13.平穏の果て
「本当だ……」
「先程の話ですけど、絶対に開かない鍵と言うことは、扉を壊されたりはしていないのですよね」
「え?あ……そういえば、扉には支障無かったと思います」
言われてみれば鍵を外すよりも、エルトなら扉を壊した方が早いかもしれない。それでも今日もあの扉から出てきたし、鍵も一応回して来た。多少掛かりが悪かった気はするけど少なくとも壊れてはいない。扉自体にも乱暴はされていないと思う。
仕事中は殺さないと言う約束を守ったり一緒に寝た夜に何もしないでくれたり。これもエルトの変な気遣いからだろうか。
「扉を壊されるとなると扉自体も頑丈なものにしなければなりませんが、鍵だけでしたら多分メイナさんのご要望に合うもの、ご用意出来ると思いますよ」
「ほ、本当ですか!」
「ちょっと待っていてくださいね」
セルミィさんは奥へ入っていくと、数分で何かを片手に持って戻ってくる。
カウンターに広げられたそれは鍵と錠の部分だけ。その鍵はよく見かける複雑な形の先っぽである鍵ではなく縦に凸凹、側面にも凸凹があるだけの薄く平たい鍵だった。
「これは縦の凸凹が噛み合うだけでなく、横もぴったりと合わなければ解錠出来ない鍵です。従来の鍵ならば元がなくても硬いものを同じ形に曲げたりするだけで開きますけど、これなら元から型を採らない限り複製するのは難しいと思いますわ」
おお、何だか凄そう……!それに従来の鍵ならばってことは、貴族の人達が使っている複雑な形の鍵も含まれるんだよね。家の鍵先は貴族の家よりは簡単な形だと思うけど。
鍵も薄っぺらいから嵩張らないし、隠し持って複製する隙を与えなければ入られないかも。
「しかもこれは先日レンさんが持ち込んでくださったドラゴンの鱗で出来てますので、鍵の強度も保障しますわ。適当な鉄の棒や鋼で弄られたくらいでは壊れる事は無いでしょう」
アルグさんだけじゃなくてレン君もか……!
ドラゴンの素材を持ち帰った本人は私に目を合わせようとせず聞いたことのない曲を口笛で吹いていた。
まあドラゴン回収が仕事だったわけでも無いし私が困るわけでもないし、良いんだけとね。レン君も立ち向かった一人ではあるし。
「まだ販売は検討中だったのですけど、メイナさんでしたらお売り致しますわ」
「是非お願いします……と言いたいんですけど、お値段は?」
「これから職人を送って取り付ける事も考えて……そうですねぇ、本当はこのくらいのところなんですけど」
さらさらと手元の紙に書かれていく計算。ぴっと一本線を引かれた下の結果は目玉が飛び出そうなくらいの額だった。が、セルミィさんは「これをレンさん割引して」と下にまた幾つかの数字を書いて最終的な額を出した。
……結果、レン君割引は凄かった。
「な。遠慮せずに安くしてもらった方がいいだろ」
にやにや笑って私を覗きこむレン君が凄く憎らしい。
「お、お願いします……」
「畏まりました。お買い上げ有難うございます」
◆ ◆
セルミィさんに家の場所を教え、元の鍵と取り付けの依頼書を渡して買い物を終えると、私は約束通り食事をしに酒場へと連れられた。流石に夕暮れで冒険者のアルグさん行きつけの酒場となるとがやがやと騒がしい。それでも何とか個別のテーブル席が空いていて、私達はそこに座る事にした。
そして今、私の目の前には湯気がほかほかと立ち上ぼり肉々しい香りや香辛料の効いた香りが漂う料理達。
女性向けの喫茶店や高級店のような気取った感じはなく、見た目や香りは単純なものの私の食欲を誘うには十分だった。よく食べるアルグさんが注文した所為か量もちょっと多め。
これ、太る……!でも、
「うう……美味しい」
「ははは、食え食え。飯は我慢するより美味しそうに食ってもらった方が奢ったこっちも嬉しいもんだ」
「はひっ、十分頂いてまふ」
いやだって、本当に美味しいんだもん。きょ、今日くらいはいいよね。明日からきっと仕事で沢山体動かすよ!
もっちもちの小麦麺に、咬むとじゅわっと旨味が滲み出るお肉がごろごろと転がったトマトソースがよく絡む。それをぐるんぐるんフォークに巻き込んで口に頬張れば堪らない……!
アルグさんがお気に入りらしい骨付き肉もこの辺りではよく採れる香辛料がたっぷり刷り込まれていて匂いだけでも美味しい。私も一つ頂き、剥き出しの骨部分を持ち上げて噛みつくと、外側のパリッパリの香ばしさと次にやってくる歯応えと脂と旨味を楽しみながら肉を骨から引き剥がす。
お野菜もしゃきしゃきだし、お酒も美味しいし、手も口も全然止まらない。
そんな私を見て、食え食えと言ってくれたアルグさんは言葉通り愉しそうに笑いながら、自分もがつがつと料理を平らげていった。
「美味しかったです!本当に本当に、御馳走様でしたっ」
「ははは。良い食いっぷりだったな。また機会があったら来るか」
「今度は私が奢りますよ」
「おいおい。年下に奢ってもらうなんて、やめてくれ」
食事も落ち着いてきて、皿は下げてもらいお酒だけになると、周囲の騒がしさに耳を傾ける余裕もできる。あそこの洞窟でこんなものを見つけただとか、昨日会った剣士は強かっただとか。やっぱりアルグさんもこういう所で情報を集めていたんだろうな。
グラスに残っていた少しのお酒を飲み干して、ことんとテーブルに置く。空になったグラスを見て次を頼めと勧めるアルグさんに甘えて、メニュー曰く新しいらしいお酒を頼んだ。面白そうな名前だったし、比較的安価だったしね。
「わっ、綺麗」
「この店でこんな洒落たものが来るとはな」
グラスに入ってやって来たのは緑と青色が美しいお酒だった。種類はそれなりにあるものの、大概は麦酒であるとか葡萄酒であるとか、木のジョッキでやって来るものばかりだったので私もアルグさんも驚く。
早速くっと一口飲んでみると、すうっとして爽やかだけど甘く飲みやすいお酒だった。難点は量が少ないことだろうか。
「どんな味か気になるな。俺にも一口くれ」
そう言ったアルグさんの手がすっと伸びてきて、私の側にあったグラスを掴む。
「あっ。それ、間接き……」
止める前に、そのお酒はアルグさんの喉を通ってしまった。
勿論代金はアルグさん持ちだから飲まれるのは構わないんだけど……アルグさん的には嫌じゃないのかな。今までの仕事でも水筒は別々だったし、それで間に合ってたからこういう事は無かったと思うんだけど。女と思ってないから気にしなかったのかも。
私の言葉でようやく気がついたようで、アルグさんはそっとグラスを戻すと罰の悪そうな顔をした。
「あ……悪い。エルトがいるのに、こういうのは駄目だな」
「え、あ、いや、エルトとは何も」
少し恥ずかしくは思ったけれど、エルトは関係ないと思います。
そう言えば雑務課に入れる事を発案したのもアルグさんだったし、取り敢えずの棍棒を二人で買いに行ったのもそうだし、もしかしてエルトが私を殺すことに賛同されてる……?
「ははは。誤魔化さなくて良いぞ。馬車の中じゃあエルトに肩を貸してたじゃないか」
「あ、あれは、エルトが凭れ掛かってきて……」
「好きだと思ったなら好きっていってやれ。エルトに」
アルグさんはジョッキに残った麦酒をぐっと煽り、空になったそれをどっ。と置いた。
私はアルグさんに何の言葉も返せなくて、ただそれを見ていた。
「確かにちょっと問題はあるが、エルトは目的までの障害も努力して既に乗り越えている。そういう力がある。安心して、その大きな船に乗りゃあいいさ」
「殺されるのはちょっとの問題じゃないです」
けれど、そうだ。アルグさんの言う通りだ。
エルトは私とずっと一緒にいるために、わざわざ努力してネクロマンサーになった。それも闇まで使えるような不死身の存在になって。
ぱっと聞いたら嘘臭い話だけど、そう思っちゃうほど大変な事をただの私の為にしているのだ。実際どんな修行をしたのか知らないけど、私が想像するよりも更に大変なものなのだろう。
そして何処にいるのかわからないだろう私を迎えに来てくれた。雑務課の一員になってからもずっと私の事を想ってくれている。
私はただ、死ぬのが怖くて。エルトを受け入れるのもちょっと怖くて。恋愛なんて憧れはあるけど、実のところ二十二のくせに全然知らなくて。
……。
これ以上は何だかアルグさんに失礼なほど真面目で暗い顔になりそうで、考える事を中断させた。
「……けど、アルグさんって結構エルトの事評価してるんですね」
「ああ。真っ直ぐに気持ちを伝えられて、全部を晒け出してる。それでどう言われるか、どう思われるかも全部受け止めて。羨ましいくらいだよ、あいつはな」
◆ ◆
その夜。
お皿洗いも済ませて寝室に移動し、そろそろ寝ようとランプに遮光布をそっと掛けた時だった。
がたがたっ……!と強く揺すられる音が何処かから聞こえた。
「ひっ?!」
自然と背が跳ねる。
風、にしてはわざと物を揺するような音だった。ゆ、幽霊じゃないよね……?
途端にさっき生み出した暗闇が怖くなって、慌てて布を持ち上げる。部屋は再び明かりを取り戻したけれど、枕元の明かりが一つきり。きょろきょろと周囲を警戒しながら、部屋の入り口にあるランプからも布を取り上げた。
……大丈夫。音も遠かったし、この部屋には何もいないみたい。
私がほうっと胸を撫で下ろすと、次の瞬間またガタガタ……!と大きな音が聞こえた。
これは多分、玄関の方からだ!
急いで立て掛けてあった棍棒を持ってから、足音を消して玄関に向かう。その間もずっと、ガタガタ!ガチャガチャ!と音の恐怖は続く。
「だ、だだだ誰っ!?」
「メイナ……!まだ起きていたのかい。僕だよ」
……なんだ、エルトか。
いや確かにエルトの可能性も考えていたけど、真っ暗になった途端だったしずっとガチャガチャガタガタされてたものだから凄く怖かった。
普通少しやって開かないとわかったら帰るよね?あ、普通はまず無理に鍵を開けようとはしないか。
「……鍵開かなかったらすぐ帰りなよ……何かと思ったじゃない」
本当に質が悪いと呆れるも、よく知った声を聞いて棍棒を傍に下ろす。
「わかった。起きてるなら殺すことも難しいし、帰るよ」
「……うん、何か複雑な気持ちだけど、じゃあね」
まあ帰ってくれるのは良い事だ。流石チキュウカンパニー商品。また何かあったらあそこを訪ねよう。
私は扉に耳をくっ付けて足音が遠くなり、やがて消えたのを確認してから寝室に戻った。
これでようやくゆっくり眠れる。
そう思った一時間後にはまた、扉を弄る音に目が覚めるのだった。夕食で上がったエルトの評価が吹き飛んだのは言うまでもない。
「先程の話ですけど、絶対に開かない鍵と言うことは、扉を壊されたりはしていないのですよね」
「え?あ……そういえば、扉には支障無かったと思います」
言われてみれば鍵を外すよりも、エルトなら扉を壊した方が早いかもしれない。それでも今日もあの扉から出てきたし、鍵も一応回して来た。多少掛かりが悪かった気はするけど少なくとも壊れてはいない。扉自体にも乱暴はされていないと思う。
仕事中は殺さないと言う約束を守ったり一緒に寝た夜に何もしないでくれたり。これもエルトの変な気遣いからだろうか。
「扉を壊されるとなると扉自体も頑丈なものにしなければなりませんが、鍵だけでしたら多分メイナさんのご要望に合うもの、ご用意出来ると思いますよ」
「ほ、本当ですか!」
「ちょっと待っていてくださいね」
セルミィさんは奥へ入っていくと、数分で何かを片手に持って戻ってくる。
カウンターに広げられたそれは鍵と錠の部分だけ。その鍵はよく見かける複雑な形の先っぽである鍵ではなく縦に凸凹、側面にも凸凹があるだけの薄く平たい鍵だった。
「これは縦の凸凹が噛み合うだけでなく、横もぴったりと合わなければ解錠出来ない鍵です。従来の鍵ならば元がなくても硬いものを同じ形に曲げたりするだけで開きますけど、これなら元から型を採らない限り複製するのは難しいと思いますわ」
おお、何だか凄そう……!それに従来の鍵ならばってことは、貴族の人達が使っている複雑な形の鍵も含まれるんだよね。家の鍵先は貴族の家よりは簡単な形だと思うけど。
鍵も薄っぺらいから嵩張らないし、隠し持って複製する隙を与えなければ入られないかも。
「しかもこれは先日レンさんが持ち込んでくださったドラゴンの鱗で出来てますので、鍵の強度も保障しますわ。適当な鉄の棒や鋼で弄られたくらいでは壊れる事は無いでしょう」
アルグさんだけじゃなくてレン君もか……!
ドラゴンの素材を持ち帰った本人は私に目を合わせようとせず聞いたことのない曲を口笛で吹いていた。
まあドラゴン回収が仕事だったわけでも無いし私が困るわけでもないし、良いんだけとね。レン君も立ち向かった一人ではあるし。
「まだ販売は検討中だったのですけど、メイナさんでしたらお売り致しますわ」
「是非お願いします……と言いたいんですけど、お値段は?」
「これから職人を送って取り付ける事も考えて……そうですねぇ、本当はこのくらいのところなんですけど」
さらさらと手元の紙に書かれていく計算。ぴっと一本線を引かれた下の結果は目玉が飛び出そうなくらいの額だった。が、セルミィさんは「これをレンさん割引して」と下にまた幾つかの数字を書いて最終的な額を出した。
……結果、レン君割引は凄かった。
「な。遠慮せずに安くしてもらった方がいいだろ」
にやにや笑って私を覗きこむレン君が凄く憎らしい。
「お、お願いします……」
「畏まりました。お買い上げ有難うございます」
◆ ◆
セルミィさんに家の場所を教え、元の鍵と取り付けの依頼書を渡して買い物を終えると、私は約束通り食事をしに酒場へと連れられた。流石に夕暮れで冒険者のアルグさん行きつけの酒場となるとがやがやと騒がしい。それでも何とか個別のテーブル席が空いていて、私達はそこに座る事にした。
そして今、私の目の前には湯気がほかほかと立ち上ぼり肉々しい香りや香辛料の効いた香りが漂う料理達。
女性向けの喫茶店や高級店のような気取った感じはなく、見た目や香りは単純なものの私の食欲を誘うには十分だった。よく食べるアルグさんが注文した所為か量もちょっと多め。
これ、太る……!でも、
「うう……美味しい」
「ははは、食え食え。飯は我慢するより美味しそうに食ってもらった方が奢ったこっちも嬉しいもんだ」
「はひっ、十分頂いてまふ」
いやだって、本当に美味しいんだもん。きょ、今日くらいはいいよね。明日からきっと仕事で沢山体動かすよ!
もっちもちの小麦麺に、咬むとじゅわっと旨味が滲み出るお肉がごろごろと転がったトマトソースがよく絡む。それをぐるんぐるんフォークに巻き込んで口に頬張れば堪らない……!
アルグさんがお気に入りらしい骨付き肉もこの辺りではよく採れる香辛料がたっぷり刷り込まれていて匂いだけでも美味しい。私も一つ頂き、剥き出しの骨部分を持ち上げて噛みつくと、外側のパリッパリの香ばしさと次にやってくる歯応えと脂と旨味を楽しみながら肉を骨から引き剥がす。
お野菜もしゃきしゃきだし、お酒も美味しいし、手も口も全然止まらない。
そんな私を見て、食え食えと言ってくれたアルグさんは言葉通り愉しそうに笑いながら、自分もがつがつと料理を平らげていった。
「美味しかったです!本当に本当に、御馳走様でしたっ」
「ははは。良い食いっぷりだったな。また機会があったら来るか」
「今度は私が奢りますよ」
「おいおい。年下に奢ってもらうなんて、やめてくれ」
食事も落ち着いてきて、皿は下げてもらいお酒だけになると、周囲の騒がしさに耳を傾ける余裕もできる。あそこの洞窟でこんなものを見つけただとか、昨日会った剣士は強かっただとか。やっぱりアルグさんもこういう所で情報を集めていたんだろうな。
グラスに残っていた少しのお酒を飲み干して、ことんとテーブルに置く。空になったグラスを見て次を頼めと勧めるアルグさんに甘えて、メニュー曰く新しいらしいお酒を頼んだ。面白そうな名前だったし、比較的安価だったしね。
「わっ、綺麗」
「この店でこんな洒落たものが来るとはな」
グラスに入ってやって来たのは緑と青色が美しいお酒だった。種類はそれなりにあるものの、大概は麦酒であるとか葡萄酒であるとか、木のジョッキでやって来るものばかりだったので私もアルグさんも驚く。
早速くっと一口飲んでみると、すうっとして爽やかだけど甘く飲みやすいお酒だった。難点は量が少ないことだろうか。
「どんな味か気になるな。俺にも一口くれ」
そう言ったアルグさんの手がすっと伸びてきて、私の側にあったグラスを掴む。
「あっ。それ、間接き……」
止める前に、そのお酒はアルグさんの喉を通ってしまった。
勿論代金はアルグさん持ちだから飲まれるのは構わないんだけど……アルグさん的には嫌じゃないのかな。今までの仕事でも水筒は別々だったし、それで間に合ってたからこういう事は無かったと思うんだけど。女と思ってないから気にしなかったのかも。
私の言葉でようやく気がついたようで、アルグさんはそっとグラスを戻すと罰の悪そうな顔をした。
「あ……悪い。エルトがいるのに、こういうのは駄目だな」
「え、あ、いや、エルトとは何も」
少し恥ずかしくは思ったけれど、エルトは関係ないと思います。
そう言えば雑務課に入れる事を発案したのもアルグさんだったし、取り敢えずの棍棒を二人で買いに行ったのもそうだし、もしかしてエルトが私を殺すことに賛同されてる……?
「ははは。誤魔化さなくて良いぞ。馬車の中じゃあエルトに肩を貸してたじゃないか」
「あ、あれは、エルトが凭れ掛かってきて……」
「好きだと思ったなら好きっていってやれ。エルトに」
アルグさんはジョッキに残った麦酒をぐっと煽り、空になったそれをどっ。と置いた。
私はアルグさんに何の言葉も返せなくて、ただそれを見ていた。
「確かにちょっと問題はあるが、エルトは目的までの障害も努力して既に乗り越えている。そういう力がある。安心して、その大きな船に乗りゃあいいさ」
「殺されるのはちょっとの問題じゃないです」
けれど、そうだ。アルグさんの言う通りだ。
エルトは私とずっと一緒にいるために、わざわざ努力してネクロマンサーになった。それも闇まで使えるような不死身の存在になって。
ぱっと聞いたら嘘臭い話だけど、そう思っちゃうほど大変な事をただの私の為にしているのだ。実際どんな修行をしたのか知らないけど、私が想像するよりも更に大変なものなのだろう。
そして何処にいるのかわからないだろう私を迎えに来てくれた。雑務課の一員になってからもずっと私の事を想ってくれている。
私はただ、死ぬのが怖くて。エルトを受け入れるのもちょっと怖くて。恋愛なんて憧れはあるけど、実のところ二十二のくせに全然知らなくて。
……。
これ以上は何だかアルグさんに失礼なほど真面目で暗い顔になりそうで、考える事を中断させた。
「……けど、アルグさんって結構エルトの事評価してるんですね」
「ああ。真っ直ぐに気持ちを伝えられて、全部を晒け出してる。それでどう言われるか、どう思われるかも全部受け止めて。羨ましいくらいだよ、あいつはな」
◆ ◆
その夜。
お皿洗いも済ませて寝室に移動し、そろそろ寝ようとランプに遮光布をそっと掛けた時だった。
がたがたっ……!と強く揺すられる音が何処かから聞こえた。
「ひっ?!」
自然と背が跳ねる。
風、にしてはわざと物を揺するような音だった。ゆ、幽霊じゃないよね……?
途端にさっき生み出した暗闇が怖くなって、慌てて布を持ち上げる。部屋は再び明かりを取り戻したけれど、枕元の明かりが一つきり。きょろきょろと周囲を警戒しながら、部屋の入り口にあるランプからも布を取り上げた。
……大丈夫。音も遠かったし、この部屋には何もいないみたい。
私がほうっと胸を撫で下ろすと、次の瞬間またガタガタ……!と大きな音が聞こえた。
これは多分、玄関の方からだ!
急いで立て掛けてあった棍棒を持ってから、足音を消して玄関に向かう。その間もずっと、ガタガタ!ガチャガチャ!と音の恐怖は続く。
「だ、だだだ誰っ!?」
「メイナ……!まだ起きていたのかい。僕だよ」
……なんだ、エルトか。
いや確かにエルトの可能性も考えていたけど、真っ暗になった途端だったしずっとガチャガチャガタガタされてたものだから凄く怖かった。
普通少しやって開かないとわかったら帰るよね?あ、普通はまず無理に鍵を開けようとはしないか。
「……鍵開かなかったらすぐ帰りなよ……何かと思ったじゃない」
本当に質が悪いと呆れるも、よく知った声を聞いて棍棒を傍に下ろす。
「わかった。起きてるなら殺すことも難しいし、帰るよ」
「……うん、何か複雑な気持ちだけど、じゃあね」
まあ帰ってくれるのは良い事だ。流石チキュウカンパニー商品。また何かあったらあそこを訪ねよう。
私は扉に耳をくっ付けて足音が遠くなり、やがて消えたのを確認してから寝室に戻った。
これでようやくゆっくり眠れる。
そう思った一時間後にはまた、扉を弄る音に目が覚めるのだった。夕食で上がったエルトの評価が吹き飛んだのは言うまでもない。