12.休日の相棒
冒険者ギルド雑務課の休日は不定期だ。基本的に毎日出勤して朝に回された依頼を受け取り、準備をしたら依頼をこなして来る。報告に帰った頃にとんでも依頼が少なければ、他の雑務課パーティと調整した上で「明日お前らは休みだ」と休日を貰えるのだ。
と言っても元々ギルド職員の私は、通常業務を手伝わされたり会議に出席しなきゃいけない事も多々あるのだけど。
まあ、事前に届け出をしておけば連休を取って他の町に旅行にも行けるし、その辺の勤務形態は特に不便がない(その辺以外は察してもらえると思う)。
問題はエルトが来てからのそんな休日、ろくに一人でお出かけ出来ないと言う事だ。
前回の休日なんて、朝にはスープに差し入れた銀のスプーンが黒く変色して、エルトに文句を言おうと思ったら逆に昼まで追いかけ回され、夕方に泣きそうになりながらアルグさんに助けを求めた。もはや休日じゃなかった。
けれど、今日は。
「今日は絶対に開かない鍵を買わなくちゃ……私の平穏が脅かされる……」
一人の女が商業区でぶつぶつ言ってる姿は、傍から見て怪しいかもしれない。しかし今日しかないのだ。
珍しくエルトが魔術ギルドに呼び出されているので、私は久しぶりに一人の休日を楽しむことが出来る。そして昨日までの疲れは昼を過ぎた先程までベッドに居たことで少し回復していた。
今なら、エルトに侵入されない鍵を探すことが出来る。
「でも何処に行けばいいんだろ。魔法専門店かな。それとも大工さん?鍛冶屋……?」
一般的な鍵なら間違いなく家を貸してもらっているギルドに聞いて取り替えてもらえば良いんだけど、合鍵も渡していない現状で平然と立ち入られているのだから、少しでも特殊な鍵にしなくちゃいけない。
硝子越しに商品が見える可愛らしい雑貨屋さんなんて惹かれるけれど、それは用事が終わって時間が余ったらだ。悩み呟きながら建物の外観だけを確認して通り過ぎ、何となく角を曲がる。
少しだけ細くなった道は影か差し、奥の方では幾つかの煙突から煙が立ち上っていた。冒険者御用達なごつくシンプルな造りの建物が並び、鉄を打つ音も何処かから聞こえてくる。
いつもは歩かないようなそこも今日は足を踏み入れてみた。ギルドでよく見掛ける人ともすれ違い、その度にぺこりと挨拶しながら進んでいったが、私はもっとよく知る姿を見掛け、一軒の木造の店前で歩みを止めた。
「あれ、アルグさん……?」
「ん?お、メイナか。よう。エルトはどうしたんだ」
「今日は魔術ギルドに呼び出されていて、久し振りに気の休まる一人の休日なんですよ……。アルグさんは武器のお手入れか何かですか?」
私のため息混じりの回答にはははと軽く笑ってから、アルグさんは「ああ」と返した。
「それともう一つあるんだが……丁度良かった。メイナ、一人ってことは今暇か?」
「買いたい物はありますが少しなら時間ありますよ。どうしたんですか」
「じゃあその買い物の荷物持ちしてやるから、ちょっと俺に付き合ってくれ」
こんな通りで会ったのにアルグさんってば、服か食料品と勘違いしているらしい。鍵じゃあ荷物持ちも必要ないしそもそも私には必要ないんだけど。
そう思ってから大変な事に気付いてしまう。
……荷物持ちだなんて、もしかして、エルト以外から凄く久し振りに女性扱いされてる?!
「ああ悪い、メイナにゃ必要なかったな。ははは。まあ、夕飯でも驕ってやるからよ」
「……まあいいですけど」
私は今猛烈に食い気より色気が欲しい。
ともあれ目の前の軋む扉を開けると、古い倉庫を開けたような臭いがぶわりと鼻を潜る。店の中に並んでいるのは新品がそれぞれ数本と言うところで、それも棚の始めにごちゃりと固められている。きちんと間隔を空けて陳列されているのはどれも少し年月の経った武器ばかりだ。刃の部分は光輝くほど手入れがされているが、鞘や持ち手なんかが少し色が落ちたり擦れている。
何だか、知る人ぞ知る武器の名店という感じ……?
「いらっしゃいませ。……おや、アルグヴァン様」
「おう、預けてたのは出来てるか?」
全体は茸の傘のように丸く、前髪は真っ直ぐに目を隠している店員さんがボロボロの樫の木のカウンターからアルグさんに対応する。
「はい。剣の方は勿論です」
そう言って茸の店員さんは後ろに立て掛けてあった一本の包みを取るとカウンターに置く。アルグさんがばっと布を剥がすと、レン君を救出に行った時から使っているあの剣が現れた。鞘から抜いて刃こぼれどころか曇りもないのを確認すると、カチン、と納める。
「流石だな。代金だ、確認してくれ」
「……。確かに。それから特注品の方なのですが、工房でご確認頂けますか。満足されるものか見て頂かないと、当店では完成とは認められませんので」
「おう。工房は奥だろう。通るぞ」
アルグさんは頷いてからカウンター横の扉に手を掛けた。お店と工房の建物が別になっているのだろう。
それが開かれる前。ふっと、店員さんの視線がこちらに向いた。
「……こちらの方ですか?」
「え?」
「ああそうだ。メイナ、行くぞ」
何がこちらの方なのかわからないけれどアルグさんがすぐに扉の奥へ進んでしまうものだから、私もその後をついていくしかなかった。
一旦外に出たものの石段と雨避けの屋根が続く通り路になっていて、それが真っ直ぐ裏にある工房へと続いている。もう一度扉を開けば、封じ込まれていた熱気がぶわりと襲ってきた。
外に響いていた鉄打ちの音の一部がここでも響いている。何人もの男の人が野太い声で怒鳴るように指示していたり駆け回っていて、何となく場違いな気がした私はアルグさんとの距離を詰めた。
「あ、アルグさん、私がついてくる必要はあったんですか……?邪魔じゃないですか?」
「邪魔なんてとんでもないさ。むしろ俺だけが確認するのが心配だったんだ。さ、こっちだ」
「え?」
炉や台が並ぶ、私が近寄りがたいと思っていた方ではなく、アルグさんはその横から仕切られた違う部屋へと歩いていく。そこでは先程見かけた人達よりは厳つくない職人さん達が金属ではない武器を研磨していたり刃ではない鞘や肩掛け、飾りの布などを縫ったり成形していた。
私がきょろきょろと見ている内に一人の職人さんが私達に気付くと、手を止めてこちらにやって来る。
「あ、いらっしゃいませ。発注品の確認でしょうか?」
「ああ。この間頼んだ棍棒、出来てるか?」
「棍棒……?!」
アルグさんの武器は勿論剣だ。出会ってから今まで棍棒なんて持っている姿など見た事がない。まさか手練れの冒険者が今更理由もなく武器を変えるはずもない。
となると、私のため……?
プレゼントを期待するなんて浅ましいかもしれないけど、棍棒を武器にする人もあまりいないし、私が連れてこられてる時点でそう思っても仕方ないと思う。
アルグさんは剣の時のように職人さんが取り出した一本の布の包みを剥がした。
「こ、これ……」
凄く上等な物。
でこぼこして持ち手に向かう程に細くなっていく形は普通の棍棒と変わらない。でもその全ては真っ白で、丁寧に削られて研磨された出来たものであると見ただけでよくわかる。
「ドラゴンの牙で棍棒なんて、始めて作りましたよ。まあ、ドラゴンの素材自体触れることが珍しいので面白い経験になりましたが」
……オブシディアンドラゴンの牙製だ。
確かに帰る前にアルグさんがドラゴンを少し調べていたみたいだけど、まさか牙を採取して、それで棍棒を作ってしまうなんて……。牙を採るのは良い素材だからまだわかるけど、棍棒なんて勿体無い!
「ほれ。どうだ?手に馴染みそうか?」
そう言って私の手に乗せられた棍棒は、私の手など見ていないのに流石アルグさん行き付けの職人さん製、よく手に馴染み握りやすい。鉄なんかよりも頑丈だろうし、重さもずっしりとはするけれどそれは前の棍棒も同じ。私には問題の無い事だった。
「手には馴染みますけど、そうじゃなくてアルグさん、これ……」
「おう。前に棍棒壊れて、直ぐに適当なの買ってきたろ。多少の依頼なら兎も角、いつまでもそのままっていうのは不安だからな」
いやだからおう。じゃないですってば。有り難いと言えば有り難いけど何してるんですか。
「恋人さんも気に入られたようですし、お品はこれで大丈夫そうですね」
「こいびっ……?!」
「ははは。こいつは相棒さ。お代はこっちで払って大丈夫か?」
「はい。お預かりします。……ええ、確かに」
職人さんの言葉に反応してしまう私と違っていつも通りに笑ったアルグさんは、またざらりと値段分の板貨を渡し、私をつれて店を後にした。
と言っても元々ギルド職員の私は、通常業務を手伝わされたり会議に出席しなきゃいけない事も多々あるのだけど。
まあ、事前に届け出をしておけば連休を取って他の町に旅行にも行けるし、その辺の勤務形態は特に不便がない(その辺以外は察してもらえると思う)。
問題はエルトが来てからのそんな休日、ろくに一人でお出かけ出来ないと言う事だ。
前回の休日なんて、朝にはスープに差し入れた銀のスプーンが黒く変色して、エルトに文句を言おうと思ったら逆に昼まで追いかけ回され、夕方に泣きそうになりながらアルグさんに助けを求めた。もはや休日じゃなかった。
けれど、今日は。
「今日は絶対に開かない鍵を買わなくちゃ……私の平穏が脅かされる……」
一人の女が商業区でぶつぶつ言ってる姿は、傍から見て怪しいかもしれない。しかし今日しかないのだ。
珍しくエルトが魔術ギルドに呼び出されているので、私は久しぶりに一人の休日を楽しむことが出来る。そして昨日までの疲れは昼を過ぎた先程までベッドに居たことで少し回復していた。
今なら、エルトに侵入されない鍵を探すことが出来る。
「でも何処に行けばいいんだろ。魔法専門店かな。それとも大工さん?鍛冶屋……?」
一般的な鍵なら間違いなく家を貸してもらっているギルドに聞いて取り替えてもらえば良いんだけど、合鍵も渡していない現状で平然と立ち入られているのだから、少しでも特殊な鍵にしなくちゃいけない。
硝子越しに商品が見える可愛らしい雑貨屋さんなんて惹かれるけれど、それは用事が終わって時間が余ったらだ。悩み呟きながら建物の外観だけを確認して通り過ぎ、何となく角を曲がる。
少しだけ細くなった道は影か差し、奥の方では幾つかの煙突から煙が立ち上っていた。冒険者御用達なごつくシンプルな造りの建物が並び、鉄を打つ音も何処かから聞こえてくる。
いつもは歩かないようなそこも今日は足を踏み入れてみた。ギルドでよく見掛ける人ともすれ違い、その度にぺこりと挨拶しながら進んでいったが、私はもっとよく知る姿を見掛け、一軒の木造の店前で歩みを止めた。
「あれ、アルグさん……?」
「ん?お、メイナか。よう。エルトはどうしたんだ」
「今日は魔術ギルドに呼び出されていて、久し振りに気の休まる一人の休日なんですよ……。アルグさんは武器のお手入れか何かですか?」
私のため息混じりの回答にはははと軽く笑ってから、アルグさんは「ああ」と返した。
「それともう一つあるんだが……丁度良かった。メイナ、一人ってことは今暇か?」
「買いたい物はありますが少しなら時間ありますよ。どうしたんですか」
「じゃあその買い物の荷物持ちしてやるから、ちょっと俺に付き合ってくれ」
こんな通りで会ったのにアルグさんってば、服か食料品と勘違いしているらしい。鍵じゃあ荷物持ちも必要ないしそもそも私には必要ないんだけど。
そう思ってから大変な事に気付いてしまう。
……荷物持ちだなんて、もしかして、エルト以外から凄く久し振りに女性扱いされてる?!
「ああ悪い、メイナにゃ必要なかったな。ははは。まあ、夕飯でも驕ってやるからよ」
「……まあいいですけど」
私は今猛烈に食い気より色気が欲しい。
ともあれ目の前の軋む扉を開けると、古い倉庫を開けたような臭いがぶわりと鼻を潜る。店の中に並んでいるのは新品がそれぞれ数本と言うところで、それも棚の始めにごちゃりと固められている。きちんと間隔を空けて陳列されているのはどれも少し年月の経った武器ばかりだ。刃の部分は光輝くほど手入れがされているが、鞘や持ち手なんかが少し色が落ちたり擦れている。
何だか、知る人ぞ知る武器の名店という感じ……?
「いらっしゃいませ。……おや、アルグヴァン様」
「おう、預けてたのは出来てるか?」
全体は茸の傘のように丸く、前髪は真っ直ぐに目を隠している店員さんがボロボロの樫の木のカウンターからアルグさんに対応する。
「はい。剣の方は勿論です」
そう言って茸の店員さんは後ろに立て掛けてあった一本の包みを取るとカウンターに置く。アルグさんがばっと布を剥がすと、レン君を救出に行った時から使っているあの剣が現れた。鞘から抜いて刃こぼれどころか曇りもないのを確認すると、カチン、と納める。
「流石だな。代金だ、確認してくれ」
「……。確かに。それから特注品の方なのですが、工房でご確認頂けますか。満足されるものか見て頂かないと、当店では完成とは認められませんので」
「おう。工房は奥だろう。通るぞ」
アルグさんは頷いてからカウンター横の扉に手を掛けた。お店と工房の建物が別になっているのだろう。
それが開かれる前。ふっと、店員さんの視線がこちらに向いた。
「……こちらの方ですか?」
「え?」
「ああそうだ。メイナ、行くぞ」
何がこちらの方なのかわからないけれどアルグさんがすぐに扉の奥へ進んでしまうものだから、私もその後をついていくしかなかった。
一旦外に出たものの石段と雨避けの屋根が続く通り路になっていて、それが真っ直ぐ裏にある工房へと続いている。もう一度扉を開けば、封じ込まれていた熱気がぶわりと襲ってきた。
外に響いていた鉄打ちの音の一部がここでも響いている。何人もの男の人が野太い声で怒鳴るように指示していたり駆け回っていて、何となく場違いな気がした私はアルグさんとの距離を詰めた。
「あ、アルグさん、私がついてくる必要はあったんですか……?邪魔じゃないですか?」
「邪魔なんてとんでもないさ。むしろ俺だけが確認するのが心配だったんだ。さ、こっちだ」
「え?」
炉や台が並ぶ、私が近寄りがたいと思っていた方ではなく、アルグさんはその横から仕切られた違う部屋へと歩いていく。そこでは先程見かけた人達よりは厳つくない職人さん達が金属ではない武器を研磨していたり刃ではない鞘や肩掛け、飾りの布などを縫ったり成形していた。
私がきょろきょろと見ている内に一人の職人さんが私達に気付くと、手を止めてこちらにやって来る。
「あ、いらっしゃいませ。発注品の確認でしょうか?」
「ああ。この間頼んだ棍棒、出来てるか?」
「棍棒……?!」
アルグさんの武器は勿論剣だ。出会ってから今まで棍棒なんて持っている姿など見た事がない。まさか手練れの冒険者が今更理由もなく武器を変えるはずもない。
となると、私のため……?
プレゼントを期待するなんて浅ましいかもしれないけど、棍棒を武器にする人もあまりいないし、私が連れてこられてる時点でそう思っても仕方ないと思う。
アルグさんは剣の時のように職人さんが取り出した一本の布の包みを剥がした。
「こ、これ……」
凄く上等な物。
でこぼこして持ち手に向かう程に細くなっていく形は普通の棍棒と変わらない。でもその全ては真っ白で、丁寧に削られて研磨された出来たものであると見ただけでよくわかる。
「ドラゴンの牙で棍棒なんて、始めて作りましたよ。まあ、ドラゴンの素材自体触れることが珍しいので面白い経験になりましたが」
……オブシディアンドラゴンの牙製だ。
確かに帰る前にアルグさんがドラゴンを少し調べていたみたいだけど、まさか牙を採取して、それで棍棒を作ってしまうなんて……。牙を採るのは良い素材だからまだわかるけど、棍棒なんて勿体無い!
「ほれ。どうだ?手に馴染みそうか?」
そう言って私の手に乗せられた棍棒は、私の手など見ていないのに流石アルグさん行き付けの職人さん製、よく手に馴染み握りやすい。鉄なんかよりも頑丈だろうし、重さもずっしりとはするけれどそれは前の棍棒も同じ。私には問題の無い事だった。
「手には馴染みますけど、そうじゃなくてアルグさん、これ……」
「おう。前に棍棒壊れて、直ぐに適当なの買ってきたろ。多少の依頼なら兎も角、いつまでもそのままっていうのは不安だからな」
いやだからおう。じゃないですってば。有り難いと言えば有り難いけど何してるんですか。
「恋人さんも気に入られたようですし、お品はこれで大丈夫そうですね」
「こいびっ……?!」
「ははは。こいつは相棒さ。お代はこっちで払って大丈夫か?」
「はい。お預かりします。……ええ、確かに」
職人さんの言葉に反応してしまう私と違っていつも通りに笑ったアルグさんは、またざらりと値段分の板貨を渡し、私をつれて店を後にした。