15.ミルトニア
がらがらと進んでいく馬車から漸く、村々には無かった町を守る外門が見えてくる。国の紋章と町の紋章が刻まれたそれを潜り、そのすぐ後に辿り着く停車場で車輪は動きを止めた。
料金は頼んだ時に払っている。私達は中に居た御者さんと手綱を握っていた御者さんにお礼を言うと、ミルトニアの整った石畳の道に足を着けた。他の馬車から下りる人と同じように、行き交う人の群れに混じっていく。
中心部にある冒険者ギルドを目指して歩いて行くと途中途中にビスカリアとはまた違ったお店が目を惹くけれど、私達は迷わずに進んでいった。一応以前にもミルトニアには来た事があるから道はわかる。少しでも時が経つと色々と変わっていくものだけど、大きな道は変わる事がないし、ギルドなんかと公共的な場所も同様。
人に尋ねる事もなく無事に着いたミルトニア冒険者ギルドは、ビスカリアのギルドよりも小さい建物だった。少し大きなお店……この間の休日でアルグさんに連れて行って貰った酒場程度の大きさだ。一機関というか施設という感じのビスカリアでも数える程に大きい建物のうちのギルドは、だからこそ雑務課なんかを設置出来たのだろう。
……そうでなければ私は今頃ギルドの奥で静かに作業してたのになぁ。
そんな事を考えながらも扉を開くと、中もこじんまりとした様子のギルド。貼ってある依頼票の数は同じか少し劣るくらいなものの、それを貼る場所が少ない為か重ねるようにびっちりと貼ってあり、待ち合いや相談の場となるテーブルは二台置かれているばかりだった。
そして私達は空いていた受付に進む。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ。請け負いたい依頼の依頼票を提出して頂けますか」
報告用の受付ではなく、三人も冒険するような格好でやって来たものだから依頼の請負だと思ったらしい眼鏡の青年は優しく微笑んだ。
「あ、違うんです。私達ビスカリアからやって来ました、雑務課の者なんですけれど……」
そう言って私は一枚のカードを提示した。ビスカリア冒険者ギルドの雑務課と書かれたそれには魔術ギルドに発注した特別な魔力で描かれた紋章が入っている。これにより私は勿論、冒険者であるアルグさんもエルト(は冒険者か微妙な所だけれど)も冒険者ギルドの職員という身分を証明出来るのである。他国の入国審査や衛兵なんかに不審者と間違われた時、冒険者としての登録証ではどうにもならない場合もそれで証明できるのだ。
冒険者の登録証もある程度は使えるんだけれど、それはあくまでそういう名前でその町のギルドに登録している人物、という証明にしかならない。功績があればそれで通る場所もあるかもしれないけれど、名前を偽って登録する事も悪人が登録する事も可能であって、提携先で使う場合が殆どだ。
「ビスカリアの方でしたか。どのようなご用件でしょうか?」
「以前シトリン草原の依頼をこちらから雑務課に回されたはずなのですが、その依頼受付を担当された方はいらっしゃいますか」
「……少々お待ち下さい」
彼では無かったようで、眼鏡の青年は席を外す。私達はそのまま受付で少し待っていると、やがて「お待たせ致しました」と違う人がカウンター横の扉からやってきた。四〇代後半くらいだろう、少し皺があり白髪の交じった男性。青年と同じく眼鏡を掛けていて、営業用の笑顔を柔らかく浮かべている。
「あ、私ビスカリアの冒険者ギルド雑務課、メイナ・イクシーダと申します」
「アルグヴァン・ウェンリーだ」
「……エルト・メタシナバー」
無愛想に名乗ったエルトの名前に横にいた青年が少し目を開くけれど、やって来た男性は変わらない笑みで自己紹介を済ませる。
「私は冒険者ギルドミルトニア支部長のダグラス・エルスースです。どうぞ中へ」
そう言ってエルスースさんに案内された先は会議室。そこでエルスースさんは依頼受付の際に書かれた書類やシトリン草原の地図などの資料を広げて私に見せてくれた。
勿論その殆どが仕事を回された時に雑務課に写しが送られているし、パットさんが私に投げつけた資料にも含まれている。お礼を言いつつもさらりと目を通すだけで、すぐに本題へと入る事になった。
「資料を有難うございました。それで、この依頼の事なのですが……」
「やはり、何か依頼内容に問題でもあったのですか?完了報告には気になる点有り、後ほど連絡させて頂きますと併記があったので、私も詳細を伺いたかったのですが。その点でイクシーダさんはやって来たのですよね?」
「はい……。と言っても問題は私共の方にあるのです。依頼自体は何の問題もなく、請け負った人間は確かに依頼内容を終わらせていたので報告させて頂きました。ですが、その魔法記録がどうにも不可解でして」
「不可解、というと」
「パーティには冷と湿の系統の人間。つまり火属性を使えない人間しかいなかったのですが、その記録では広範囲に渡ってとても強い火力によって魔物が草原ごと焼かれた映像が映っていたのです」
「火の使えない人達が……広範囲に渡って、草原ごと」
流石にエルスースさんも説明が進むほどに段々と顔が険しくなってくる。完了報告は回ってきても、請け負った人間の系統までは把握していなかったのだろう。
それにシトリン草原は魔物が出ると言えど町から行ける綺麗な草花が咲く草原だ。薬や魔術に使う材料も採れるだろうし、魔物を退治出来る冒険者が観光しにも行くだろう。町の資源と言っても良いそこが焼き畑になっているなんて快くは思えないはずだ。
「広範囲とはどのくらいの……と言っても、映像だけではわからないからわざわざミルトニアに調査にいらしたのですよね……」
「ええ、すみません……。映像からは多分奥の方であったと思われますし、今のところ騒ぎが起こっていない事も考えて、入口の方は無事だと思うんです。あくまで推測ですが……。それで、こちらでは何か気付いた事、気になった事がないかとお伺いしたかったのですが」
「いえ。シトリン草原から煙が上がっていたのは知っていましたが、あれだけの数を任されたのです。多少は魔法道具を使っている可能性もあるだろうと思いましたし、彼ら以外にも日々魔物を退治してくれる冒険者はいます。何か大事があったとは思いませんでしたよ」
「そうですか……」
料金は頼んだ時に払っている。私達は中に居た御者さんと手綱を握っていた御者さんにお礼を言うと、ミルトニアの整った石畳の道に足を着けた。他の馬車から下りる人と同じように、行き交う人の群れに混じっていく。
中心部にある冒険者ギルドを目指して歩いて行くと途中途中にビスカリアとはまた違ったお店が目を惹くけれど、私達は迷わずに進んでいった。一応以前にもミルトニアには来た事があるから道はわかる。少しでも時が経つと色々と変わっていくものだけど、大きな道は変わる事がないし、ギルドなんかと公共的な場所も同様。
人に尋ねる事もなく無事に着いたミルトニア冒険者ギルドは、ビスカリアのギルドよりも小さい建物だった。少し大きなお店……この間の休日でアルグさんに連れて行って貰った酒場程度の大きさだ。一機関というか施設という感じのビスカリアでも数える程に大きい建物のうちのギルドは、だからこそ雑務課なんかを設置出来たのだろう。
……そうでなければ私は今頃ギルドの奥で静かに作業してたのになぁ。
そんな事を考えながらも扉を開くと、中もこじんまりとした様子のギルド。貼ってある依頼票の数は同じか少し劣るくらいなものの、それを貼る場所が少ない為か重ねるようにびっちりと貼ってあり、待ち合いや相談の場となるテーブルは二台置かれているばかりだった。
そして私達は空いていた受付に進む。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ。請け負いたい依頼の依頼票を提出して頂けますか」
報告用の受付ではなく、三人も冒険するような格好でやって来たものだから依頼の請負だと思ったらしい眼鏡の青年は優しく微笑んだ。
「あ、違うんです。私達ビスカリアからやって来ました、雑務課の者なんですけれど……」
そう言って私は一枚のカードを提示した。ビスカリア冒険者ギルドの雑務課と書かれたそれには魔術ギルドに発注した特別な魔力で描かれた紋章が入っている。これにより私は勿論、冒険者であるアルグさんもエルト(は冒険者か微妙な所だけれど)も冒険者ギルドの職員という身分を証明出来るのである。他国の入国審査や衛兵なんかに不審者と間違われた時、冒険者としての登録証ではどうにもならない場合もそれで証明できるのだ。
冒険者の登録証もある程度は使えるんだけれど、それはあくまでそういう名前でその町のギルドに登録している人物、という証明にしかならない。功績があればそれで通る場所もあるかもしれないけれど、名前を偽って登録する事も悪人が登録する事も可能であって、提携先で使う場合が殆どだ。
「ビスカリアの方でしたか。どのようなご用件でしょうか?」
「以前シトリン草原の依頼をこちらから雑務課に回されたはずなのですが、その依頼受付を担当された方はいらっしゃいますか」
「……少々お待ち下さい」
彼では無かったようで、眼鏡の青年は席を外す。私達はそのまま受付で少し待っていると、やがて「お待たせ致しました」と違う人がカウンター横の扉からやってきた。四〇代後半くらいだろう、少し皺があり白髪の交じった男性。青年と同じく眼鏡を掛けていて、営業用の笑顔を柔らかく浮かべている。
「あ、私ビスカリアの冒険者ギルド雑務課、メイナ・イクシーダと申します」
「アルグヴァン・ウェンリーだ」
「……エルト・メタシナバー」
無愛想に名乗ったエルトの名前に横にいた青年が少し目を開くけれど、やって来た男性は変わらない笑みで自己紹介を済ませる。
「私は冒険者ギルドミルトニア支部長のダグラス・エルスースです。どうぞ中へ」
そう言ってエルスースさんに案内された先は会議室。そこでエルスースさんは依頼受付の際に書かれた書類やシトリン草原の地図などの資料を広げて私に見せてくれた。
勿論その殆どが仕事を回された時に雑務課に写しが送られているし、パットさんが私に投げつけた資料にも含まれている。お礼を言いつつもさらりと目を通すだけで、すぐに本題へと入る事になった。
「資料を有難うございました。それで、この依頼の事なのですが……」
「やはり、何か依頼内容に問題でもあったのですか?完了報告には気になる点有り、後ほど連絡させて頂きますと併記があったので、私も詳細を伺いたかったのですが。その点でイクシーダさんはやって来たのですよね?」
「はい……。と言っても問題は私共の方にあるのです。依頼自体は何の問題もなく、請け負った人間は確かに依頼内容を終わらせていたので報告させて頂きました。ですが、その魔法記録がどうにも不可解でして」
「不可解、というと」
「パーティには冷と湿の系統の人間。つまり火属性を使えない人間しかいなかったのですが、その記録では広範囲に渡ってとても強い火力によって魔物が草原ごと焼かれた映像が映っていたのです」
「火の使えない人達が……広範囲に渡って、草原ごと」
流石にエルスースさんも説明が進むほどに段々と顔が険しくなってくる。完了報告は回ってきても、請け負った人間の系統までは把握していなかったのだろう。
それにシトリン草原は魔物が出ると言えど町から行ける綺麗な草花が咲く草原だ。薬や魔術に使う材料も採れるだろうし、魔物を退治出来る冒険者が観光しにも行くだろう。町の資源と言っても良いそこが焼き畑になっているなんて快くは思えないはずだ。
「広範囲とはどのくらいの……と言っても、映像だけではわからないからわざわざミルトニアに調査にいらしたのですよね……」
「ええ、すみません……。映像からは多分奥の方であったと思われますし、今のところ騒ぎが起こっていない事も考えて、入口の方は無事だと思うんです。あくまで推測ですが……。それで、こちらでは何か気付いた事、気になった事がないかとお伺いしたかったのですが」
「いえ。シトリン草原から煙が上がっていたのは知っていましたが、あれだけの数を任されたのです。多少は魔法道具を使っている可能性もあるだろうと思いましたし、彼ら以外にも日々魔物を退治してくれる冒険者はいます。何か大事があったとは思いませんでしたよ」
「そうですか……」