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11.これからだ……!

「うーん……っ、アルグさんじゃないけど、体が鈍っちゃったかも」

 一日掛けてようやく辿り着き馬車を出ると、やっぱり体をぐうっと伸ばしたくなる。薬の箱を何度も下ろした所為もあるかもしれないけれど。
 愚痴りながら伸びをした私を、腹筋に加えて今日は腕立て伏せまでしていたアルグさんが笑った。

「だから休憩中や車内で体動かしとけって言ったろ」

「休憩中はわかりますけど、あの中で腹筋と腕立ては流石に遠慮したいです……」

 そう交わして前を向けば、少ないながらも子供のはしゃぐ姿や家の前で喋るおばさま方の姿が見える。ネリネ村――アジュガと同じく長閑な村ではあるものの、着いた時間がお昼だからか人影も少しだけ多い。
 けれどぱっと見た建物の数はこちらの方が少なそうだった。

「さて、早速村長さんの家の場所を聞いて届けちゃいましょう。ちょっと行ってきますから、これ見張ってて貰えますか」

 盗まれる心配はあまり無さそうだけど念のためにアルグさんに薬の番を任せて、私とエルトが一番近くの村人の方へと走る。先程もぱっと目に入ったおばさま方だ。
 どちらかの家の前だろう、喋り続ける二人に「すみません……」と声を掛けると二人共がこちらを向く。

「あら!冒険者かい珍しい。もしかして魔物退治かい?」

「しっかもお兄さんいい男じゃない。うちの旦那と交換して欲しいわ」

「あっはっは、あんたそれ、二十年は若くないと駄目よう!」

 二人で勝手に盛り上がり、やあねえうふふと軽くお互いの肩を叩いてみたり笑いあって声を掛けた私が暫く置いてきぼりになってしまった。どの村も町もおばさんパワーは変わらないね……!

「ああ、ごめんなさいお嬢ちゃん。それで、なんだったかしら」

「あ……あの、村長さんのお家を教えて欲しいんですけど」

「ネフリムさん家だったらあそこよ、あの小川の橋渡ってすぐ、こっから見たら右の方」

「あらやだよく見たら沢山の荷物持ってきてるみたいじゃない。ネフリムさんが頼んだって言ってたお薬届いたんじゃない?」

「あらほんと。あっちのお兄さんも逞しくて素敵ねぇ」

 あははうふふ。二人の会話はまるで無限回廊のように続いていくので口早にお礼を言って(って言っても聞こえてるのかな……?)退散すると、私達はアルグさんの下へと戻る。そして大量の箱を教えて貰った家の傍まで運び、ノックを叩いた。
 暫くして出てきたのは白髭を蓄え、頭頂部もお年の割りに無事なお爺さん。おそらく村人の言っている村長ネフリムさんだろう。

「はい……?どなた様ですかな」

「私、メイナ・イクシーダと申します。ギルドの依頼で薬をお届けに参りました」

 大量の箱を手で示すと、ネフリムさんが喜びの声を上げた。

「おおっ!有難い、待っておったのだよ。それでは、倉庫に案内する故運んでいただけますかな」

 そう言って鍵も掛けずに家を出たネフリムさんに案内された、他と外観の変わらない一件の建物に運び込む。中もそれほど特別そうな内装ではなく、ただ穀物や保存食や工芸品、まだあまり使われていない農具などが押し込められていた。そこに、と指示された場所に薬を置いていく。

「っしょ……と。ふう。これで、この依頼も終わり、ですね!」

 どっ。どっ。
 出来る限り優しく置いても重みのある音を奏でて箱が着地していった。

「おう。馬車で鈍っても流石メイナだな」

「それどういう意味ですかアルグさん」

 どっ。どすっ。箱を置きながら睨み付けるも、アルグさんはいつも通りにはははと笑うばかり。ただ、今回は抜けた所を発揮せずにきちんと仕事をこなしてくれるのは助かった。

「随分な力仕事だね……いつもこんな仕事をしていたのかい?メイナ」

「まあね。って言っても下水道で魔物退治よりは、力がある分楽なんだけど」

 どっ。最後の箱を置き終える。
 積み重なった箱を数えて間違いない事を確認してもらうと、再び村長宅に戻り受け取り証と代金を預かった。正式にはまた戻ってこの代金をあの薬屋さんに持っていけば、依頼の終わりだ。

「助かりました……もう来ないかと思いましたよ。町からあの距離では、すぐに薬を買ってくるというわけにも行かなくてなぁ。もう季節病の薬が無くなるところでした……薬屋の主人にもよろしく言っておいてくだされ」

「はい。……それと、村長さん」

 嬉しそうに髭を撫でる村長さんに、一言。
 本当は言いたくないんだけど、これも仕事なのよね。

「川辺に大量の赤スライムが出たそうですね」

 そう。まだお仕事はあるんです。薬の為か元々あまり裕福ではない村なのか、報酬を現金ではなく現物支給にされたこの依頼もまた手付かず。
 別にスライムを倒して農作物を沢山でもこなされていく依頼はあるんだけど、ここに来るには一日掛かり。当然アジュガ村に行くよりも馬車代は高いしそれを往復。まずその分自分の持ち合わせがなくちゃいけないし、依頼を完了させて農作物を手に入れたって、それが取り戻せるか……否、それ以上の労力に見合った報酬になるよう売り捌けるかも問題だった。現金ほど固定の価値があるものはない。まあ、国が不安定にならなければの話だけども。
 幸い私達雑務課は経費で落ちるし、報酬もギルド行きだから捌き方は関係無い。問題があるとしたら、持ち帰りの面倒と疲れだけだ。

「おおっ!なんと、私達の依頼まで受けて下さいましたか」

 喜んだ村長さんはその川辺までの地図をご丁寧に書いて下さった。ああ、二時間くらいは掛かりそうですねその道程。途中、遠い目をした私の肩をぽんと叩いて励ましてくれたのはアルグさんだった。
 ……さっきは睨んでごめんなさい。アルグさんは良い先輩です。
 移動疲れした体だったけれど今から行けば多分日を跨ぐ前に帰ってこられる、と言うことでずるずると気持ちを這いずらせてまた依頼をこなしに向かう。宿もない村だったけれど、村長さんが夜まで待っていて下さり家に泊めて貰えるとの事だったのでその辺の心配はない。
 だから、二時間掛けて移動して目の前に現れた|彼ら《スライム》を、

「あんた達を倒せば私はベッドで眠れるのよ……!」

「メイナ、頑張るのは良いが目が怖いぞ!」

「僕はどんなメイナでも好きだよ」

思い切り殴り飛ばし、潰して飛ばし。エルトの言葉に突っ込みをいれる余裕なんて勿論なく、魔法で退治した証拠を記録するペンダントを揺らしまくって棍棒を振るった。
 終わった頃にはその最中の記憶が半分くらい飛んでいた。人手不足ってほんと怖い。
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