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13.平穏の果て

 私の武器なんだから代金は払う、と何度言っても聞かないアルグさんに根負けして有り難く棍棒を頂くと、今度は私の買い物に付き合ってもらう事になった。
 と言うのもアルグさんは始めに言っていた約束を覚えていて、夕食を奢るのでそれまで付き合う。……荷物持ちはいらないだろうが。なんて感じの事を言われてしまったのだ。
 何だか後ろの言葉は気になるけど、棍棒を貰った手前今日はあまり突っ込まないでおいた。

「でも棍棒貰ってその上奢って貰うなんて悪いですよ」

「まあそう言うな。俺がお前にそれをやりたいって思ったんだし、こういうのは正直に受け取った方が可愛いもんだぞ」

「!」

 可愛い。可愛い……。
 多分私の頭でぐるぐる泳ぐ言葉とアルグさんの発した言葉は同音異義語なのだろうけど、そういった言葉に飢えている私には抜群の効果を発揮した。

「そ、その方が、か、可愛いですか」

「……おう。可愛い可愛い」

 簡単に連呼されたその言葉には後輩としてな。という意味が込められているのはわかっている。それでも結局私はアルグさんに懐柔されてしまった。
 どれだけ女扱いに飢えてるんだと引かれてしまいそうだけど、可愛いなんて言ってくれるのは商店のおじさんくらいだもの。
 変な顔にならないようににやけを抑えようとして、逆に顔がおかしくなっている。
 つっこまれませんように、周りの人が見てませんようにと心でアメリア様に祈っていると、祈りが届いたのかアルグさんは普通にこう聞いてきた。

「それで、何を買いたいんだ?」

「あっ。えっと、自宅の鍵です。取り替えたくて」

「鍵ぃ?何でまたそんなもん」

「エルトに何度も侵入されたからです」

 察してくれたアルグさんはあっ。と言う顔をしてから、真剣にお店を考えてくれた。私はこの辺りで一番大きくて入りやすそうな鍛冶屋か表通りの大工さんを適当に見ていこうと歩いていたけれど、アルグさんは考え抜いて一つのお店をお勧めしてくれた。
 その名も『アルメリア魔法道具店』。アメリア様の名前に肖って付けられたというアルメリア商会は規模も名の通りも一級だ。勿論私もその名前で安心はできるけれど、辿り着いた魔法道具店はあそこの系列だというには少し小さかった。外装は新しくて綺麗だし、普通のお店とであれば違和感もなくて悪い訳ではないのだけど。

「アルメリアって言うからには、もっと巨大な商店を想像していたんですが……」

「まあ、ここは例外な場所だからな」

「例外?」

「ああ。店主が商会の親玉の末娘なんだと。上の兄姉(きょうだい)がいるから本店には関われないが、代わりにここを与えられて好きにやってるらしい。だから面白いものが色々あるって、酒場の野郎どもの間でも噂になってたぞ。エルト相手じゃ普通の鍵は勿論、そこらの魔術式鍵も役に立たんだろ。何て言ったってあいつの一番の強みは魔法なんだからな」

「う……確かに」

 普通の鍵で駄目ならもっと頑丈なやつか魔法道具だと思ったんだけど、エルトが今行っているのも魔術ギルド。ただ変えるだけじゃ駄目か。
 このお店に良いものがあると期待して、私は扉を開いた。

「いらっしゃいませー」

 数人のお客さんが棚を見ている中、カウンターの女性が私達に笑顔を振り撒いた。アルグさん曰くお嬢様らしいのに服装はお城の侍女のような形をしている。まあ大分改造されていて、色も紺でなければレースや飾りの派手さもあって特別な衣装のようにも感じるけれど。
 それに似合う水色のふわふわした長い髪が揺れて可愛らしい。パルマはきゃっきゃと戯れる可愛さだけど、この店主さんは静かに微笑んで傍に佇んでいそうなおっとりとした可愛さだ。
 と、店主さんに目を惹かれていると、生意気な声と台詞が飛んできた。

「あっ!ゴリラ女とその仲間じゃん」

 勿論その主と言えば、

「レン君。」

「いひゃい、やみぇろ、いや、ごめんなひゃい」

「メイナ、その辺にしてやれ。坊主もあんまりメイナをからかうなよ」

「じゃあその坊主ってのやめろよな」

 ああ言えばこう言う。でも私も大人げなかった。
 少し反省して手を離すと、私こそごめんと謝……ろうと思った。けれど離した瞬間にレン君はぴゅうっとあの可愛らしい店主さんの所へ行って、抱き着いた。

「セルミィ~」

「よしよし。でもレンさん?女性にその物言いはいけませんよ」

「うん……わかった……」

 声は子供らしいけど顔はでろんと緩んでるよ、レン君!相変わらずだな、この子は。

「って、レン君店主さんとお知り合いなんですか?」

「へへーん、凄いだろ。流石だろー!」

 鼻高々、胸を張るその姿はまさにドラゴンの威を借るスライム……。
 でもこんなに易々とアルメリアのお嬢様にくっ付いて許されるなんて確かに凄い。このお店の規模は普通だけど、商会はとんでもなく大きいのだ。上流貴族の御令嬢とお知り合いのようなもの。一体こんな常識知らずの少年にどんな伝手(つて)があるものやら。

「私はセルミィ・フィーネストと申します。レンさんには色々と助けていただいているのですよ。レンさんとお知り合いの方でしたらお安く致しますわ」

「い、いや、それほど知り合いと言うわけでも……」

「変なとこで遠慮するなぁ。メイナとおっさんには借りがあるし、安くして貰えばいいじゃん」

 おっさん……。そりゃ三十過ぎたアルグさんは、レン君から見ればそうなのかもしれないけど。結構雰囲気は若いのになぁ。アルグさんは納得していつも通りにはははと笑っている。

「レン君は遠慮と言うものを覚えた方が良いですよ」

「それだけの対価は渡してるってことだよ」

「レン君がですか?何を?」

 アルメリアのお嬢様へ対価と言えるほどのお金はレン君にはなさそうだし、子供が出来ることなんて高が知れている。悪漢から助けてもらったとかだろうか。

「愛。」

 聞いた私が馬鹿でした。
 とずっこけそうになるも、当のセルミィさんは「まあ……」と頬を赤らめている。何だこれ。

「やっぱりお二人には最高のおもてなしをさせて頂きますわ。何をお求めでいらっしゃいましたか」

 セルミィさんはご機嫌なにこにこ顔で私達の方を向きそう言った。パルマもセルミィさんもフルーレちゃんも、皆変な子供に引っ掛かりすぎだよ。エルトの事を|法外な能力《チート》とか言っていたけどこっちの方が|法外な能力《チート》でしょ。
 もう私は突っ込むのを諦めて本来の目的を済ませることにした。

「……家の鍵を取り替えたくて。鍵がないと絶対に開かないやつで。アルグさん……こっちの人が、このお店は色々と面白いものがあるからって勧められたんですけど」

「何だよお前、ストーカーにでも遭ってんのか?」

「すとーかー?」

「いや、そんなのより怨みを買ってる方が多そうだな」

「フルーレちゃんに後で全力で抱き締めてあげてって言っておきますね」

「俺が悪かったです」

 私達が変なやりとりをしている間にセルミィさんはなるほど、と考えていて、レン君が謝ったと同時に私に話し出した。

「ええと、メイナさん、でしたよね。メイナさんはチキュウカンパニーをご存知でしょうか」

「も、勿論です!私も目覚まし時計買っちゃいました」

「うふふ。有難うございます。あのブランドはこのお店のものなのですよ。ここでも一部を扱っていますが、基本は他のお店さんに卸して扱っていただいているんです」

「えっ?!」

 そう言われてよく店内を見回してみれば、普通の可愛らしい雑貨も沢山並んでいるけれど、一区画だけ種類もバラバラで統一感無く商品も並び、しかも並んでいるものが皆見たこと無いような物ばかりの場所があった。一つを手に取ればチキュウカンパニーの名前が付いている。
 お店に入って早々レン君と遭遇したから、カウンター周りしかきちんと見ていなかった。
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