14.クリック?
「休暇って。それ丸っきり怪しいじゃないですか」
「だーよなぁ。俺もそう思うんだわ。けど一応正当なケンリってやつだからな。残念ながら手は空きそうだったし、どうしようもなかった」
「……わかりました。今回の仕事はそれを調査しに行けば良いんですね……」
兎に角何をどうしようと彼らは同じ課の人間。そして私は雑務課唯一の根からのギルド職員だ。こういう時のために私がいると言うものである。
「ああ、そう言う事で頼む。一応映像で確認する限り依頼内容は達成しているからな。確かな情報もねぇのに下手な突っ込みも入れられねぇから、今のところは普通の処理をしてある。ま、達成してるっつっても異常な丸焦げだけどよ」
「一体どうやって……魔法道具でしょうか」
「だと思うか?」
パットさんはわかりきった答えを催促した。勿論世の中にはどんな魔法道具があるかなんてわからない。チキュウカンパニーのような例もあるし新しい物は常に生まれる。
けれどセルミィさんがぽんぽんと強力な延焼装置を売り捌くような気はしないし(するならあんな小さなお店で留まっている必要もない)、これ程の威力ならば魔術ギルドで密やかに研究している物でもおかしくない。普通に考えれば、店先にほいっと売りに出される物ではないだろう。
「いえ……。普通の魔法道具ではまず無理だと思います」
「だろうな。ま、火のないお前らでこれをどうやった?とはそれとなく聞いてみたが、手法は問われないだろで返されちまったよ」
パットさんはタバコ片手に頭をがりがりと掻く。手慣れたもので灰が頭に掛かる心配はなかった。
冒険者ギルドの依頼達成は注意事項が無ければ手法は問われない。撲殺だろうが焼殺だろうが、毒殺だろうが指定の魔物を倒せば良い。
何せ冒険者には様々な人間がいる。中には荒々しい解決方法を取ったり、とっておきの技を隠しておきたい人間もいるから一々追求しては良い人材が逃げ出してしまうのだ。
かと言ってギルドに不利益になるかもしれない事を放ってはおけない。ただでさえこのビスカリアの冒険者ギルドは彼らの身分保障をしているのだから。
「ちなみにミルトニアの連中はまだ何とも思っていないらしい。特殊な連絡や噂は届いていない。元々魔物の出る場所だし、雑務課に依頼が来る程だったからな。大抵の人間は寄り付かないだろう」
「あんなに焦げていてもですか……?」
「映像見りゃ異常だが、シトリン草原は広いし一番近い町だって言ってもミルトニアからはそれなりに距離がある。そんなんで届く微かな臭さじゃ、どっかの魔法使いが町の外で経験値積む為に魔物退治でもしてるんだろうって思うさ」
このぐらいの微かな臭ささ、とでも言うようにパットさんはぷかあっと煙を吐いて浮かべた。酒場でよく嗅ぐような燻られた草の独特の臭いが私の鼻をついた。
「そろそろ中に長居しすぎたな。戻るか。本来の依頼情報とかあいつらの資料はカウンターで渡すわ」
◆ ◆
「――お、戻ってきたか二人共」
ガチャリと扉を開けば、アルグさんがおっと声を掛けてくれる。
「すみません、お待たせしましたアルグさん」
「僕も待ってたんだけどな」
「うん。勿論エルトも待たせてごめんね」
「男女の云々は他所でやってくれ。それよりほれ、受け取れ。諸々の資料だ」
煙草をくわえたままにしかめっ面をしたパットさんは、カウンター内にあったらしい資料の束を引っ付かんで投げてきた。
「わっ、とと……何が男女の云々ですか!」
とは怒りはするものの、私も目の前で若い男女が仲睦まじく騒いでいたら嫉妬心が芽生える気がする。パットさんもきっと似たようなもので、私とエルトの仲は兎も角として、男女のやり取りはパットさんの左薬指が疼くのだろう。
「で。結局なんだって?今回の仕事は」
「あ、ええとですね――」
私は慌てて受付を占領するのをやめると、ギルドの隅っこに移動して二人にざっくりと説明した。不審な完了報告を調査しにミルトニアのシトリン草原へ行く。それ以上は馬車の中で、と。
備え付けで取り外しが難しくとも、扉を通ってすぐのカウンターにある再生機で映像を再生しなかった理由にはならない。あまり疑惑が確定していない内に表で色々と喋るのは良くないのだろう。
二人とも空気を読んでくれるようで、私達はそれぞれの準備を整えてから馬車屋に向かう事にした。
場所さえ分かれば経験のある二人だ。出てくる魔物は予想がついているらしく、少し足りない物があろうとミルトニアほどの町なら買い足せる。そもそも道具は私が揃える事が多く、準備は問題なく整えられた。
「ミルトニアに行くのにたった三人で馬車屋で出して貰うとか、よく考えたら贅沢ですよね」
「こんな事情でもなきゃ、毎日どころか半日毎に出てるもんな、駅馬車」
まあ経費で落とすんですけどね、この馬車代。
それは兎も角、早速今回の仕事の資料を取り出すと二人に半分こにして渡した。私は大体内容を知っているし、どうせ管理は私だから細かいところは後で確認しておこうと思っている。
「それで今回のお仕事、不審な完了報告を調査と言ったのは覚えてますよね?……詳しく言えば、雑務課の他のパーティが行った報告の調査なんです」
「雑務課の?!誰だ?」
「リオさんとディルデさん、ムーベスさんにキルクさんだそうです」
勢い良く捲られる資料の中で既に名前を見つけているかもしれないが、私は名前を挙げていく。たった三組しかいない雑務課パーティの中、しかも冒険者出のアルグさんならばすぐに誰かわかっただろう。エルトは資料の写真を見て漸くわかったようで小さく声を漏らした。
「あいつら、愛想は悪いがギルドを裏切ってまで悪さするような奴らじゃないはずだぞ」
「ギルドを裏切らなきゃ、多少の悪さはするんですね……」
「……冒険者には色々いるもんだ」
「まあ私は衛兵じゃありませんしね。それよりも今回はそれに書いてある通り、元々はシトリン草原の魔物を退治するっていうお仕事だったみたいなんです」
「逃げ出したのか?」
ペラペラと捲っていくも答えの載った紙はエルトが持っている方だったらしく、私が答える方が早かった。
私は首を軽く振ってから言う。
「おそらく全てを完了させました。全て、道の草すらも焦がし墨のように真っ黒に固めて。それも映像の限りでは広範囲に見えました」
アルグさんは私同様に驚く。誰も火属性を使えないことがわかっているから。そしてその顔はやがて険しい表情を造り出す。
エルトはいつも通り眉をひそめるでもなくただ口元に手をやるだけで考えていた。
「資料を覗けば彼ら、冷か湿の系統だけだと思うんだけど……?しかも魔法使い系ではない人ばかりだ」
「そうなんだよ。そこが問題なの。ネクロマンサーのエルトならわかる?これがどういう事か」
「いや。僕と同じ事をして使える系統を増やしたなら兎も角、ちょっと魔法使いを目指してみたからって出来ることじゃないよ」
「そっか……。それも、この後すぐに休暇を取ったらしくて」
「ますます怪しいな。何やったんだか、あいつら……」
馭者以外に人のいないここでは十分に仕事内容の確認は出来たものの、結局私達は答えを考え付く事が出来ないままに、馬車に揺られてミルトニアへと向かうのだった。
「だーよなぁ。俺もそう思うんだわ。けど一応正当なケンリってやつだからな。残念ながら手は空きそうだったし、どうしようもなかった」
「……わかりました。今回の仕事はそれを調査しに行けば良いんですね……」
兎に角何をどうしようと彼らは同じ課の人間。そして私は雑務課唯一の根からのギルド職員だ。こういう時のために私がいると言うものである。
「ああ、そう言う事で頼む。一応映像で確認する限り依頼内容は達成しているからな。確かな情報もねぇのに下手な突っ込みも入れられねぇから、今のところは普通の処理をしてある。ま、達成してるっつっても異常な丸焦げだけどよ」
「一体どうやって……魔法道具でしょうか」
「だと思うか?」
パットさんはわかりきった答えを催促した。勿論世の中にはどんな魔法道具があるかなんてわからない。チキュウカンパニーのような例もあるし新しい物は常に生まれる。
けれどセルミィさんがぽんぽんと強力な延焼装置を売り捌くような気はしないし(するならあんな小さなお店で留まっている必要もない)、これ程の威力ならば魔術ギルドで密やかに研究している物でもおかしくない。普通に考えれば、店先にほいっと売りに出される物ではないだろう。
「いえ……。普通の魔法道具ではまず無理だと思います」
「だろうな。ま、火のないお前らでこれをどうやった?とはそれとなく聞いてみたが、手法は問われないだろで返されちまったよ」
パットさんはタバコ片手に頭をがりがりと掻く。手慣れたもので灰が頭に掛かる心配はなかった。
冒険者ギルドの依頼達成は注意事項が無ければ手法は問われない。撲殺だろうが焼殺だろうが、毒殺だろうが指定の魔物を倒せば良い。
何せ冒険者には様々な人間がいる。中には荒々しい解決方法を取ったり、とっておきの技を隠しておきたい人間もいるから一々追求しては良い人材が逃げ出してしまうのだ。
かと言ってギルドに不利益になるかもしれない事を放ってはおけない。ただでさえこのビスカリアの冒険者ギルドは彼らの身分保障をしているのだから。
「ちなみにミルトニアの連中はまだ何とも思っていないらしい。特殊な連絡や噂は届いていない。元々魔物の出る場所だし、雑務課に依頼が来る程だったからな。大抵の人間は寄り付かないだろう」
「あんなに焦げていてもですか……?」
「映像見りゃ異常だが、シトリン草原は広いし一番近い町だって言ってもミルトニアからはそれなりに距離がある。そんなんで届く微かな臭さじゃ、どっかの魔法使いが町の外で経験値積む為に魔物退治でもしてるんだろうって思うさ」
このぐらいの微かな臭ささ、とでも言うようにパットさんはぷかあっと煙を吐いて浮かべた。酒場でよく嗅ぐような燻られた草の独特の臭いが私の鼻をついた。
「そろそろ中に長居しすぎたな。戻るか。本来の依頼情報とかあいつらの資料はカウンターで渡すわ」
◆ ◆
「――お、戻ってきたか二人共」
ガチャリと扉を開けば、アルグさんがおっと声を掛けてくれる。
「すみません、お待たせしましたアルグさん」
「僕も待ってたんだけどな」
「うん。勿論エルトも待たせてごめんね」
「男女の云々は他所でやってくれ。それよりほれ、受け取れ。諸々の資料だ」
煙草をくわえたままにしかめっ面をしたパットさんは、カウンター内にあったらしい資料の束を引っ付かんで投げてきた。
「わっ、とと……何が男女の云々ですか!」
とは怒りはするものの、私も目の前で若い男女が仲睦まじく騒いでいたら嫉妬心が芽生える気がする。パットさんもきっと似たようなもので、私とエルトの仲は兎も角として、男女のやり取りはパットさんの左薬指が疼くのだろう。
「で。結局なんだって?今回の仕事は」
「あ、ええとですね――」
私は慌てて受付を占領するのをやめると、ギルドの隅っこに移動して二人にざっくりと説明した。不審な完了報告を調査しにミルトニアのシトリン草原へ行く。それ以上は馬車の中で、と。
備え付けで取り外しが難しくとも、扉を通ってすぐのカウンターにある再生機で映像を再生しなかった理由にはならない。あまり疑惑が確定していない内に表で色々と喋るのは良くないのだろう。
二人とも空気を読んでくれるようで、私達はそれぞれの準備を整えてから馬車屋に向かう事にした。
場所さえ分かれば経験のある二人だ。出てくる魔物は予想がついているらしく、少し足りない物があろうとミルトニアほどの町なら買い足せる。そもそも道具は私が揃える事が多く、準備は問題なく整えられた。
「ミルトニアに行くのにたった三人で馬車屋で出して貰うとか、よく考えたら贅沢ですよね」
「こんな事情でもなきゃ、毎日どころか半日毎に出てるもんな、駅馬車」
まあ経費で落とすんですけどね、この馬車代。
それは兎も角、早速今回の仕事の資料を取り出すと二人に半分こにして渡した。私は大体内容を知っているし、どうせ管理は私だから細かいところは後で確認しておこうと思っている。
「それで今回のお仕事、不審な完了報告を調査と言ったのは覚えてますよね?……詳しく言えば、雑務課の他のパーティが行った報告の調査なんです」
「雑務課の?!誰だ?」
「リオさんとディルデさん、ムーベスさんにキルクさんだそうです」
勢い良く捲られる資料の中で既に名前を見つけているかもしれないが、私は名前を挙げていく。たった三組しかいない雑務課パーティの中、しかも冒険者出のアルグさんならばすぐに誰かわかっただろう。エルトは資料の写真を見て漸くわかったようで小さく声を漏らした。
「あいつら、愛想は悪いがギルドを裏切ってまで悪さするような奴らじゃないはずだぞ」
「ギルドを裏切らなきゃ、多少の悪さはするんですね……」
「……冒険者には色々いるもんだ」
「まあ私は衛兵じゃありませんしね。それよりも今回はそれに書いてある通り、元々はシトリン草原の魔物を退治するっていうお仕事だったみたいなんです」
「逃げ出したのか?」
ペラペラと捲っていくも答えの載った紙はエルトが持っている方だったらしく、私が答える方が早かった。
私は首を軽く振ってから言う。
「おそらく全てを完了させました。全て、道の草すらも焦がし墨のように真っ黒に固めて。それも映像の限りでは広範囲に見えました」
アルグさんは私同様に驚く。誰も火属性を使えないことがわかっているから。そしてその顔はやがて険しい表情を造り出す。
エルトはいつも通り眉をひそめるでもなくただ口元に手をやるだけで考えていた。
「資料を覗けば彼ら、冷か湿の系統だけだと思うんだけど……?しかも魔法使い系ではない人ばかりだ」
「そうなんだよ。そこが問題なの。ネクロマンサーのエルトならわかる?これがどういう事か」
「いや。僕と同じ事をして使える系統を増やしたなら兎も角、ちょっと魔法使いを目指してみたからって出来ることじゃないよ」
「そっか……。それも、この後すぐに休暇を取ったらしくて」
「ますます怪しいな。何やったんだか、あいつら……」
馭者以外に人のいないここでは十分に仕事内容の確認は出来たものの、結局私達は答えを考え付く事が出来ないままに、馬車に揺られてミルトニアへと向かうのだった。