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7.ドラゴン退治

「メイナのお陰で俺の攻撃も大分通った。もう大丈夫だ。何より……」

 ドラゴンの悲鳴は、段々と掠れていた。叫ぶ声すら出すことが辛くなったのか、血が喉にまで流れて来たのか、もはや剣が脳まで達したのか。
 アルグさんが次の言葉を吐き出すまでに私はそれを察して退がった。
 もう、私達の勝利は決まっている。あとはどれだけドラゴンが粘るかだ。基礎的な知識でも、今も目の前で抗う姿を見ても生命力が高いのはわかる。普通の魔物ならば目をやられた時点でもう死んでいる。
 アルグさんはすっと剣を構えた。

「っ?!」

 動かない。彼に魔法は使えない。なのに、押し退けられるような気迫がアルグさんから放たれている。
 ドラゴンの胸の辺り。そこからも鱗は剥げていて攻撃の通る箇所になっている。
 手を切られたことで胴体四分の一は地に触れている。おまけにドラゴンはエルトに夢中だ。だからそこにはエルトのように上手いこと登らずとも攻撃できる。

 ――心臓に。

「勝者の刀」

 どぉおおん、と。一つの魔窟でも崩れてしまうように、巨体が土煙をあげて倒れた。
 その余韻が消えた頃、エルトもとっ。と死骸から地へと降り立ち剣を斜めに二振りしてからしゅ……と鞘へ戻した。振り落とされた赤い血が土に染み込んだ。

「……はあ。疲れた!」

 どさっ。
 私だけかもしれないけれど、何処か緊迫しているように感じた空気がアルグさんの寝転がる音で壊される。ほっとした事で自然に笑みが溢れて、アルグさんもはははと笑っていた。
 そんなドラゴンの死骸を前に集まっていた私達に、後ろでずっと待っていた二人が駆け寄ってきた。私の言った事を守ってくれていたのかフルーレちゃんがレン君の手をぎゅっと握りながら、突進しそうな彼の早さを抑えている。

「ちっくしょー!俺の獲物を!俺様のドラゴンをっ」

「ははは。まあ諦めろ、坊主。所詮この世は弱肉強食だ」

「最初から思ってたけどな、誰が坊主だ!俺にはコウハラレンって言う立派な名前があるんだよ」

「コウハラレン?」

「あー、こっち風に言うとレン・コウハラだ」

 がりがりとぼさぼさ頭を掻くレン君はそう自分の名前を言い直した。もしかして名前の形態が違うほどの何処か遠くの田舎出身なのかもしれない。妙に非常識と言うか、危機感の持たない子だとは思ったけど生意気故かと思っていた。

「まあまあ。レン君が相手するにはまだ早すぎる相手に場所でしたし。もっと経験を積んでいく間にまた機会がありますよ」

「それじゃ遅いんだよ!レベルだとかランクだとかを上げるためには実績が必要なんだろ?だったらぽーんとドラゴンでも倒さなきゃ手っ取り早く上がれねぇじゃん」

「……。レン君、まさかその為にモルダバイドまで来たんですか」

 資料を広げた時のような呆れで、また投げ槍な低い声色になってしまう。けれどそんな私に気付かないのか、レン君は胸を張って両手を腰につけていた。

「当ったり前じゃん!こんな子供の体じゃ幾ら強くたって凄ぇ依頼も受けさせてもらえないし、年一回の昇進試験なんて待ってらんねーよ」

「年一回の昇進試験は40レベルからですけどね……」

 もう駄目だこの子。命を大事に、人に迷惑を掛けない。口を酸っぱくして言ってあげた方が良いのだろうが、後は帰ってパルマに任せよう。こんな所に来るような田舎少年でなく親御さんに話ができるならそちらで躾けてもらえた方が良いんだけど。
 そう思った私が遠い目をしかけた時。

「……ま。次はもう少し、無茶しねーようにするよ」

 頭上で後ろ手を組み、私から目を反らしてぼそっと漏らすレン君。
 何だ。ちゃんと言いたい事、通じてるじゃないか。

「パルマに嫌われたら、あの柔らかいおっぱいに包んでもらえなくなるからな」

 やっぱり駄目だこの子。次の瞬間げへげへと笑うだらしない顔は子供らしい欲望の範疇を軽く超えて、もはや変態という言葉すら浮かぶ。
 そしてその同僚を汚すような妄想が済んで、レン君の顔が元通りになると、ふっと思い出したようにこう聞かれた。

「……そういえば、あんた達誰?」

 これだけ酷いやりとりをしておいて、そういえば自己紹介もまだだった事に気付く。
 レン君の意向で名残惜しそうに手を放したフルーレちゃんだけが気付いていたようで、横でほんのり苦笑していた。

「俺はアルグヴァン・ウェンリー。一応冒険者だから、坊主の先輩って所だな」

「坊主はやめろって言っただろ」

「ははは。悪い悪い」

 アルグさんががしがしと丁度良い高さにある黒い頭を撫でるとレン君はむっと膨れる。その姿こそ小さな男の子って言う感じだけど、それを言うと更に不機嫌になりそうだからやめておこう。代わりに私も自分の名前を告げた。

「私は冒険者ギルドの職員で雑務課。メイナ・イクシーダです」

「ギルド職員?!じゃあ俺を凄いレベルにしてくれよ!」

「嫌です。」

「ちぇ。まあ言われると思ったけどさ。……で、もう一人のチート使いさんは何て言うの?」

 わざとらしい拗ね方をしてからレン君は残る一人、エルトの方を見て言った。だからおそらくはエルトの事だと思うんだけど……チートって何だろう。さらっと言っているあたり、レン君の故郷じゃ当たり前の言葉なんだろうけども、私の知らない魔法とかだろうか?

「チート?」

 しかし言われたエルト自身もわからないようで、首を傾げてレン君に問い掛ける。エルトでもこの様子だと魔法ではないみたいだ。

「法外な能力の事だよ。一人であれだけ巨大なドラゴンを押してりゃチートじゃん。あんなでかいの、流石にここでだって一般的じゃないだろ?二人とは違って、直接斬りかかれたみたいだし」

「……法外、ですか」

 何かを考えるようにそう静かに一言落とす。けれどその後は普通にレン君に向き直って私達同様に自己紹介をした。

「僕はエルト・メタシナバーです。ネクロマンサーと言う事も付け加えておいた方が良いでしょうか」

「ネクロマンサー!うおお、何かそれっぽい!着てる服も特別っぽいし」

「それは、魔術ギルドから戴いたものですから特別製ですよ」

 羨ましそうにじたばたと興奮するレン君に、エルトは冷静に返す。私もその綺麗な銀糸の紋様と高級そうな雰囲気は気になっていたけど、魔術ギルドの特別製ならば納得できる。噂にもなる実力者で何度も協力した事があるなら何か贈り物をされていてもおかしくはないし。

「何……だと……」

 ただしその実を知らないレン君は言葉が切れ切れになるほど驚いていた。
 そしてびっ!と小さな指をエルトに向ける。まるで貴族様が指名でもするように。

「なるほど!エルト・メタシナバー!お前はこれから俺のライバルだっ」

 まあそれも子供の戯れ言。エルトにはどうでも良いようにふうと息を落とすと私を見た。……何故かその視線が少し冷たい気がする。やっぱりエルトでもちょっと面倒臭かったのかもしれない。

「その辺は何でも良いとして。ビスカリアに戻りますよ。レン君をパルマの所に届けるまでが、私達のお仕事ですから」
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