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10.私達の日常は

 数時間歩いて森まで辿り着けばまた労働の始まり。木漏れ日の下、男女が仲良くぶちっ、ぶちっと根本から葉を千切り採る。傍から見れば何とも地味な光景だろう。
 依頼にあった薬草は特徴的なものばかりで、紛らわしい物はスコレサイトに存在しないから、兎に角見付け次第ぶちぶちと採取していった。そして背中に着けた大きな篭にひょいと投げ入れていくのだが、まだまだ半分にも満たない。
 アルグさんもエルトも同様に篭に薬草を入れているけれど、エルトが篭を持つ姿は特に似合わなくて、始めはちょっぴり笑ってしまったのは内緒の話。

「あ、こっちにもいっぱい生えてる」

 特徴的な葉の群生にそちらへと足を踏み出した、その時。ガサガサと葉を揺らして目の前に現れたゴブリン。

「グゲェッ!」

を棍棒でごすん。

「ゲゥッ……」

 それだけでゴブリンは地に伏してしまった。何度も大量に倒してきた奴が現れたところで、群れを成してもいなければ慣れたものだ。
 新しい棍棒も何だかしっくり来ないけど、この程度なら今のままでも大丈夫な様子。

「もう、邪魔しないでよね。夕方までには町に戻りたいんだから」

「グゲッ」「グゲッ」「グゲェッ」

 しかしゴブリンには人間の言葉は通じないらしい。
 更に現れた三匹をテンポ良くごん、ごん、ごん!と殴り付けては後ろに続くゴブリンの骸を増やした。私達の採取してきた道はそういった死体が道標のように並んでいた。

「ははは。メイナもすっかり冒険者が板に付いてきたよな」

「冒険者じゃありません!ギルド職員です」

 奥の方から見ていたらしいアルグさんがそう言うから、私はぶちぶちと見付けた葉達を千切りながら否定しておく。視線は勿論目的の薬草へ。今はそんなからかいに付き合ってる暇ありませんからね、だ!

「そうだったそうだった、勿体無い話だ、はは……うわあっ?!」

 けれど、どさどさっ!と音がしたものだから思わずアルグさんの方へと顔を向ける。
 ……アルグさんは篭と共にひっくり返っていた。石に突っ掛かって転けたらしい。人をからかって笑ってるんだもの、自業自得だ。

 それから三時間。
 約一名(アルグさん)の失態はあれどエルトの作業が手早く、三人作業で何とか篭を一杯まで採り終えた。あとはこのままビスカリアへと運べば良い。数時間掛かる町への移動をこの状態で、しかも時折やってくる魔物を倒しながらとなると少し大変だったが、町にはまだ白い陽がある内に着くことができた。
 一旦ギルドに戻るとごとんと篭を置く。草だから他のものを運ぶよりは大分楽だけど、それでもこの量だからそれなりの重さはあった。

「ふぅ。後はこの大量のを選り分けなきゃですね……」

「ふぅってメイナ。お前にしちゃこんな重さは軽い方だろ?」

「新しい棍棒の重みをそんなに味わいたいんですか」

 ゴブリンを葬った未だ慣れぬ相棒を取り出して言ってみる。私はか弱い女性だけど、そんなに期待されたらやるしかないよね。

「おいおい、冗談じゃねぇか」

「……。メイナと二人きりの仕事って言うのも、良いかもしれませんね」

「……エルト、お前のは冗談にならんぞ」

 すらりと剣を抜きかけたエルトにアルグさんが顔を青くする。武器を取り出した私が言うのも何だけど、何度もその剣で襲われた経験上アルグさんの言葉には激しく同意した。
 まあ冗談はその辺で終わり、目の前のテーブルの上には蓋を開けた小箱を七つ。受付に言えば貰える納品用の小箱で、そこには採ってきた薬草を種類ごとに入れていく。地味に面倒な作業その二だけれど、言ってみれば商品を納品するわけだからね。流石にごちゃ混ぜのままは持っていけない。
 そして目が疲れてしまいそうな作業が終わったら、今度は依頼主さんの所にお届けだ。それでようやく一枚目の依頼が終わりを迎える……一枚目の……。

 ギルドを出て向かったのは、商業区でも端の端。明らかに他より土地代の安そうなそこに建てられた一軒の小さな店の前に立つ。店名を確認してほっと息を吐いた。
 正直こんな通りにあるから怪しいお店かと思ったけど、着いてみれば壁や扉は傷んでいるものの、薬屋さんにしては外装が可愛らしいもので安心して扉を開けられた。
 からんからんとこれまた可愛らしい鈴の音が聞こえる。

「すみませーん。ギルドの依頼でやって来たものなんですけど」

「あっ、はい!いらっしゃいませ……じゃなかった、お疲れ様です!」

 中にいたのは私よりも若い、まだ十六くらいの女の子だった。レースの付いた黒いヘアバンドと青の前掛けが可愛らしい店員さん。失礼ながらきょろきょろと店内を見回しても、あまり広くないそこには彼女しかいない事がすぐにわかる。

「今納品させて頂いても宜しいですか?」

「お、お願いしますっ」

「こちら、依頼の薬草七種類です。お確かめ下さい」

 私達は持っていた箱を全てカウンターに置く。女の子はそれぞれの箱を開けると中の薬草を手に取りじっと見つめて確認した。

「ええっと……はい。確かに、お願いしたもので間違いないです。こちら、受け取り証です」

「はい、有難うございます」

「こちらこそ本当に……助かりました」

 七つの箱を見つめて顔を綻ばせる女の子は心の底からそう言っているようだった。若い子が一人でお店を持つ事は決して有り得ない事じゃないけれど、こんなに大量の材料を使うほど薬を卸す伝手(つて)があるなら他に人がいてもおかしくはない。何か事情があるのかも……。
 私の疑問はつい泳いでいた視線が伝えたようで、彼女は続けて語ってくれた。

「この前まではお爺ちゃんがこのお店をやっていたんですけど、森に材料集めをしに行った時に、転んで腰を痛めてしまったみたいで。今は私がお店をやってるんですけど、魔物とは戦えないし材料も尽きてきて困っていたんです」

「……そりゃ、若いのに大変だな」

「ネリネの村長さんから頼まれた分もあるのに……もう駄目かと思ってました」

「ネリネの!それっていつ出来ますか?」

 多分二枚目の依頼の分だ。なぜ聞くのかと首を傾げた彼女に、ネリネまでの運搬も私達が請け負っているという事を伝えると、今回の依頼のお礼にと意気込んで答えてくれた。

「でしたら明日の朝までには仕上げておきます!」

「む、無理はしなくて大丈夫ですよ……?」

「いいえ、徹夜の調合なんて修業中はよくやったもんですから!それよりもお姉さんこそ、他の依頼、頑張って下さいね!」

「あ……はい……」

 明るい笑顔とぐっと握られた拳に背を押され、それしか言えない私は鶏。
 こうして頑張る小さな薬屋を出ると、応援された依頼と言う名の現実を見つめる。正確にはそれが書かれた紙束。アルグさんが数日掛かりきりだと言っていたように薬草集め、薬の運搬だけではないのだ。薬が出来るまでにしなきゃいけない依頼もある。
 今日は眠れそうにないかも。あはは。夕焼けが綺麗だなあ。
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