9.嫌な場所+大量の魔物=?
荒くれ者も含んだ冒険者に何度も押された扉は大分傷んでいるけれど、まだまだ軋んだ音をたてて役目を果たす。昼下がりの今の時間は丁度冒険の真っ盛りなのだろう。朝や夕方よりも人は少なく、ギルド内に居る冒険者達も依頼受領と言うよりは雑談をしていたり、真っ新な装備を着けた子が登録をしている。
私達はその中でも暇そうに煙草を吹かしたパットさんが座る受付に向かった。
「お。帰ってきたか、お疲れさん。その髪、風呂にでも寄って来たのか?」
「はい。濡れた髪のままですみませんが、臭いよりは良いかと思うので……。依頼見た時から予想はしていましたが、酷い現場でした。地下水に触れてもいないのに臭いが移るんですよ」
そうちょっとした愚痴を言いながらもいつも通りにペンダントを渡し、魔法記録を確認してもらう。仕事だけは早いパットさんはすぐに確認を終え、書類に捺印しながらげらげらと笑ってこう言った。
「簡単な依頼だったからって一日に二件任せなくて正解だったな。それで慌てて臭いまんまギルドに戻って来られても困るしよ。男臭さは慣れちゃいるが、ドブ臭さは流石にな」
まるで他人事だ。確かにこういうのが雑務課の仕事だし仕方ない事だけど、内容知ってて回したのパットさんじゃないですか。もっと労るとか労るとか労うとかないんですか!?
私がギリギリと握り締めるのはハンカチのパルマとは違って、飛んでいった棍棒の持ち手。
「今の私の手に棍棒があったならどれだけ振りかざしていた事でしょう……」
「ん?無くなったのか、愛用の武器」
「……。吹っ飛んでいきました」
聞いた途端に再びげらげら笑うパットさん。……予想はしてたけどね。
全く。今日の仕事は臭いまみれだし、武器は吹っ飛ぶし、パットさんはこんなんだし、散々な日だ。散々ついでに言えば、仕事が終わるとエルトは笑顔で私を攻撃してくる。
普段ならそれでも私には盾兼武器の棍棒があるわけだけど、
「今日は待った!」
「?……どうして?メイナの武器が無いなんて、絶好の機会じゃないか」
既にエルトが切っ先を首に向けていて、私はひくっと静止する。あ、危なっ……!
けれどこの状況でパットさんはにやにやと笑って楽しんでいた。下手するとギルドの床が血塗れになると言うのに。冒険者同士の喧嘩でもう何度か血を吸っている床は惜しくないのだろうか。
「だからよ!」
動きは一旦止まったものの、私を殺したいエルトはどうにも納得のいかない顔。まあ魔物が無防備なら冒険者は遠慮なく狩るしね。でも私、魔物じゃないし。まだ命を捨てる気はない。
「まあ落ち着け、エルト。このままじゃ仕事も儘ならないし危険だ。メイナは即席でもこれから武器屋に寄って棍棒を買ってくるべきだ」
「……それは、そうですが……」
「だろ?それにまだ昼過ぎだ。時間はあるし、俺も寄るところがあるから――」
いやいやいや、仕事よりも何よりも殺されたら終わりでしょ!論点がおかしいよ二人とも!
アルグさんはアルグさんだとしても、エルトはお給料の話でもさらっと納得しちゃったし、やっぱり騙されやすい子なの?それとも意外と二人とも同じ質(たち)なの?
「なるほど。行きましょう」
そしていつの間にか説得されてる……!
やっぱりエルト、いつか悪い人に騙されるんじゃないかな……。
◆ ◆
アルグさんに騙された(?)エルトに連れられたのは商業区の大通り。入り口の方には食材を売る店が多かったが、それを過ぎると鋳造製の量産品や名の通った服飾、雑貨なんかの店が多く並んでいる。
わ、あの服可愛いなあ。仕事には着ていけないけど。あ、チキュウカンパニーの新商品だ。これも便利そう。でもちょっと高いな。
「メイナ、何だか楽しそうだね」
口元に手を当ててふふっと笑うエルトは本当に、そこだけ見ればただの格好良い男の人だ。アルグさんの説得で殺される事もなさそうだから、つい商業区を歩くのを普通に楽しんでしまった。
「あ、ご、ごめん!武器買うのに付き合ってくれてるのに」
「いや。それでいいんだ。ううん、それがいいんだ」
「え?」
「言ったじゃないか。君といられる時間は幸せだし、出来る事なら君の気持ちが少しでも多く僕に向くようにしたいって。あの夜に」
「……!」
最後の一言はいらない。約束通り別に何があったわけでもないけど、でも男女が一つ屋根の下どころかベッドで背中合わせになって寝たんだからね。しかも、考えると悲しい話だけれど、私そんな経験初めてだからね。
その一言で想起された事が、単純に、すっごく恥ずかしい。
更にそんな間に手をぎゅっと握られたものだから、私は口をぱくぱくさせるしかなかった。
「そして死んでほしい」
「あ、それは遠慮します」
不穏な言葉はさて置いて良さそうな武器屋を探す。エルトはビスカリアに来てからそれほど経っていないから町自体に詳しくないし、私も雑務課になってからまだ一年も経っていない。新人の冒険者に教える為、定番のお店は幾つか知っているけれど、他の冒険者のように一押しの武器屋と言うのは無かった。
前相棒の棍棒を発注したのもそんな武器屋の一つだ。冒険者で女性は珍しくないけど割合にすればやはり少ないし、その中で棍棒持ちなんて滅多にいない。そもそも男性でも使う人は滅多にいない。それでしっくり来るように、後は重くても良いから頑丈にって作ったんだけど……それは悪い店じゃなきゃ何処でも良い気がする。
そもそも今はすぐに欲しいから、特注なんてできないんだけど。
「そうだ。ねえ、メイナメイナ」
「ん?」
「お腹空かないかい?お昼食べてないだろう」
「そういえば……。まだ時間はあるし武器屋の前に、何処かで食べてく?」
一日二食な事も多いし、食べれなかったらそれでも良いと思っているから気にしていなかった。でも確かに少しお腹は減っている。折角商業区に出てきたのなら何処かで食べても良いかもしれない。
「あれなんかどうだい?あそこに座って食べられそうだし」
エルトが指したのは花の蜜パンを売る出店だった。ピンク色のテントに台と看板を置いて、おばさんが良い笑顔で商売をしている。向こうの噴水の辺りは買い物で疲れた時の休憩所としてか長椅子も設置されているから、エルトの提案と同じようにそこに座ってパンを頬張っている人達もいた。
「花の蜜パンか。私は良いけどエルトは大丈夫?あれ、結構甘いよ」
「そうなんだ。甘いのは平気だけど……それなら、隣で売ってる焼パスタパンにしようかな。それで分け合うのはどうだい?」
「いいね!……って、え?」
案に賛同すれば、少し慣れてきた繋がったままの手がくんと引かれる。お互い別々に買えば早いのに、エルトはすたすたとピンク色のテントへと向かう。私もそれに従って、にこにこと商売用の笑顔を向けるおばさんの前に立った。
「花の蜜パンを一つ、お願いします」
「おや、彼女さんの分だけかい?一つなら三〇Rだね」
か、彼女とか……でも、そうだよね。顔の水準はともかく、年は同じな男女が手を繋いでパンを買いに来るんだもんね。折角繋がっていた手には慣れたと思ったのにまた何だか気恥ずかしくなってしまう。
例の約束さえなければ、今頃私も普通に受け入れて、エルトに恋でもしてたのかなぁ……。いや、でも世の中にもしもなんてないし、そうだったら出会ってなかっただろうし。今じゃ命を守るのが先決で付き合うとかなんて考えられないもんなぁ。
そう色々考えながら財布からお金を取り出していると、エルトが先にさらりと三〇Rを渡し、紙に包まれた芳ばしくも甘い香りする飴色のパンを受けとっていた。
「え、エルト、それ私の分……」
「うん。だから、はいどうぞ。さ、次は焼パスタパンを買おう」
自分で払うから、そう言おうにも財布は鞄の中に戻されて代わりにパンを乗せられる。もう片方の手はまた繋ぎ直されて、素直に有難うとしか言えなかった。
だから次の焼パスタパンは素早く私がお金を出したけど。どうだ、参ったか!としたり顔を向けると、エルトは驚いていて、でも私と同じように(綺麗さはエルトの方が数倍も上だけど)笑って有難うと言ってきた。
……や、やや焼パスタパンの方が五R安かったけどね。ご、御馳走様でした!
「さて、お腹も膨れた事だし、良い武器屋を探しに行こう」
「それも良いけど、あの雑貨屋さん面白そうだと思わないかい?」
「こっ、今度こそ武器屋に……あ。そういえばエルト、ここ知ってる?このお店結構お勧めだよ、今度行ってみたら」
「今度じゃなくて今行こうよ」
「え?いや、今は武器屋を、え、エルトー……?」
その後も色々見て回ったのだけど、結局普通のお買い物みたいになってしまって、棍棒は定番のお店の中でも近かったお店で適当に買う事になった。まあ、普段の仕事に多いゴブリンや狼くらいなら、それで十分だしね。
……いや、そもそも雑務課じゃなく事務に戻してもらえれば、棍棒自体いらないんだけど。
私達はその中でも暇そうに煙草を吹かしたパットさんが座る受付に向かった。
「お。帰ってきたか、お疲れさん。その髪、風呂にでも寄って来たのか?」
「はい。濡れた髪のままですみませんが、臭いよりは良いかと思うので……。依頼見た時から予想はしていましたが、酷い現場でした。地下水に触れてもいないのに臭いが移るんですよ」
そうちょっとした愚痴を言いながらもいつも通りにペンダントを渡し、魔法記録を確認してもらう。仕事だけは早いパットさんはすぐに確認を終え、書類に捺印しながらげらげらと笑ってこう言った。
「簡単な依頼だったからって一日に二件任せなくて正解だったな。それで慌てて臭いまんまギルドに戻って来られても困るしよ。男臭さは慣れちゃいるが、ドブ臭さは流石にな」
まるで他人事だ。確かにこういうのが雑務課の仕事だし仕方ない事だけど、内容知ってて回したのパットさんじゃないですか。もっと労るとか労るとか労うとかないんですか!?
私がギリギリと握り締めるのはハンカチのパルマとは違って、飛んでいった棍棒の持ち手。
「今の私の手に棍棒があったならどれだけ振りかざしていた事でしょう……」
「ん?無くなったのか、愛用の武器」
「……。吹っ飛んでいきました」
聞いた途端に再びげらげら笑うパットさん。……予想はしてたけどね。
全く。今日の仕事は臭いまみれだし、武器は吹っ飛ぶし、パットさんはこんなんだし、散々な日だ。散々ついでに言えば、仕事が終わるとエルトは笑顔で私を攻撃してくる。
普段ならそれでも私には盾兼武器の棍棒があるわけだけど、
「今日は待った!」
「?……どうして?メイナの武器が無いなんて、絶好の機会じゃないか」
既にエルトが切っ先を首に向けていて、私はひくっと静止する。あ、危なっ……!
けれどこの状況でパットさんはにやにやと笑って楽しんでいた。下手するとギルドの床が血塗れになると言うのに。冒険者同士の喧嘩でもう何度か血を吸っている床は惜しくないのだろうか。
「だからよ!」
動きは一旦止まったものの、私を殺したいエルトはどうにも納得のいかない顔。まあ魔物が無防備なら冒険者は遠慮なく狩るしね。でも私、魔物じゃないし。まだ命を捨てる気はない。
「まあ落ち着け、エルト。このままじゃ仕事も儘ならないし危険だ。メイナは即席でもこれから武器屋に寄って棍棒を買ってくるべきだ」
「……それは、そうですが……」
「だろ?それにまだ昼過ぎだ。時間はあるし、俺も寄るところがあるから――」
いやいやいや、仕事よりも何よりも殺されたら終わりでしょ!論点がおかしいよ二人とも!
アルグさんはアルグさんだとしても、エルトはお給料の話でもさらっと納得しちゃったし、やっぱり騙されやすい子なの?それとも意外と二人とも同じ質(たち)なの?
「なるほど。行きましょう」
そしていつの間にか説得されてる……!
やっぱりエルト、いつか悪い人に騙されるんじゃないかな……。
◆ ◆
アルグさんに騙された(?)エルトに連れられたのは商業区の大通り。入り口の方には食材を売る店が多かったが、それを過ぎると鋳造製の量産品や名の通った服飾、雑貨なんかの店が多く並んでいる。
わ、あの服可愛いなあ。仕事には着ていけないけど。あ、チキュウカンパニーの新商品だ。これも便利そう。でもちょっと高いな。
「メイナ、何だか楽しそうだね」
口元に手を当ててふふっと笑うエルトは本当に、そこだけ見ればただの格好良い男の人だ。アルグさんの説得で殺される事もなさそうだから、つい商業区を歩くのを普通に楽しんでしまった。
「あ、ご、ごめん!武器買うのに付き合ってくれてるのに」
「いや。それでいいんだ。ううん、それがいいんだ」
「え?」
「言ったじゃないか。君といられる時間は幸せだし、出来る事なら君の気持ちが少しでも多く僕に向くようにしたいって。あの夜に」
「……!」
最後の一言はいらない。約束通り別に何があったわけでもないけど、でも男女が一つ屋根の下どころかベッドで背中合わせになって寝たんだからね。しかも、考えると悲しい話だけれど、私そんな経験初めてだからね。
その一言で想起された事が、単純に、すっごく恥ずかしい。
更にそんな間に手をぎゅっと握られたものだから、私は口をぱくぱくさせるしかなかった。
「そして死んでほしい」
「あ、それは遠慮します」
不穏な言葉はさて置いて良さそうな武器屋を探す。エルトはビスカリアに来てからそれほど経っていないから町自体に詳しくないし、私も雑務課になってからまだ一年も経っていない。新人の冒険者に教える為、定番のお店は幾つか知っているけれど、他の冒険者のように一押しの武器屋と言うのは無かった。
前相棒の棍棒を発注したのもそんな武器屋の一つだ。冒険者で女性は珍しくないけど割合にすればやはり少ないし、その中で棍棒持ちなんて滅多にいない。そもそも男性でも使う人は滅多にいない。それでしっくり来るように、後は重くても良いから頑丈にって作ったんだけど……それは悪い店じゃなきゃ何処でも良い気がする。
そもそも今はすぐに欲しいから、特注なんてできないんだけど。
「そうだ。ねえ、メイナメイナ」
「ん?」
「お腹空かないかい?お昼食べてないだろう」
「そういえば……。まだ時間はあるし武器屋の前に、何処かで食べてく?」
一日二食な事も多いし、食べれなかったらそれでも良いと思っているから気にしていなかった。でも確かに少しお腹は減っている。折角商業区に出てきたのなら何処かで食べても良いかもしれない。
「あれなんかどうだい?あそこに座って食べられそうだし」
エルトが指したのは花の蜜パンを売る出店だった。ピンク色のテントに台と看板を置いて、おばさんが良い笑顔で商売をしている。向こうの噴水の辺りは買い物で疲れた時の休憩所としてか長椅子も設置されているから、エルトの提案と同じようにそこに座ってパンを頬張っている人達もいた。
「花の蜜パンか。私は良いけどエルトは大丈夫?あれ、結構甘いよ」
「そうなんだ。甘いのは平気だけど……それなら、隣で売ってる焼パスタパンにしようかな。それで分け合うのはどうだい?」
「いいね!……って、え?」
案に賛同すれば、少し慣れてきた繋がったままの手がくんと引かれる。お互い別々に買えば早いのに、エルトはすたすたとピンク色のテントへと向かう。私もそれに従って、にこにこと商売用の笑顔を向けるおばさんの前に立った。
「花の蜜パンを一つ、お願いします」
「おや、彼女さんの分だけかい?一つなら三〇Rだね」
か、彼女とか……でも、そうだよね。顔の水準はともかく、年は同じな男女が手を繋いでパンを買いに来るんだもんね。折角繋がっていた手には慣れたと思ったのにまた何だか気恥ずかしくなってしまう。
例の約束さえなければ、今頃私も普通に受け入れて、エルトに恋でもしてたのかなぁ……。いや、でも世の中にもしもなんてないし、そうだったら出会ってなかっただろうし。今じゃ命を守るのが先決で付き合うとかなんて考えられないもんなぁ。
そう色々考えながら財布からお金を取り出していると、エルトが先にさらりと三〇Rを渡し、紙に包まれた芳ばしくも甘い香りする飴色のパンを受けとっていた。
「え、エルト、それ私の分……」
「うん。だから、はいどうぞ。さ、次は焼パスタパンを買おう」
自分で払うから、そう言おうにも財布は鞄の中に戻されて代わりにパンを乗せられる。もう片方の手はまた繋ぎ直されて、素直に有難うとしか言えなかった。
だから次の焼パスタパンは素早く私がお金を出したけど。どうだ、参ったか!としたり顔を向けると、エルトは驚いていて、でも私と同じように(綺麗さはエルトの方が数倍も上だけど)笑って有難うと言ってきた。
……や、やや焼パスタパンの方が五R安かったけどね。ご、御馳走様でした!
「さて、お腹も膨れた事だし、良い武器屋を探しに行こう」
「それも良いけど、あの雑貨屋さん面白そうだと思わないかい?」
「こっ、今度こそ武器屋に……あ。そういえばエルト、ここ知ってる?このお店結構お勧めだよ、今度行ってみたら」
「今度じゃなくて今行こうよ」
「え?いや、今は武器屋を、え、エルトー……?」
その後も色々見て回ったのだけど、結局普通のお買い物みたいになってしまって、棍棒は定番のお店の中でも近かったお店で適当に買う事になった。まあ、普段の仕事に多いゴブリンや狼くらいなら、それで十分だしね。
……いや、そもそも雑務課じゃなく事務に戻してもらえれば、棍棒自体いらないんだけど。