14.クリック?
「メイナ。今日はミルトニアの方に行ってもらいたい」
それは朝の冒険者ギルド。いつも通り今日の仕事を聞きに、パットさんの受付で挨拶をした直後だった。
ミルトニアはここビスカリアと同規模か少し落ちるくらいの比較的大きな町だ。ここから馬車で東に、王都までの距離と同じ程行くと辿り着ける。
最近は小さな村の綺麗な空気をいっぱい吸っているから、久々に大きくていつもと違う町並みを楽しめる仕事は嬉しい。けれど大きな町故にミルトニア自体にも冒険者ギルドがある。それを私達に回すと言うことは相当に面倒な仕事だろう。
いや、雑務課はうちのギルドにしかないから面倒事ならば回ってくるのは当たり前なんだけど……兎に角嫌な予感がした。多分パットさんの雰囲気の所為だ。
「今回はどんな依頼ですか?」
資料を渡してくれる気配もないものだから、私は内容の説明を急かす。
「シトリン草原での食人花とそれに集まったニードルビー、ポイズンフライ各三十匹退治……だった」
「だった?」
「ああ……ちょっとメイナだけ中に来い」
そう言われた私は後ろにいたエルトとアルグさん良いですか?と目で合図して二人に頷きを貰うと、受付の横にある中への扉を開けた。
雑務課になってから回数は減ったけれど何度も通っている、職員以外立ち入り禁止の扉。ここか裏口からはカウンターの向こうに入ることが出来る。
しかし幾ら雑務課の身分が職員と同等であっても、私が雑務課に流刑にされた事でわかる通り、彼らにギルドの全てを明け透けにしているわけではない。元からの職員ではないエルトとアルグさんには入る事を許されていない場所だった。
「会議でもないのに中に呼ぶなんて、本当に何があったんですか?」
ロッカーに忘れ物とかそんなのではないはずだ。私の問いにはそうだとすぐに答えれば良いし、そもそもここ最近で私が急ぎ必要になるほどの資料なんて、受付で貰う内容以外には無かったはず。
パットさんは良いから。と開いている一室に私を招き入れた。
そして、そこに置かれていた一台の再生機に触れる。その再生機とは、私達が報告時に渡すペンダントの魔法記録を再生するもの。受付のカウンター内にもそれぞれ一台が備え付けられている。
「再生機……わっ、私達、変な魔法記録なんか渡してませんよ!……ませんよね?」
「安心しろお前らじゃねぇ」
複製していたのだろう、私の持つペンダントとは違う蒼色のペンダントをじゃらりと黒石の板に乗せて呪文(キーワード)を唱える。するとその板に直角に付けられていたもう一つの板から何かが蠢き出す。光、影、砂、渦……それらが纏まり出しては引き伸ばされ、次第に四角い画面が映し出されていく。
こうして映像を確認する為、依頼完了を確認する受付係は土属性を使える冷か乾系統の人間しか就けないのだ。
そしてパットさんの力によって映し出された映像は、鼻奥をぐずぐずと燻られるほどこちらにまで臭ってきそうな、手前から奥までずっと焦げの貼り付いた広い荒野だった。
「な、んですか……これ……」
思わず口と鼻を押さえる。実際には映像に臭いなどは付いてこないから意味はないのだけど、そうしなきゃいけないような気分になった。
まさかこんな魔法を使う人間を捕まえてこい、とかじゃないよね……?
「……火属性が得意な、魔術師の仕業ですか?」
「いや。これをやったパーティには一人も魔法使いなんていなかった。それどころか系統は冷と湿だけだ」
ただの灯火の通り道ですら、乾か熱の系統は絶対に必要なのに。
その言葉に何も返せなかったほど驚いていても、映像はずっと動き続ける。
その焦げはきちんと見れば魔物と草花の成れの果て。それがあちらこちらにべたりぼとりと落ちて塊として貼り付いているのだ。それも塊以外の周囲も暗く染め、画面全体から煙をゆらゆらと出して。
この惨事はペンダントの持ち主が歩き続けても、どこまでも一緒になって続いている。音も焦げた草か何かを踏む音と衣擦れ、呼吸する音しかしない。
「あ、……この魔物……ニードル、ビー……?」
「そうだ」
尖った針の一部が燃えずに残っているのが見えた。
さっきパットさんは言っていたよね……?
シトリン草原での食人花とそれに集まった“ニードルビー”、ポイズンフライ各三十匹退治。って。じゃあここはまさか。いや、でもシトリン草原はあのミルトニアからそう遠くはないはず。それにもっと静かで季節によって変わる花々が綺麗な場所で……。
「シトリン草原、なんですか」
「そうだ」
「こ、これはどういう事なんですか?本当にこれを火属性を使えない人達が?ミルトニアの人達はこの惨事に気付かないんですか?!」
「落ち着けメイナ。一編に話されても答えられん」
「す、すみません……」
パットさんは再生機からペンダントを取り上げて映像を止める。しゅうう……と消えていく音を出して、再生機はただの石の板になった。
「これをやったのはお前らのお仲間。雑務課のパーティの一組だ。リオとディルデ、ムーベスにキルクの四人。つってもあまり面識はないだろうがな」
「そんな。雑務課が何故」
確かにパットさんの言う通り、すれ違い様に挨拶する程度の人達だ。構成や能力なんかはギルドの資料で一方的に知っているけれど、実際のところはよく知らない。
けれどわざわざ雑務課になったくらいだ。雑務課の安定性や身分保障に惹かれてなったのだろう。何かをやらかせばそれは直ぐに撤回される。そんな惹かれる条件を捨ててまで変な事を企むとは思えなかった。
「さあな。ただ報告に出されたのがこの映像だった。変な事はしていないと思いたいが……黒焦げのおまけに休暇までとりやがった。まあ、何があるかわからん」
パットさんは今後のもしもを考えているのか面倒臭そうに溜め息を吐いた後、懐から紙煙草と小石を取り出して呪文≪アルメ・ダ・フォーコ≫を唱える。火が生み出されるとそれを煙草に押し付けて灯した。
それは朝の冒険者ギルド。いつも通り今日の仕事を聞きに、パットさんの受付で挨拶をした直後だった。
ミルトニアはここビスカリアと同規模か少し落ちるくらいの比較的大きな町だ。ここから馬車で東に、王都までの距離と同じ程行くと辿り着ける。
最近は小さな村の綺麗な空気をいっぱい吸っているから、久々に大きくていつもと違う町並みを楽しめる仕事は嬉しい。けれど大きな町故にミルトニア自体にも冒険者ギルドがある。それを私達に回すと言うことは相当に面倒な仕事だろう。
いや、雑務課はうちのギルドにしかないから面倒事ならば回ってくるのは当たり前なんだけど……兎に角嫌な予感がした。多分パットさんの雰囲気の所為だ。
「今回はどんな依頼ですか?」
資料を渡してくれる気配もないものだから、私は内容の説明を急かす。
「シトリン草原での食人花とそれに集まったニードルビー、ポイズンフライ各三十匹退治……だった」
「だった?」
「ああ……ちょっとメイナだけ中に来い」
そう言われた私は後ろにいたエルトとアルグさん良いですか?と目で合図して二人に頷きを貰うと、受付の横にある中への扉を開けた。
雑務課になってから回数は減ったけれど何度も通っている、職員以外立ち入り禁止の扉。ここか裏口からはカウンターの向こうに入ることが出来る。
しかし幾ら雑務課の身分が職員と同等であっても、私が雑務課に流刑にされた事でわかる通り、彼らにギルドの全てを明け透けにしているわけではない。元からの職員ではないエルトとアルグさんには入る事を許されていない場所だった。
「会議でもないのに中に呼ぶなんて、本当に何があったんですか?」
ロッカーに忘れ物とかそんなのではないはずだ。私の問いにはそうだとすぐに答えれば良いし、そもそもここ最近で私が急ぎ必要になるほどの資料なんて、受付で貰う内容以外には無かったはず。
パットさんは良いから。と開いている一室に私を招き入れた。
そして、そこに置かれていた一台の再生機に触れる。その再生機とは、私達が報告時に渡すペンダントの魔法記録を再生するもの。受付のカウンター内にもそれぞれ一台が備え付けられている。
「再生機……わっ、私達、変な魔法記録なんか渡してませんよ!……ませんよね?」
「安心しろお前らじゃねぇ」
複製していたのだろう、私の持つペンダントとは違う蒼色のペンダントをじゃらりと黒石の板に乗せて呪文(キーワード)を唱える。するとその板に直角に付けられていたもう一つの板から何かが蠢き出す。光、影、砂、渦……それらが纏まり出しては引き伸ばされ、次第に四角い画面が映し出されていく。
こうして映像を確認する為、依頼完了を確認する受付係は土属性を使える冷か乾系統の人間しか就けないのだ。
そしてパットさんの力によって映し出された映像は、鼻奥をぐずぐずと燻られるほどこちらにまで臭ってきそうな、手前から奥までずっと焦げの貼り付いた広い荒野だった。
「な、んですか……これ……」
思わず口と鼻を押さえる。実際には映像に臭いなどは付いてこないから意味はないのだけど、そうしなきゃいけないような気分になった。
まさかこんな魔法を使う人間を捕まえてこい、とかじゃないよね……?
「……火属性が得意な、魔術師の仕業ですか?」
「いや。これをやったパーティには一人も魔法使いなんていなかった。それどころか系統は冷と湿だけだ」
ただの灯火の通り道ですら、乾か熱の系統は絶対に必要なのに。
その言葉に何も返せなかったほど驚いていても、映像はずっと動き続ける。
その焦げはきちんと見れば魔物と草花の成れの果て。それがあちらこちらにべたりぼとりと落ちて塊として貼り付いているのだ。それも塊以外の周囲も暗く染め、画面全体から煙をゆらゆらと出して。
この惨事はペンダントの持ち主が歩き続けても、どこまでも一緒になって続いている。音も焦げた草か何かを踏む音と衣擦れ、呼吸する音しかしない。
「あ、……この魔物……ニードル、ビー……?」
「そうだ」
尖った針の一部が燃えずに残っているのが見えた。
さっきパットさんは言っていたよね……?
シトリン草原での食人花とそれに集まった“ニードルビー”、ポイズンフライ各三十匹退治。って。じゃあここはまさか。いや、でもシトリン草原はあのミルトニアからそう遠くはないはず。それにもっと静かで季節によって変わる花々が綺麗な場所で……。
「シトリン草原、なんですか」
「そうだ」
「こ、これはどういう事なんですか?本当にこれを火属性を使えない人達が?ミルトニアの人達はこの惨事に気付かないんですか?!」
「落ち着けメイナ。一編に話されても答えられん」
「す、すみません……」
パットさんは再生機からペンダントを取り上げて映像を止める。しゅうう……と消えていく音を出して、再生機はただの石の板になった。
「これをやったのはお前らのお仲間。雑務課のパーティの一組だ。リオとディルデ、ムーベスにキルクの四人。つってもあまり面識はないだろうがな」
「そんな。雑務課が何故」
確かにパットさんの言う通り、すれ違い様に挨拶する程度の人達だ。構成や能力なんかはギルドの資料で一方的に知っているけれど、実際のところはよく知らない。
けれどわざわざ雑務課になったくらいだ。雑務課の安定性や身分保障に惹かれてなったのだろう。何かをやらかせばそれは直ぐに撤回される。そんな惹かれる条件を捨ててまで変な事を企むとは思えなかった。
「さあな。ただ報告に出されたのがこの映像だった。変な事はしていないと思いたいが……黒焦げのおまけに休暇までとりやがった。まあ、何があるかわからん」
パットさんは今後のもしもを考えているのか面倒臭そうに溜め息を吐いた後、懐から紙煙草と小石を取り出して呪文≪アルメ・ダ・フォーコ≫を唱える。火が生み出されるとそれを煙草に押し付けて灯した。