離れていく。そう言えば近かったな。もっとときめいておけば良かったと乙女心に思うが、仕事と命の掛かった話にそんな気が回らなかった。
「……もう、話し合いは終わりましたか」
「おう。悪かったな待たせて」
「それで、話は」
待たされて少し機嫌が悪くなったようだ。腕を組みアルグさんを鋭い目で見ている。声色もちょっと低くて強い。けれど私とは違ってナイフを投げられる事はなかった。……羨ましい。
「ああ。是非お願いするそうだ。メイナもお前の実力は認めているようだぞ」
「メイナ……!やっぱりメイナも僕の事をまだ好きでいてくれるんだね」
確かに認めるよ、実力“は”ね。
アルグさんの言葉を聞いた途端、エルトは周りにじゃらりと花を咲かせる。銀色の花だ。
向かってきた花を私は相変わらず鈍器をぶん!と振り回して返す。一本アルグさんの髪を掠めたけど、いいよね。
……あっ、いや、駄目だ!アルグさんは怪我してるんだった!
「ご、ごめんなさいアルグさん、つい……」
「ははは。このくらい大丈夫だ。……だがエルト。一つ問題がある」
「?何ですか」
「給金だ。冒険者ギルド雑務課は固定給で……たった月四万Rしか貰えない」
そうなのだ。こんなにゴブリン倒して汗と血と土にまみれても月四万なのだ。
まあ家賃やその他諸々の手当てはあるし、ギルド職員としての身分もある訳だけど、これだけ面倒な仕事を任されると普通に冒険者をやっていた方が儲かっていたはずだ。……その前に私は元々その待遇のギルド職員なんですけどね!
「ああ、そんな事ですか。メイナと居られるなら構いませんよ」
「……ほらな」
親指でエルトを指すアルグさんは当然のような顔をしていたけど、それはとんでもない発言だった。エルトだったら倍以上楽に稼げるのに。
もしかしてエルト、能力はあるけれど騙されやすい質(たち)なんじゃ……。