11.これからだ……!
からからから……からからから……。
回る車輪の音に揺れる感覚。ボヤけた視界が薄汚れた馬車の床を映した時、ようやく私は今の状況に気付いた。
多分薬が出来るにも時間が掛かるからと入れられたのだろう、一繋ぎにはなっていないものの依頼料が安く手付かずで期限の迫っていた依頼に奔走して、朝になると薬を受け取りに行く。その間……つまり昨日の朝から寝ていない。
期日はまだあるから薬が出来たのはもっと遅かったと誤魔化してゆっくりする事も出来ないわけじゃないけど、ギルドからあの店主ちゃんに調査されたら私の信用が終わりだ。ついでに店主ちゃんの能力もネリネ村の人達に劣って見られる事になる。私達の所為で一日納品が遅れるわけだからね。
そんなわけで寝ずに辿り着いた駅馬車も丁度出る頃だったから、私達はふらふらとネリネ行きに乗り込んだのだった。ああ、ふらふらしてたのは私だけだったかもしれない。
そして固い板床でも平面に落ち着けた私はもう泥のように眠ってしまったのだった。
「んん……持ち物は、と……」
取り合えず運ぶべき薬の詰まった箱を見る。無事だ。と言うか量が量な上に一部の箱には私が頭の腕を乗せて寝ていたから、誰も盗れやしないだろう。そもそも相乗りしている人間は仲間の二人と馭者さんを除けば誰もいないのだけど。ふらふら状態だったし、今の時代警戒もしないで荷物を放りっぱなしにして盗られたらそれは自業自得だ。
食料やお金の入った鞄も確認して、もう一度私は馬車の中を見回した。
「まだお昼過ぎかな……?」
あれほど疲れて眠ったのだからもう昼は過ぎていると思うんだけど、窓から見える外の陽はまだ朱くない。
着くまでの時間がある証拠だけど、荷物の無事を確認した今はやる事がなかった。他の村への移動は大抵三十分とか一時間の話ではないから、乗り込んでから一度馬車を見回すと、あとは他の人と喋り散らしたり寝たり、景色の良い所であれば窓から外を眺めたりするのが一般的だ。
それで表情も見えず揺れに体を合わせている二人の顔を覗けば
「……寝てる」
やっぱり疲れたのだろう、二人はまだ寝ている。
……二人とも、寝ていたら可愛いのにな。
笑って緩む顔も今は凛々しさを残して目を伏せるだけのアルグさん。
起きて仕事が終われば殺しに掛かるけど綺麗な顔してすやすや眠るエルト。
「ふふっ。エルト、女の子みたい」
起きている時に言ったら怒られるもしれないけれど、肩幅も細いのにやっぱり男の人らしい手も見ずに、伏せられた瞼から伸びる睫毛の長さと小さく白い顔だけ見ているとそう思ってしまった。女の子の格好をしたらきっと私よりももてる。
少し笑いながらエルトの傍に座り直すと、私は今朝貰った書類を取り出した。
四枚の書類を捲り上げて、薬のお届け先を確認する。
「村長さんだったよね。備蓄用の薬かな……納品遅れて切らしちゃったら大変そう」
他にもぱらぱらと捲っていると、こてん、と肩にやってくる重み。ふとそれに目を向けると、エルトの頭がこちらに傾いていた。
人一人の重みだからそりゃ重いけど、その可愛らしい姿にまた笑みが溢れて、そのまま書類に視線を戻す。何だか揺らして起こすのも可哀想だしね。ともう少し書類を確認していた時だった。
ゴッ!
「?!」
「いってぇ!」
「ん……」
目の前でたてられた大きく硬い音に吃驚して書類を下げると、その向こうには頭を擦るアルグさんがいた。その音か痛みにあげた声かで起きたエルトも小さな声を漏らす。
「何だ、誰がやった……!って……ああ、ここは馬車内か」
飛び起きるも辺りを確認して落ち着くアルグさん。
……やったのはおそらく、ご自身ですよ。
さっきまでの凛々しさはどこにいったのだろう、顔の造りは同じはずなのにどうも間抜けな雰囲気が醸し出されていた。
それから起きた二人と今後の事を少し話し合ったり、体が鈍りそうだと腹筋しだしたアルグさんを眺めてみたり、事前に買っておいた間食を食べたりして時間を潰すと夜が訪れる。途中に挟んだ休憩のように街道の適等な場所に停まると、馭者は馬を側の樹に繋いで火を焚いた。
食糧は勿論自分持ちだから、馭者も私達も自分の鞄から取り出して夕食を済ませる。
一日以上掛かる旅路は夜の見張りや手綱を握るのを交代する為、二人以上の馭者がいる。だから見張りは馭者さんに任せて、私達はまたゆっくりと眠らせてもらう事にした。
回る車輪の音に揺れる感覚。ボヤけた視界が薄汚れた馬車の床を映した時、ようやく私は今の状況に気付いた。
多分薬が出来るにも時間が掛かるからと入れられたのだろう、一繋ぎにはなっていないものの依頼料が安く手付かずで期限の迫っていた依頼に奔走して、朝になると薬を受け取りに行く。その間……つまり昨日の朝から寝ていない。
期日はまだあるから薬が出来たのはもっと遅かったと誤魔化してゆっくりする事も出来ないわけじゃないけど、ギルドからあの店主ちゃんに調査されたら私の信用が終わりだ。ついでに店主ちゃんの能力もネリネ村の人達に劣って見られる事になる。私達の所為で一日納品が遅れるわけだからね。
そんなわけで寝ずに辿り着いた駅馬車も丁度出る頃だったから、私達はふらふらとネリネ行きに乗り込んだのだった。ああ、ふらふらしてたのは私だけだったかもしれない。
そして固い板床でも平面に落ち着けた私はもう泥のように眠ってしまったのだった。
「んん……持ち物は、と……」
取り合えず運ぶべき薬の詰まった箱を見る。無事だ。と言うか量が量な上に一部の箱には私が頭の腕を乗せて寝ていたから、誰も盗れやしないだろう。そもそも相乗りしている人間は仲間の二人と馭者さんを除けば誰もいないのだけど。ふらふら状態だったし、今の時代警戒もしないで荷物を放りっぱなしにして盗られたらそれは自業自得だ。
食料やお金の入った鞄も確認して、もう一度私は馬車の中を見回した。
「まだお昼過ぎかな……?」
あれほど疲れて眠ったのだからもう昼は過ぎていると思うんだけど、窓から見える外の陽はまだ朱くない。
着くまでの時間がある証拠だけど、荷物の無事を確認した今はやる事がなかった。他の村への移動は大抵三十分とか一時間の話ではないから、乗り込んでから一度馬車を見回すと、あとは他の人と喋り散らしたり寝たり、景色の良い所であれば窓から外を眺めたりするのが一般的だ。
それで表情も見えず揺れに体を合わせている二人の顔を覗けば
「……寝てる」
やっぱり疲れたのだろう、二人はまだ寝ている。
……二人とも、寝ていたら可愛いのにな。
笑って緩む顔も今は凛々しさを残して目を伏せるだけのアルグさん。
起きて仕事が終われば殺しに掛かるけど綺麗な顔してすやすや眠るエルト。
「ふふっ。エルト、女の子みたい」
起きている時に言ったら怒られるもしれないけれど、肩幅も細いのにやっぱり男の人らしい手も見ずに、伏せられた瞼から伸びる睫毛の長さと小さく白い顔だけ見ているとそう思ってしまった。女の子の格好をしたらきっと私よりももてる。
少し笑いながらエルトの傍に座り直すと、私は今朝貰った書類を取り出した。
四枚の書類を捲り上げて、薬のお届け先を確認する。
「村長さんだったよね。備蓄用の薬かな……納品遅れて切らしちゃったら大変そう」
他にもぱらぱらと捲っていると、こてん、と肩にやってくる重み。ふとそれに目を向けると、エルトの頭がこちらに傾いていた。
人一人の重みだからそりゃ重いけど、その可愛らしい姿にまた笑みが溢れて、そのまま書類に視線を戻す。何だか揺らして起こすのも可哀想だしね。ともう少し書類を確認していた時だった。
ゴッ!
「?!」
「いってぇ!」
「ん……」
目の前でたてられた大きく硬い音に吃驚して書類を下げると、その向こうには頭を擦るアルグさんがいた。その音か痛みにあげた声かで起きたエルトも小さな声を漏らす。
「何だ、誰がやった……!って……ああ、ここは馬車内か」
飛び起きるも辺りを確認して落ち着くアルグさん。
……やったのはおそらく、ご自身ですよ。
さっきまでの凛々しさはどこにいったのだろう、顔の造りは同じはずなのにどうも間抜けな雰囲気が醸し出されていた。
それから起きた二人と今後の事を少し話し合ったり、体が鈍りそうだと腹筋しだしたアルグさんを眺めてみたり、事前に買っておいた間食を食べたりして時間を潰すと夜が訪れる。途中に挟んだ休憩のように街道の適等な場所に停まると、馭者は馬を側の樹に繋いで火を焚いた。
食糧は勿論自分持ちだから、馭者も私達も自分の鞄から取り出して夕食を済ませる。
一日以上掛かる旅路は夜の見張りや手綱を握るのを交代する為、二人以上の馭者がいる。だから見張りは馭者さんに任せて、私達はまたゆっくりと眠らせてもらう事にした。